第14話 メソ子の善戦~もう泣いたっていいじゃない~
残った16チームが、昨日と同じく三つにわけられ、俺たちはBグループの二戦目に当てられた。割り切れない数字というのが面倒で、割愛はするが、ククルクが俺と当たらない理由でもある。
相手は。
やはりというべきか、メニミィだった。
「賭けは俺の勝ちだな。プリ子、今日の便所掃除はお前だ」
「賭けが成立してた覚えはまったくないけどね……?」
「ふん。お前らは来なくていい。どうせ、――どっちが勝っても二戦目はないからな」
腰に
「スカートかよ」
「あら、いつものわたくしですのよ?」
「足元が見えにくくて行動が読めないのと、暗器を隠すのに丁度良いって発想しかねえ」
「長いスカートをめくる趣味はないですの?」
「俺をなんだと思ってるんだ」
五人の審判が近づいてくるのを感じながら、苦笑する。どうやらリラックスはしているようだ。
「そちらは一人ですのね?」
「そっちは一人じゃねえか。その上、俺が出てきて、仮にお前が勝った場合に〝次〟ができるとでも思ってんのか?」
「……そうですわね。けれど正直、助かりましたわ」
「なにが?」
「わたくし、キョウを相手にすると感情的になりやすいですもの」
「それを〝利用〟するのだって、対人戦闘だ」
「――無駄口はそこまでにしろ。お互いに挨拶を」
「ん、ああ、悪いな審判。じゃあよろしくメソ子。終わってから、めそめそ泣くなよ」
「あら、その時には慰めてくれるんではありませんの?」
お互いに握手。
「ベッドの上でか?」
「それだけの体力が残っていたら、ですわ」
そして、手を離した。
「おい審判、リングを降りることも視野に入れておいてくれ。どうせ巻き込む」
「ああ、そうですわね。不躾ですけれど――降りられると、良いですわね?」
「そんだけ無駄が多いんだよお前は」
「そう思っていただけるのならば、利用もできますわね」
「言ってろ」
そうして、お互いに距離を開いた。いちいちベンチに戻って、言葉を交わす必要はない。
「――始め!」
わっ、と盛り上がる初動の直前で、闘技場全域の空気が張り詰め、まるで乾いた喉を鳴らすような、言葉の続きを失った絶句のような時間が訪れた。
小さく笑った俺は、右手をひらひらと振って、力を抜くような動作を見せる。
メニミィは、笑う余裕を見せなかった。それもまた、良い。
接近させないことを主体とする相手に、三秒以内での接敵は難しいし、何度か見せているのでメニも対策を練っているだろう。俺も、それ以上となると、殺してしまう可能性があるので、すべきではない。
隠し玉もあるだろうし、セオリーで付き合ってやるか。
竜族の魔力容量は大きい――そのため、無駄使いをしても、それほど疲労しないのが特徴だ。それは威力にも直結する話だが、しかし、メニミィは
腰を落とさず、足を前にも出さず、肩を動かすだけの前進の初動に対し、目の前に〝壁〟の属性が付加されたのを見れば、やはり笑ってしまう。
反応速度が高い。こっちの行動をよく見ている。
――見過ぎるとハマるってのは、教えたっけなあ。
まあいい。そんなもの、教える前に見て覚えるものだ……と、思って嫌気が差す。俺が笑いながら言われたのと同じセリフだったからだ。
今度は左右のフェイントを入れ、俺は移動を開始した。
視線が切れたのがわかる。
だが、的確に立ちふさがる〝壁〟が、俺を追っているのも理解できた。
足を止めれば封殺される。そこからの対応を見せる段階じゃないと、俺はその〝壁〟すら利用して、立体的な移動を始めた。蹴る瞬間には必ず、その壁が消失する可能性を考慮するが、タイミングもいちいちズラしているので、メニの対応速度では間に合わない。せいぜい、いらない壁を消して位置を動かすくらいなものか。
「うおっ」
「――邪魔だ間抜け」
距離を取ろうと後ろへ動いた審判が壁にぶつかるが、更にその背後を俺は抜ける。もうこのリング上にあって、戦場じゃない場所など、ない。どんな障害物だって利用するし、どんな相手だろうが気にしない。
相手はただ一人。
俺であり、メニミィなのだから。
壁を蹴り、たまには上り、そこにある壁を蹴って下へ降りて、そんな移動を繰り返していれば、状況を把握しようとしているメニは気付くはずだ。
――接敵の意図がない?
