第9話 ちょっとした魔術講義~基本編~
あいつらは基本すら知らんのだと、相変わらず薄い胸を張って言うチビがいたので、夕食を珍しく寮で食べながら横目で見ていた俺は、んなこと言ったって教わらなきゃわからねえし、俺だって基本を全部知ってると公言できるほど詳しくはねえよと、内心では思っていた。
というか、だったらどうして、ヴェネッサがそれを知っているのかという問題に発展するのだが、まあ、一つの確証はあるにせよ、それを俺が口にすべきではないだろう。
食後、何故か俺が物置からホワイトボードを用意させられ、リビングにはいつの間にかメニミィもいる。なんとなく気に入らなかったので、言われる前に足場となる小さい椅子を用意してやったが、うむご苦労、なんて様子だ。こいつは嫌味に何故、気付かん。
「よし、では魔術講義、基本編を始めるぞ。――なんじゃ、ノートとは用意がいいのう、メニミィ」
「ええ、一応は」
「であるのならば、二冊使うと良いぞ」
「……というと?」
「一冊は覚えておくために、もう一冊は己の
「ええ、覚えておきますわ」
「では改めて始めよう。まず魔術とは何であるか――そもそもこれには、二つの意味合いがある。学問としては、あるはずのものを想定した上で理論構築するものを魔術と呼び、実際に行使する場合は術式そのものを指す。特にお主らは、学問としての側面を知らん。いずれにせよ、座学ではこちらを中心とんする」
「あのー、ヴェネちゃん先輩」
「なんじゃリリ」
「耳がもう、むずむずしてきた」
「まあ適当に聞き流しておけ、強要はせんとも。良いか、魔術とは既存の世界法則に干渉し、過不足なく、逸脱しない範囲において、表現可能な現象を引き起こす手段じゃ。この点において、実に
「一般的に言われる術式に、陣を具現する術陣、それから直接描くことで補強などを行う大規模な儀式における、式陣だ」
「うむ、それで構わん。では、術式に至るまでの流れを説明しよう」
足場を使って立ったヴェネは、ホワイトボードに文字を書く。
「流れとしてはそう難しくはない。体内に存在する魔術回路に対し、魔力を流す。血管のようなものに流れた魔力は、ある種の指向性を持ち、この時点で
なるほどなと、俺は腕を組む。内容は知っていたし、感覚として掴んではいたが、言葉にするとこうなるわけか。
だとすれば。
「魔力回路の役目の一つは、無色である魔力そのものを、俺……個人特有のものに順応させるわけか」
「うむ、その通りじゃ。
一度降りて、下の方に四角形を描くと、これまた適当とばかりに線を複数引いた。
「魔術回路そのものは、個性があって、実際に目にすることができないため、どういうものかと詳しくは説明できん。じゃが、たとえとして、こういう図を使う場合が多い」
「……お前にはお似合いの落書きだな?」
「わしは貴様と同い年じゃよ」
こいつ、なかなか返しが上手くなってきてないか。誰が原因だ、ちょっと出てこい。……ん? なんで全員、俺の方を見てるんだ? 講義をしてるのはロリ子だぞ。
「この図が、魔力回路じゃ。わしが教わった時は、適当なサイズの板に無数の切り傷が入っていると考えろ――そう言われた。ではリリ、この中で一番、水がよく流れそうなのはどれじゃ?」
「どれって、太いところじゃないの?」
「その通り。それが、
「ちょっと待って……それって、じゃあ、私なんかもほかの術式が使えるってこと?」
「そう言っておるじゃろ……だがまあ、得意なものの方が使いやすいのは確かじゃ。故に、太い傷だけを使うのじゃなく、太い部分から細い部分を経由するようにして、構成に合わせるわけじゃ。――おっと、先走るなよメニミィ、あくまでもここまでの説明は、学問としての理屈じゃ。間違ってはおらんが、現実的には構成の方に引き寄せられる」
「どういうことですの?」
