第17話


 右京の計らいのおかげで、週に何度か陸上部に顔を出す正式な理由が出来た。


 タイムを計ったり、ちょっとした手伝いだったりとマネージャーのようだけどマネージャーと呼べるほどしっかりはしていない。

 というかマネージャーが必要なほどではないんだよね……。


 他の学校はどうか分からないけれど、少なくともうちの陸上部に限ってはマネージャーがいても居場所がないと思う。

 だって週に二回か三回顔を出すだけで事足りるくらいの用事だもん。


「部長、タイムこれで全部まとめました」

「あぁ、ありがとう。……うん、だいぶ良い感じになってきたな。じゃあこれ、あとで二年の山城にも渡しておいてもらえる?」

「え、山城先輩ですか……?」

「うん。顔は分かるよね」

「はい。……わかりました」


 山城先輩かー。アニメにも出てきていたけど、どっちかっていうと性悪キャラで苦手なタイプなんだよね。

 私はとにかく優しい人が好き。蒼先輩のように優しくて穏やかな人が大好き。

 山城先輩はアニメでやたらと主人公に絡んでいて、見ていてハラハライライラしたんだよね。

 どうして実力がない人ほど突っかかってくるんだろうねー。やだやだ。


「山城先輩、今良いですか?」

「あー?なに?」


 この態度の悪さよ……。

 蒼先輩なら「どうしたの?」って穏やかに笑んでくださるというのに!

 山城(先輩)のばーーーか!犬のフンでも踏んでしまえ!!


「部長からタイムのまとめを渡すよう言われまして……」

「おー。サンキュ。……これ、おまえがつけたんだっけ」

「え……はい、そうですが」


 ペラペラとめくってフゥンと言う山城先輩の言葉の続きを待つも、何も発さない。

 もう戻っていいかな……。


「あの、失礼しまーー」

「ここ、見難い。五十音じゃなくてタイム順に今度から書き直してこい」

「え、でもリストは五十音順になってまして……」

「んなもん手書きで白紙に書き直せばすむことだろーが。ばかかてめぇは」


 む、むかつくを通り越して怖いよーーー!!!!!!


「……次回からそうさせていただきます」

「おう」


 く、くそくそくそくそ!!!なにが「おう」だボケ!!!!!

 偉そうに言うならおまえが書かんかい!!

 心の中がむしゃくしゃしつつ歩いていると木陰で休んでいる蒼先輩とばっちり目があった。


 う、うわああ……。

 今、私、般若みたいな顔していたんじゃなかろうかっ!?


 先輩は小さく手招きしている。……おいでってことかな?

 脳内で勝手にそう変換し、そうっと先輩へと近付くと先輩は笑んだまま小さな声で「隣おいで」と囁いた。


 たったそれだけで胸がキュンと鳴り響く。

 あぁ、今の私なら空も飛べそう。いや飛べる。きっと飛べるはず。


 先輩のお言葉に甘えて少し距離をあけて隣に並ぶと、先輩の方から距離を詰めてきた。


 え、あ、せ、先輩っ!?そんなに近付いちゃ……!

 ううう、もう、触れちゃいそう、というか腕が既に触れていますっ!!


 先輩は更に顔を近づけてきて、他の人には聞こえないくらいの声で話し始める。


「大丈夫だった?」

「えっ……なにがですか」

「さっき山城になにか絡まれてなかった?怖い思いしていない?」

「あ、蒼せんぱぁい……」


 なんということでしょう。

 先輩は私が不安になっている姿を見つけ、心配だから声をかけてくれたようです。

 あぁもう……敵わないなぁ。

 こんなの、きっと皆先輩のこと大好きになっちゃうよ。

 というか実際にアニメでも先輩はみんなから好かれていたけど。


 逆に右京はファンクラブはあったのに一部の男子からは嫌われていた。

 まぁあの人ハッキリしているからね。意外と敵も作るのよね。


「あいつ言い方きついから。何を言われたの?」

「えっと……タイムの書き方が見難いって言われて」

「書き方は教えてもらえた?」

「えっと……はい。白紙の用紙にタイム順に書くよう言われました。だから次回からそうするつもりです」

「そっか。西條さんは偉いね。いつもよく働いてくれて助かってるよ。どうもありがとう」

「そ、そんな……!私なんてまだまだです」

「ううん、助かってるよ。もしもなにかあったらいつでも相談してね。それじゃ」


 先輩は休憩が終わったのかドリンクを置いて木陰から出て行ってしまった。

 はぁ……さっきは山城に嫌な呪いをかけてしまったけれど、解除しておこう。

 山城のおかげで蒼先輩と話すことが出来た。それも自然に!

 蒼先輩から全夢女子の九割以上(当社調べ)が憧れている「おいで」も言ってもらえて幸せの絶頂だ!

 山城よ、ありがとう!いや、山城大先輩!!!


 私は早速鼻歌を交えながら木陰でタイムをまとめはじめた。

 どうせなら山城先輩がびっくりするくらい見やすい表を作ってやろう。


 そして驚いた山城先輩が更衣室で「西條の作る表、すっげー見やすい。あいつすげーな」などと褒めればウィンザー効果により私の評価は鰻登りするはずだ。

 ふふふ、待っていろよ山城先輩。あっと驚くような表、作ってやるんだからなーーー!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る