第18話 道標と呼ばれた特性の一日目の夜

 荷物として持ってきていた厚めのマットの上でメニミィが寝そべり、その上から潰すようにしてククルクがマッサージをしている。

「あああああ――気持ちいいですわーああああ」

 恥も外聞もないなこの女。

「俺に抱かれた時とどっちが気持ち良いのか、今度教えてくれ」

「――あら、感情キモチが入りますもの。きっと抱かれた方が気持ち良いですわ」

 頬が赤いのは、照れているのか、マッサージが良いのか、果たしてどちらか。俺はどっちでもいいし、所詮は軽口だ。

「しかし、手慣れておるな」

「医術はまだ勉強中なんやけど、これだけはおっかあに頼まれて、ようやるねん」

「なるほどのう。――ところでエルス、道標ガイドラインの特性は奪っておるか?」

「いやまだ。明日の朝にククルクから奪うつもりだ」

「ちょ――ちょう、ちょう、うちが何回言ったか覚えてへんけど、ちょう待ってや」

「待ってるだろ、どうした」

「な……なんでうちの特性、知っとんの? 学園には誤魔化して――」

「見りゃわかる」

「自然体で誤魔化してないじゃろ」

「おうふっ! ……ククルク、そんなに強く押されても、わたくしは知りませんわよ」

「あ、ごめんな!」

「隠したいなら常に隠せ。誤魔化すなら違う特性を表面に出す。読み取るロリ子に――まあ、両手を挙げるわけだ。隙を見つけるどころか、真正面から気付かれずに分析アナライズされりゃそうなる」

「ほれ、これが基本構成じゃ」

「ん……」

 まあ、ククルクからも奪うが、これはこれで貰っておくか。

 術式で奪えば、構成は消える。模倣コピーではなく奪取ロバートであるため、当然だ。

「な……なんやの、こいつら」

「学びがいがありますわよねー」

「おかしいやろ!」

「自分の未熟を棚上げするヤツがよく言う台詞だ」

「んぐっ……」

「さて――どうじゃ、エルス」

 説明しろと、それが対価だと言わんばかりのロリ子の態度に苦笑して、俺は作業を進めながら残った蛇の肉を口に放り込む。

「俺の魔術回路には、イメージがついてる。これは俺の特性が、相手から奪って構築するものだからだろうな」

「厳密には、回路と構成の間じゃろうな。ベースとなる回路そのものは、奪取の特性となっている。メニミィには以前言ったと思うが――ククルク、お主にも言っておく。魔術回路そのものを、把握しようとするでないぞ。それは形ないものを、のと同じじゃ」

「覚えてますわ」

「え、あ、うん……というか、エルスの特性も初耳なんやけど。あんた、解錠アンロックって申請してへんかった?」

「わざわざ教えてやる義理はねえし、解錠も扱える。でだ、奪った魔術構成の分析はもちろん必要だが――俺の中には、立方体の箱が無数に存在してる。そいつに、一つずつ収納しておいて、使う時には箱を開けるイメージだ」

 だから、タイムラグがどうしたって発生する。

「つまり戦闘中に相手の術式を扱うことは、かなり難易度が高いわけじゃのう」

「相手が得意としているものを奪ったって、相手より上手く扱えると思い込むほど能天気じゃねえよ」

 これ以上話すかどうか、少しだけ悩んだが、まあいいか。敵対されたところで、対策は難しいだろうし、されたらその裏を掻けば良い。

「言っておくが、内緒にしとけよ? ――俺の場合、ともかく収納する箱が小さい。だが、収納しなけりゃ俺のものにならないわけだ」

「――つまり、劣化させるんですわね?」

「そうだ。魔術的な用語だと?」

「代償と対価じゃ。小さくする代わりに、何かを差し出す」

「大半は、威力の八割減衰と、発動時間三秒の制限だ。細かく言えば、全てがそういうわけでもないんだが――まあ、一つでもでけえ箱があると、ブロックの組み合わせが悪くなって、効率が悪い」

