第10話 戦闘は心理戦、心をまず折れ
寮対抗戦に出場するよう手配をして、二日置きに行われる夜間闘技場での訓練も、四回目に突入した。座学はあれ以来ないが、メニミィは何度かヴェネッサを捕まえているらしく、訓練ではマネージャーのように毎回来ていた。
キョウはともかく――と、あいつは俺のように個人的な経験を積んでいるし、学園の授業そのものだけではないので、置いておくとして。
リリズィもプリフェも、戦闘それ自体には慣れてきた。というのも、いわゆる授業的ではない、実戦的な戦闘に対して、適応を見せてきたと、その程度のものだ。俺も前回からようやく、
だから今回から、俺もそれなりに〝真面目〟にやろうと、警戒範囲をあえて見せるようにして、軽く威圧をかけているのだが、ただそれだけで二人は攻め手に躊躇いを生んだ。
単純な話、怖いから――だろう。
緊張を孕めば、いつものように動けない。精神的な苦痛は、肉体的な疲労を加算させる――前回よりも短時間で汗だくになり、休憩に入る姿を俺は見送った。
はっきり言って、体術を教えるのは俺の方が上手い。技術だけでは俺よりもヴェネッサの方が上だろうが、使えるから教えられるとは限らないし、教え方も変わってくる。俺だってせいぜい、どの程度の対処でお前らの行動が封じられるのかと、そんな証明をしているに過ぎないのだ。
しかし、俺が汗ばむとなると、それこそヴェネが相手になるしかない。今までは最後、訓練の締めにやっているので、やはりその方が良いのだが――。
「石橋エルス! ちょっと試したいことがあるのですけれど、構いませんこと?」
「ん? ――ああ、いいぞ」
少し休むかと思っていたが、それならばと、やや距離を取るようにして、俺はメニミィと対峙した。
「つーか……随分とやる気だな?」
「ええ。わたくし、
「だから、試したい?」
「そうですの。そして気付きましたわ……わたくし、こうやって試行錯誤する時間が、好きなのだと」
「俺と比べて、どれくらい好きなんだ?」
「……あなた、そういう軽口はやめなさいな」
「ああそう……」
「とりあえず、できることを試してみたいんですの。危うく寮の壁を吹き飛ばしそうにもなりましたもの」
こいつ、物騒……というか、集中すると常識を忘れるタイプだな。
「では少し、お相手くださいな」
「ん――」
ほぼ、ワンアクション。
一気に広がった
なるほど、こういう使い方で伸ばしにきたか。
「どうですの?」
「ん、動くなよメニミィ」
返事を待たず、俺は剣を創造してすぐ、高い位置から振り下ろし、ぴたりと停止させてから振り上げの動きを左側を回すよう斜めに、そこから更に下、上としてから斜めの振り下ろしを最後に入れ、自分の周囲をぐるり。
剣の創造から三秒、切っ先が描いた軌跡に付加されていた〝
――しかし、メニミィは驚いた様子もなく、頬に指を当てて小さく首を傾げていた。
「……これは、元より壁に含まれている〝壊れる〟という属性が問題なのですわね?」
本当に、前向きだなこいつは。だから俺も、その返答には笑ってしまう。
「はは……世の中に、壊れないものなんて、そう多くはねえよ」
「あら、それもそうですわね」
俺は手元の剣に目を落とし、少し考えて解体しておいた。あくまでも〝持続〟が三秒しかできないのであって、三秒以内に創ってしまえば、ある程度は維持される。そう、ある程度ではあるが。
「お前、戦闘思考は持ってなかったよな?」
「ええ、したことがありませんもの」
「じゃあ、俺のやり方を少し、教えてやる。まずは壁だ、その発想は面白い。大きさはどうだ?」
「今試した限り、かなり大きいものも作れますわよ。同時展開でも二十個ほど、作るだけならば可能ですわ」
さすが、竜族の魔力容量はでけぇな。
「メニ、隠そうとはしなかったのか?」
「…………」
「――? なんだ、変な顔をして」
「あ、ああ、いえ、愛称で呼ばれたの、初めてだったので、少し……」
「む……なんじゃあれは。めりはりか? 押し引きか? それともツンデレか? あの男、そういう手口で女を落とすんじゃなかろうな……?」
うるせえぞロリ子、ただ、意欲的な姿勢を認めてやっただけだ。
「ええと、確かに隠そうとはしていますわ。ただ、小規模のものしかできませんし、本当に隠れているのかどうかも、まだわかりませんもの」
「戦闘の基本は、相手を見ること。訓練では、己との比較をして思考を伸ばせ。基本的な心理戦なんだが――そう、たとえば」
