第12話 寮対抗戦、開始――。

 寮対抗戦は、都市全域を挙げての祭りになる。俺は今まで参加こそしなかったが、設営などで手を貸してきた。武器なども売れるし、飲食店がほとんどだが、各都市から〝遠征〟に来るので、かなり忙しい。視察というよりはむしろ、久しぶりにやってきた、学生の時以来だと――そんな観光の場合がほとんどか。

 学園の裏側にある二つの闘技場を使って、寮対抗戦は行われる。今回の参加チームは32組。運営側がそれぞれAとB、Cのグループにわけ、午前中に四試合、午後に四試合で初日は行われる。

 場合によっては夜まで続くこともあるが、観客にとっては望むところだろう。

 俺たちはAグループ、しかも午前中の一試合目に組み込まれた。前会長のプリフェがいるから、出し惜しむかと思えば、最初に盛り上げろという意図だ。

 参加人数は最低四人、最高五人。だが、試合数は必ず四回とされている。初戦はどのカードであっても、勝ち抜き戦だ。

 とはいえ、よほど温存するつもりがないのならば、基本的には総当たりのようになるのが恒例である。つまり一戦闘の疲労を考え、一戦ごとに人員を変えるわけだ。

 しかし――。

 石でできた厚いリングの上でお互いに軽く挨拶を交わした直後、背中を向けてすぐ欠伸をした俺は、リングを降りて専用ベンチに腰掛けると、すぐ足を組んで両手を頭の後ろへ。

「リリ、プリフェ、二人でやれよ。勝っても負けても文句はねえ。……ま、たぶん負けることはねえだろうがな」

「そっかな?」

「不安か? ここ一ヶ月でそこそこ上達もしたし、挨拶ついでに探りを入れても気付かない間抜けばかりだ。早く終わらせて飯を食いたいなら、俺かキョウが出ればすぐ終わる」

「え、私……?」

「なんだ、キクが見てないからやる気も出ないってか?」

「そうじゃないけど」

「いいから、とっとと行って来い。プリ子よりも、お前が遊びたいんだろ」

「もちろん。じゃ、行ってくる」

「おう」

「がんばれー」

「私に回さなくてもいいのよ?」

「わしは元より観客じゃ」

 リングの上へあがって、手を挙げる観客への挨拶――まあ、戦闘が始まっても俺は退屈なままだ。

「エルス、審判はどうなっておる。学園の教員ではなかろ?」

「教員はあっち」

 リングの外、俺らとは違う対角にそれぞれベンチが設置されており、両方に最低二人以上の教員が座る。これはいわゆる、授業評価を含めた審査だ。

「リング上にいるだろ? 狼族、巨人族、猫族、竜族、人間の五種族から、警備隊や調査隊なんかで実戦経験がある人員を一人ずつだ。間近で見ておいて〝引き抜き〟をしたいってのも一つの理由だが、いざって時に止められるってわけだ」

「……あいつらの〝目〟を誤魔化すの、面倒」

「キョウ、観客全員の目を誤魔化すくらいのことは考えろよ」

「うげ……」

「まあ、ちょっと大変かもな。俺が出るって情報がもう流れてるし、日頃は大工だったり店員だったりする馬鹿どもが、こっそり目を光らせてる。――わかるだろ、ヴェネ」

「うむ。巧妙に視線も隠しておるが、逆に、隠していることがわかるからのう」

「……そんなの、ちっともわかんない」

「それはそれでいいんだよ」

 普通のこと、当たり前のことにプリフェもリリズィも慣れ過ぎている。わかろうとしても、常識というやつが邪魔をして、きちんと飲み込めないのだ。

 人はそれを〝手遅れ〟と呼ぶかもしれないが――俺たちの方がよっぽど馬鹿だ。

「ところで、エルス」

「なんだ」

「わしはさっきの挨拶で、初めて学園長を見たんじゃが」

「それが?」

「――逢えるか?」

「……、……個人的な感情を気にしなければ、メニミィの手を借りれば簡単だ」

「うむ、そうか」

 すげー嫌なんだけどな、俺は……。

「あ、始まったわよ」

「ん」

 だいぶ離れた位置ではあるが一例をして、開始の合図。相手は火系術式、まずは威力を上げるための〝溜め〟に入った。魔力を凝縮することにより、構成に与える勢いを強くするわけだ。

 ――対して、迷わず両手を地面につけたリリが、頭の上の耳をわずかに揺らすような初動を見せた。

 教えたというか、覚えた通り、初動を必ず見せること――目の前しか見ていない馬鹿は、それで引っかかる。

 〝残影シェイド〟のスイッチを覚えたリリは、もう一人の自分を相手の裏に作った瞬間、構えを取った自分を〝偽物〟と決めて存在の交換、出現位置は真裏ではなく、相手の利き腕の逆側、肩に近い場所。

 初動を見せた相手が消えたことの動揺があったのならば、それと同時に行動をする。何をするにしても、剣を抜くのと同時にやれと教えた通りの動き、足払いで姿勢を崩して鞘から抜いたロングソードをそのまま首を払うように振り――。