「回路の意識よりも、実際に変えることが可能な魔術構成をきちんと組めば、相応に魔術回路が反応して、意識せずともそうなる。故に、研究をすべきは魔術構成の方じゃのう」
「なるほど……」
「さて、魔術構成は長くなるので少しおいて、特性の話を少ししておこう。魔術における特性、ないし術式は大きく二つに分類される。自身に影響を及ぼす内世界干渉系、それ以外の外世界干渉系じゃ……ふむ、しかし、この中で内世界干渉系を扱うのは、わしとエルスくらいなものじゃのう」
「具体的にはどういうものですの?」
「簡単に言うのならば、遠くのものを拡大して見ようとする術式は、目と認識する脳に影響するじゃろ? 外の世界が間延びしたわけでも、傍に近づいたわけでもない。現実は何も変わらんが、受け取り手である自分に変化を及ぼすから、内世界干渉系じゃ」
「ちなみに、相手の
「その通りじゃ」
とはいえ、そんなことに術式の
「ここまでで質問は? ――まあ、前座じゃから、詳しく突っ込まれても、そんなものだと言うしかないがのう。さて、面倒な魔術構成に行こう。エルス、ボードを綺麗にしてくれんか。わし、手が届かん」
「よし、いいだろう」
脇の下を持って、ひょいと持ち上げてボードの前へ向ける。
「……のう、エルス」
「お前、軽すぎだろ……? 皮と骨しかねえ」
「うっさいわ!」
頭を抱えているリリズィと、プリフェに対する休憩のつもりだったんだがな。
「……で、実はここを一番危惧しておるんじゃが」
「お前の背丈に関してはみんなが諦めてるから大丈夫だ」
「お主、わしのこと好きだからそう言うんじゃろ?」
「そんなに泣きたいのか」
「……ごほん。さて、魔術構成の話じゃが、この中に展開式を扱える者はおるか? 魔術構成を視覚化する、なんというか、技術なのじゃが」
使用が前提の魔術だと思ってる連中が、腰を据えて研究なんてするわけねえだろ。俺のように制限ばかりで、どう扱うべきかを錯誤する落ちこぼれは、自然とそこに行きつく――が、やはりこちらも、名称は知らなかった。
「魔術研究においては基本となるので、使えるようにしておくと良いぞ。基本的には、まず術式の構成を作り、そこに魔力を送らずに留める。この構成は必ず、内側ではなく外側に作られるものじゃからのう……外世界干渉系ならばな。そこに自然界の魔力を色付け程度に乗せると、可視化する」
「ぬああ……」
「ふんぬ……」
「頭が痛そうですわね、プリフェさんもリズも。実際にやる前に、可視化させる理由について教えていただけますの?」
「うむ、発展形が術陣じゃのう。加えて、他人に見せる必要はないが、可視化すると手で触れてあれこれと、調整ができるから便利なのじゃよ。実際、魔術構成を〝見よう〟とすれば、自分だけで把握できるから、最初はそれでよかろ。それならリリもプリフェもできるじゃろ」
「あー……うん、それは見える、かな?」
「私の場合、剣の設計図みたいなものだけど」
「それで構わんし、認識は合っておる。しかし説明が難儀になるので、わしはお主らに見える形にしてやろう。エルス、
「ああ」
俺の展開式は図面に近い。円形と角形に点と線が絡み合ったような展開になる。対してヴェネッサの方は複雑であり、フラクタル図――と呼ばれるものに近かった。
「ま、こうして展開してみてわかる通り、基本的には他人の展開式を読むことは――ほぼ、不可能じゃ。そもそも人が違うのじゃから当然じゃのう。しかし、覚えておいて欲しいのは、その差じゃな。ちなみにこの二つは、リリ、お主の残影と同じ構成じゃよ。つまり、実際に魔力を流せば、わしもエルスも残影を作ることになる――もう良いぞエルス」
「感謝が足りない」
「今度、一緒に風呂に入ってやるから、そう文句を言うでない」
嬉しくねえよ……。