そんな疑問が浮かんでも、手を止めることはできない。その瞬間に接敵されるだろうと思うからだ。今のところ、接敵させようなんて意図は見えない。
だいたいタイミングを掴んだところで、俺は跳躍のついでとばかりに、袖口に仕込んでいる普段使いのナイフをメニへと投擲した。
一つ二つ三つ――四つ目の壁まで貫通して停止したナイフが、折れた。
着地、壁が迫るのを肌で感じる。あくまでも空気に〝壁〟という属性があるだけで、目に見えて空気が集まって壁になっているわけでもなし、視認が厄介だ。これも目視より、属性の動き方を注視するやり方を知らなくては、何が起きているかわからない。
じゃ、行くぞメニ。
お前は対処法を考えてきたか?
俺は右足を振り上げるようにして、リングに叩きつけた。
――轟音。
まず、足元から波のように移動した衝撃波がリング内部へと浸透していき、地面についた瞬間から周囲に拡散して、五十センチの厚みはあるだろう石のリングを一気に破壊した。
「――っ」
驚くなよメニ、一度そうなると落ち着くまでに面倒だぜ? ――ほら、慌てて俺をもう一回視認しただろ? 意識を向けるよな? でもそれ、さっきとは違ってるぜ?
足元の状況が不確かな戦闘なんてのは、経験を積むしかない。がれきに似たリングの上を、ひょいひょいと移動しても、メニは壁を作って追い込むよりもまず、自分の足元を確かにしようと足場を作り、わずかに高い位置へ。
集中しないと落ちるんだけどな、それ。
もう片方の袖口に仕込んであった
「――きゃっ」
そのまま、頭上で破裂した小さな爆発に、自分で作った足場に倒れこんだ。
遠距離攻撃? まあ、そうだろう。
なあに、そう難しいことじゃない。今までメニがやっていたことの〝応用〟だ。
今度は壁が作られても動かない。ただし、周囲を囲まれたら
相手に見せて警戒させるものと、見せずに警戒させるもの、この二つの使い分けについては、メニにも教えたが、実際にやられると堪える。だって、見えないものを警戒するのは当然なのに、見えているものの脅威の方が確実なものとして伝わるからだ。
審判の一人が
持続時間は三秒。
つまりそれは、発動してから三秒であって、罠とは、引っかかるまで発動しないものだ。
……。
いや、こういう使い方をしたのは、初めてではないにせよ、久しぶりだけどな。戦場を作るなんてガラじゃない――戦場の中に入ってただ殺せと、そういう技術しか教えてもらってない。
「くっ……」
さて、どうする? 同じことを繰り返すか? 打開策もないのに? ――いや、そうじゃないよな。
立ち上がったメニミィが右手を強く振った。
「――へえ?」
思わず口から洩れた言葉は、メニには届いていないようで何より。
それは。
俺がメニの壁を壊す時、最初に見せた技。属性付加した剣を振ることで、広範囲に対して斬戟を向ける、やや強引とも思える力業。
一振りで一秒ならば、それを遅いと捉える。完成して拡散、そして俺に届くまでに二秒あるのならば――同じやり方で、かつてとは違う組み合わせで、返せばいい。
それにな、メニ、よく見ておけ。本来、こういう場で範囲攻撃をするのなら、きちんと足元まで届くようにやるんだよ。
初手。
俺の周囲に壁による囲い、そうだそれでいい。この状況下では、隠し通す労力すら無駄だと切り捨てろ。わかっていても邪魔な囲いを作るくらいが丁度良い。
そして斬戟の飛来を見た。おそらく壁ごと切り捨てるつもりだろう。
左手を軽く上げるようにして、そこに右手を添える――鍔を、押し上げる動きで、数人がこちらへの警戒を見せたのを感じるが、構わない。
この装飾が施された刀の意味を、
抜く。
メニの斬戟が拡散して一秒、俺の斬戟が迎え撃つ。直線的にも見えるメニのものに対し、俺のものは地や空気を這うようにして、今まで俺が布陣しておいた罠を連動させるよう広がり、それは。
「くっ――!」
観客席にまで勢いよく、手を伸ばす。反応したのが数人、その気配を把握しつつ接敵。だが安心しろ、観客用の防御術式を壊すまでには至らねえよ。居合いとはいえ加減はした。