「……単純に、威力二割、三秒限定、たくさんの術式が扱える――んやろ? 優位性はどこにあんの? 一つのものを突き詰めるんが、やり方とちゃうんか?」

「優位性、ね。たぶんお前のことだ、威力よりも三秒ってのが気にかかってるんだろうが、そんなものがなくたって遊べることは、明日証明してやる。そして、突き詰めるってのは、一つしかないって意味じゃないんだぜ」

 指向性を持たせず、三秒間だけ道標の術式を使ってみて、口元を歪める程度には厄介なものだと感じた。

「うむ。では問おう、ククルク。お主は道標ガイドラインの術式をどう使っておる?」

「どうって……」

「そもそも、どういう特性ですの?」

 今日は特殊な躰の使い方をして、先ほどまで錆びた機械みたいな動きだったメニミィも、どうにか躰を起こせるようになったようで、ククルクもマッサージを終えて一息。

「雨どいみたいな感じやな。ボールを投げるやろ? そこにラインを添えてやるねん」

「威力に応じて、思った通りのラインを描くよう放たれますのね?」

「そうや。あくまでも補助的やろ? うちも、手ぇ届かんくらいの距離に糸を伸ばす時、使う時がほとんどや。あとは、障害物の多い場所を走り抜ける時なんかも便利やな」

「当たり前の思考じゃのう……」

 ヴェネッサは苦笑しており、俺は頬杖をつくよう姿勢を崩した。何故かメニミィが姿勢を正したので、一度躰を起こして位置を変え、太ももに頭を乗せて寝転がる。

「ぬ、ぬう……」

「何故、そこでメニミィが唸っておる?」

「いえ、まさか本当に頭を乗せるとは思ってなかったからですわ。あっ、嫌ではありませんわよ!?」

「話を戻せ」

「……まあ良いじゃろ。さて、わしはエルス同様に、かなり面倒な術式だと捉えておる。わしが常時展開しておる防御術式には、対策が組み込まれておるくらいにな」

「俺だってそれくらいやってる」

「うむ、わかっておる。お主がその対策を恒久的に解除すれば、箱のサイズそのものも、もっと大きくなるのもな」

「さっき言ったよう、魔術に関しては差を痛感してる」

「わしも、メニミィとの差を痛感しておる」

「あら」

 なんの差だ、と思ったが、問わずにおいた。どうせ面倒なことを言いだす。

「わたくしとエルスの距離ですわね?」

「うむ! 悔しいのう!」

「いいから話を進めろ……」

「お主の見解を言え」

「俺か。そうだな……端的に言えば、正解を導き出す術式だ」

「――正解って、どういうことや」

「うむ、わしもそこを警戒しておる。良いかククルク、お主の使い方が間違っておるわけではない。じゃが、ガイドとは、ほかに意味もあろう」

「たとえば?」

 視線を下へ向けながら、メニミィが質問を投げた。問いというよりも、話を続けろという意味合いだろう。今もまだ、メニは思考を続けている。

 良い兆候だ。考えることをやめていない。そして、人は思考を放棄した瞬間に殺されるものだ――が、ククルクは逆だ。

 考えすぎた先に死が訪れることを知っている。

 異族狩りの悪い癖だな。二分間以上の思考は必要ないと切り捨てる。常時だと特に、その傾向は顕著だ。

「たとえば――」

 故に、俺が言葉を引き継ぐ。

「――初めて学園に訪れた。さて、学園長の部屋はどこだろう? 受付に顔を出して聞くと、にっこり笑顔の対応で、道順を示される。ありがとうと笑顔を返したって、道順は変わらないし、仕事終わりにデートしてくれるわけでもねえ」

