第14話

 季節は廻りあっという間に緑が生い茂る五月となった。

 ゴールデンウィーク中、右京は部活が朝から晩まであるらしく私は空いた時間で明里ちゃんと遊ぶ約束をした。


「買い物、楽しいねー!」


 二人で一通りショッピングモールを見て、安いファーストフード店で一息つく。


「明里ちゃん、バスケ部忙しいのに付き合ってくれてありがとね」

「全然!バスケ部、まだゴールデンウィーク中は一年生の練習短いからさー。全然身体なまっちゃうっていうか、退屈だったの」

「ならよかった。雪香ちゃんは吹奏楽部が既に忙しいらしいし、明里ちゃんだけが頼りだったよ~」

「あはは、蘭子ちゃん部活入らなかったもんねぇ。てっきり陸上部に入るのかなーって思ってたんだけど?」


 右京がいるからだろうか。明里ちゃんはにたぁっと有名な童話に出て来る意地悪なシマシマ猫のように笑んだ。


「陸上部はね~……入りたかったけど、ちょっと……」


 客寄せパンダになって本来あるべき未来を変えてしまうかもしれないから、なんて言えない。


「そっかぁ。……あのさ、聞いておきたいんだけど」

「うん?」

「蘭子ちゃんって、本当に右京くんと付き合ってないの?」

「付き合ってないよ!!!!!」


 即答だ。


「右京くんのこと、好きとかでもない?」

「うん。勿論幼馴染だし、大切には思っているけどね」


 まぁ実際はこの世界に来てからしか知らないから一か月弱の付き合いなんだけど……。


「本当?」

「本当だよ。明里ちゃん、そんなに執拗に聞いてくるなんてどうしたの?」

「えっと……あのね、実は」

「うん」

「バスケ部の先輩がね……右京くん紹介してってうるさくて……」

「あ~~……」


 そっちかー。

 私はてっきり明里ちゃんが右京を好きなんだと思ったんだけどなぁ。

 紹介かぁ……。右京、多分そういうの嫌いなんだよね。

 陸上部に入った以上、部活中心の生活になるだろうし、というかアニメではそうだったし。

 部活以外なにも見てない聞いてないいらないって感じのストイックさ。

 でもそこに惹かれる女子が作中ではすごく多くて、ひっそりとファンクラブまで出来てたんだよね……。


「やっぱりイヤかな……?ごめんね、先輩にどうしてもって言われて……」

「えーっとね、私がイヤなんじゃなくて、右京がそういうのイヤって言うと思うの」

「そうだよね……」


 あぁ、いつも元気いっぱいの明里ちゃんがしゅんとしちゃった!

 明里ちゃん、見た目は派手なのに中身は大人しいから、きっと先輩に無理やりお願いされちゃったんだろうなぁ……。


「えぇと……聞くだけなら、良いけど」

「本当?!」

「でも、右京はまず絶対にイヤって言うと思う。それでも良い?」

「うん!聞いてくれるだけで良いの!ありがとう、蘭子ちゃん!」


 満面の笑みでお礼を言ってくれる明里ちゃんに胸が痛くなる。

 うーん。多分、というか絶対に右京はイヤって言うのよね。

 聞くだけ聞いてみるけれど……ね。


 それから明里ちゃんと再び買い物をして、適当なところで家に帰ると丁度部活帰りらしい右京を見かけた。


「右京っ!」

「あぁ。どこ行ってたんだ」

「明里ちゃんと買い物してたの。ねぇねぇ、可愛い服買ったんだー。見てくれる?」

「俺はよくわからないから、兄さんか母さんにでも見せてくれ」


 な、なんて張り合いのない男なの……!?


「あ、そうだ。あのね、右京、その……」

「なんだ?」

「あのね、右京は彼女とかほしくない?」

「欲しくないな」


 うーん、ばっさり。そうだよねぇ。わかっていたんだけど、ここまでバッサリとは……。


「なんで」

「えっと、バスケ部の先輩がね、右京を紹介してほしいって「却下だ」


 わーお。取り付く島もない。

 まぁ、でも分かっていたことだし良いか。とりあえず聞くだけっていう任務は果たしたしね。


「そうだよね。わかった。ごめんね」

「……なんだ、あっさり引き下がるんだな」

「だって右京は断るだろうなと思っていたもの」

「じゃあなんで聞いてきたんだ」

「明里ちゃんがね、バスケ部の先輩に右京を紹介してほしいって頼まれたんですって。それで聞いてほしいって言われたから断られると思うけどそれでも良ければって受けたの」

「勝手に……」

「分かってるよ。ごめんね、勝手に引き受けて。でも明里ちゃん、先輩に頼まれて断れなかったみたいで可哀想だったから」

「そうやって一つ引き受けると何度も頼まれることになるんじゃないか?嫌なら嫌って言わないといけないだろう」


 右京の言うことは正論だ。正論なんだけど……。


「あのね、右京。女の子の世界は複雑なの。断ったらそれだけで孤立させられることもあるんだから」

「そういうものなのか」

「そういうものなのよ」


 私も学生時代があったから分かるけれど、本当に些細なことでいじめられたりするからね。

 好きな男子と喋ったから無視してやろうとか、成績優秀なのがむかつくから~とか本当にくだらないことだらけ。

 でも大人になってから思うと、あれって大抵僻みだよね。

 いじめられたって無視して、証拠を集めて警察に持ち込めばいいんだけど子供にとっての世界は学校と家族だから分からないんだなぁ。


「まぁ、でもこれで一応右京に聞いたって体は保てるから助かったよ。なるべく今後は引き受けないようにするから、許してくれる?」

「……べつに、元から怒ってない」

「そう?ならよかった」


 右京はぶっきらぼうだけど優しいな。

 アニメを観ている時は「こいつすましてんなー。熱血クールバカって言葉がピッタリだわ」なんて思っていたけれど――


「右京って、本当に良い男だね」

「はぁ、なんだ急に」


 思ったことを言っただけだったのだけど、右京は眉間にしわを寄せてしまった。

 アニメでは主人公に美味しいところを全部持っていかれてしまう右京だけど、この世界では少しくらい見せ場があるといいな。


「そういえばおまえ、メシまだだろ。食っていけよ」

「……お邪魔じゃない?」

「どうせおまえの分も作ってるから大丈夫だ」


 この世界は偽りで、いつか現実に戻らないといけない。それは分かっている。

 だけど、この世界がいつまでもずうっと続けばいいのにと思うくらいには楽しくて、右京の優しさが愛おしい。


 帰りたくないな……。

 現実逃避になるのかもしれないけれど、もしも神様がいるのなら願いを聞き届けてほしい。


 どうか、私をこの世界の住人にしてください、と。

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