第2話 曖昧不明な編入生の変人性
少し、歴史のおさらいでもしておこうか。
この世界は空中に浮かんでいる――と、されているのだが、この際だ、とりあえず疑問は置いておこう。
水流都市ウェパードには
地流都市ヴェドスには
風流都市エイクネスには
火流都市アブソリュートには
そしてここ、中央都市イングルジットには、人間を含めてすべての種族がいる。
おおよそ二千年前、四大属性がそれぞれの土地に偏った結果として、四つの都市はこの中央都市の土地を使って戦争を行っていた。しかもそのほとんどは、中央に住んでいた人間を使っての代理戦争なので、当時は人間なんて道具だったし、よほどの戦争好きだと思われていたに違いない。
しかし、今のように種族間の交流が自然とあり、敵対意識を持たなくなったのもまた、人間の功績なのだから、戦争道具だと笑っていた他種族を笑いたくもなる。お前らはいつまで同じことをやっていたんだ、と。
切っ掛けは? 一体、人間たちに何があった?
それこそが、魔術の獲得である。
彼らは他種族にノーと言える力を手に入れ、それを融和へと使ったのだ――と、歴史書には書かれているが、それにしたって五十年もかけてようやく、落としどころを作り、それまでに他種族を含めた盛大な戦争になったのだから、たぶん得た力に溺れたんだろうと、そう思う。
――まあいい。
定期的に発行されるニュースペイパーを読む限り、余はなべて事はなしとは言わずとも、勢力が台頭して争うようなことは、それが小規模であっても、現状ではほとんど発生してはいない。
利権と呼ばれるものが、種族間にないからだ。
「ふわっ……んぐ」
さすがに二時間睡眠じゃキツイか。
ともかく、空中に浮いた五つの都市は、イングルジットを中心に四方に位置しており、移動にはゲートを使うため、安全性も高く、流通もある。悪さをする馬鹿も、それなりにいるけれど、呑気なものだ。
基本的に子供は、どの大陸からもイングルジットに一度、流入する。十八歳まで中央学園に通うことで、常識や術式の獲得、各証明書の発行などを行って卒業し、そこから進路を決めるわけだ。
ゆえに、俺が住むここもそうだが、学園を中心にして親元を離れた子が住む寮がいくつも点在している――と、歴史の話から逸れたので、このくらいにしておこう。
ベッドで横になったまま、枕を背もたれにするようニュースを読んでいた俺は、ノックの音に気付いて、無視した。
――ああ、そうだ、忘れていた。
俺は石橋エルス。人間族で、まだ十六歳だ。中央学園高等部一年に所属している。
またノックだ。
「うるせえ、今出してるところだ。引っ込むからノックをやめろ」
「……ここは便所ではない」
もとより鍵をかけていなかったので、返事を受け取った野郎が扉を開いて入ってきても、おかしくはないのだが。クソッタレと毒づきたい長身で、いつも制服をきっちり着ている眼鏡野郎。二年前から、どういうわけか俺の傍にいる、まあ友人だ。
「起きているならば準備をしろ、登校時間だ」
「わざわざ俺の出迎え? 執事になったら給料がいくらか教えてくれ。あと俺は侍女に起こされたい」
「馬鹿を言っていないで着替えろ。登校日数が既に赤色だ、これ以上は問題になる。加えて……あのな? 念のため言っておくが、俺も野郎を朝に起こすなんてことは、御免だ」
「だったらやめりゃいい」
「そういう交渉はお前が直接、学園長か会長に言ってくれ」
「明日そうしておくよ。ところで最近、物忘れが酷くてな、老化かもしれん」
「いい、わかった」
いつものように、この野郎は眼鏡の位置を正す。
