第10話
「ふんふふ~~ん♪」
「おい、鼻歌」
「あれ、また歌ってた?ごめんごめん」
「……」
不審そうにこちらを見つめる右京。
だけどそんなこと気にしていられない。
「ねえねえ、髪の毛良い香りしない?ヘアコロンつけてみたの」
昨日蒼先輩に会えたのが嬉しくて嬉しくて仕方がない私は帰ってからドラッグストアに行き、ヘアコロンを何種類か買ってみた。
小さなスプレータイプだから、カバンにも忍ばせられる優れものだ。
香りを嗅ぎ比べているうちにどの香りが良いのか分からなくなり、数種類買ってきたのだけど……蒼先輩の好みの香りはなんだろう。
とりあえず身近な男の子代表として右京の意見を取り入れることにしよう。
「ねぇねぇ、どう?どうってば」
「んー……臭くないか?」
「えっ!?嘘でしょ?!」
「トイレみたいな匂いがする」
ト、トイレだと……?!
確かに今日つけているのはフローラルな香りで、トイレの芳香剤でもフローラルは多いけれど!でも!!
同じフローラルでも全然違うでしょう!?
「うそ!臭くないよ!ちゃんと嗅いでよ!」
「おい、髪の毛を押し付けるな!」
「じゃあ良い香りって言って!」
「イイカオリ」
「棒読みじゃん!!右京のばかばか!……本当に臭い?」
私的には好きな香りだったんだけど……。
香りの好みは千差万別だし、一般的に臭いんだったらこれは使用中止にしなくては……。
「よくわからないが、俺はこういう変な匂いが嫌いなんだ。でも兄さんなら好きかもしれない。だから俺に聞くな。俺にはわからない」
逃げるように言い切る右京の横で視線を落とす。
さっきまで良い香りに包まれて自信たっぷりだったのに、臭いと言われた今となっては誰にも会いたくない……。
もう帰っちゃおうかなあと中学生特権(仮病)を発動しようかと考えているうちに学校へとついた。
憂鬱な気持ちで教室までいき、出来るだけ香りが広がらないように慌てて髪をくくる。
「おはよう、蘭子ちゃん」
席について髪をくくっていると、明里ちゃんが気付いて机まで来てくれた。
「おはよう、明里ちゃん」
「蘭子ちゃん、髪の毛まとめたの?」
「うん……邪魔かなって」
「良かったら私にやらせてくれない?編み込みしてあげるよ」
「えっ、でも……」
右京に臭いって言われたし、明里ちゃんに『蘭子ちゃんの髪、くさーい』とか言われたらどうしよう?!
「蘭子ちゃんの髪の毛アレンジしてみたかったんだ~♪」
私の不安など知らず、うきうきでヘアブラシを胸ポケットから出している明里ちゃん。
これはもう、お願いしますとしか言えないよね……。
明里ちゃんにアレンジをお願いする際に、一応『今日サンプルでもらったヘアオイルを試してみたんだけど、少し変な香りかもしれない』と伝えたら『たまに嫌いな香りあるよねえ』と同情してもらえた。
よし、これで臭くても大丈夫なはずだ……!!
予防線をばっちり張ってから明里ちゃんに髪を委ねる。
「蘭子ちゃんの髪の毛、さらさら~」
「えへへ……ありがとう」
そう、髪の毛サラサラなんだよね。
現実の私は色んなトリートメントやオイルを試しても全然サラサラにならなかったのに。
ここまでの差があると、やっぱりヘアケアうんぬんより体質なのかなぁなんて思っちゃう。
そんなこと考えて諦めたらそこで試合終了だから、ケアはするに越したことないんだけどね。
「明里ちゃん、手慣れてるね」
てっきりただのノリで言っただけかと思ったのに明里ちゃんの手はすらすらと編み込みをしてくれる。
「うん。練習しているから」
「練習?」
「実は美容師になりたいんだよねえ」
「美容師さんに?そっかぁ……」
私の同級生にも美容師を目指したいと言う子はいた。
けれど、高校生になって考えが変わったり、専門学校を卒業後、美容師として働きだすもすぐに辞めてしまう子が多くて……結局、本当に美容師として活動している同級生は数人いるかいないかだ。
そんな現実を知っているから明里ちゃんの夢も叶わないかもしれないな、なんて思ってしまった。
だけど、もしもそれが今の明里ちゃんの夢ならば――
「明里ちゃんが本当になりたかったら、なれるよ。そうしたら私お客さんとして行くね」
そんなの、応援するしかないよね。
私の言葉に明里ちゃんは照れ臭そうにお礼を言った。
そうかぁ。中学一年生って、まだまだ無限大に未来を描ける段階なんだ。
そんなことを実感して少しだけくすぐったくなる。
「そういえば蘭子ちゃん、すごく良い香りするね~。さっき言ってたヘアオイルなのかな?お花の可愛い香り~」
「え!本当っ?!臭くないっ?!」
「全然臭くないよ~!私もつけたいくらい。どこのヘアオイルなの?高い?」
「……実はこれ、薬局で498円で売ってたヘアコロンなの。でもね、今朝、右京に訊いたら臭いって言われたからショックで……だから髪の毛から香りがしないように慌てて括っていたの」
「えぇー、そうだったの?すっごく良い香りだよ?甘すぎないし、優しい香りで、蘭子ちゃんにぴったり!」
「あ、明里ちゃん……!!」
明里ちゃんの言葉に自信を取り戻した私は振りかえって後ろの席にいる右京をきっと睨んでみた。
右京は男友達と談笑していて、こちらを見ない。
右京のばかばか!
明里ちゃんは良い香りだって言ってくれたもんねーー!
「でも、それなら髪の毛ほどいた方が香りが広がるかな?ほどこうか?」
「ううん、せっかく明里ちゃんが結ってくれたからこのままでいる。すごく可愛いもん!明里ちゃん、とっても器用だね。どうもありがとうっ!」
自分では出来ないような女子力の高い髪型に見とれていると『またいつでもやらせてね』と明里ちゃんが照れ臭そうに微笑んだ。
こんなに可愛い髪型をしたのは初めてかもしれない。
あぁ、早く蒼先輩にも見せたい!
可愛いねって言われたらどうしよう!きゃあっ!
逸る気持ちと緩む頬を引き締めなくてはと思うのに、頭も心も蒼先輩でいっぱいだった。
はやく放課後にならないかな。
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