第11話 トラブル野郎、キクリナ参上

 線香花火と呼ばれるこの寮において、当然だが一番早起きなのは寮母であるレゾナルだ。俺はそもそも睡眠が不定期でかつ、眠りが浅いのだが、部屋を出る時は必ず、レゾが起床した空気が動く気配を感じてからにする。

 一日おきに配達されるニュースペーパーを取りに外へ出て、レゾへは軽い挨拶だけ。コップ一杯の水を飲んで部屋に戻り、作務衣に着替えてベッドに戻り、目を通す。

 このまま、女連中が登校するまで時間を潰すのが、いつものことだったのだが、しかし。

 ノックもなく。

「おーう、おはようさんエル坊」

「……おう」

 キクは本当、遠慮を知らない。まあ俺が相手だからかも、しれないが。

「お前、部屋にテーブルくらい用意しとけよ」

「なんだ、土産でもあるのか?」

「あるぞ、ちょうど竜族の火流都市に行ってたから、尻尾を切って作った保存食をだな」

「メソ子が見たら泣くぞ……?」

 紙に包まれた大きな塊をどっかり置かれたので、吐息を落として俺はニュースを畳むと、足をベッドから降ろした。

 石橋キクリナ、俺より五つくらい年上の男。付き合いは四年以上前から――まあ、ちょっと荒れてた四年前、殺しを辞めたのも実は、こいつが俺を拾ってくれたからだ。まあ、実際には拾わせたんだが……まだこいつが、パーティを組んでいた頃の話だ。

 レゾナルとは、間違いなく血の繋がった姉弟だ。名前から察してもわかるよう、男女逆だろうと思うのだが、二人は年齢も違うので、名付け間違えたという感じでもなく、理由は知らない。

 ただ、二人揃って昔から自由に生きていた。断言できるが、キクはレゾが異族狩りの称号持ちである〝紫煙しえん線香せんこう〟であることは、知らない。

 自称、冒険者。

 実際の職業にされていないだけで、自称ではなく、キクは冒険者だ。それこそ、俺が、あちこち動いている。

「いつの間にか、この寮も女ばっかになってんじゃねえか。どうだ、ハッピーか?」

「まさか、冗談だろ。女なんて、いちいち面倒で、やってらんねえよ」

「抱いてもねえのかよ……どんだけ奥手だ、お前は」

「当事者じゃねえ野郎は、好き勝手言えていいよな?」

「安心しろ、俺はどうせ本気になれねえから、店以外で女を抱くこたねえよ」

「そう言う野郎は、マジになった時に手が付けられねえんだよ、馬鹿」

「そうならねえように、気にはしてるぜ? えーっと……プリ子とモー子に、ロリ子な?」

「さすがに覚えるのは早いな」

「昔、キヨ子にはここへ入るよう言っておいたんだけどなあ……」

「知ってるよ。つーか、俺を拾った頃にはもう、キョウを育ててただろお前」

「上手く知らないままにしておいたろ? 俺を褒めろ」

「年下に要求すんな、そんなことを……お前は相変わらず、図体ばっかデカくて、中身は好奇心旺盛なガキのままじゃねえか」

「おいおい、好奇心を忘れたら老け込むだけだぜ? 見ろ、水連花すいれんか瑞枝みずえばあさんなんか、夕方に顔を見せたら、ずかずかと歩いて来て、俺の尻をひっぱたきやがった! 痛ぇのなんのってな」