俺は歩いて距離を詰めると、正面でぴたりと停止した。
「俺が壁だったとして、仮に見えなかったら踏み込みの時点で、だいたいぶつかるよな?」
「まあ、そうですわね」
「そんな間抜けには、ぶつかって姿勢を崩し、混乱してる最中に剣でも三本ほど投げて、串刺しにしちまえばいい。それも戦闘だ」
「そう言われると、簡単ですわね?」
「そりゃそうだ。どんだけ体力をつけたって、最大戦闘時間なんて、五分以上続けばもう、当たり前の思考もできなくなる。ともかく、まずはお前の話だ。つまりお前の考えをしろ。目の前に壁が見えた、どうする?」
「……そうですわね、どう壊そうかと、考えますわ」
「じゃ、壊された時のことを考えて、火系術式でも仕込んで爆発させたら面白いかもな?」
「それは……そうですけれど」
「となると、今度はその前提だ。つまり三人目の相手は、目の前に壁があるだろうとわかっていて、それを壊すと爆発すると思う。だったら?」
「迂回しますわ」
「ん、選択肢はいくつかあるが、まずそこを見抜かないといけない。最初から〝箱〟を作れば、誰だって爆発への対抗策を練って、壊すことが前提になるからな。まあいい、ともかく心理戦だ。いいか? 迂回するために左右、どっちに動く?」
「では、左にしますわ」
「移動範囲は、目の前の壁のサイズよりも少し大きい――これは、わかるな?」
「当然ですわね、迂回したいんですもの」
「しかし、その範囲を越える前に、お前は左肩から壁にぶつかるわけだ。だとして?」
「右へは距離がありますから、一度下がって、跳躍を考えますわ」
「一歩下がった時点で〝壁〟に当たったら?」
「……もう詰みですわ」
「そんなお前に朗報だ、最初に認識した目の前の壁が、なくなっていた。大半の人間はこう考える――壁にも個数限界があるじゃないのか? 三つか? 四つか? よし、自分の中の最大速度で一気に間合いを詰めてやろう――お前は、そのタイミングで小さな棒を隠して、そいつの足元に配置しておくだけで、盛大に転んで大笑いって結末だ」
「…………」
「ん?」
「いえ、なるほど、ありえますわ……」
「自分ができることは、相手もできると考えるのが、大前提だ。つまりそれは、体術じゃなく、思考面でも同じことだ。たぶん、剣と盾っていう印象だろうが、壁だけでも充分だろ。ちゃんと〝戦闘〟になる。……ま、俺なら接近させないスタイルを見せておいて、何か接近戦で有用なものを会得した上で、使うけどな」
「遠距離メインだから、接近すれば勝てると、相手にそう思わせておいてから、覆すのですね?」
「その通り」
「石橋エルス、あなたはこのくらいの思考を、当然にしますの?」
「当然っつーか、さっきお前が壁を作った時点で、こいつは遠距離で片づけた方が楽だなって思ったくらいなもんだ。心理戦は意識の隙間を狙う。つまり正面に壁を作ったお前なら、正面からの攻撃は意識にねえだろって」
「実際にそれ、できますの?」
「できないなら、普段の訓練での思考不足ってことだろ。負けるのは自業自得だ、言い訳の余地はねえ」
「せんぱーい! そろそろこっちの相手もしてー!」
「……おい、見える壁を一つ作ってくれ。大きめの」
「どのくらいのサイズですの?」
「十五メートル、幅は三メートル」
「できますけれど、天井ぎりぎりですわよ?」
「いいんだよ……おいモー子、あとプリ子。お前らは壁のぼりをしてろ、基礎だぞ」
「んげ……基礎練習かあ」
「文句言うなモー子。ちゃんと登りきるまで、相手してやらねえからな」
薄い青色の壁、厚さも三十センチくらいはあるか……ん、摩擦抵抗もそこそこあるな。
「え、これを登らせるんですの?」
「本当なら、もうちょいでこぼこしてるんだろうが、これが登れれば現実の壁なんて、軽いもんだ。キョウ、手本」
「んー」
助走は三歩、四歩目には壁に靴の底をつけ、上半身を壁に沿うように配置し、勢いよくひょいひょいと十三歩で到着し、一番上で天井の骨組みに手をかけると、腰を下ろした。
「猫は得意だろ、リリ。プリフェもこのくらいの体術は覚えろ。どうやるか、考えながら練習な」
「はあい。――あ! キョウちゃん白色が見えてる!」
「……? 今日は黒だけど?」
「ちくしょう、引っかからなかった!」
なにやってんだお前らは……。
「術式使わずにやれよ、お前ら。……さて」
ん? ええと……?
