第17話 ベース設営の一日目の昼

 集まった資材はそのままに、風のないうちに火を熾し、獲ってきた魚をメインにして、蛇も頭を取って皮を剥ぎ、串焼きにするサバイバルフード。ただし調味料は持ってきていたので、塩や胡椒が使えるのはありがたい話だ。

「たぶん、俺が八歳くらいまでの期間だろう。基本的な仕込みは、この島でやってたらしい。俺自身に、ここが島だっていう認識はなかったけどな」

「トウスイと二人か?」

「誰かに逢いだしたのは、それ以降だ」

 言えば、ククルクが唇を尖らせていた。

「なんだ」

「ほんまに覚えとらん……? その時、うちもここにいた頃があんねん」

「ああ、それを言ってたのか。悪いがさっぱり覚えてない」

「ぬうう……」

「男なんかに記憶力を期待するのが間違いですわよ」

「なんじゃお主、期待しておらんのか?」

「今、傍にいること以外に何を期待しますの?」

「おい、おいメニ、そいつは昔からか?」

「男性に対しては、昔からそういうものだと、躾をしてくれた侍女から教わってますわ」

 どうりで面倒がないわけだ……。

「といっても、それを思い出したのは最近ですけれど。ただ楽ですわよ、その方が」

「さすがに割り切り過ぎじゃろ……」

「どうかしら。それで? 誰もが男の過去に興味がないわけでもありませんわよ?」

「ん、ああ、俺はよく知らないが、ここでの暮らしが終わったら、当てもない旅みたいな生活をしたな。その頃からは実戦だ。そこそこ術式を奪ったところで、十歳になってこの刀を奪った」

「その話は、うちら――やない、異族狩りの間じゃ話題になってた」

「馬鹿、話題にしたんだよ。それが連中のやることだ」

「なるほどのう。あえて話題にさせて、トウスイの名を広げたか。釣れた魚はクロウにククルク、大物とは言えんがのう」

「面倒な話だ」

「じゃが、お主はトウスイの足元にも及ばんじゃろう?」

「そうだ。せいぜい、刀を

「じゃろうな」

「ちょ、ちょう待って。――え? ほんま?」

「事実だ。俺の持ってる称号に目が眩んだどっかの間抜けはいるけどな?」

「う……しゃーないやろ、受け継いだいう情報聞けば、こうなんねん」

「あら? けれど、学生として暮らし始めた時期は確か、十四歳くらいでしたわね?」

「女の記憶力ってやつは、執念か何かと同じなのか? ククルクは知ってるだろうが、しばらくは殺しをしてた。年間殺害数――なんだったか」

「五十八や。しかも、全員が異族狩り」

「ほう、同族殺しミラーハントか」

「馬鹿言え、俺は異族狩りじゃねえ。そういう育てられ方はされちゃいねえから――そもそも、仕事を引き受けることがないし、受ける義理もない」

「うちらは、仕事なら断らないよう作られてんねん」

「俺としちゃ腕試し――だが、連中は退屈だ」

「どこかじゃ」

「最長二分。どいつもこいつも、やり方は違ったが、根っこの部分は同じだ」

「ふむ……」

「では、どうやってイングルジットまで?」

「中央都市が荒事とは無縁だと思うなよ? 適当な冒険者パーティを見つけて、俺を拾ってもらったのさ」

「へえ、そないな手を使うたんか」

「おう、なかなか面白いパーティだったぜ? 暗器に罠を使うやつと、とてもじゃないが女が持てるような代物とは思えない大剣を持った前衛に、無手の巨体がバックアップ。更には医者まで揃ってる、そりゃ豪華なメンツでなあ――おいどうしたククルク、頭を抱えて」

