夢見る世界で貴方の隣に

邑崎サブレ

第1話:夢の世界に誘われて


「好き、だよ。……なんて、恥ずかしいね」


 先輩の優しい手が、私の頭に触れる。

 それだけで、心臓がドキドキとうるさくなってしまう。


「先輩……」


 見上げると、今まで見たことがないほど優しく微笑まれた。

 きっと、これは私だけの特権なのだろう。

 先輩の甘い笑顔を見る特権を、私は手に入れたみたい。


「それじゃ、行こうか」


 まるで照れ隠しのように手を差し出す先輩。

 そんな彼へと微笑み返し、私は彼の手をとった。



****



「はぁ……蒼せんぱぁ~~い」


 間抜けな声を出しているのは自覚している。

 それでも良い。放っておいてほしい。今ここには私しかいないのだから。


 三連休ということで仕事から離れた私がやってきたのは夢の国。

 決して怪しいクスリではない。


 パソコンを開けば夢の国へと行ける、夢小説サイトだ。


 夢小説とは、好きな漫画やアニメの世界のキャラと自分が恋する二次創作だ。

 最近では恋愛していなくても夢小説って言うらしいけれど……私の中で夢小説は恋愛してこそだと思っている。


「好き~~~!もう大好き~~!!!」


 クッションを抱きかかえニヤニヤする。

 更新ボタンを押して、早速書き上げた夢小説をホームページへとアップした。


 最近では個々のサイトを持っている人は大分減ってしまったけれど、夢小説って扱いが難しいから大っぴらに二次創作サイトにはあげられないんだよね。

 それに個々のホームページって、それぞれの家みたいで個性が出るから好きだし。


 創作サイトにアップするのは憚られるようなものも、自分のホームページなら良いかなーって思っちゃう。

 ちょっと過激な作品とかもね。まぁ、私は手が触れただけでドキドキするような純愛が好きだから作中ではしてもキスまでなんだけど……。


「さてと、なにか飲もうかなぁ」


 そういえば最近、友達にお土産でもらった紅茶があったっけ。

 願いが叶う紅茶として、紅茶の本場ロンドンで最近流行っているんだとか。


 早速お湯を沸かして紅茶を淹れる。

 ふわっと良い香りが部屋中に広がって思わずロンドンってすごいと呟いてしまった。


 いや、安物の紅茶と全然違うね……!?


 茶葉は一回分で、可愛らしいパッケージに説明書が同梱されている。

 英語で書かれているけれど……これくらいなら読めるかな。


「えぇと……紅茶を飲む前に願いを三回呟いて、それが叶った自分をイメージしながら美味しいお菓子と一緒に飲んでね。美味しいお菓子と紅茶の香りに誘われて妖精がやってくるから、彼女たちのティーセットも忘れずに!」


 なるほど。さすがファンタジーの国、イギリスだ。

 おまじないやファンタジー、スピリチュアルが大好きな私は躊躇うことなくドールハウスから小さなティーセットを持ってきてそこに紅茶とお菓子を置くことにした。


 あ、いけない。ロンドンらしいお菓子がないや。

 アメリカ土産にもらったクッキーならあるんだけどこれでもいいかな……。


 イギリスの妖精にアメリカのお菓子を出すのは失礼な気がするけれど……。


 だけど我が家のお菓子箱を覗くと、あとは日本製のポテトチップスしかない。

 しかも青のり味だ。きっとこれでは妖精も困ってしまうだろう。


 おもてなしは内容より心が大事よね、うん。


 自分にそう言い聞かせて小さなお皿にアメリカ土産のクッキーを一欠片のせた。



 さてと、願いを呟くのよね~。

 そうだな~。億万長者とかいろいろあるけれど……やっぱり蒼先輩と付き合えますように、かなぁ。


 せっかく妖精が願いを叶えてくれるんだもの!

 そうだ、どうせなら夢小説の世界に行きたい!


 わたしはヒロイン。

 才色兼備で街を歩けば皆が振り返る美人であり可愛い子ちゃん。


 先輩と順調に愛を育んでいって、先輩にたくさん愛してもらうのだ!


「私の書いた夢小説のヒロインになりたい、私の書いた夢小説のヒロインになりたい、私の書いた夢小説のヒロインになりたい!」


 三度呟き紅茶を口へと運ぶ。

 美味しいー!これ、なんのブレンドなんだろう。

 アールグレイが入っているような気がするけれど、果物の香りが強いから定かじゃないな。


 クッキーをつまみ、口の中で美味しい英米条約を結びつつ考える。


 あぁ、中学生として先輩と恋愛できたらどれだけ幸せだろう。

 わたしが知っているのは作中で見た中学生の先輩だけだけど……できればその先もずうっと一緒にいたいな。


 そして、いつかは結婚するのだ。


 ふふふ……学祭ではベストカップル賞をとっちゃったりしてね。

 恥ずかしがる先輩に「私と一緒じゃ恥ずかしいですよね」なんて寂しげに呟き「そんなことない。……ただ、人に見せびらかすみたいで嫌なんだ」って全否定してもらうのだ。


 はぁ……先輩、なんて硬派なの。好き。大好き。はぁ、好き。


 気付けば紅茶を飲み干していた。

 適度にお腹が膨れたせいか、睡魔が私を誘いに来た。


 まだ夕方だけど明日も休みだし、夜眠れなくなっても良いかなー。


 怠惰の塊のような考えでベッドに横たわると、すぐに意識が飛んでいった。



********



「……ん」


 カーテンの隙間から差し込む光で目が覚める。

 あれ、朝まで寝てしまったのかな。


 それにしてもおかしい。

 私の部屋の遮光カーテンは強力で光が差し込むなんて有り得ないのだけど……。


 部屋を見渡して、ばっちりと目が覚める。


 どこだ、ここは。


 見たことのないベッド、見たことのない壁、本棚、机……ぬいぐるみ。

 自分を見れば見たことのないパジャマを着ている。


 え……私、どうしたんだっけ。

 友達の家に来たとか?でも記憶がないよ?


 それに……自分の手がやたら白くてつやつやしている。

 お人形さんのように綺麗な手は、私が憧れていたもの。

 だけど二十何年生きてきて、手に入らなかったものだ。私は地黒だからね……。


 もしかして、という気持ちで近くにあるドレッシーな鏡台へと近付いていく。

 するとそこには――


「嘘でしょう……!?」


 私が憧れていたお人形さんのように美しい少女が映されていた。

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