第4話:憧れのお兄ちゃん

 右京に付き合ってもらい陸上部までやってくると、思ったよりも賑わっていた。

 こんなに部員多かったっけ……?

 あぁ、でもそうか。

 私が知っているのは今の三年生が卒業した後だもんね。

 作中では主人公の学年メインで描かれていたから分からなかっただけかな。


 えぇと、蒼先輩はどこだろう……。

 きょろきょろしていると右京が「大丈夫なの」と尋ねてきた。


「なにが?」

「体調」


 どうやら未だに心配してくれているらしい。

 もう何度目か分からない『大丈夫だよ』を伝えると右京は「無理させたらおばさんに怒られるからな」と小さく笑んだ。

 クールな男の子が小さく笑うのって良いよねぇ。絵になります。


「あれ、右京じゃないか」


 声の方向を見ると、きらっきらの美男子が居た。

 うわぁ……若手俳優に居そう!なにこのオーラ!

 身長が高いし、地毛なのか髪色は少しだけ栗色がかっている。


「なんだ、蘭子も来ていたのか」


 にっこり笑う彼の目は、どこか右京に似ている。

 髪形、身長的にももしかして……


「元就、くん……?」

「うん、どうした?」


 やっぱり!海若元就、ここに見参!!!


「蘭子、体調でも悪いのか?熱でもあるんじゃないだろうな」


 ぼうっと見とれていた私を不審に思ったのか、私の額に彼の額がこつんとあてられた。


 きゃー!

 私が夢小説で書きそうな展開になってしまったー!!


 うっ……近いっ!距離が近いっ!

 緊張しすぎて息ができない……!


「んー……熱はないみたいだけど、やっぱり頬が赤いな」


 元就くんのせいだよ!とは言えないので曖昧に笑んでおく。

 やっと額が離れる頃には、私の顔は頬だけでなく全体的に熱くなっていた。


「右京、あんまり無理させるなよ」

「いや、むしろ体調悪そうなのに部活見学行くなんて言うから付き添ってるんだよ」

「あぁ、そういうことか。蘭子は頑固だからなー」


 兄弟らしい会話を聞きながら、ついきょろきょろと周りを見てしまう。

 蒼先輩はどこなんだろう……。


「どうした蘭子、誰か探しているのか」

「えっ、いや、あの……いっぱい居るなぁって思ったの」

「あぁ、そうだな。うちの陸上部はやっぱり人気だからなー」


 そういえば、この学校は"海上の城"って呼び名が着くくらいの強豪校なんだっけ。


「蘭子も陸上部に入部するのか?」

「うーん……考え中、かな。マネージャーとかも募集してる?」

「おう、しているぞ。蘭子が入部したいなら俺から先生にも言ってやるからな」

「ありがとう、元就くん」


 幼馴染設定が活きているのか、元就くんはお兄ちゃんらしく面倒をみようとしてくれているようだ。

 実際は私の方が大分、年上なんだけどね。ははは……。


 まぁ、夢小説の中では私は中学生だし?変幻自在に年齢なんて操れるし?

 つまり私が神だと結論づけて、一人納得する。


 ……でもいいなぁ、こんなお兄ちゃんがいたら。

 私は現実でも一人っ子だったし、幼馴染らしい幼馴染もいなかったんだよね。


 だから夢小説の中とはいえ、少しだけヒロインが羨ましい。

 こんな風に、なんでも頼れる存在が居てくれるってどれだけ心強いんだろう。


「元就ー、ちょっといい?」


 プリントを何枚か抱えながらやってきたのは元就くんと同級生らしき先輩。

 その先輩を見上げると、決して派手ではないけれど上品で端正な顔立ち。


 もしかして、もしかして!!


 今度こそ蒼先輩かっ……!?


 先輩はこちらの熱視線に気付いたのか、ちらりとこちらを見た。

 私はここぞとばかりに最上の笑顔を浮かべ挨拶する。


「初めまして、一年の西條蘭子といいます」

「あ……初めまして」


 先輩ったら、どこか顔が赤くなっていない!?

 もしかしてこれは一目惚れルートか!?


 一目惚れかぁ~。一目惚れって見た目しか好きじゃないみたいで、設定的にはあんまり好きじゃないのよね。

 まぁそのくせ夢小説の中では超絶美少女設定にしちゃうんだけど。

 あれは、まぁ……テンプレみたいなものだから仕方ない、うん。


 どうせなら中身を好きになってほしいけれど、いつ覚めるか分からない夢だしなぁ……今回は特別に、このまま一気に急接近したって良い!


 元就くんへと視線を戻した先輩をドキドキしながら見つめる。

 あぁ、これが憧れた先輩なのね。

 良いのよ、もうぎゅっと抱きしめてくれていいのよ。


 折れそうなほどに強く強く抱きしめてもいいんですよ、せんぱーいっ!


「んで、どうしたんだよ秀介」


 えっ、秀介?


 ……蒼先輩じゃないじゃん!!!!


 なんだよ、笑顔を振りまいてドキドキして損したよ。

 確かに蒼先輩にしては平凡な顔立ちだと思ったんだ。


 ってか秀介って誰だよ!覚えがないよ!完全にモブじゃん!!!!


「……蘭子、本当に大丈夫?」


 私の心が顔に出ていたのか、本日何回目か分からない右京からの大丈夫を聞く羽目となってしまった。


 うん、大丈夫だよ。

 ちょっと勝手に勘違いした自分が恥ずかしいだけだから……。


 あーあ。蒼先輩は一体どこにいるんだろう……。

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