「うちのおっかあが引退したんは、そういうことか……!」

「殺しちゃいねえだろうが」

「キクリナにシェリーじゃな?」

「加えて、棟梁と学園の医師のギルクさんですわね。けれど、レゾナルさんとは大丈夫でしたの?」

「キクと姉弟だってことは後で知ったが、ほかの連中とは違って、レゾには選択をさせた。俺としては殺しても良かったんだが、今の関係に落ち着いてる。ほかに質問は?」

「午後からのスケジュールが聞きたいですわ」

「ヴェネ、頼みがある」

「なんじゃ?」

「午後からはメニを見てくれ」

 荷物の奥にある木箱を引きずり出し、蓋を開いた。

「ほう――なるほどのう」

「たぶん俺よりも、教えるのは上手いだろ。報酬はいるか?」

「わしはそこまで狭量ではないぞ」

 中にあるのは、小太刀だ。刀よりも短く、ナイフより少し長い、鞘に納められた曲がった刃物。

「まさか、お主」

「そうだ」

 言えば、ヴェネッサは顔を歪ませ――嬉しそうに、笑った。

「くっくっく……」

「メニ、新しい得物だ、こっちに来い」

「ええ」

 大きめの腰ベルトを装着してやる。メニミィは右利きなので、左の腰に小太刀を二本。まずは一本、刃が上になるよう佩くのは刀と同じ。

「まだ抜くな。右、順手で柄に手を当てろ」

「こう、ですの?」

「ん」

 肘の曲げ具合などから位置を調整し、二本目も同じ向き、同じ側の腰――だが、柄がやや下を向くように。鞘同士が重なって、小さなバツの印を作る。

「鍔のある小太刀は右手、鍔のない小太刀は左手で扱え。いいかメニ、こいつを抜くも抜かないも、全てヴェネに任せる」

「うむ。まずは、引いて斬ることから教えんといかんのう……」

「あら、引きますの? 先に理屈を教えていただけます?」

「エルスの居合いを見ておると、簡単に使っているように見えるからいかんが、剣は振り下ろせば良いじゃろ?」

「ええ」

「そもそも、刀は曲がっているため、多少は滑る。滑るが――引く、ないし押すことで初めて、斬ることができる。故に間合いはかなり近い。お主、得物を使った経験はないじゃろ」

「武器としては、ないですわ」

「であればこその選択じゃろうな。寝る時以外はつけておれ、重量に慣れる。それともう少し昼休みじゃ」

 食料が消化するには、おおよそ三十分。その後に眠気と格闘する時間も訪れるが、それはさておき。

「雨脚はまだ強くなってないから、設営もそう急ぐことはないだろう。ククルク、睡眠はどうしてる?」

「普段なら一時間で寝て起きてやな。一人での行軍も慣れとるよ」

「そうか」

「あんたはどないなん?」

「普段の話か? 俺は三時間から四時間で、悪夢が目覚まし代わりだ。もちろん周囲を警戒した状態での睡眠だけどな」

「うむ。解除されても気付く術式を罠として使っておる。密閉された部屋の空間を利用している形じゃな」

「さすがにヴェネは気付くか。ま、そういう感じだな。ククルクと俺が交代で夜間警戒を行う」

「妥当やなあ。お互いに寝顔を眺め合う仲やない」

「……」

「な、なんやの」

「ククルク、面倒だから直截ちょくさいするぜ。――そんなに異族狩りを潰したいのか?」

 どうせ、手合わせの前には問おうと思っていたことだ。

「〝目的〟だ、ククルク」

「……せや」

 大きく、深呼吸が一つ――おい、それなりに真面目な場面だ、上下する胸に視線を向けるなお前ら。舌打ちまでしてんじゃねえよメニ、上品が売りじゃないのか。

「あんのクソッタレを潰したい」

「水を差すようで悪いが、本気でそう思ってんなら、権力者になった方が早いぜ」

「――どういう意味や」

「依頼形態だよ。お前は依頼を受けるだけの立場だから、知らないのも無理はない。そもそも〝殺し〟なんて頼む馬鹿は――権力者だ。現実的に言えば、理事会や評議会だな」

「エルス、待ちなさい」

「お前の伯父おじってやつも、知ってるし使ったこともあるぜ? といっても、必ず仲介役を立てる。何故か? 依頼を持ち込んだ人間を、殺すことが受諾の完了だからだ」

 そうやって、異族狩りと呼ばれる末端に、仕事が回ってくる。

「レゾですら、仲介役だ。お前はきっと、上へ行けば行くほどに数は減っていると思うだろうが――実際には、窓口の数はかなり多い。かといって、依頼を出す馬鹿を殺したって、次が出てくるだけだ」

「……方法はないんか?」

「俺が考える一番可能性が高い方法は、狩り続けることだ。かつて俺がそうだったように、一人でも多く殺し続ければ、いずれ破綻する。ただし、お勧めはしない」

「なんでや」

「ククルク、あなたの事情はどうであれ、殺し続けるだけの人生なら、それは、異族狩りと

「――っ」

「わたくしは止めますわよ? もう知り合ってしまいましたもの」

 思わず睨んでいたククルクに、正面から応じたメニミィ。こういう肝の据わり方をするくせに、どうせこいつは寝る時に、言い過ぎたかもと、めそめそ泣くんだろうな。

「……ごめんメニミィ、ありがとうな」

「いいえ、どういたしまして。将来的におっぱいを分けていただければ結構ですわ、ちくしょうめ」

「コンプレックス持ちすぎとちゃうんか……?」

「いやお主は敵じゃ。メニミィ! 下でやるぞ! こやつのおっぱいおっぱいは見ておれん!」

「まったくですわー」

 ひょいと、下の岩だなへ飛び降りる二人を見て、ククルクは肩の力を抜いた。

「……ほんま、効いたわ。気付かせるつもりで言うたんやな?」

「仮に、メニが言わずに俺が言っていたとしても、選ぶのはお前だ」

 立ち上がった俺は竹を手に取り、まずは半分に割る。なたを扱う要領で、ナイフの背を石で叩いて切れ込みを入れれば、そのまま割れる。そのあとに軽く節を壊してやれば、雨どいみたいな形に。