「いいか、お前には三つの選択肢がある」
「セレクション? またお前はそれだ」
「性分だ。一つ、大量のレポートを死ぬほど提出して、授業分をクリアすること。二つ、今から学園へ顔を出して説教を受けること。三つ、新入生の案内をお前が引き受けること。――五分以内に選んで下へ降りて来い」
「おいクロウ」
「なんだ?」
「今日のニュースに目を通したか?」
「いや、大衆向けのペイパーを読むのはお前くらいだ。社会人の娯楽だろう? いいからとっとと支度をしろ」
そうかい。
万年サボりの俺だって、週に一度くらいは顔を出す。……いや言いすぎだ、三日に一度は通えている。今日はクロウがいる、たぶん到着できるだろう。
「眠いけどな」
しょうがねえと、着替えは手早く。クロウみたいにネクタイまできっちり締めるのは面倒で、なしのまま部屋を出た。
言っておくが、選択肢なら四つ目もある。俺が学園を辞めるか――だ。
十人部屋の木造寮、三階建て。階下は管理人の部屋と、あとはリビングにダイニングキッチン。十人勢ぞろいできるくらいには広かった。
「あらおはよう、エルス。ご飯は?」
「いらない。今日も寮母として、ドラマでも眺めながら遊んでろ」
「はあい」
この寮の責任者であり、食事なども一人で作っているのがこの、石橋レゾナルだ。のんびりというか、おっとりというか、見ていてイラつくが、こんなでも俺の親戚になっているのだから、
「ほかの連中は?」
「もうとっくに。何時だと思ってるの、エルス」
「少なくとも惨事にはなってねえよ」
欠伸を一つ、玄関から外に出れば、そこにクロウが待っていた。
「来たか、行くぞ」
「へいへい」
「……寝てないのか?」
「カウンセリングの手配をしてくれるなら、ほかの寮生に紹介するから是非頼む」
「そうか。俺としてはもう少し、真面目になってくれれば、ありがたいんだがな」
「〝明朗なき算出〟なんて称号を十七で貰ったお前が、いちいち俺を構うから、まるで俺が有名人みたいなんだがな?」
「ふん」
証明書の一つである〝称号〟は、中央都市イングルジットにおいては、唯一無二のものとされる。それ自体が存在証明であり、今では各都市でも通用するそれは、多くは師から弟子へと受け継がれるもので――新規に受ける者は、まあ、少ない。
一人前の証明みたいなものだ。学生のうちに取得する者は、それこそ一学年に三人いれば多い方で、逆に言えば一生ついて回る荷物のようなものだから、称号持ちは大変だとも思う。ちなみに俗称はフルーツサラダ。受け取る際につける胸の勲章が似ているからだ。
「最年少じゃなかったのが残念とか、思ってんのか?」
「――いや、分相応だ。俺にはまだはや……すまん、忘れてくれ」
真面目だな、こいつは。
称号を既に持っているのに、まだ早いなんてことを口にすれば、それは己の否定にも繋がる。知り合い同士の会話でそこまで気遣う必要もないだろうに、このクロウという男は、気にするのだ。
良くも悪くも、真面目で。
きっとクロウは、真面目であろうとする〝理由〟にこそ、隠しているものがあるはずだ。
欠伸を噛み殺しながら大通りを渡り、中央の噴水公園を越えた先に、学園はあった。
――ああ、そうそう、都市が浮いているという話。
どの都市においても、地下資源というか、湧き水は一定量、ここのところ多少の増減はあれども、変わっておらず、もちろん雨が降る時もある。しかし、流れる川を辿れば、必ず大陸の端から下に落ちているのが、ここの現実だ。
けれど、下を調査した者はいない。何故かというと、目視距離内において、術式の使えない層が存在するため、自殺行為になるからだ。