――あ。
しまった。
「つーか、審判への配慮って……どうなんだ?」
横からメニの肩に軽く力をかけ、足を払いながら腰付近を持ち、尻から下に落とせば、自分が作っている床に座り込んだメニは、呼吸も荒く。
「どうも、こうも、ありませんわよ……」
破壊の爪痕が残りはしたものの、落ち着きを取り戻した元リング上で、俺は刀の鍔を押し込むようにしつつ、小さく苦笑した。
「立てそうか?」
「…………」
「なんだ、その不満そうな顔は」
「立っても、このでこぼこした場所を歩けそうにないですわ……」
「しょうがねえなあ、おい。文句言うなよ」
刀を腰に差し込み、肩に担ぐようにして抱き上げる。
「……」
「な、なんですのこの抱き方は。わたくし、荷物のようですわよ?」
「荷物だろ。いや竜の尻尾ってよく見ると、トカゲだよなこれ。びったんびったん揺らすなよ」
「そんな気力もありませんわ……」
「ああそう」
さすがに体積の問題があるので、重量もそこそこあったが、苦労するほどじゃないなと、推測体重の見解を避けつつ、ひょいひょいと俺はベンチに戻った。
「うむ、ご苦労じゃのう」
「おう。――リリ、プリフェ、明日の試合に出るか、辞めるか、考えて申請しておけよ。俺はもう出ないからな」
「え、あ、うん」
「……そうね、わかったわ」
「じゃ、医務室に行ってくる。とっととこの場を離れないと、面倒になるが、まあ俺は知ったことじゃね――あ? キョウどこ行った」
「もう逃げたんじゃよ」
さすが、鼻が利くじゃねえか、あの女。
そうして、勝者も定かではなく、何が起きたのかも理解が追い付かない闘技場を後にして、学園側の医務室へと直行する。
闘技場に配備されている医師は外部から呼んだ人間なので、常駐している医師はいるだろうと思ったが、扉をスライドさせて中に入れば、やはりいた。
眼鏡、釣り目、白衣の三拍子。こいつの猫耳はリリより可愛くない。
「いたか、サディスト」
「医師なんてのは、そんくれぇが一番だ」
テーブルに頬杖をついて、あろうことか煙草まで口にしている女を横目に、俺はメニをベッドに放り投げた。
「んがっ……い、痛いですわ。もっと優しくしてくださる?」
「なんだ竜族の小娘か。怪我は?」
「擦り傷程度で骨折もねえだろ。自己治癒が高いから、すぐ治る。どうせ体力と精神力が消耗してる疲労状態だろ」
「どれ……」
煙草を消して立ち上がったサディスト、イーギーはメニを軽くうつ伏せにして。
「ふうん?」
イーギーは内世界干渉系の術式で、人体の構造などを詳しく見ることができる。この分析能力がこれ以上なく厄介なのは、戦闘でなくては、わからないだろう。
石橋キクリナ。
酒場を経営している
医師のギルク・イーギー。
そして棟梁、マルケス・白井ファルク。
かつてこの四人は、パーティを組んであちこちを出歩いていた。それなりに有名で、今のように各自、ほかの仕事を見つけて落ち着いたのを、惜しむ声もあったくらいだ。
――俺が、最後の標的にした連中であり。
俺が、連中にとって最後の敵だった。
……、なにがあったのかは、やめておこう。結果としてこうして、お互いに生きているだけで充分だ。
「な、なんですの?」
「んー……そりゃ」
「んぐぅぇお!?」
腰のあたり、尻尾の付け根を上から思い切り押されたメニが変な声を上げた。お茶でも買ってくるか……。
「ほーれ、ほーれ」
「んぎゃっ、ごっ、んぐ……!?」
「整体だ、整体。戦闘後の躰をほぐしてやってんだよ、感謝しろ。ほれ、どうした、ありがとうございますが聞こえねえぞ?」
「ぎゃーす!」
「あ、こらっ、馬鹿、無意識に火を吐くな! これだから竜ってやつは……」
なんだ、メニもまだ元気があるじゃないか。
近場の露店でお茶のボトルを三本買って戻れば、荒い呼吸でベッドに突っ伏しながら、枕を抱えているメニと、すべてを終えて煙草を吸っているイーギーがいた。
「情事でも終わったのかよ……ほれ」
「ん、ああ、ご苦労。戦闘初期の歪みを残して、そいつが癖になると、背筋が伸びなくなるし、ともすりゃ生理不順だって引き起こす。そんな面倒な女、お前ェは抱きたくねえだろ?」