「あるいは、こう言われるじゃろうな。案内の看板が出ておるので、その通りに進めば良いと」

「……? なんやの? なにをたとえてんのか、ようわからん」

「じゃ、もっとわかりやすく教えてやる。そこにメニが遊んでる立方体があるだろ? 仮に――お前はあれを、壊そうとする。どうする?」

「どうって……」

「――なるほど」

 結論、顔を上げたメニは無意識に視線を左右に投げ、それから俺を見た。つーか俺を探すな馬鹿。

「つまり、、ですわね?」

「そういうことだ。あとは錬度次第だが」

「ちょう、説明してくれへん……?」

道標ガイドラインですわ。壊そうとする行為は、目的ですわね? そして、どうするかと実際に考えるのが、手段ですの。――正解への道筋とは、言いえて妙ですわね」

「ククルクを見ての通り、錬度次第じゃ、防衛方法もある。見知らぬ場所で案内を作ることは難しかろうが、目の前にある何かを突破するなら容易いじゃろうな」

「ん? うん? もうちょいわかりやすく!」

「良いですの、ククルク。あなた、学園の入り口から学園長の部屋まで、道順は知っていますわね?」

「もちろんや」

「あなたは、その順路通りに、ができるんですのよ。それが結果的に、道順を示すラインに見えるんですわ。そして、案内は基本的に間違うことはありませんのよ」

「案内板……か」

「わかってますわね? 案内板を立てられるのなら、それは、既にと、そういうことですわよ?」

「――」

「うむ。先ほどの話にもなるが、エルスの部屋に立ち入ろうとした際に、道標ガイドラインは上手く役立つ。結界と呼ばれるものの多くは、立ち入りの制限じゃ。多くの場合は、術者そのものを除外しておる。ならば、術者と同じになれば結界は無意味――その道筋を立てることが、可能じゃ。まあ、ククルクにわかりやすく言えば、説明書マニュアルと同じじゃ」

「簡単に言わずに頭を使わせろよ」

「意地悪ですわね。けれど確かに、説明書が手元にあれば、使い方だってすぐわかりますわ。道標、道のしるしとは良く言ったものですわ」

「――なんとなく、理屈はわかったんやけど、なに、あんたらそんなこと考えとるん?」

「二人に言わせれば、当たり前の思考ですわ。魔術とは、そういうものらしいですわよ」

「道理で、メニミィの戦闘があんな厄介になっとるわけや……」

「あら、まだまだ成長しますわよ」

「良いかククルク、魔術と呼ばれるものにおいて、特性とは、単一ではない。走ることが歩くことの延長であるよう、必ず汎用性は高くなる。それしかできない、などと考えるのを辞めるべきじゃ。どう使うかを、よくよく考えるんじゃよ。お主は実戦の方が伸びるじゃろう?」

「せやな。やり方、使い方、よう考えてみる」

「まずは明日の腕試しだ、それで今を確かめてみろ」

「うん」

「そういうエルスはどうですの?」

「俺はまだ、相手が必要な段階にない。せいぜい、かつての八割くらいまで戻さなきゃ話にならん」

「――否、それは過小評価じゃのう。今のお主は既に、八割は戻っておる。厳密に言うならば、戻す必要もなく馴染んでおる」

「抜けていなかった、そういうことか?」

「わしの見立てでは――悪く言えば、抜けるほどの腕前ではなかろう。良く言えば、それがベースになっておった」

「……そうか」

「それはどっちじゃ?」

「先は長そうだと、安堵したところだ」

「刀を担うなら、わしに届かんようでは話にならん」

「だろうな」

「ようわからんけど、ヴェネッサはほんま、そんなやるん?」

「なあに、滞在期間はまだ先がある。わしが遊んでやることもできるじゃろ」

「……明日の結果次第で考えとくわ」

「はは、賢明じゃのう」

「あ、そや、普段はどこで鍛錬しとん?」

「わたくしたちは、学園の屋内闘技場でこっそりやってますわ」

「こっそり?」

「ええ、こっそり。元はエルスが一人でやっていたそうですが、今はわたくしたちも同乗してますの。わたくしが許可を取っても良いのですけれど、まあ面倒ですわね」

「学生会って、もっと堅苦しい思うとったわ……」

 うむと、声を出しながら立ち上がったヴェネッサが、広い空間の方へ歩いてきて、そこに大きな木を出現させ、立てた。僅かに床となっている岩肌へ沈むのを見逃さないが、術式の発動が早すぎて奪うまでには至らない。