「個人差はあれど、ほぼ、同一であることを念頭に置くと良い。じゃが、知っての通り構成をいくら同じにできても、特性がなければ、つまり回路が相応の太さでなくては、上手く扱えるはずもないわけじゃな。ここらのバランスについては、難しいところじゃ……」
「実際には、この展開式を前に研究しますのね? わたくしには、何がどうなっているのかの把握も、難しいのですけれど」
「では魔術構成についての基本を教えよう。……うむ、背が低いとこういう苦労を負うことになる」
「キョウ? 黙ってどうしまして?」
「……んあ、うん、ちょっと寝てた」
「目を開けたまま、相変わらず器用ですのね……」
「あとでノート貸して」
「あなた、学年の違うわたくしに、中等部時代にずっとそれ、言ってましたわよね……?」
「貸してくれるメニが優しい」
「まったく……」
「魔術構成は、いくつもの小さな式が組み合わさって、大きな一つの構成となっておる。まず左右の繋がり」
丸を二つ描き、それを横線で繋げる。
「これが、連立式と呼ばれるものじゃ。左右の繋がりであり、大抵は同じ効果の二つを繋げたり、あるいは範囲指定などで使われる。そして、上下の繋がり」
今度は丸を縦線で繋いだ。
「これは複合式。受け皿、上のものを下で支える台座、そういった役割じゃのう。メニミィの
今度は丸を二つ、半分だけ重ねるようにして描いた。
「これが混合式、つまり二つのものを混ぜ合わせ、違う効果を発揮させる。これはどんな術式にも必ず使われるものじゃよ。連立と複合における構成の全てを、混ぜ合わせて〝一つ〟の大きな構成にするために、必須じゃからのう。基本的には、この三つが構成に含まれておる」
「術式によって、使用頻度や、使われる場所などが違いますのね?」
「その通りじゃ。そして、どこを変えればどうなるのかは、やはり本人にしかわからん。まあ早足に説明を続けたが、基本とはこんなものじゃのう」
「質問、よろしいかしら」
「メニミィ、お主はこういう座学、妙にやる気が出ておるのう」
「学園の授業よりも、よっぽど面白いですわ。――手順を教えていただけます?」
「まずは、展開式に馴染むことじゃよ。細分化をして、どの部分がどのような効力を発揮しているのかを探るのじゃ。連立、複合、混合の三種が、何と何を繋いでいるのかを、一つ一つ、パズルのピースを崩すように理解を深める。すると、わかることがある」
「――魔術ってものが、どれほど精巧に作られ、無駄がないか。そして自分で手を加えて術式の精度を上げようと思って気付く――たった一つ、小さな綻びがあるだけで、術式が一切発動しないってことにな」
「――美しいですわね」
「好みのタイプか?」
「ええ、ただそれだけで追い求める理由になりますもの。ほら、キョウもそういう顔をしてますわ」
「いやキョウは単に宝石が好きなだけだろ」
「うん」
頷き、しかし、あれおかしいなと首を傾げてから、そっと俺の方に視線を向けた。
「……あれ? 知ってる?」
「俺が知らないと思ったのか?」
「ねえメニ、ねえ」
「なんですの、服を引っ張らないでちょうだい」
「エルス先輩、怖い」
「今更ですわ……」
まあ、キョウも上手くやってたからなあ。半分は同業というか、行動範囲が重なるからすぐバレるんだよ。〝盗賊〟なんてのは、夜に行動するものだしな……。
「ぬあー……」
「唸ってばかりだな、リリ」
「あたしこういうの苦手……いやわかってる、わかってるんだよ? 重要だし、基本だもんね? うぬう」
「まあ、最初に言ったよう、強要はせんから好きにせい」
「っていうか……ヴェネちゃん先輩と、エルス先輩の魔術特性って、本当はなんなの?」
「……ふむ。おいエルス」
「予想はつけてるさ」
「じゃろうな。良いかリリ、そもそも、それを見抜くのも魔術師としての技量じゃよ。予想をつけるエルスは、まだ甘い」
「まあ、実際に術式を行使された段階で、当たりをつけるからな……」