学園の中に入ってから、比較的静かな廊下を歩く。あちこちで授業を行っているため、無音ではないにせよ、休み時間と比較すれば静かなものだ。
「ん……? 学生会室か?」
「そうだ。それとも、職員室の方が良かったか?」
「どっちでも」
「それは、どちらでも対応できると?」
「そう言ってる」
対応というか、あしらうだけだ。授業に出ても大抵は寝てるしな……。
俺だって、強制じゃなけりゃ、もうちょいやる気を見せるんだが、どうも面倒だ――っと、到着か。
「失礼します」
「どうぞ」
中からの声に、顎で示された俺は、先頭で扉を開いて中に入る――中央、学生会長の女が席を立った状態で、こちらを見ていた。
制服ではなく白を基調にしたドレス。といっても、身動きがしやすい仕組みになっており、ここらは技術屋に金を払っているはずだ。
十五歳にして〝
「遅かったのね?」
「……? 姫さん、言っていることがよくわからん。確かに俺は比較的遅い方だが、あんたを抱いたことはないはずだぜ?」
「はいはい。クロウ、ありがとう」
「いえ」
「軽く受け流すなよ、イラつく女だな、おいプリ子」
「……」
「聞こえているかプリ子」
「いい加減にしないと退学処分になるところを、救ってあげている私に対して、そろそろ態度を改める気はないの?」
「――誰が頼んだ? そして、俺が退学になって困るのは誰なのか、はっきり言えよ。俺をここに通わせているのは、誰だ?」
……? いや、多少は俺も困るな、うん。だがまあいい、気付くなよプリ子。
「不毛な会話がしたいだけなら、もう行くぜ姫さん」
「……わかったわ。エルス、あんたいつか、闘技場で訓練だからね」
「知ったことか」
「はいはい。――さて、彼女は新入生で、一昨日にこちらへ来たばかりなの。世話役を任命するわ」
「彼女?」
「わしのことじゃ」
うん、気付いてた。知ってた。
「悪い、小さすぎて見えなかった」
「なにおう!?」
つーか、おい待て。
「クロウ、てめえどういうことだ?」
「学園で説教を受けただけで、帳消しになるほど、お前の出席日数は足りていたか?」
この野郎……最初から世話役を押し付ける気だったのかよ。
「寮も同じだから、そちらへの案内もお願い。昨日は旅行者用の宿舎だったけれど、そろそろ荷物の運搬もされている頃でしょう。期間は一ヶ月、その間の授業は基本的に免除。一か月後の評価次第で、出席日数の割り切り。そこまでの譲歩を引き出しておいたから、感謝するように」
「姫さん、感謝を強要するくらいなら、立場を捨てろ」
「大丈夫、あんたにしか言わないから」
「人間族にしとくのが惜しいよ、プリ子」
「プリ子言うな、ばーか!」
客の前だからって、取り繕ってるから、いじりたくなるんだ。そうやっていつもみたいに、プリプリしてろ。
「石橋エルスだ」
「うむ、このまま放置かと思ったが、うむ……
「そうかい。なら行こう、プリ子の火山が噴火すると面倒だ」
「着火してるのあんただからね!? ほんっとうに嫌な奴!」
「そんなに褒めるな。お前、俺のこと好きなのか?」
「とっとと出てけ!」
あーうるさい、うるさい。言われなくても出て行くよ、オプション付きだけどな。
「お主、あまりからかうでない」
「性分だ。言うほど嫌われちゃいねえよ。それで? とりあえず中か、外か?」
「同じ質問を今度、ベッドの中でしてくれ。学園はだいたい見て回ったので、外じゃのう」
「……」
林ヴェネッサ、ね。見た目は人間族のようだが、どうも――なにか、ズレているような感じが否めない。あくまでも俺の感覚だが。