 そうか、ばあさんも元気になってきたみたいだな。

「おい、聞いてんのかエル坊。しばらくはいるんだろうねって、念押しまでされたんだぜ、俺は。冒険者に、ここに留まれなんて、死ねって言うようなもんだろ。なあ?」

「知るか、俺は学園生だ」

「――は? なにお前、学園なんて通ってんの?」

「顔はあまり出さないが、前会長のプリ子に請われてな。どういうわけか、理事会も俺を監視したいから、退学にはしたくねえんだと」

「はあ……変わってねえなあ、ここは」

「三年か四年くれえなもんだろ」

「一年ありゃ、大きく変わることだってあるさ。お前だって、まるで教員役みてえにしてるじゃねえか。なあ?」

「よせよ、ガラじゃねえ。寮対抗戦があるから、それまでに少しでも錬度を上げてやろうって、ささやかな気遣いさ」

「あー、あの見世物、まだやってんのかよ……」

「せめて祭りと言ってやれ。モー子が出たいってうるせえから、人数も揃ったし仕方なくな」

「荒らす気か?」

「状況次第」

「あんなもん、一度ぶっ壊せよ。そうすりゃ俺みたいな馬鹿だって、学園に通いたいって思うようになるぜ?」

「今通ってる連中が、もう必要ねえって通わなくなるだろ」

「はは、知ったこっちゃねえや。学生じゃねえし」

「こっちは高等部一年だし、革命なんぞ願ってもねえよ。――で? そっちは〝収穫〟でもあったのか?」

「べつに悪いことをしてるわけじゃねえよ……」

「ふん、どうだかな」

「――で、ロリ子の正体はわかったか?」

「そいつはキクから話したらどうなんだ? 昨日の感じからして、知り合いだろ」

「知り合いっつーか、俺が拾ってこっち寄越したんだ。あまりにも、――傍に置きたくなかったからな」

「あんたが放り投げたのか……」

「だって考えてみろ、右も左もわからんガキみたいな風貌をした〝化け物〟なんぞ、遠くに追いやるのが一番だろ?」

「結果的に俺がその荷物を背負うはめになったんだが?」

「竜の尻尾、美味いぞ」

「――おい、煙草を吸うなら下でやれ」

「あ、悪い。つい癖になってた」

 まあ、指摘してやればやめるだけいいか。

「好奇心だけじゃ冒険者はやってらんねえってか?」

「当然だ。マジで厄介なものを、それと知らずに傍に置くのが、一番駄目だろ。たとえば、お前みたいなヤツをな」

「ふん……、キク、ここにある地下区画への侵入経験は?」

「なんだ、興味あんのか?」

「ちょっとな」

「はは、残念ながら、あそこは〝地上〟にゃ繋がってねえよ」

「――地上?」

 どういうことだ?

 いや、言っている意味はわかる。わかるが……。

「確証がなきゃ、そういう言い方をしねえよな、冒険者」

「通称だよ。空と、地上。ここを中心にした上下だ。お前は本当に疑り深いっつーか……地上に興味でもあんのか?」

 そう問われれば、どうだろうか。

「興味は、あまり」

 だが。

「ここで暮らすよりも、どっかでくたばった方が、俺らしくていい……」

「そういう野郎に限って、どんな場所でも生き残るもんさ。まあなんだ、俺もしばらく滞在はするが、そっちでロリ子の目的やらなにやらは探っておいてくれ」

「なんで俺が」

「俺はあのガキを敵に回して死にたくねえ」

 俺はいいのか……? 信頼してる、なんて言葉で騙されるほど、馬鹿じゃないからな。

「で、キヨ子はどうだ?」

「さあな、上手くはやってるんだろ。キョウの仕事にはノータッチだ」

「そっちもだが、昨日の訓練だよ。楽しそうにしやがって、まったく……俺も混ぜろって話だ」

「師匠なんだから、キョウにもっと教えろよ……」

「最低限は教えたさ」

 強さとは何なのかと、昨夜もメニミィが疑問を抱いていたが、そんなものは個人差があり、誰もが違う信念を抱いている。

 俺が三秒以内に決着をつけることを前提としているように、キクの場合は、過程がどうであれ、生き残った者が勝ちであり強さだと、そう思っている。

 それはキョウも同じだ。であればこそ、俺にから、ああやって疲労し落ち込んでいたのだ。

 しかし、職業は違う。

 俺が殺し屋なら、キクは冒険者で、キョウは――盗賊だ。あるいは義賊と呼ぶべきかもしれないが、似たようなものだろう。だってその判断は、キョウの〝理性〟なんていう曖昧なものだから。