「わしは、まあ、わしの特性もあって、傍にいればだいたいわかる。
何故ならばと、ヴェネは腕を組んで言う。
「――わしは、魔術師じゃからな」
まるで、魔術師を名乗るのならば当然だと、言わんばかりの態度であった。
「……」
しかし、なんかこう、あれだな。
「なんじゃその目は」
「いや……おいキョウ」
「なに?」
「このドヤってるクソチビには、地味な王冠が似合うと思わんか……?」
「……いいかも」
「ちょっと待てお主ら。地味な王冠とはなんじゃ?」
「こう……装飾の少ない?」
「みすぼらしい、狭い土地しか持ってねえ、はりぼての王みたいなヤツだ」
「む、それは……似合う、のか?」
「がんばってるねーって、微笑ましくなるから」
言うようになったな、キョウ。人見知りはもうなくなったか。
「ヴェネさん?」
「なんじゃ、メニミィ」
「一つ確認ですけれど、構成ではなく、魔術回路そのものは、改変できませんの?」
「そうじゃのう……大きな定義としては、変えられん」
「そうだぞメソ子、こいつをちゃんと見ろ。――どんなにがんばっても、身長は、伸びない」
「う、う、うるさい! わしはまだ、ほんのりと可能性を――」
「そのくらいの可能性で、変わるってことだ」
「…………」
「あの、石橋エルス、もの凄くわかりやすくてわたくしはありがたいのですが、ヴェネさんが泣きそうですわよ?」
「現実ってのは辛いものだ。ほれ、続きの説明をしろロリ子」
「う、うむ……まあ、そのな? 多少は魔術特性以外の、小さな線が太くなるくらいのことはあるが、それでも特性が変わることはない。故に、特性によっては必ず、使えなくなる術式が存在する。まあ全体総数を考察すれば、使える方が少ないんじゃがのう」
「では、その可能性とは、なんですの?」
「つまりは、
「脅威かどうかはさておき、ですけれど、その方の魔術回路は一体、どうなってますの……?」
「誰も魔術回路そのものを把握できんぞ、メニミィ。じゃがこう考えてはどうだ? そやつは、この板の上にもう一枚の板を上乗せして〝傷〟をつけることができる」
「――なるほど。掘るようにして、新しい回路を作ってしまうのですね」
「仮に六つの属性を扱える者がいたとすれば、それは四角の立方体を持っておると考えれば、わかりやすいじゃろ? 違う属性を使うたびに、板を変える。むろん、捉え方としては、一枚の板に六本の大きな傷があるとしても、間違いではあるまいよ」
「捉え方次第ですのね」
「じゃが、己の回路を〝特定〟するのは避けるべきじゃよ。発展を阻害するぞ」
「覚えておきますわ。しかし――これ、基本ですのよね?」
「技術としての魔術だとて、学問の上に成り立っておる。それこそ現実的には困難な矛盾の解法なんてものも存在するからのう……む? そういえば、こちらには魔術品をあまり見かけんが、おいエルス、どうなっておる?」
「宝石を媒介にして術式を使うヤツはいるが、物品としてはほとんど存在しない。宝石が高価なのも一因だろう」
「――ふむ。ではそもそも、魔術素材がないのか」
「なんですの、それ」
「魔術品の素材――む、そうじゃな……少し面倒になるが、最初から説明しよう。プリフェ、お主の剣が良いたとえじゃ」
「私の剣?」
「創造系列、おそらく特性は〝
「ええ、そうだけれど」
「これを魔術ではなく、現実の工程として捉える。リリ――は、駄目じゃなお主」
「もー嫌だ……」
「まあ長くなるので、やはりメニミィじゃの」
「現実というと、金属を熱して槌で叩き、剣を叩き上げたあと、研ぐことで刃をつける――ですの?」
「うむ、その通り。もちろん魔術という工程で再現しているわけなので、工程は違うと言うべきじゃろうが、その認識で良い。では仮に、その金属が一般的なものではなく、魔力浸透率が65パーセントを越えるものじゃったら? それを同じ工程を経て、一振りの剣として完成した場合、どうなる?」
