第2話:幼馴染が迎えに来た!
鏡に映る自分に驚きつつも、身支度を整える。
映画やドラマの主人公なら躊躇って何も出来ないのだろうが、私は生粋のヲタクだ。
入れ替わりや異世界作品を何百と嗜んできている。
テンプレの「一体どういうことなの……?」なんて躊躇いはしない。
きっとこれは夢なのだろう。
あぁ、なんて都合の良い夢!妖精さんありがとう!!
現実世界では既にガラケーと呼ばれる折り畳み式の携帯電話を発見した。
それで日にち確認すると、今日は平日。ということは学校がある。
そしてハンガーにかかっているのは、憧れていた貝ヶ咲中学校のもの。
と、いうことは……ということはだよ!?
私は憧れの葵先輩と同じ学校に通っている生徒ということになるのではーー!?
時計を見上げると午前七時半。
家の中をそうっと見まわしてみたけれど、誰もいない。
仕方ないのでキッチンにある紅茶を淹れて飲むことにした。
棚を開けると可愛いティーカップがたくさん並んでいてテンションが上がる。
あっ!憧れていただけで買えなかった有名ブランドの星座シリーズのカップが……!
可愛くて欲しかったんだけど、お値段が可愛くないから買えなかったんだよね。
束の間の夢ならば、遠慮せずに使っちゃおうっと。
躊躇いもせずに星座シリーズのティーカップを取り出し、紅茶を注いだ。
紅茶を飲みながらぼんやりと、眠りにつく前について思い出す。
そういえば眠る前に紅茶を飲んで妖精に願ったんだっけ。
"夢小説の中に行きたい"って。
そのあと、急に眠気が来たんだよね。それで今私は夢の中にいると思うんだけど。
こんなはっきりした夢って初めてだから、少し不思議な気分かも。
願いが叶ったとすれば、これは私の書いた夢小説の中なのかな。
確かに先ほど居た自分の部屋も、家の作りも私の理想通りだ。
だとしたら家族がいないのも頷ける。
私はラブコメなどでよくある都合の良い設定を採用していたから。
それは『両親が海外出張のため実家に一人暮らし状態』というスキルだ。
このスキルがあればいつでも異性を家に連れ込みラッキースケベを行うことが出来るんだよね。
専ら男性向けゲームとかに多い設定なんだけど、私は憧れていたので自分の夢小説にもその設定を採用していた。
うーん。それにしても……何度見てもすごく綺麗な手だなぁ。
華奢で真っ白だし、足だって余計な肉がついていないせいかすっごく軽い。
いかに現実の自分がデブだったか分かる。
いや、健康診断では標準体型だったけどね!
自分の身体にみとれていると、インターフォンが鳴った。
「はーい!」
勝手知ったる他人の家とはよく言ったものだけれど、ここは私が作り出した家なのだから最早第二の家と言っても良いだろう。
小走りで玄関を開けると、そこには綺麗な顔をした男の子が立っていた。
「えっ、蘭子。まだ準備していないのか?」
私と変わらない身長。つんとした表情。
そして着ている貝ヶ咲中学の制服。彼はもしかして――
「えぇっと……右京?」
「なに?」
「おぉ、やっぱり右京!」
「え、本当にどうした……?」
作品では主人公のライバルとして切磋琢磨するクールボーイであるが、夢小説の中では私の幼馴染という位置づけにしてある。便利だよね、幼馴染って!
「学校、遅れるぞ?」
「あ、ごめんね。すぐに準備するね」
気付けば時計は八時をまわっている。
右京と幼馴染設定にしておいてよかったなぁ。
だって学校までの道順分からないから行きようがなかったんだもん。
とりあえず何がいるか分からなかったので全ての教科書と体操服を詰め込んでおいた。
道を覚えるためにきょろきょろしていると右京に落ち着きがないと怒られた。
だってこっちとしては死活問題だよ。
帰り道を覚えないと家にたどり着けないもん。
まぁ、それまでにこの夢が覚める可能性もあるんだけどねー……。
出来れば蒼先輩とイチャイチャするまでは夢の中に居たいなぁ。
校門が見えてきた瞬間、「わぁっ……!」と声をあげてしまった。
だってアニメで観た通りなんだもの!
海沿いにあるこの学校は白を基調とした気品溢れる校舎。
ベンチなんかは海をイメージした水色が多く、まるでカフェのようにお洒落だ。今風に言うならばフォトジェニック。
「蘭子、今日おかしくないか?」
「そ、そうかな?」
いけないいけない。夢小説の中の私ってどんなんだっけ……?
なんか大したことをしないでも先輩に好かれていたような気がする。
と言うか、そうだ、先輩!先輩はどこだ!?
「ねぇ、右京。蒼先輩に訊きたいことがあるんだけど、一緒に行ってくれない?」
何故なら校舎がどうなっているか分からないから。
先輩のクラスもあやふやだしね……。
夢小説の中っていうなら、きっと私達はもう付き合っていると思うんだけど……どうだろう。
もしかしたら付き合う前のドキドキを楽しんでいる期間かもしれないな。
どちらにせよ、先輩とイチャイチャできればいいんだけど!
右京なら蒼先輩と部活も一緒だし、結構懐いているはずだから良いよって言ってくれるはず。
「蒼先輩って、誰?」
「えっ?」
右京は何を言っているんだ。
「蒼先輩だよ。ほら、部活の先輩のさ……」
「部活……まだ俺、どこにも入部していないけど」
「えっ」
間抜けな声が連続で出てしまった。
いやいやいや待って。
夢小説の中ではわたしは主人公たちと同じ二年生で、一つ年上の先輩を慕っているはずで……。
ぞくりと背筋が凍り付く。
そういえば、ハンガーにかかっていた制服はすごく綺麗だった。
目の前にいる右京が着ている制服なんて、少し大きい。
まるでこれから成長するのを待っているかのように。
「ねぇ、右京。学年の色を忘れちゃった。二年生が緑で、三年生が青だったっけ……?」
確かアニメでは学年ごとに体操服や上靴の色が違った。
二年生である主人公たちは緑、そして先輩は青色、一年生は赤だったはず。
私の問いかけに右京は呆れながら、下駄箱から上靴を取り出す。
「何言ってるんだよ。二年生が青で、三年生は赤、俺たちが緑だろう」
取り出した上靴は緑。
と、いうことは……。
私達は一年生……!?
ど、どういうことっ!?
夢小説の世界では、というか原作でも主人公たちは二年生から物語がスタートしたし一年生の世界なんて知らないんですけど……!?
「蘭子、やっぱり変だぞ。なにかあったのか?」
心配そうにこちらを窺う右京に大丈夫だと微笑んでみる。
先輩に会うにはどうしたら良いんだろう。
そんなことを考えながら十年近く前に習ったはずの勉強と向き合った。
正直、既に難しかった。
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