「なあメニ、どこまで話したっけ?」
「心理戦の話ですわ……」
「ああうん、そうだな。手の内をどこまで明かすかって問題はあるにせよ、見せること、見せないことを上手く使え」
「だからこそ、相手を良く見ろ、ですわね?」
「そういうこと。ちなみに、戦闘思考ってものを実際に使う場合は、ほぼ考察する時間なしでの選択を連続するような感じだから、日ごろからきちんと考えといた方がいいぞ」
「思考に溺れるなとは、言いませんのね?」
「どれだけ考察して、思考しても、現実の前では溺れる前にやられる。どんな状況でも訪れる〝選択〟と〝予想外〟が、必ず存在するからだ」
「その場合はどうしますの?」
「場当たり的な行動になるか、あとは経験による〝勘〟で切り抜けることが多いな。キョウなんかはもう、ほとんどその勘でやってる節がある。ありゃ悪い癖だ」
「けれど、その方が読み取られにくいのではありませんこと?」
「そのぶん隙も多い。……こう言っちゃ何だが、対人戦闘において、俺の中では二分でも長いくらいだ」
異族狩りに育てられた俺の基本は、そこだ。今はそれ以上の戦闘も可能にはしているが、短い方が良いし、慣れている。
「二分って、短いですわよ?」
「んー……」
どうしたもんか。
「戦闘においての二分は結構、長いんだが、こいつを理解してる連中はそういない。……おい! 黒い下着のキョウ!」
「んー?」
まだ壁の上にいたので呼びかければ、ひょいと飛び降りる。術式を使わず、地面に近い位置の壁を強く蹴って力の方向を変えると、ごろごろと二回転してから起き上がった。
「……何してますの、キョウ」
「え? ……曲芸?」
「落下速度の軽減方法はいくつかあるが、痕跡が残りやすい。今みたいなのはそこそこ派手だが、痕跡があったとしても、特定は難しいし、消すことも可能だ。手も届くからな」
「なるほど……」
「キョウ、俺と遊ぶ気はあるか?」
「報酬は?」
「今度一緒に、風呂に入ってやる」
「嬉しくない」
「というか、教える俺の方が報酬を求めたいんだがな……?」
「じゃ、今度一緒に、お風呂に入ってあげる」
「嬉しくねえよ」
「そのやり取り、必要ですの……?」
こいつは、通過儀礼なんて言葉を知らないらしい。
「おい、そこの壁馬鹿二人、ちょっと休憩しろ。でだ、今から最大二分間、キョウと鬼ごっこをする――が、どうだおい」
「い……嫌な予感しかしない」
「断る理由が見つかったら、説明が終わる前に教えてくれ。術式あり、攻撃あり、つまり何でもありの状況で、俺は〝攻撃〟をせず、キョウの首を掴む。掴まれたキョウはそれを確認して、またすぐ逃げろ。というか、掴まれても気にせず徹底して逃げろ。ロリ子、二分間の計測を頼む。賭けをするなら、俺が掴む回数にしとけ。メニ?」
「証明ですのね?」
「そういうことだ。さてキョウ、言い訳は見つかったか?」
「……いいよ、やる」
「二分間耐えたら、今度の〝仕事〟を俺が手伝ってやるよ」
「え、ホントに!?」
「嘘は言わない」
「よしやる! やるぞお!」
「珍しいですわね、キョウがこんなにやる気を見せるのは……」
そりゃ、俺がいた方が難易度の高い仕事もできるからな。
「離れろ、キョウ」
「どんくらい?」
「お好きに。――ヴェネ、開始の合図、回数、カウント」
「うむ」
まず俺に背を向け、一気に距離を取ったキョウは、二十メートル付近でこちらを見て、動きを止めた。
「抜いていいぞ!」
「ん」
けれど、腰の短剣を抜かずに僅かに重心を下げるに留めた。
「術式も、もう使っていいぞ。――ヴェネ」
「うむ。いくぞー、――始め!」
合図と共に、俺は両手を地面につけるリリズィが得意とする姿勢から、まっすぐ直進する動きを見せ、
「――っ!」
「一回」
そこからは、無常にもヴェネッサのカウントが続いた。
振り向きざまにナイフを一振り、それをしゃがんで回避しつつ、今度は正面から首に触れる。可能な限り死角を縫うよう、僅かな殺意を与えるようにして、時にはわざと視線を合わせ――きっと。
それは。
キョウにとって。
「――ここまでだな」
ぺたんと腰を落として、立ち上がれなくなった頃合いで、俺は両手を軽く上げるようにして、終わりの合図とした。
「は、は、――に、二分じゃ、ないの?」
「永遠の時間に感じただろ? ほら……」