「魔術への耐性……いいえ、親和性が高くなりますの?」
「更に、槌で叩く段階において、その親和性を利用して何かしらの〝術式〟を入れたら、完成した剣は最初から〝属性持ち〟ということにならんか?」
「――」
「……え? え? なに、ええ?」
「混乱する前に、考えろプリ子。逸脱してねえし、お前の〝創造〟の範疇だぜ。ロリ子の言葉を要約するとこうなる――量産品を作るばかりじゃなく、己の剣を一本でも作ってみたらどうだってな。工程は違えど、流れは同じだ。お前はまず金属に対して考え、そして実際に作る段階で術式を考察すべきだった。それだけの話だ」
「それだけ? いいえ違いますわ、石橋エルス。それは――……」
俺が視線を投げれば、その意図に気付いたのか、メニミィはゆっくりと口を閉じ、肩の力を抜いた。
それでいい。
言うべきじゃないんだよ、それは。
〝剣を創る〟というプリフェの生き方において、あらゆる術式が使える可能性なんて、示唆すべきじゃない。
何故って、プリフェは使い手ではなく、作る側の人間だからだ。可能性は山ほどある。
「うむ。簡単なものじゃと、たとえば風を発生させて切れ味を上げる剣なんかが、あったとしよう。こいつを魔術武装と呼ぶ。そして特殊な金属を、魔術素材――武装ではないものを、魔術品と呼ぶのじゃよ。簡単に言えば、単品で魔術を具現可能なもの……まあこの言い方にも語弊はあるが、そういうものと覚えておけば良い」
「わかりましたわ」
頷きながら、ペンを素早く動かす。メソ子は〝勉強〟が好きなタイプだな……俺のように、必要に迫られてそうなったわけでもない。いいことだ。
「まあ、こんなもんかのう……」
「あーたーまーがーいーたーい」
「もういいから、プリ子と一緒に風呂入ってこい、モー子」
「うーい。ほら行くよ、プリ子先輩」
「まあいいけれどね」
「そのでっけえおっぱいを! あたしに!」
「一人で入って」
「なんだよもー、いいじゃんかよー、ほら行くよー」
……ま、あの二人に座学は辛いか。
「その割に、感覚メインのキョウは平気そうだな?」
「うん。今まで持ってた私の〝感覚〟を、ヴェネ先輩が言語化してくれて、助かる」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
「……ヴェネ、一ついいか」
「なんじゃ?」
「
「――え、なんですの?」
「教わっておらんのか……あれは形態化されておるから、教わっていると思ったがのう」
「……ごくごく簡易に、限定的に発生させる術式じゃないの、あれ」
「キョウも知ってますの?」
「人生経験……?」
「男ですのね!?」
「違うけど」
「……続きを聞きたいか、エルス」
「興味がない」
「うむ、わしもじゃ。でだな? 文字式は、それ自体が魔術構成なんじゃよ。世界そのものに、登録されている構成を、文字によって呼び起こして扱うのが、文字式じゃ」
「ああ、それで均一の効果を発揮するわけか……」
俺が火の文字式を使っても、ほかの誰かが使っても、そう大差がない理由がわかった。
「じゃが、侮るなよ? あれを突き詰めると、かなり厄介じゃよ」
「それは、何事においても同じだ」
厄介じゃないものなんて、この世にあるものか。
「……眠い」
「どうせ昨日は、そんなに寝てないんだろ。お前もうるさいのが出てきたら、風呂に入って寝ろ」
「あ、キョウ、ベッド貸してくださいな」
「抱き枕は貸さないぞ……?」
「キョウを抱くから構いませんわ」
ホワイトボードを壁に押し付けるよう配置し、それを台座で移動しないようした俺は、吐息を一つ。
――さて。
夜の見回りに向かおうか。
明日の〝仕事〟も、いつものように見つけておこう。
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