「あんたの得意な〝盗み〟だけ教えたようなもんだろ」

「その割には、あんまりキヨ子の盗みは上手くねえんだよな……やっぱあれか、下手に魔術なんか使えると、そっちに偏るもんか?」

 ――事実。

 こいつは、一切の術式を使えない。

 本来、人には魔力があるのだから、たとえば文字式ルーンならば最低限、小規模とはいえ扱えるはずなのに、キクリナはまったく駄目だ。こうしていても、魔力を感じない。

 それを、俺は不思議に思っている。

 ――まるで。

 それを何かの〝代償〟として、支払っているような気がしてならないのだ。

 呪いなのか、あるいは契約なのか……。

「ん? また妙なこと考えてるだろ、エル坊」

「――生まれた時から、あんたには魔力がなかったわけじゃねえだろうと、思ってただけだ」

「なんだ、世界の秘密を知りたいのか?」

「何故そうなる……?」

「そうでもしなきゃ、わからねえこともあるのさ。俺だってまだ、世界の半分くれえしかわからん」

「半分ねえ……」

「隠し事は、いつかわかるって、静観したままじゃ他人と一緒。せめて一緒に付き合わなくちゃ、相手の情報はわかんねえ。そうだろ?」

「……まあ、な」

「つーわけで、俺は外回りだ。昨日は挨拶も満足にできなかったからな」

「おい、窓を開けて出て行くな馬鹿」

「お前こそ馬鹿か? のこのこと、リビングに顔を出せば早起きしたキヨ子に捕まるだろ。夜には戻るし、昨日のあれ、やるんだろ?」

「一日おきだから、明日だ」

「なあんだ、詰まらん。んじゃ、あとよろしく!」

 よろしくされることはねえよ、馬鹿。

 窓から地面に落ちて、こっそり玄関から靴を拝借する成人男性の未来を予想すれば、どこか間抜けにも思えるが、放置して窓をしめた。

「……」

 だがこれで、予定が狂った。

 ここで籠城していたって、どうなっているんだとキョウが扉をノックするだろうし、適当に仕事をしようにも、キクと行動が重なってしまう。

 ……学園、行くか。

 とりあえずその可能性を願って、制服に着替えて階下へ。まだ早い時間だったので、キッチンにまず顔を見せる。

「俺の飯、用意できるか? 軽くでいい」

「いいわよー」

 食わなくてもいいんだけどな……。

 リビングに戻れば、足を組み、腕まで組んだキョウが目を瞑っていた。これは放置しとくのも優しさか?

 ……まあ、よろしくされたしなあ。

「キョウ」

「ん」

「――キクならもう逃げたぞ」

「なに!?」

 勢いよく立ち上がり、隣にいたリリがちょっと驚いてる。

「ど、ど、どこ行ったの!?」

「知るか。さっきまで俺の部屋にいたが、外回りに行くって」

「あんにゃろ……!」

「おいキョウ、一応言っておくが、聞き込みは避けろ。野郎は必ず裏を掻いて逃げるからな。可能なら、姿を捉えられることなく、捜索しろ……」

「うんわかった。レゾさーん、私もう出るから! リリに食べさせといて!」

「んー、途中でちゃんと食べるのよー」

「はあい!」

 俺だって苦労するのに、今のキョウじゃまだ無理だろうなあ……夜にはそのうち戻るだろうし、それを待てばいいが、久しぶりに師匠と出逢ったのだから、そういうわけにもいかんか。

 食事の前に珈琲は、特に朝はあまり良くない。俺だけならばともかく、どうせほかの連中も飲みたがるし、落とすのは後だとソファに腰を下ろせば、しばらくしてプリフェが下りてきて、食事ができる頃になって一番遅く、ヴェネッサがきた。

 食事を終えてから時間を見ると、それほど余裕がなかったので、学園へ向かうプリフェとリリズィを見送ってから、珈琲を落とし始めれば、しかし。

「ん……? おいロリ子、学園行けよ」

「お主に言われたくはないのう。あと世話役じゃからな?」

「ああうん、忘れてた」

 割と本気で。

 もう俺がいなくても好き勝手行動できるだろうに。

「それで」

 珈琲を置いて、対面のソファに腰を下ろせば、カップの位置を変えたかと思えば、ヴェネは俺の隣にわざわざ移動してきた。

 ……? なんだこいつ、定位置でもあんのか?