「――逃げ切れなかったのは、俺の方か」
「わはは、そうじゃのう」
昨日は結局、俺の逃走で幕は閉じたが、実はまだカーテンコールがあった、そういうことだ。
「ところであんた、小等部への転入か?」
「失礼な野郎じゃのう……わしは見た目通り、お主と同い年じゃ」
いや見た目だとせいぜい中等部だろうが。
「――基本的な傾向としては」
外に出てすぐ、腰に手を当てたこいつは一度立ち止まり、吐息を落としてから足を進めた。
「個人の
「伸ばす? ――俺から見れば〝威力〟を強めているだけだ」
「それは仕方なかろう。個別授業ではないのじゃ、特定のマニュアルを作成する必要もある。それが悪いとは思えん――が、であればこそお主は違うじゃろ」
数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの魔術の中、特性とは個人が持つ得意分野みたいなものだ。
たとえ、どんなものに手を伸ばしたところで、得意なものは、得意のまま、それが不得意になることはない――であるのならば、得意を伸ばすのが人だろう。
間違っちゃいない。
――俺みたいなのは、単なる例外だ。
魔術とは、この世の法則から逸脱しない。だが、逆に言えば逸脱しなければなんでもある。
基本的な四大属性、あるいは地水火風天冥雷の
常時展開本数、公式に二十二本――
つまり彼女にとっての成長とは、本数の獲得、刃物の形状や特性そのものの汎用性に該当する。細かく見れば当然、ほかもあるが、ただそれだけで優位性は保たれる。
「じゃがあの姫と同じ立場じゃったら――わしは、まず走り込みと筋トレで躰を絞り、体術を徹底して仕込むがのう」
だがそこには、領分と呼ばれる境界線も存在している。
作る側と、使う側。この隔たりはとても大きい。どれほど体術を仕込んだところで、作りてが使い手になることはありえない――が、真に迫ることはできる。何を選ぶかなんてのは、本人次第。
――俺が、堕落を選んだように。
いや堕落ではないんだがな。
噴水公園の露店で飲み物を買い、まるで休日のデートみたく、並んで腰を下ろす。
「いやよくて保護者か……」
「おいお主、考えていることが口に出ておるぞ」
女子はワンピース型の制服だし、親子には見えないか。
「スモッグ……無理があるな」
「おい!」
「ん? ああすまん、現実逃避をしていた。なんの話だった?」
「まだ何の話もしておらん」
「ああそう。で、聞きたいことは?」
「端的じゃのう……もうちょっとわしのこと好きになってもいいじゃろ?」
「クリスマスはだいぶ先だ」
「むう」
「……おい、腕を抱くな」
「わしはなんか結構、お主のこと好きかも」
「そうかい」
「わしへの質問はなしか?」
「質問に答える代わりに、俺への質問を?」
「お見通しか」
常套手段だろうが。こっちが質問して〝答え〟を言われた後ならば、こっちが答えないとルール違反。それを
「いいじゃろ、わしは答えん。お主の質問はなんじゃ?」
「――生まれはどこか、だ」
「わははは! 何故それを?」
「見た目や
「わしは人間に見えんか?」
「人間――だろうな」
「奇遇じゃな。わしも同じことを問おうと思っていたところじゃ」
「俺が人間に見えないか?」
「人間、じゃろうな」
そう、こういう会話でもわかる。いや昨日から気付いていた――精神的な強さ、ブレのない意思、けれど柔軟な思考。
〝芯〟がある。
ともすれば――過酷とも呼ばれる環境を生き抜いた成果のような。