「メニならそこそこ気に入ってるし、問題ないさ」
「お前ェも範囲、広いしな。それよかエル、そこそこ腕を見せたみたいじゃないか」
「さすがに気付くか」
「ん」
顎で示されるのは、壁に設置されている小型のディスプレイだ。今は切ってあるようだが、中継を見ていたらしい。
「そこの小娘も、そこそこじゃないか」
「そうなるよう、ここ一ヶ月くらい夜に訓練をしてやったんだよ。うちの寮の連中と一緒にな」
「さすがに全員相手に、ベッドの上じゃ体力が持たないってか?」
「はは、全員を悦ばすなら、道具の用意をしときたいもんだ」
「……なんの話をしてますの」
「お前ェの評価だ小娘、よくやったってな。――どうせ、遊ばれたんだろうが」
「あ、待って、やめてちょうだい。反省会はもっと後で」
「こいつ、反省を始めると泣き出すからメソ子って言われてんだよ」
「情けねえ……女が泣くのは、野郎の前だけだぞ、メソ子。私はどっちかって言えば、野郎を泣かせる方だけどな。昼も夜も」
「馬鹿言え、夜は泣かされる方が好きだろお前は」
「ふん。……騒ぎはじめたぜ、闘技場。どこまで壊したんだ?」
「観客への被害はないが、審判巻き込んでリングも壊した。耐久度が低いんだと、以前から思ってたところだ。丁度良いだろ」
「わたくしへの慰めとか、ありませんの……?」
「よくがんばりましたねって? 冗談だろメソ子、そんなのは勝者が使う言い訳だろ」
「いえ、勝敗は現実ですわ。それは受け入れてますのよ。そうではなく、なんか妙に痛い整体を受けたわたくしにですわ」
「イーギー、もっと痛くして欲しかったって催促だぜ」
「違いますわよ!」
「あ? おいエル、お前ェまだこいつ抱いてねえのか?」
「まだってお前な……俺をそこらの節操なしと一緒にすんな」
「ん? 若い頃は女を抱きたがるもんだと思ってたけど?」
「そこらの学生かよ……」
「いえ、あなた、学生ですわよ」
そういえば、そうか。
「まあ、反省するなら寮にこい。珍しくキョウが寝てなかったから」
「あの子、退屈になるとすぐ眠りますものね……」
「――そうだ、エル。うちの娘が世話んなったみたいだな?」
「ああ、あのデカ女。一丁前に、俺と手合わせしたいと言いやがった。面白い、ちょっと夜中にベッドまで来い――と、言えりゃ良かったんだけどな」
「言わなかったのか」
「メニがいたからな」
「わたくしを引き合いにしないでちょうだい……」
「でけえ女は好みじゃないか?」
「――まさか。それとこれは別だ、と口にすると不機嫌になる女がここにいるわけだが、引き合いにしないでもこうなる」
「面倒じゃねえ女はいねえよ」
「確かにな。――いつ拾った?」
「だいぶ前。私が引退して――死にそうになってる雑巾を、見かけてな。しょうがねえ、生きたがってるなら私の仕事だ」
「どっちが、仕事だったんだろうな」
「言える話か?」
「ん、ああ……まあお前ならいいか」
「わたくしもいますのよ?」
そんなことは知らん。
「異族狩りの戦闘は、使い切りの切り捨てだ。仕事は殺しで、屍体は必ず一つだけ。最長二分だ」
「――限界まで負荷をかけるのか」
「そうだ。二分後には必ず、死ぬ。だから異族狩りの痕跡は残らない。生きたいと言ったのが嘘じゃねえなら――運悪く、お前が通りかからなければ、間違いなく死んでいたはずだが、ぎりぎりの可能性を求めたなら、ククルクが誰かを殺そうとしたのかもしれない」
いずれにせよ、その仕事が失敗したのならば、屍体が上がってないのなら、殺す側の失敗だと思う方が自然だ。
異族狩りと呼ばれる組織から抜けたいのなら、そのくらいしか方法がない。
「だったら」
「あ?」
「お前ェはどうなんだ、エル」
「――はは。いつから俺が異族狩りだったのか、明確にしてから質問をしてくれ」
少なくとも。
俺の前で、二分以上も生きていた敵は、今までいなかった。それだけの話だ。
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