 それを、壁にするよう立てかける。緑の方を内側にしてやれば、ある程度の保護色にもなるわけだ。雨水も竹の内側を通るので中に入りにくいし、ともすれば雨水を溜めることもできる。

 連結するための紐は、強度がそこそこ高いツルを使う。まあ紐も用意してあるんだが、使わずに済むならその方が良い。見れば、ククルクも落ち着いたのか、汲んできた水を火にかけ、煮沸が済んだものから竹を切って作ったボトルに注いでいる。

「なあ、エルス」

「なんだ」

「エルスはなんか、目的とかあるんか?」

「それは哲学的な問いか?」

「へ? あー、や、たとえば?」

「メニを抱くまでは死ねん、とかそういう」

「あほやろ」

「馬鹿、目的なんてその程度で充分だって話だ。何があったって、明日はある」

「刹那的な生き方はしとうない」

 まあ、異族狩りとしての生き方は、その場凌ぎの連続だからな。

「急ぐつもりはない――が、生きてる間は、たぶん、親父を追うことになる」

「トウスイさんを?」

「――は?」

「世界の秘密ってやつさ。現実にどうかは知らねえが、この中じゃヴェネが一番、世界のことを知ってる。親父はそれ以上に知ってるだろうし、進んだ先で逢う可能性もあるって話だ」

「よう……わからん。秘密って、なんかあんの?」

「あるさ。わかりやすいもの、目に見えるもの、なんだってある。ただ、それに疑問を覚えるかどうかだ」

「うん? んー……思い当たらへん」

 そう、それが当たり前。

 普通は、そうなんだよ。そして、今更だ――それを、誰もが研究していて、いつしか当たり前になって、疑問に思うことすら馬鹿馬鹿しくなった現実は、ただ、思考放棄をしたのと同じだと気付かない。

「少なくともヴェネは、川が落ちた先を知ってるだろうし、都市が浮遊している理由の考察もしてるだろうぜ」

「――え、や、それは」

「それが世界を知ることで、魔術とはそういうものだ。今は気にするな、そのうちわかる。――異族狩りを滅ぼしたいなら、ヴェネをその気にさせるのも手だぞ。ただしその場合、全都市が半壊するけどな」

「え、ほんま? ヴェネやるんか?」

「俺には無理だけどな」

「うえー、ちょう怖くなってんけど……」

「よほどのことがない限り、敵に回ることはねえから、安心しとけ」

「そうしとく。けど――メニミィもだいぶ変わったなあ」

「戦闘なんてのは、やり方次第だと教えただけだ。それより、本当にかつて、お前もここにいたのか?」

「うん、覚えもあるから間違いない。うちが糸を覚えたんも、ここでの話や」

「へえ……」

「エルスは糸、使わんの?」

「遊びならともかくも、扱えるとは言えないな。ただ、どんな得物にせよ、嫌ってほど見た」

 見たぶんだけ、喰らった。犯人は親父だ。

「明日、朝から遊んでやる。ただし鬼ごっこだ」

「なんやの? 遊びのルール?」

「二分以上の戦闘は?」

「……そこはまだや。スイッチが入らんようにはしとる。おっかあからも、次にやったらうちは死ぬ言われてん」

「一度壊れて、修繕したんだから当たり前だろ。ただ、あのサディストの施術なら、表に傷は残ってねえだろ」

「うん」

「傷のある女だって抱けるから安心しろ」

「あんたに抱かれる覚えはあらへん」

「そうかい」

「腕戻しはせんでええの?」

「そのうちな。だいたい、真正面からやり合うのは俺にとって最後だ。ま、刀なんて使わなくてもできることを教えてやらねえとな」

「……殺さんといてな? な?」

「結果次第じゃ、両手両足を縛った状態でエロいことをする――ヴェネとメニが」

「ひいいい……! うちのおっぱい消えてなくなるやん!」

 揉まれるくらいじゃなくならん。吸われたら知らんが。

「情事のためにも、ベースの設営を済ませるぞ」

「やる気が一気に消えたわ……」

「明日が楽しみだな?」

「ん、ぐっ、……やったるわ、ほんま、ほんまに……!」

 俺も、下手な結果を出さないようにしないとな。



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