「……なんで隣にきた? 続く言葉を忘れちまった」

「最近はメニミィばかり構いよって、わしも少しは構え」

「そう……か?」

「うむ。まあ、気持ちはわからんでもない。あやつ、戦闘に関しては真っ白じゃから、言うこと成すこと吸収するからのう……」

「戦闘に関してなら、俺にだってお前が教える立場だろ?」

「お主はもうスタイルができてるから、あとは盗むだけじゃろ。じゃから、それ以外のことでわしを構うべきじゃと、そう思わんか?」

「……めんどくせぇ女だな、おい」

「言っておくが、女を面倒にするのは野郎じゃからな……?」

「ああ、飯屋の姉ちゃんが似たようなこと言ってた。けど、それで離れるのも女の勝手だろ?」

「そう言われると、こう、反論しにくいのう……」

「俺は確かに、世話は嫌いじゃねえが、女好きってわけでもないんだがな?」

「嫌いじゃないじゃろ?」

 そりゃまあ、どっちかって言えばそうだが。

 あんまり甘やかすと女はつけあがるから、面倒なんだと、右手でがりがりとヴェネの頭を撫で――いや、掻く。

「あらら、仲良いわねえ」

「羨ましいか? 安心しろ、毎朝鏡で相手を見てるだろお前は」

「あのね、大変なのよこれでも」

「見せる相手もいねえのにな」

 おい、お盆を投げるのはいいが、今どっから取り出した。エプロンの内側にでも仕込んでんのか、お前は。

「ん――ああ待てレゾ」

「なあに? そろそろ怒ってもいい?」

「いやそっちじゃなく、キクが土産に竜の尻尾――ありゃ薫製か? お前食ったことあったっけ?」

「ない」

「だろうよ……じゃ、メソ子呼んで食わせるか」

「おい待て、マジ泣きしそうじゃから、ちゃんと教えるんじゃよ? な?」

「……キョウがいれば大丈夫じゃね?」

「お主、割とサディストじゃよな!」

 今更なに言ってんだこいつは……。

「お前はそこが良いんだろ?」

「うむ!」

 満足げに頷いてんじゃねえよ、馬鹿かこいつ。

 だがまあ確かに、構っていなかったのは事実か。

 しばらく休んでから、揃って寮を出た俺は、学園へ向かわずに噴水公園に近い位置にある定食屋へと足を向けた。

「――む?」

「どうした、昨日の拾い食いがようやく腹にきたか?」

「そんなやわな胃袋は持っとらん。ではなくじゃな、まさか、あの店に行くんじゃあるまいな?」

「その通りだが、問題でも?」

「シェリーのところは、顔を見せるとすぐ、仕事を手伝えと言われるんじゃ……」

「いいことだろ。加えて、俺はそんなに朝飯を食ってねえからな」

 いわゆる町の定食屋、みたいな感じだが、たまにこうして顔を見せる。中に入れば早朝の時間は越しており、いくらか暇そうだった。

「いらっしゃーい! あらエル、もうちょっと待って? ベッドは空いてるから、先にシャワー浴びておいて」

「お主……」

「いつもの冗談だ。サンドイッチをくれ、あとはオレンジ」

「はあい。ロリ子はどうする?」

「わしもオレンジ」

「ん。じゃあステージで」

「…………は? 何故、そうなるんじゃ?」

「エルとロリ子の代金。なんなら脱いでも――あ、ごめん」

「何故そこで謝るのじゃ!? やらんけど! けれども!」

「俺の前だけにしとけ……」

「ああうん、残念な気持ちになっちゃうもんね」

「うるさいのう! また歌えばいいんじゃろ!? もう良い、やってやるわ!」

 なんだ、今回が初めてじゃないのか。

 小さな段差のあるステージへ向かったヴェネは、拡声術式もない小さな店内を見渡してから、咳ばらいを一つ。まばらな拍手と、煽りにも似た声がなくなった頃、音楽が鳴り出し、大きく息を吸い込んで、始めた。その間に俺はサンドイッチを受け取る。