「人が成長するのに必要なものは多くあるじゃろうけど、わしは〝探求心〟もその一つだと思っておる」
「たとえば?」
「噴水の水は、一体どこからくるのじゃろうな? そして、落ちた先にどこへ行く。ここは巨大な湖の上か?」
それを確かめるために、人は下へと飛び降りた。でなければ、術式を無力化する空域の存在にすら気付けない。
「じゃが今、地下区画はどうなっておる? いつから、本格的な調査が行われなくなった?」
どこから水がわくのだろう、最初はそんな疑問だった。やがて確証を得て、地下への道を発見――もう三百年以上前に、各都市で発見が相次いだ。
大規模な隊が組まれなくなって、どれくらいになるだろうか、俺もよくは知らない。年に一度、小規模のパーティが遊びに行く程度で、調査など行われていない。区画街と呼ばれる入り口付近は、スラムのような状況だ。治安も良くはない。
「ダンジョンは密閉されてて、わしは嫌いじゃがのう……」
嫌いなのかよ。てっきり行きたいのかと思ったじゃねえか。
「何がしたいんだ?」
「ん? わしはとりあえず、ここの日常を楽しみたいのう。多少は引っ掻き回すやもしれんが、新鮮で良い。これは〝返答〟ではないが――わしはここの生まれではないからの」
「ご配慮どーも。そろそろ腕を離せ、ここでいたずらを始められたくはないだろう?」
「……うむ、外はちょっと難易度が高いのう」
するりと腕の拘束が解かれ、体温が消えたのを感じて、俺は立ち上がる。
「形式だけでも、とりあえずな。噴水公園がほぼ中央に位置して、クロスを描くよう四方へ水路が伸びている」
「北東から順に、水流都市、地流都市、風流都市、北西に火流都市じゃろ」
「そう、方角を示してる。それぞれ区切られた四ヶ所が大きく、北には学園、東に生産区、西が商業区、南が生活区――寮とか。といっても、どこにでも住居はあるし、店もある。毛色が違うだけでな」
「ふむ。種族特性か」
「そう、生産区がある側には
「実際にそういう傾向があるのか?」
「そういう〝規定〟している部分もあるにはあるが、大きくはそういう感じだ」
「なるほどのう……」
「お前」
「ヴェネでいいぞ」
「ああ、わかったよロリ子。携帯端末は持ってるか?」
「持っておらん。あとなんじゃその呼び方は」
「お前ほどガキに見える相手を知らないからな。連絡もできるし遊びも多少はできる、携帯端末は必需品だ。寮母からの連絡もすぐ受けられる――寮の周辺を案内しよう」
「うむ」
「……やめよう、面倒になってきた」
「お主、世話役じゃろ!? 撤回が早すぎる!」
「報酬が、これまでの出席日数の調整だぜ? 嬉しくもねえよ」
しかもガキの面倒を見ろって、なんだよ……あ、ガキじゃねえか。
「まあいい、帰って寝るついでだ」
「う、うむ……なんかちょっと、わしのこと本気で嫌いなのかと、落ち込みそうじゃ」
「そうなったら、俺と関わるのを辞めろ」
「それだけは嫌じゃのう」
「そうかい」
「ふむ、であるのならば、寮の住人について教えてくれ。できれば上手くやっていきたいからのう」
そういう配慮があるだけマシか……。
「中等部が二人、どっちも女だ」
「お主の周囲は女ばかりか!?」
「お前がいるだろ」
「……、泣いて良いか?」
「わかった、わかった、泣きそうになったら一緒に寝てやる」
「う、うむ」
そこは否定しろと言えよ、おい。
「猫族のうるさいのが、シェリラ・リリズィ」
「すまん、どっちが名じゃ?」
――知らない? 本当に、どの都市の出身だ? それこそ、どこだって常識だろうに……その〝外側〟から来たとでも?