手を差し出し、立ち上がらせてからも、肩を貸して移動の助けをしつつ、隅の椅子に座らせ、タオルと水をやった。
「ヴェネ?」
「うむ。四十七秒、十九回じゃよ」
「うそだ……ぜったい、うそだ……」
「これでわかっただろ、メニ。略式とはいえ、六十秒以内に十九回は殺せるわけだ。ここで実際に経験したヤツにインタビューといこう。キョウ、倍の時間を逃げ切れると思うか?」
「じょうだん……もうやだ……帰って寝る……」
「そして俺も、見ての通り躰が温まるくらいには、面倒だった」
「……術式で何をしていたかは、この際、問いませんわ。けれど、どういう行動を心がけていますの?」
「どんな方法であれ、一撃を与えるための戦術を、常に考察し続けるんだよ。今回は単純に、キョウの意識の外側からの接近、連続で触れるのは二度と決めたが、……まあ、触れた時に軽い殺意を見せてたから、こいつはこんなに疲れてるわけ。実際の戦闘じゃ、一撃喰らったら終わりだ」
「当たり所が悪くても、ですの?」
「もちろんそうだ。致命傷にならず、足に傷がついただけで、いつも通りには動けなくなる。毒なんかあったら最悪だし、一撃で大丈夫なら、二回も三回もそれを受けるはめになって、その先にあるのは無様な姿だ。だから、追い込まれることを避ける――故に、相手を追い込もうと考える」
だが、勘違いしちゃいけない。
「物理的に追い込む方法を考えてるだろ?」
「ええ……」
「対人戦闘においては、心理戦と言ったように、――相手の心を折った方が勝ちだ。キョウは慣れてるからいいが、これがリリやプリフェなら、五回持つかどうかだな」
「どんな時でも平静を保てと?」
「それができるなら、キョウはこんなに苦労してねえよ。といっても、魔物が相手ならまた違ってくるが……ん? どうした?」
「いえ……今までのことを、理解はしましたわ。けれどそれは、今まで学園でやってきたこととは、大きく違います。まるであなたは、術式は〝武器〟でも〝攻撃力〟でもないと――そうおっしゃっているように聞こえますわ」
「最後の一撃が術式か得物か素手か――そこに差はねえよ。だったら、そこに至る過程にだって、差はそれほどないさ。選択肢の幅がいくらあっても、選べるのは大抵、一つか二つだろ」
「では、一つを突き詰めたらどうですの?」
「一つの術式だけで戦闘をするのなら、無数の戦術が必要になる。複数の術式が使えるのなら、戦術は一つで構わないが、的確に選択する頭脳が必要になる。――バランスを取るのが人間なのさ」
「……」
「最初から完成するヤツはいねえよ、メニ。試行錯誤の連続で、やがて自分に合う何かを得るものだ。それを見抜き、教えるのが〝師匠〟ってもんだが――俺は残念ながら、ほかの連中が示しているように、あんま教えるのが上手くもない」
休憩は終わりなのか、また壁に挑んでいる二人は、まだ半分にも届いていない。一応、ヴェネが術式で落下時の衝撃を和らげているので、俺が注意しなくても良さそうだ。
「あの、エルスさん?」
「なんだ? ようやく、フルネームで呼ぶのは止めたから、褒めて欲しいか?」
「それはいりませんわ」
「ああそう」
タオルを肩にかけたまま、うつむいているキョウの頭は撫でておく。
「……強さって、なんですの?」
「強さ、ねえ」
「――若い連中はすぐ、それを言い出しやがる」
頭上から飛来した言葉と同時、一瞥を投げればヴェネは笑っており、であるのならばと俺が対応した。
結果だけ言えば、――どうなのだろう。
膝をついた男の首裏に切っ先を突き付けている俺は、思わず舌打ちを一つ。
「嬢ちゃん、こいつぁどっちが勝ちだ?」
両手を上げた男の手から、零れ落ちるのは、俺が装備しているナイフだ。
一瞬の交錯の間に、こいつは〝盗み〟やがった。
「相変わらず手癖が悪い――」
剣を消せば、そいつは立ち上がる。俺より頭一つ高い長身、俺と同じよう髪だけはやや長く、無精ひげが目立つクソ野郎。
「師匠!?」
キョウが驚きの声を上げる。
三年ぶりに見たその顔は、記憶に違わず。
「よう、キヨ子、それとエル坊。元気にしてたか?」
石橋キクリナは、軽く手を上げるようにして、そう言った。
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