第3話:右京からのエール

「疲れた~……」


 既に四月の半ばということで、授業はフルで行われた。

 中学一年生の授業ってこんなに難しかったっけ。

 数学なんて、大人になると実際使わないからなぁ。


「蘭子ちゃん、部活見学行こうよ」


 ホームルームを終えて寄ってきてくれたのは、どうやらこの世界の友達らしい雪香ちゃんと明里ちゃんだ。

 二人で居てくれたおかげで移動教室やトイレもスムーズにこなすことが出来た。

 右京が同じクラスだったから最悪右京に案内してもらうつもりだったけれど、さすがにトイレはね……。

 いくら夢の中とはいえ、男の子を連れションに付き合わせるのは可哀想だ。


「行こう行こう。二人はどこに入部するつもりなの?」

「吹奏楽が良いかなぁって思ってるの」

「雪香ちゃんなら似合いそうだね。明里ちゃんは?」

「運動部かなぁ。まだ決めてないんだけどね」


 えへへ、と照れくさそうに笑う二人に笑い返し早速移動しようとすると右京に呼び止められた。


「右京?どうしたの?」

「今日、体調悪いみたいだったけど大丈夫か?まだ悪いなら家まで送っていくけど」

「あぁ~」


 そういえば朝から心配されていたんだっけ。

 うーん。正直、家まで帰れるか不安だし一緒には帰りたいんだよね。

 でも一刻も早く先輩を見つけたいし、雪香ちゃんたちと部活見学に行きたい気持ちもある。


「部活見学したいから……」


 帰りに待ち合わせしようよと言いかけるより先に右京が「分かった」と頷いた。


「じゃあ、俺が付き合ってやる」


 右京の一言に雪香ちゃんたちがきゃあっと小さいながらも黄色い声をあげた。

 待って、変な勘違いしないで。右京は幼馴染なの。私が好きなのは蒼先輩なの。


 だけど訊かれてもいないのにそんなことを言ったら余計に怪しまれる。


「蘭子ちゃん、体調悪いなら海若くんに付き合ってもらった方がいいよ」

「うんうん。また明日、部活見学の話しよう。それ以外も……ね」


 これは明らかに私が右京とそういう仲だって疑ってるな……。

 明日が来るかどうかは分からないけれど、私は二人に分かったと約束して右京と歩き出した。



「それで、どこに行きたいんだ」

「うーん……陸上部かな」

「陸上?入部するつもりなのか?」

「ううん、確認したいだけ」

「何を?」


 蒼先輩が居るかどうかだよ、とは言えずにいると右京が勝手に納得した。


「あぁ、兄さんか」


 兄さん。その言葉は蒼先輩へと近付く大きな一歩だ。

 海若元就。右京のお兄さんである彼は、蒼先輩と同学年。

 右京はお兄さんと二人で貝ヶ咲の海若Wエースとして作中では名を馳せていた。


 主人公が転校してくるまでは、右京がぶっちぎりの天才エース様だったんだよね。

 主人公という存在により、右京は完全に当て馬にされちゃったけど。


「元就……くん、居るかな」

「居るだろ」


 呼び方はこれであっていたみたい。

 連載夢小説の中でわたしは海若兄弟と幼馴染で、元就くんをずっと好きだったというややこしい設定までついているのだ。

 あまりに鈍感な元就くんへの恋心を蒼先輩に相談しているうちに、気付けば蒼先輩を好きになって付き合いだすという話だった。


 元々キャラクターデザインで元就くんに一目惚れして作品も観たんだよねぇ。

 そしたら蒼先輩にどっぷりハマってしまったから、ちょっとそのあたりの複雑な心境を反映させてみたんだけど……よく考えると夢小説でその設定はいらなかったかな。


「おまえもよく懲りないな」


 右京の言葉に首を傾げると「兄さん、鈍感だろ」とため息交じりで言われた。

 そっか、この世界では右京は私が元就くんを好きだって思っているのね。

 そういう設定にしたのは自分だし仕方ないけれど、実際は蒼先輩の事で頭がいっぱいなのよ。


 曖昧に笑って誤魔化すと「応援してるから、俺は」と右京からエールをもらってしまった。

 ありがとう……だけど、私が好きなのは蒼先輩なの……。

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