「――鏡に映るいつもの顔、見下ろせば毎度の台座が足の下。何やったってかわんねえ身長、今だって泣きそうな心情、でも気にしないと言い聞かせるのが根性。いつもの朝がやってきたどうよ、わしはいつだってこうよ、最高じゃよまったくもう! 今日も何故かこんな突発的な仕事、嫌だって困惑して見事この有様。逆さまになったって出てこねえ、誰かの財布の中身みたいに空っぽな頭。飯代稼ぎに口ずさむ、気ままで適当な人気次第がしのぎになるって話。商売繁盛、したいなら交代だ壇上、とっととしろ勘定。おはようございます! そんな挨拶で登場すりゃ、一日も上上じょうじょう。これでわしの状況も終了、仕事に取り掛かかって明星みょうじょうが出る前に終わらせろちくしょう!」

 それほど長くはなかったが、そこで音楽もちょうど終わり、やはり拍手やらヤジやらを受けながら、ヴェネは戻ってきた。

「おうロリ子、面白かったぜ」

「お前ちっこくてよく見えねえんだわ」

「チップを挟むおっぱいもないわねえ、この子は……」

「ええい、やかましいわ!」

 それでも、あれこれ言いながらチップの硬貨がテーブルに乗り、それを受け取ったヴェネはシェリーに渡す。

「んぐ、んぐ……はふ、おかわりじゃ!」

「はあい、お疲れさまあ」

「……ご馳走さん。慣れてるじゃねえか、ヴェネ」

「わしは歌うのが下手でのう、音をよく外すんじゃよ。じゃから、元より歌よりも言葉に近い方が良いと――思ったんじゃが、頭を使って瞬発的に言葉を繋げるのも、そこそこ苦手でのう……」

「まあ、上手くやったんじゃないのか? 専門職にするには至らないと思うが」

「だったらわしをもっと褒めろ!」

「わかった、わかった、後で――ん?」

 今までは厨房で仕事をしていたのか、白色のエプロンをつけた女が、どっかりとヴェネの隣に腰を下ろしたかと思うと、マスクと帽子を強引に取った。

「む? なんじゃ、メニミィではないか。何をしておる」

「何を、ですって? 見てわかりませんこと? ――拉致されて厨房に放り込まれたんですのよ! もうわけがわかりませんわ!」

 ああうん、拉致られるのも、結構あるな。断らせない方法を知っているんだ、こいつら。

 お代わりのオレンジジュースと、メニミィの朝食が用意され、ごゆっくり、なんて言われる。罪悪感なんて、母親の腹の中に忘れてきたんだろうな、あの女は。

「……いただきます」

「労働後の食事が美味いと思えるんなら、働いた価値はあるさ」

「それはわかりますけれど、わたくし、学園の仕事もあるんですのよ……?」

 そんなことを俺に言われても知らん。

「もう会長なんて辞めてやろうかしら……」

「本気でそう思ったなら、俺も手伝ってやる」

「でしたらもう少し、こういった仕事を、どうにかしてくれませんこと?」

「そっちは知らん。というか、俺にはどうしようもねえよ……なあ、ロリ子」

「うむ……」

「被害者の会を作るのでしたら、割と本気で後援しますわよ……?」

「よせよせ、金だけむしり取られて泣く結果は目に見えてる。――ああ、おいシェリー?」

「んー? なあにー?」

「キクが戻ってきたの、聞いてるか?」


 瞬間、店内が一斉に静まり返った。


「――マジかよ!?」

「あのトラブル野郎が!? ジーザス! 今日はなんて日だ!」

「ご馳走さん! 俺ァ今からかーちゃんと一緒に家族サーヴィスだ!」

 などと、ばたばたと騒がしくなって、一気に流れる水のように消え去った。俺ら以外の客がほとんどいない。

「は、早いのう……」

「なんですの? あの方、何をしましたの?」

「武勇伝なら腐るほどあるが、やめとけ。日が暮れちまうし、九割は愚痴だ。俺のとは違って、キクの場合は必ず、どんな話のオチにも〝被害総額〟が出てくるから、お前の頭も痛くなるぜ」

「へえ……あの子、戻ったのに、私への挨拶はなしか。へえ……」

「ひっ……」

「おい馬鹿、怖い顔をしてんじゃねえよ、平時に戻れシェリー。メソ子が怖がってんだろうが」

「ん、ああごめん、ごめん。昔の顔は忘れたつもりだけど、たまに出て来るのよねえ」

「何が昔だ、狂犬。未だに狼族はあんたを怖がってるんだ、忘れるな」

「そうねえ」

 そうね、じゃないだろ。

「シェリーさんの〝間合い〟と〝視線〟が、ちょっと変なのには気付いていましたけれど、何かあったんですの?」

「あら、メソ子そんなことに気付いてたの?」

「気付けるようになったんですのよ。わたくしがわかる限り、中距離で線に近く、点が混ざるような感じですわ」

「五年前くらいに、水流都市ウェパードで狼族を敵に回した〝狂犬〟シェリーって言えば、ここらにゃ知らないヤツはいねえよ。飲食店の経営で腰を落ち着けた気になってやがると、笑い種だ。……まあ笑ったヤツがどうなったのかは、知らない方がいい」

「昔の話よ? そう、昔の。――キクが早く来ないと、ちょっと未来の話にもなるかも?」

 ご愁傷様。野郎のことだ、昔の女に挨拶なんて、一番最後に回すだろうしな。

 ま、シェリーもそれをわかってはいるんだろうが……。

巨人族オーガってのはそもそも、外観は人間のそれと同じだ。だが肉体構造がやや違って、出力は人間の比じゃない。シェリーなんぞあの体躯で、この店舗一つくらいは持ち上げられる。文字通りような戦闘をするあいつを戦場で見れば、誰だって逃げ出したくはなるさ……」

「ふむ、なるほどのう」

「……いろんな人がいますのね。ご馳走様」

 一度席を立ったメニミィは、自分でテーブルを片付けると、エプロンを脱いでいつもの服装に着替えてから戻ってきて、珈琲を三つ置いた。飲みすぎもどうかと思ったが、好意なので受け取っておく。

 ま、今日はのんびりするか……。

「あ、マジ泣きされると面倒だから先に聞いておくがメソ子」

「もう振りだけで嫌だって言いたいくらいですけれど、なんですの」

「お前、竜の肉って食べたことあるか?」

「ありませんわよ!」

「ああそう。キクが土産に持ってきた、尻尾の燻製があって、今夜はパーティだがお前、どうするよ。黙って食わせようとも思ったんだけどな」

「……ええ、ええ、先に言ってくれてとても感謝しますけれど、あと味に興味もありますけれど! わたくしの尻尾はあげませんのよ!?」

「そこまでやると思われてんのか……?」

「おいエルス、お主は今までの行動を振り返っておくべきじゃよ」

 いくら俺だって、そこまで腹は減ってねえよ。

 ……ん?

 いや、腹が減ってもだな? いくら再生能力の高い竜とはいえ? そりゃまあ、尻尾の先をちょっとくらいなら、切り取って焼くとか? そういうのも? いやいや仲間だとすりゃ、さすがにそこまでは……なあ?

「三日くらい飯が食えなかったら、あるいは……?」

「あるいは、じゃありませんわよ!」

「冗談だ。……たぶん。そういう状況にならないことを祈れ」

「……わかりましたわ。竜の尻尾が安眠枕として、どれほど有用なのかを証明してさしあげますわ! そうすれば食べようなんて気は起きませんでしょう!?」

「待て待て、添い寝をするのはわしじゃ」

「そんな話はしてませんのよ!」

 してるだろうが。

 つーか……こうなるのが、俺のせいとかよく言われるんだが、こいつらが勝手に転がってるだけだよな……?

 珈琲を一口飲めば、香りが鼻から抜ける。

 ああそうだ、豆でも買いに行こう。新しいブレンドにも挑戦したいしな。

「聞いてますのエルス!」

「うるせえ、聞いてねえよ。右から左だよ」

 女の長話なんて、付き合う男がいたら連れてきてくれ。俺の代わりにさせるから。



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