「――?」

 あれおかしいぞ、みたいな顔をして、尻餅をついた相手の首のかなり手前で、剣を止めた。寸止めならミリ単位だと言っておいたんだが……ま、そんなもんか。

 盛り上がっていた客たちも、シンと静まる。もちろん観客の中には、ほうと、その動きを認めるような気配もあった。

「――あ、もう終わる?」

 隣にまで来ていて、すぐにでもリリの腕を掴もうとしていた同じ猫族の審判に顔を向ければ、頷きが一つ。やや遅く、リリの勝利が拡声術式によって伝えられた。

 一度、リリがリングを降りて、こちらに来た。

「おめでとう、リリズィ」

「ありがと、プリ子先輩」

「不満そうなツラだな」

「だって! ――まだ初手だよ? 足を引っかけた時点で、あれ? って思って、剣を止めておかしいぞって感じ。こっから速度に乗せてくぞーって思ってたら終わりなんだもん」

「相手チームなら、全員同じ手口でやれるよ。そうでなくとも、増えて二手か三手だ」

「うむ、わしも同じ意見じゃよ。喜べリリ、お主がここ一ヶ月でそのくらいには成長したわけじゃ。つまり一ヶ月前のお前が相手のようなものじゃがのう」

「うぐ……そう言われると、なんか、嫌だなあ。でもなんで対応できないの? 死角を取ったわけでもないのに」

「相手の魔力を察してやろうって考えが、そもそもねえんだよ……目に見えた現象しか追わず、術式の初動を見極めもしない。つまり、相手は正式なルール上でしか戦えない間抜けで、お前は実際の戦場に出てもそこそこ戦える間抜けってわけだ」

「じゃ、そこらの意識の差?」

「そんなもんだ。審判の猫が止めようと動いてただろ? お前はその動きを追えてなかっただろうが、戦場経験がありゃ、少なくともお前の動きは予測して止められるってわけだ。で、あの審判の野郎もわかってる――リリのやり方をされたら、相手が何もできないだろうってな」

「……これで、いいのかなあ?」

「戦場で楽しむ馬鹿は、他人に迷惑だけかけて勝手にくたばる。相手のことを思うのなら、徹底して恐怖を植え付けろ。――これが試合で良かったなと、捨て台詞を残すくらいが丁度良い。相手が同じ土俵に乗ってきたら、お前も楽しめばいいだろ」

「うん、わかった。そだね」

「ほら次だ、行ってこい」

「うーい」

 次の試合までは、最低でも十五分ほどの休憩時間がある。その間に作戦会議やら、次の選手やら、話し合いをするが、それ自体がもう事前情報を得ていないのだと証明しているようで、失笑ものだ。

 少なくとも前日には、この組み合わせが発表されているのに。まあ俺のような物好きかもしれないが。

「戸惑っておるのう……」

「何をされたのかもわからん上に、対処法もない。目に見えるものだけを追ってるやつらが言いそうなことだ」

「実戦経験のある学生はおらんのか?」

「ここにいるだろ」

「……今にも寝そうなキョウのことじゃな?」

 うんもう、あれだ、うつらうつらしてるな。俺よりひでぇ。

「ちょっと盛り上げてみるか?」

「退屈を紛らわす程度ならば良かろう」

「ヴェネ、お前の警戒範囲、意識してどんくらい広げられる?」

「――ふむ。この闘技場内部ならば、問題なかろうよ」

「だろうな」

「ちょっと物騒な話しないでよ……あ、リリズィが勝った。次も私、出なくてもいいかしら」

「キョウ、おいキョウ」

「んー……」

「闘技場内の観客にキクがいると思うか?」

「……、……いると思う」

「だろうな。――お帰り、リリ。あとプリ子」

「ただいまー。え、なに?」

「今からちょっと、ぴりっとするから気を張れよ」

「うげー……」

「まったくもう……あれ、本当に怖いから、嫌なんだけど」

 リリが頭の上の耳を、両手でぱたりと閉じる。

 ……うん、良い猫耳だ。

「キョウ、俺とヴェネの警戒範囲に乗って、探りを入れろよ?」

「……見せるの?」

「さすがに、次の試合もこの調子じゃ退屈過ぎて、どこで撤退すべきかもわかんねえよ」

「わかった」

「いくぞ」

 初動はヴェネッサが術式の支配領域ドメインを広げるのに乗じて、俺が警戒を乗せれば一瞬にして闘技場内の空気が変わる。特にリング上にいた審判五人は迷わず腰を落として、それぞれの得物に手を伸ばした。