「前が種族名、あるいは集落の名前。生まれた家系で、後ろが固有名だ」
「なるほどのう」
「もう一人が臆病な竜族と人のハーフ、ギーギー・
「ふむ」
「それと、お前とは肉付きが正反対の寮母が一人――石橋レゾナル。一応、俺の親戚ってことになってる」
「一言余計じゃが、そちらは紹介されたのう」
「絶望するか?」
「お主がわしを抱けるなら問題ないぞ」
ああ、なるほど。
抱きたくないと言うと、泣き出すパターンだなこれは。
※
二人が外に出て行ってから、私は小さく吐息を落としてデスクの紅茶に手を伸ばすと、残っていた半分ほどを飲み干して、窓から外を見た。
今日は良い天気。授業なんて受けてられない、なんて気持ちもよくわかる。
「
「クロウは、不満? エルスは友達でしょ」
「いえ、それは違います。俺とあいつはただの、知り合いでしかない」
学年としては、クロウが一つ上であるし、私は高等部の最上級生だ。それでも理由は違えど、エルスとは関係を持っている。
「こんな時期の新入生で、更に学園長の後押しがあり、その上でエルスを希望した。想像もしないことが三つも揃えば、不安にもなります」
「――あは」
「え? あ、なにか……?」
「不安になっても、そんなに関係ないでしょう?」
「それは、まあそうですが、どういうわけかエルスの面倒は俺に降り注いでくるんですよ……あの面倒臭がりは、どうかしてる――っと、失礼。俺はそろそろ」
「ああうん、ありがとうね、クロウ。学生会としての仕事は、とりあえず寮対抗戦までは暇だから、今日はいいわ」
「わかりました。俺も暇でしたら顔を出します」
「ん、ありがと」
「失礼します」
大きく深呼吸を一度、一人きりの学生会室の執務机、私の居場所に腰を下ろした。
――正直、あの言葉は私にとって痛い。
「――誰が頼んだ? そして、俺が退学になって困るのは誰なのか、はっきり言えよ。俺をここに通わせているのは、誰だ?」
弱みを握られているわけじゃない。
そして、本当に困るのは私ではなく、学園の運営をしている理事会だ。
だけど、私とエルスを繋げているのは、学園しかない。余計なお世話を焼いているようで、それをきっとエルスも知っているけれど、私と彼との繋がりがこれしかないのだ。
石橋エルス。
座学の授業は出ないし、戦闘訓練もほぼやらない。術式は使わないと公言しているし、私もその姿を見たことはなかった。
けれど――私は、エルスに命を救われた恩がある。
勝手に恩返し、一方的な想い、それだけで縛っているのを、見透かされていた。
怒って誤魔化したけれど、恥ずかしい思いだ。
「はあ……」
隠し事があるとしたら、その一つを、私は知っている。なのにエルスは、私に何の要求もしない。
――エルスは強い。
半ば冗談で闘技場で訓練だ、なんて口にしたが、私は、きっと口には出せないけれど。
最年少で新規称号を得た、
私は、エルスに、勝てない。
何故と、私は明確な理由を説明できないけれど、断言だけはできる。なんというか、そう、質が違うのだ。
トラブルが少ないとはいえ、突発的な遭遇はある。私だとて最低限の警戒はしていたのに、その隙を縫うようにして、ちょっとした戦闘があって――。
そこを、エルスに助けられた。
さも当然のように。
私の隙なんてものは織り込み済みのように。
しかもあの男は、まだ称号持ちでなかったとはいえ、それに近しい立場を持っている私を、まるで興味がなさそうに見ると。
「――ガキが夜中に出歩くな。弱いなら部屋の隅で膝でも抱えてろ」
と、こうだ。
後日になって、お礼と文句を言ってやろうと探したが、学園生ではないことがわかって、どうにか私はエルスを学園に通うことができるよう、手配をした。三日に一度くらいは顔を見せてくれるだけ、私は嬉しいけれど。
でも、疑問はある。
できるだけ踏み込まないように、機嫌を損ねないように、なんて配慮――いや、嫌われるのが怖いだけ。
けれど、学園に来ない日に、何をしているかが気になって。
「……恋する乙女か私は」
冷静になって考えてみれば、思わずそう口にしてテーブルに突っ伏した。
まあいい、うん、いいことにしよう。
面倒がるけれど、あれで寮生とも仲が良いし、面倒見は悪くないはず。ヴェネが文句を言ってくることもまあ――うん、あってもいいか、エルスと会え……う、うん。
あーうん。
「よしっ、仕事!」
とりあえず忘れて、学生会長としての仕事にとりかかろう。
……それにしても。
クロウは、何かエルスに思うところでもあるんだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます