第8話 魔術って、特性って一体なんですの?

 ――怖い、そう思ったのはいつ以来だろうか。

 少なくとも、印象的だったのは幼少期、茂みの中で遭遇した〝蛇〟だ。

 そいつが私に気付くと、息を飲むようにしてお互いにぴたりと停止。けれど初動は相手、首を持ち上げるようにして赤色の舌を見せた蛇に――私は、目を合わせたまま動けなくて。

 じっと、静かに待つだけの時間はやがて、蛇が興味を失ったようにして姿を消してから、私はどっと噴き出る汗に、恐怖を覚えた。

 怖さというのは、現実に直面した時よりも、その後に出るものだと覚えたのも、その時からだ。

 だが、昨日のあれはどうだろう。

 

 身動きできなかったのは、最初から怖かったからだ。足が竦んで動けなかった。

 後ろも前も、横も、ただ一歩でも動いてしまえばそれだけで、私の中の重要な何かが壊れるんじゃないかと思うような恐怖が――どうしようもなく、怖さが。

 心を蝕んでいるような気もする。

 思い出せば鮮明に、張り詰めた空気が肌をちくちくと刺す感覚すらあって、昨夜は寝ようと思っても飛び起きる時間が続いていた。

 なんなんだろう、あの二人は。

 まともな技術、力、どれがあっても、とてもあんな空気の中に飛び込んではいけない。歓声があって、応援があって、熱気に包まれた闘技場とは逆の気配を、私は初めて知ったのだ。

「……あの、ろう、ん、プリフェさん?」

「んー?」

 ごろごろと、学生会室のソファで転がりながら、あれこれと悩んでいた私は、呆れたように声をかけてきたメニミィを一瞥して、欠伸を一つ。

「なあに、メニ。仕事は終わった?」

「いえ……というか、引継ぎした時点でもう、寮対抗戦までの仕事はプリフェさんが終わらせていますわ。そうではなく、何をしてますの?」

「うんー、まだ引継ぎがあるからって言い訳を使って、こう、……ごろごろしてる?」

「それは見ればわかりますわ……」

「本音を言っていい?」

「それ、弱音とは違いまして?」

「むう……そんなこと言う子じゃなかったと思うなあ。以前なら、聞くだけですのよ? みたいに言ってたと思う」

「そうかしら」

「うん、誰かさんの影響をここ直近で受けたと見た」

「そ、な、――石橋エルスの影響など受けておりませんわ!」

「エルスだって言ってないよーだ」

「んぐ、この……!」

「赤くなって可愛い」

「……! ……、会長だった時はもう少しまともだったと思うのですけれど、一体どうなさいましたの、あなたは」

「昨日のアレを間近で受けて、影響受けない人はいないと思う」

 言えば、思わず立ち上がっていたメニも、ゆっくり腰を落とした。

「まあ確かに、いろいろと考えさせられましたわ」

「あれ? 昨夜は泣いてたんじゃないの?」

「それどころじゃありませんわよ……」

 手元のカップに手を触れて吐息が一つ、そこで改めて立ち上がったメニは私のぶんの紅茶を淹れてくれたので、私もソファから躰を起こした。

「わたくしの魔術特性センスが〝属性付加エンチャント〟なのはご存知でしょう?」

「うん聞いてる」

「昨日は眠れなかったもので、あれこれ考えていたのですけれど、そもそも属性って、なんですの?」

「え? 地水火風天冥雷ちすいかふうてんめいらいじゃなくて?」

「ええ、そう思ってましたわ。けれど石橋エルスが、雷の話をしたでしょう?」

「あーうん、結論としては、魔術なんて手段でしかない……ってことだったと思うけど」

「いろいろと迷走しましたのよ。プリフェさん、水は水ですわよね?」

「もちろん」

「では、川は水なのかしら」

「水が流れてるから、川じゃない?」

「雨もそうですの?」

「……うん、空から降ってくる水が、雨だと思う」

「どうして雷が一つだけ浮いているのか、わかりますの?」

「え? えっと……雷属性の所持者が、ほかの属性が使えない理由? 個人的には異質だからって、それ以上考えたことはなかったけど」

「わたくしは、雷と呼ばれるものが、現象として確立しているからと、そう思いますわ。だって、雷が流れていても、それは川ではなく、雷ですのよ?」

「そりゃそうだけど、流れる風だって川じゃないでしょうに」

「それは単純に、視認できるかどうかの差でしかないですわ。大量の風が落ちていたら、滝のようだと思いますもの」

「あー」

 まあ、そう言われれば、そうか。

「もう一つ聞きますけれど、剣って、属性ありますの?」

「え? えーっと……私が創った剣は、特にないけれど」

「あえて言うのならば〝金属〟ですわよね?」

「うん、しいて言うなら、そうかも」

「もうなんて言うか、そんなことを考えていたらゲシュタルト崩壊しましたわ……属性って、わけがわからないですのよ」

「余計に眠れなくなるじゃん……」

「ほとんど寝てませんもの」

 その割に、化粧で誤魔化していないってあたりが、若さかな……? いや、こいつエルスと同い年だから、私の二つ下? おいおいちょっと待てこの女、マジですか。私が若くないだけだってか?

「……? 何を睨んでますの?」

「食べてるものが違……あ、ううん、なんでもない」

「何故、わたくしの胸を見て、言葉を撤回したんですの……?」

 発育が悪いから、食べ物のせいじゃないかなと思って。

「結論から申し上げれば、属性と呼ばれるものは、認識によって大きく変化するということですわ」

「認識? さっきの話の続き? でも剣に雨の属性は付加できないでしょ」

「ですが、このペンに〝剣〟という属性は付加できますわ」

「――できるの?」

「ええ、少し難しいですが、可能でしてよ」

 ええ……? それは、なんていうか。

「剣って、属性なの?」

「いわゆる固有属性ですわ。先ほどの話の流れをしますと、剣に火の属性を付け加えたら、それは火ですの?」

「……ううん、剣のまま」

「川に火の属性を付加しても、火の川になるだけですわ。でしたら――発生している火に、川という属性を付け加えれば、流れだすのではなくて? そう考えたわたくしはまず、水をテーブルに落とし、そこに〝しずく〟――小さいものであると、そんな属性を付加してみましたの。するとどうでしょう、その水は動きをぴたりと止めて、動かないではありませんか」

 水滴と呼ばれるものは、そもそも、大きさが小さく、テーブルに落ちても流れるほどの大きさはない。

 けれど大きくなれば、水をこぼすと言うよう、器がなくては流れ落ちることだろう。

 だから、大きくても君は滴なのだと、規定した――か。

属性付加エンチャントは、補助系であるという認識そのものを、一度忘れてみましたの。けれど、やはり補助は補助。わたくしは剣を生み出すことはできませんし、何かがなくては付加することはできませんものね。けれど、昨日のことを思い出せば、それは欠点なのかと、そんな疑問も浮かびましたのよ」

「つまり……属性付加エンチャントで、戦闘をするってこと?」

「もちろん、やれと言われてもたぶん、今のわたくしでは、できませんわ。けれど――なんでしょう、そう、やりようはある……そう思いますわ」

「ううん……ちょっと想像できない」

「思ったより、なんでもできますのよ? たとえばそこにテーブル、ありますわよね」

「うん、接待用のやつ。小さい楕円形だよねこれ」

「落ちた水を拭いていたら、ふと思ったのですけれど、テーブルって不思議ではありません?」

「うん? どゆこと? さっきからちょっと、メニの発想について行けてないんだけど」

「だって、面白くありません? ただの板に四つの足をつけただけで、それ、テーブルって呼ばれるんですのよ?」

「……うん、まあうん、そうだけど」

「言うなれば属性付加とは、板に足をつけるような行為だと思いますわ――石橋エルスが言っていた、現実的に可能な現象を引き起こす技術であるのならば、ですけれど」

「……? ……? ごめん、私が馬鹿なの?」

「いえ、わたくしの専門分野ですもの。それに、理解を求めるのではなく、わたくしが考えを整理しているのも一因ですわ。先ほど、認識によって大きく変わると言いましたけれど、たとえばそのテーブルですと、足を取ったら板ですわよね?」

「そりゃそうでしょ。足は、ただの木材。それって材料の話よね?」

「いいえ、認識の話ですわ、プリフェさん。わたくしの術式では、板を創ることはできませんわ。では仮に、その板がもの凄く大きくて、目の前にあったら、どう見えますの?」

「大きかったら……壁?」

「ええ、そうです。材料は同じでしょう?」

「まあ、これを大きくしたらって話だもの、同じだよね」

「でしたら、わたくしは同じ材料で壁も木材も、

「……なんで?」

「だって、それ自体が認識で、属性ですもの」

 駄目だ。

 こいつ何言ってんだ?

「それ理屈が通ってんの? 同じ人間だから、私もあんたも同じよねって言ってるようなものじゃん」

「正しいのか、間違っているのかは、わかりませんわ。けれど、たぶんその通りですのよ。ただわたくしの場合、実際に可能である状態から、後付けで理論を加えてますの」

「ううん……?」

「ではプリフェさん、後でちゃんと謝罪しますので、立ってくださる?」

「いいけど」

 カップを置き、首を傾げながら立ち上がったら〝なにか〟が頭に当たって、私はすぐ元の位置に座った。

「いったぁ……!」

「ごめんあそばせ」

「謝ったけど! けども! え? なにこれ説明!」

 そっと両手を上に伸ばしても、そこに何かがある様子はない。あくまでも瞬間的なものだった。

「失礼、説明はのちほど。――どうぞ、お入りくださいな」

「うむ、失礼するぞ。……おお、なんじゃプリフェもおったのか」

「あら、授業中ですわよ、ヴェネさん」

「そう言うでない。お主らが落ち込んでいないかと、こうして心配にきたわけじゃが、元気そうじゃのう」

「頭痛いし」

 これは物理的だけど。

 気が利くメニミィは新しく紅茶を淹れて、ソファに腰を下ろしたヴェネッサにも渡していた。

「で、どしたのヴェネ」

「うむ、実は授業が退屈過ぎて死にそうじゃったので、こっちに来ただけじゃ」

「プリフェさんと同様に、サボりですのね……まったく、石橋エルスの影響ではありませんこと?」

「ははは、そうかもしれんのう。いやいや、心配しておったのは確かじゃよ。お主らにとって、昨日のアレは、身近にしておらんかったじゃろ」

「うんまあ」

「丁度良いですわ。ヴェネさん、少しお話に付き合ってくださる?」

「構わんぞ」

 そして、改めて。

 最初からいくつか飛ばしながらも、概要をメニが話し出す。やっぱり、私にはピンとこなくて、何を言っているのかよくわからず、首を傾げるのだが、最後に。

「ということで、プリフェさんの頭上に〝壁〟という属性を付加してみせたのですわ」

「ようやくネタバレ!? え、壁って、何もないじゃん」

「空気がありますもの」

 なんだそれ。

 ……え? そんなのアリか?

「――ふむ。よいかの」

「なんでしょう」

「わしに言わせれば、なんというか今更じゃろそれ。魔術の初歩、自己境界線の把握から、続いて受動認識じゃ。ううむ……改めて、この学園のシステムには遊びが多いのう」

「え、え、どゆこと?」

「まず、プリフェが言っておった、同じ人間だから一緒、という言葉じゃが、これには明確に否定するだけの理論が存在する。それがいわゆる、自己境界線の把握にも繋がる部分じゃな。魔術においては〝区切る〟ことが重要になる。簡単に言うと、火を発生させたところで、それの制御は基本的に〝抑制〟になるじゃろ? つまり、器という区切りをつけて、暴走しないようにする。そのために、己の内側と外側の境界線を把握するんじゃよ。つまり、その時点で〝誰か〟と同じになることはない」

「いや、まあ、できるかどうかを度外視すれば、わかるけど」

「じゃが〝認識〟においては、同一だと言えよう。つまりお主が座っていて、わしが座っているのならば、それは同じじゃろ?」

「当たり前のことだね」

「うむ、それを知っているか否かで、派生できるかどうかも決まるんじゃよ。そもそもお主らは魔術知識が足りておらん。たとえば〝置換リプレイス〟の術式を知っておるか?」

「あ、それは知ってる。対象物と指定物の位置を逆にする術式ね」

「ええ、わたくしも一応知っていますわ」

「物ではなく者で扱う術式じゃよ、あれは。じゃが人は重量的な意味合いではなく、存在が〝重い〟ものじゃ。術者の錬度次第では、一度成功したら回復まで使えんこともあろう。では術式の仕組みは言えるか?」

「仕組みって……ん、ちょっと即答はできない。専門じゃないし」

「――それじゃよ」

 それが原因じゃと、なぜか盛大にため息を落とされた。

「良いか、専門ではないからなどと、それは言い訳に過ぎん。足が二本あるのに、自分は走れないんだと、やる前から負けがわかっている時に使うヤツと同じじゃよ。魔術を扱う者を魔術師と呼ぶのではない――魔術を探求する者こそ、魔術師じゃ。たとえ、術式を使えなくともな」

「……ヴェネさん、それは?」

「その通りじゃ」

「あ、さっきヴェネが言ってたやつ?」

「うむ。魔術特性センスにもある〝同一シム〟と呼ばれるものじゃが、まあ考え方としては一般的で、逆に言えば誰もが意識せずに使っている特性だとも言えよう。魔術的な思考と言えば、それまでで、そう言われることも多いんじゃがな……どれ、メニミィ、言ってみろ」

「同じものであるとする……のならば、そうですわね。相手が地面に立っているのならば、自分も同様に地面に立っている。無視するのは〝距離〟になるのかしら……そう、極論かもしれませんけれど、地面に立っているのならば〝同じ場所〟だとすれば、位置が変わっても、それは同じであると?」

「考え方としては、その通りじゃよ。魔術という学問では、それが正解になる。じゃが、現実には〝移動〟を考えなくてはならん――走って入れ替わる部分を〝術式〟で行うわけじゃ。つまり置換とは、文字通りの入れ替えではなく、あくまでも移動補助じゃよ」

「じゃ、じゃあ空間転移ステップは? あれは自分の居場所を瞬間的に移動させるんでしょ? 昔、本で読んで、すげー便利そうって思ったんだけど」

「あれも似たようなものじゃよ。置換が移動手段と捉えるのならば、空間転移は距離を詰める手段じゃのう。先のたとえを言えば、相手に向かって移動する手段ではなくてじゃな、相手との距離を〝一歩〟にするための術式じゃのう」

 なんだそれ。

 逆だ――というか。

「なんでそんな、あべこべなの……?」

「わはは、仕方なかろう――魔術とはじゃからのう。現実に起こりうる現象を術式で具現するわけじゃから、現実に即しながらも、魔術という仕組みの中での理屈があるわけじゃ。空間転移は良い例じゃよ? これの理屈として、曲線運動と直線運動という、魔術の話があるのじゃが、聞くか?」

「是非とも、教えていただきたいですわ」

「うー、私は結構、もう、いっぱいいっぱいだけど、うん、聞く」

「お主はその偉そうな、おっぱいおっぱいをどうにかするんじゃな!」

 いやそんなこと言われても困る。望んだわけじゃないし。不機嫌そうに腕を組むな、知らんから。

「空間転移の場合、基本的には錬度次第じゃが、障害物の意味を成さない。つまり、この場所から上の階への空間転移も可能になるわけじゃ。しかし、魔術構成、理屈を前提とした術式の構成部分においては、二種類ある。それが今言った、曲線運動と直線運動じゃな。ところで、空間転移の基本は知っておるか?」

「基本って、理屈? ごめん、それは知らない」

「三次元式でしょうか」

「ほう、続けろメニミィ」

「三つの線で作られる点を座標として指定、そちらへ向かうのが空間転移ではなくて?」

「その通りじゃが、何故そう思う」

「空間とはそもそも、立体ですもの」

「よかろ。そこで次元移動の可能性にも言及すべきじゃが、まあ今は良いじゃろう。わかりやすく言うとじゃな、曲線運動とは、魔術の定義において、自ら動いて移動することを指す。二階に歩いて移動する場合、現実では階段を使うじゃろ? つまり、ここから見た壁、二階では床、この障害物を迂回するように歩く。じゃから曲線じゃ」

「へえ……言われれば納得だけど、それでも〝結果〟としては、空間転移なのよね?」

「そうなるのう。そして直線運動とは、そのまま迂回せず移動することじゃな。自分は動かずに周囲を変える行為に該当する。空間転移の場合は、一階だろうが二階だろうが、同じ床であるのならば同一であると定義した上で、構成を組むわけじゃ」

「物質の透過ではありませんの?」

「そういう魔術師もおる。じゃが、透過するのかと定義するのかによって、構成も変わるじゃろ。こうなってくると認識、および解釈と、構成の精度に依る問題じゃな」

「……魔術って、そこまで複雑なんだ」

 落ち込みの吐息が一つ。

「自分がどんだけ浅かったのか、思い知らされる」

「わはは、それはこの都市の教育問題にも直結するかのう、ほかでは口にできんし、するでない。理解を得られたところで、誰かに反感を持たれる。じゃからの、メニミィ、お主の考えは間違っておらんし、できる〝結果〟を見せることは構わんが、理屈を問われても首を傾げることをお勧めするぞ」

「そのようですわね……。けれど、でしたらヴェネさん、詳しいようなので一つ問いかけますが、そう考えると〝魔術特性センス〟って、なんですの?」

「ほう?」

「だって、今の理屈だとわたくし、空気を剣にすることも、迷彩に使うこともできますわよ。錬度次第だとは思いますが、それこそプリフェさんのように、何本もの〝剣〟という属性を空間に付加できそうなんですもの」

 ――ちょっとまて、それは困る。困るというか、その、私の優位性っていうやつがね? あのね?

「ところでメニミィ、お主は走るのが得意か?」

「得意というほどではないですわ」

「プリフェは苦手じゃろ」

「……そうだけど、なんでおっぱいを見ながら言うの?」

 こいつら、どんだけコンプレックス持ってるんだ? もういっそ、腕を組んで下から持ち上げて見せつけてやろうか……?

「魔術特性とは本来、そういうものじゃよ。お主は得意ではないものは全て、できんか? 違うじゃろ――ただ、嫌じゃなと思って、あまりしないだけじゃ。得意だからといって、それだけしかできんヤツを、世の中では馬鹿と呼ぶもんじゃろ? もちろん、その中で相互干渉して、使えないものもあるがのう……」

「……面白いですわね」

「というか、お主らは魔術形態を知らなさ過ぎじゃろ……うむ、良し。基礎的なことならばわしも教えられるじゃろ、今晩にでもやってやるから、夕食後に来い」

「ええ是非」

 知っておいて損はない、そう思う。理解が及ばない部分もあるが、それは私が理解しようとしなかったことで。

 けれど、いいのだろうか。

 私は称号を持っている――それは、この都市において認められた証明だ。そして、証明とは即ち、責任を負う。

 目に見えるものとしては、憧れというかたちで、それは私に向けられるものだ。

 だから思う。

 システムを、私は逸脱してもいいのだろうか。

 ともすれば〝返納〟なんてことになれば前代未聞、それこそ都市を敵に回すことになりかねない。

 そんな想いが、メニミィほど前向きにさせてはくれない。

 きっと、システムを変えてやろうと、そんな意気込みを持てるほど、私が強くなりからだ。

 ――だって。

 私は、この〝刃傷姫にんじょうひめ〟の称号を得た時、共に生きようと決めたのだから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る