第8話

 運動場へ行くと、すぐに元就くんがこちらに気付いてくれた。


「右京、蘭子。今日も来たのか。どうだ、そろそろ入部を決めたか?」

「あはは……」


 元就くんの人の良い笑顔に騙されそうになる。

 私を客寄せパンダにしようとしていることは右京から聞いて知っているんだからね!


「なんだ、まだ決めてないのか。まぁ今月いっぱいは仮入部期間だし、ゆっくり見学すると良い。入部してみてやっぱり辞めたってのも可能だからとりあえず入部するってのも有りだぞ」

「……元就くん、私を客寄せパンダにするつもりでしょう」

「ははっ」


 笑った!これは肯定と捉えてよいのでは!?


「ちょっと!私は客寄せパンダじゃないんだよ!人権を尊重してよ!」

「おー、難しい言葉を知ってるな。よしよし」


 そう言って頭を撫でてくる元就くんの手を勢いよく払……えたら、格好良いんだけどね。払えない。

 くっ……頭を撫でられるシチュエーションは私が大好きでよく書いていたものだ。


 私には兄もいないし、彼氏もいなかったから少女漫画で読むたびに憧れていたんだよね。

 頭を撫でられるって、普通なようで意外に現実世界でされることなんてなくない?大人になったら尚更。

 そうかぁ……こんな感じなんだ。

 ついつい顔がにやけそうになる私を右京が「良かったな」とでも言わんばかりの顔で見ている。

 別に元就くんだから嬉しいわけじゃないんだけど、自分よりもずうっと大きくて逞しい手に撫でられるのがドキドキしないと言えば嘘になる。

 今の私はどんな顔をしているのかな。もしかして、恋する乙女みたいな表情だったかもしれない。


「仲良くしているところ悪いんだけど、ちょっと良いかな」


 横からの声に顔を向けると、品の良い顔立ちの人が立っていた。

 昨日まではいなかったような……?

 三年生かな、と思いかけて「あっ」と思わず声がこぼれた。


 着ているジャージの色は、青。二年生の色だ。

 そして昨日まで見かけなかった。と、いうことは――


「おぉ、どうした蒼」


 ぎゃあああああああああああああ!!!!やっぱり蒼先輩だったああああ!!!!!!!


 え、ちょっと待って。最悪すぎない?

 ちっ、違うんです、元就くんと仲良くなんかしていないんです!!!

 頭を撫でられたのも、その、冗談みたいな感じで!!!!!!


 訊かれてもいないのに心の中で精一杯弁解する。

 浮気なんかしていないのに、まるで浮気した時のように気まずい。


 そんな私を気にすることもなく蒼先輩は「今日のメニューなんだけど」なんて淡々と元就くんに話している。

 うわあああ、最悪。挨拶するタイミングも逃してしまったし、これって下手したら元就くんの彼女だと思われていないか!?


 ちがいます、ちがいますよ、先輩っ!!!

 私はあなたの(未来の)彼女です!!!!!!!!!!!!!!!!!


 二人の話が一息ついたところで蒼先輩がこちらを見た。

 う……格好良い。と、いうか、蒼先輩って分かったせいか見つめるだけで胸がうるさい。ドキドキが止まりそうにない。


「ごめんね、邪魔しちゃって」

「とんでもないです。こちらこそ部活中なのにごめんなさい。部活見学が不安だからって、幼馴染につい頼ってしまって……」


 訊かれてもいないがさりげなく幼馴染であり恋人じゃないですよアピールをする。


「あぁ、幼馴染なんだ。えぇと、二人とも?」

「こっちは俺の弟だ。まぁこっちも妹みたいなものだけどな」


 元就くん、ナイスッ!

 そうそう、妹みたいなものなんです。恋人じゃないですよーとさりげなく頷いておく。


「あぁ、確かに似ているかも。二人とも入部するの?」

「俺は……」

「二人とも考え中なんです。ね、右京」


 右京は戸惑った顔をしたけれど曖昧な返事で誤魔化してくれた。

 さすがクールボーイ右京。


「そっか。二人とも、入部したらよろしくね。それじゃ、俺は戻るから、またね」


 小さく手を振り去っていく蒼先輩の姿を見つめながら泣きそうになるのをぐっとこらえる。

 はぁ……好き……。先輩……。


 すっかり恋する乙女モードになってしまった私は、右京に引っ張られるようにして帰路へとついた。

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