第19話

 コンビニの外で右京が買い物するのを待っていると、蒼先輩がいつも通り人当たりの良さそうな顔でこちらへ気付き、やってきた。


「西條さんも、寄り道?」

「え、えぇ……そうです」

「そっか」


 先輩は私がもたれかかっていた壁の隣にやってきて、同じように壁へともたれた。

 なんだか距離が近い……。

 先輩ってパーソナルスペースが狭い人なのかしら。

 私はどちらかというと広い人間だから、あまり近付かれると必要以上にドキドキしてしまう。


「データ見たよ。すごく綺麗にまとめてくれていたね、ありがとう」

「え、あ、は、はい……」


 うわーん、ドモりすぎだ!わたしの馬鹿!

 大丈夫。現実の私と違って今の私はすっごく可愛いんだから。

 にこっと微笑むだけで天使のように愛くるしいのだから、そんなに緊張しなくたって良いのだ。

 うん、うん……大丈夫。ヒッヒッフー……ってこれは違うな。

 スーハースーハー……よし、深呼吸もしたしばっちり、のはず!


「えっと……データ、お役に立ちそうですか?」

「勿論」


 にこっと微笑む先輩が眩しい。

 あぁ、もう……大好き。


 夕焼けが空を真っ赤に染め上げている。

 かの有名な夏目漱石はアイラブユーを「月が綺麗ですね」と訳したそうだけど、私はこの夕陽に気持ちをこめたい。


「夕陽が、綺麗ですね」

「そうだね」


 今の先輩の返事はミートゥーで良いのかな。いや、良いわけないよね。

 分かってはいるけど、ついつい心が弾んでしまう。

 良かった。「明日の夕焼けはもっと綺麗ですよ」とか言われなくて。


「あのさ……西條さんはどうして陸上部の手伝いをしようと思ったの?」

「え……」


 唐突な問いかけについ首を傾げてしまう。


「ただ聞いてみたかっただけだから、そんなに固くならないで」

「あ……はい。えっと、入部は諸事情により出来ないんですけど部活に接したいなーと思いまして」

「そうなんだ。諸事情っていうのは聞かない方が良い?」

「そうですね……はい」


 まさか私が入部すると部活の未来が変わる可能性があるからとは言えない。


「そっか。俺はてっきり好きな人がいるからかなって思っていたんだけど」

「えっ……!?」


 す、好きな人!?今好きな人って言ったよね!?

 もしかして私が蒼先輩のことを好きって気付かれているのかしら……?


「あ、あの……」

「でも今日、山城とも良い雰囲気だったからさ。違ったかなって」

「えっ?山城……先輩、ですか?」

「そう。あいつ確かに言い方きついけれど良いやつだからね。まぁ誰を好きになろうと俺は西條さんの味方だから、遠慮せずに相談してね」


 どうして私は今、好きな人に恋愛を応援されているんだろう。

 私が好きなのは、蒼先輩だけなのに。


 アニメを観ている時から、ずうっと蒼先輩だけが好きだった。

 知れば知るほど蒼先輩に夢中になって、アニメの放送が終わってからも大好きで大好きで大好きで……。


 あふれ出る情熱のぶつけるかのように、夢小説をたくさん書いた。

 連載小説は毎日のように更新して、今じゃ何ページあるか数えきれないほどだ。


 夢小説の中では幸せだった。

 私は蒼先輩のことが大好きで、蒼先輩も私の事が大好きで。

 たったそれだけのことが、どうしてこの世界では出来ないんだろう。


 私の夢小説の中に入りたいって願ったのに、どうしてピントのずれた世界に来てしまったのだろう。


 あぁ、もう、やだな。


 ……泣きそう――


「蘭子、お待たせ。ほら、急いでいるんだからすぐ行くぞ。あ、葵先輩。先に失礼します」

「あぁ、右京と一緒だったんだね。うん、二人ともお疲れさま。またね」


 引きずられるかのように手を引かれ、早歩きで進む右京に精一杯ついていく。

 コンビニが見えなくなる曲がり角まで来ると右京は手を離し、歩くペースを落とし始める。


「どうした」

「どうしたって……」

「なにか叱られたのか。おまえが泣きそうな顔していたから連れ出したんだが」

「そんな顔……」


 していない、とは言えない。だって本当に泣きそうだったから。


「アイス食べろ。解ける」


 右京が買ってくれた六つ入りのチョコレートコーティングされたアイスの箱を開くと星型が一つ入っていた。

 なんとなくそれは最後に食べようと、ノーマルな丸い形のアイスを口へと入れた。


「……おいしい」

「よかったな。それで、どうした」

「……」


 右京に話してしまおうかな。

 だけど蒼先輩を好きになったって伝えても、私の心情まで理解してもらえるわけじゃない。


「言いたくないなら良い。だけど我慢はするな。もしも言いたくなったらすぐに言え」

「……右京は優しいね」


 その優しさはきっと、共に育ってきたヒロインちゃんに向けたものなのだろう。

 それでも今はその優しさにすら縋りつきたい。


「右京が話聞いてくれて少し楽になったよ、ありがとう。お礼に一個アイスあげるね」

「あぁ」


 右京にピックを渡してやると、迷うことなく星型のアイスをさして口へと放り込んだ。


「えぇっ!?普通それ食べるっ!?」

「な、なんだよっ。一番手前にあったから食べたんだ」

「いやいやいやいや、星型……えぇ、ちょっと、右京~……えぇっ!?」


 あーあ。星型を食べる時は願い事を心の中で唱えながら……というのが私の小さなおまじないだったのに。

 軽く膨れる私を見て右京は「ごめん」と謝っている。


 その様子が面白かったので、許してあげることにした。

 でも、次はないからねっ!

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夢見る世界で貴方の隣に 邑崎サブレ @amaranth

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