「エルス」

「へいへい……」

 躰を起こす前に、くるりと躰を回転させて膝方向へ抜けてから、立ち上がる。

「むっ! あなた巨乳の膝枕を受けたことがありますわね!?」

 うるせえ、うるせえ。寝ぼけ頭で起き上がろうとして、ぶつかって跳ね返されたことがあるんだよ。

「枕には長すぎるじゃろ?」

「二メートルくらいはあるな」

 軽く触れば、確かに固定されている。五ミリも沈んでなかったはずだがな……。

「枕には長すぎる。剣で、半分ほどにしてくれ」

 ――なるほどね。

 俺は創造系の術式で、肉の薄い剣を一振り。知り合った時にプリフェから奪った術式なのだが、まあ、そこは黙っておこう。

 右手、ロリ子が考えていることを推測して水平に薙ぐ。

 剣は。

 力だ。

 大木というより、十五センチほどの棒と考えて構わないだろう。それに対し、剣を振って正面の位置、剣が触れる瞬間は、角度が90度になるのが理想。そこからは、勢いに任せて力を入れ、振り抜けばいい。

 ――後は。

 

 斬り飛ばす。言葉通り、上の部分は剣に斬られて回転するよう落ちた。長さは――。

「む、半分ほどではまだ長いのう。ククルク、糸で切れるか?」

「まあ、そのくらいなら」

 切れた部分を元の位置に乗せて、ククルクと場所を変われば、右足を前に出しておいて、躰を巻き込むよう右手を思い切り引いた。大げさな動作だが、巻き付けた糸を引くことで切断する、一般的な動作だ。

 糸の強度ではなく、摩擦で切断する方法なので――切断面は斜めになりやすく、俺が斬った部分も落ちた。

「では上の部分をわしが使うとして、こちらはメニミィにやろう」

「切断面の確認ですわね」

「――まだじゃ。エルス」

「今の俺には、荷が重いんだがな……」

 右足を前へ、ミリ単位で間合いを決める。腰に佩いた刀の鍔を押し上げ、右手を柄に当てた時点で既に、腰は捻られており、顔は正面を向いたままの半身。

 

袈裟けさ

 居合い。

 左上から右下へ。

「薙ぎ」

 左から右。

「逆」

 右上から左下へ。

「薙ぎ」

 左から右――四度の居合いを終え、俺はようやく、鍔を押し込むよう、刀を納めた。鍔鳴り、それから吐息。

「これ以上は無理だろうな」

「うむ、だがこの程度はできると確認できたであろう? どうじゃメニミィ」

「どうって……斬りましたの?」

「斬った。……ように見えたなあ。銀光しか追えてへんけど」

「メニ、触って確認してみろ」

 残りの棒は。

 そっと、メニミィが触れる直前に、がらがらと崩れて落ちた。

「え――」

「技術だ」

 欠伸を一つ、俺は火の傍に戻る。力ではなく技なのだ、こいつは。特に切っ先を扱う技術で――。

「これで人の首を切断しても、死んだことに気付かんほどじゃよ。小太刀でも可能な上、竜族ならば死ぬ前に回復するから面白いぞ」

「……全部、切断面が違いますわね」

「ちょう、うちにも見せてや」

「残りは夜間のたき火でよかろ。メニミィも、これくらいできるように――まあ、ある程度は教えてやろう」

「ええ――けれど、エルス。接近戦をメインに覚える理由を教えていただけます?」

「お前が遠距離で相手の行動を制限できるからだ。前に言っただろ? 遠距離を主体とする相手には、接近戦こそが切り札だってな。近づかれたら終わりって思うのは、相手だけでいい」

「わかりましたわ」

「うむ、わしは寝る!」

「おう、こっちは気にせずに休め。メニもな」

「ええ」

 今日を振り返れば、ベースの設営と散歩くらいしかやってない気もするが――初日なんてのは、そんなもんか。

 明日からは本格的に、腕を戻すための訓練を始められそうだ。

 俺も眠るのはともかく、躰を休ませよう。



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