 一人、二人、――狂犬シェリーもいるな、四人、棟梁もきてたか、六人、七人。

「ふむ」

「ん」

 十秒で終わり、俺は欠伸を一つ。

「見つかったか、キョウ」

「ううん、駄目だった。二十二人は警戒の初動を見せたけど」

「知りたいか?」

「うん」

「俺がわかった範囲では、八人はあえて警戒を抑え込んだ。こっちに気付かれないようにな」

「内三人は、わしらの方を見ておったのう。反応した上でわしの領域に〝調査〟を向けたのが二人おったぞ」

「師匠は?」

「警戒の〝初動〟で範囲外に逃げた。そうだろ、ヴェネ」

「うむ、察しが良いのう、あやつは」

 静けさに包まれていた闘技場内が、再びざわめき始める。審判がこっち睨んでるんだが、攻撃的なことはなにもしてねえよ。

「おらリリ、三戦目もお前だろ? とっととしろって、せっついて来い」

「いやしないよ、しないってば。あー、耳が変な感じする……あ、プリ子先輩、やる?」

「今日はお休みでもいいわよ、もう」

「はーい」

「油断だけはせんようにのう」

 リリは戦闘の構築が素直だ。抜けられることもある。

 ちなみに、三人目で勝っても、消化試合として四戦目もやることができる。もちろん、相手側が辞退することもあるが、一応は〝成績〟に響くので、判断は個人がやるようなものだ。

 この戦闘の評価はどうなんだろうなと、リング脇にいる教員に目を向けるが、歓談をしているあたり、諦めたか。

 先鋒のリリが一番弱いんだがなあ……実際、ここ一ヶ月の訓練でも、プリフェが勝ち越しているし。

「別会場のメニミィが気になるのう」

「今のうちに決めとくか。おいキョウ」

「…………」

「キョウ」

「――んあ」

 頬を軽くつまんで引っ張れば、ようやく寝ぼけた顔をこっちに向けた。

「なに、エルス先輩。寝てない、うん、ちょっとだけ」

 ちょっとなら寝てたじゃねえか。

「そういやお前、学園長に逢ったことは?」

「直接? ……ない、かな」

「よし、お前も一緒に連れて行こう」

 そうすりゃ被害が分散するだろ、きっと。

「今から?」

「いや、早くても明日」

 少なくとも、お前らはな。

「んー……」

「じゃなく、メニと当たったらどっちが行く?」

「あー」

 現会長ということもあって、メニミィは単独での参加が認められており、実際にBグループの一試合目だ。勝利条件は決勝戦以外は二人抜きになってはいるが、少なくとも一試合目は確実に抜けるだろうと思っている。

 逆に、抜けなかったらその相手と戦えるので、俺としては退屈しないで済む。

「私はパス」

「理由は?」

「メニに負けるのが嫌だから」

「ああそう、素直でよろしい」

「んふぅ……」

 がりがりと頭を撫でてやるが、すぐやめた。本格的に眠られても困る。主に後で運搬しなくてはならない俺が。

「けどま、今のメニとやるなら、俺も得物がいるな……」

「――え? いつもの投擲専用スローイングナイフじゃなくて?」

「こんなもんは補助だ」

「嘘ぉ……その補助武器でさんざん追い詰められたんだけど?」

「お前の武器を奪いもしたけどな。プリ子はどうも、自分が創ったって自負が足りねえんだよ」

「あんな簡単に奪う相手が、今までいなかったんだもの……」

「そりゃどうも」

 だが、さすがに預けてある俺の得物を受け取りに行くには、まあなんというか、あのクソ学園長に顔を見せないといけないので、なかなか気が重いんだがな。

「というか、市販品じゃ駄目なの?」

「耐久度が低すぎて話にならん。巨人族用だと頑丈だが重すぎる。値段相応ってやつだ」

「じゃ、今までどうしてたの。ナイフだけ?」

「俺の専用――と言えば、おかしな話だが、手に馴染んだ得物はある場所に預けてあって、簡単に引き出せないんだよ……必要だと思ったこともねえ。実際、市販品だってどうにかするさ」

「なんか事情がありそうなのは、わかった――あ、リリズィが終わったみたいね」

「ただいまー。なんか、最初と同じやり方がずっと通用してんだけど、あの人ら学習能力とかないの?」

「本気で首を傾げるな馬鹿」

「古来より、単純なものこそ基本なんじゃよ、リリ。背後に来るとわかっていれば、背後を警戒するじゃろ? であればお主は、本来の速度で正面から向かう――それで二戦目は簡単に終わったんじゃろ。そして、前と後ろの両方を警戒できなくては、どうしようもなかろ」

「やればいいじゃん」

「だから、それができねえって言ってんだよ。防御は受けることだと教わらなかったか? 回避するための方法なんて、授業内容にないんだよ最初から。術式以前の問題だ」

「基礎がない者の限界じゃの」

「俺にはあると豪語はしねえよ――あ、四人目は辞退だと。キョウが寝る前に行こうぜ」

「あ、ほんとだ寝てる。キョウちゃん起きろー、あたしは背負わないぞー」

「……ん、んー」

「ねえねえ、エルス先輩。寝てるキョウちゃんって可愛いよね!」

「ん? 寝てなくても充分可愛いだろ」

「そーだけど!」

 反省もなければ勝利の余韻に浸ることもないのだから、反感を買うこともあるだろう。だがそんなもの、負け犬の遠吠えと同じだ。



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