第3章 七転八盗のシークレットガーデン PART14
14.
会議室に戻ると、八橋が最後に入ってきた。真剣な表情をしているがまだ決めかねて悩んでいるようにも見える。
「それでは第一の投票をさせて頂きます……。皆さん、ご自分でこの中に結婚相手がいるかどうか審議して下さいませ……」
会場の灯りが薄暗くなり、モニターの光が強くなる。もちろん俺はパスだ。
……参浦、頼むぞ。
先ほどの返答を思い返しながら、答えを待っていると、再び灯りがついた。
「それではこちらで結果を述べさせて頂きます。第一の投票は……無効となりました」
八橋を見つめると、驚愕の表情で参浦を眺めていた。それはそうだろう、あれだけ思わせぶりな態度をとっておきながら参浦は八橋を選んでいないのだから。
……よくやった。参浦。
心の中でだけ安堵する。危うくシロウの策略に乗る所だった。これから再び大博打に出なければならない。
……やるしかない。正しいかどうかなんてわからないが、とりあえず動かなければ。
胸に手を当てると鼓動が激しく聴こえる。未だ葛藤が残るがここを切り抜けるためにはこれしかない。
「残念ですが、ここからは第二投票となり、多数決でお相手が決まってしまいます……。それでは質問タイムへと移らせて頂きます……」
「俺から早速質問させて貰ってもいいだろうか? マネージャー」
「もちろんです……。どうぞ」
「俺の質問は全員じゃない。凄く個人的なものだ。シロウさん、あなたは現在結婚をしていませんよね?」
「ええ、そうです……。それが何か?」
「お答えありがとうございます。ずばりきかせて頂きますが、あなたも本当はこの中の対象者なのでしょう?」
「といいますと……?」
「この会議の……婚活ロワイヤルのメンバーに……選ばれているんでしょう?」
全員の視線がシロウに集中する。彼はそのまま眼鏡に手をあて、小さく言葉を述べた。
「何を仰ってるんです……? 自分は先ほど申した通り、司会として……」
「それを決めたのは九条支配人でしょう。始めはきっと、九条支配人が司会を受け持つはずだった。だけどあなたが相談した結果、彼は……その案に乗った」
はっきりいえばこの話に裏づけも何もない。だが八橋がレズだという話ですら、何の根拠もなく皆、信じきっていたのだ。
人は皆、納得してしまえばそれが真実となる。ここで頷いてしまえば、楽になるからだ。
「どうして、そう思うのですか……?」
「最初から考えると、やっぱりおかしいんです」
修也は息を整えて続ける。
「あれだけ主張の強い支配人があっけなく、一人の女性を選んで結婚することに納得がいってません。こちらから仕掛けたからこそです。あれこそ、すでに決まっていたのではないですか? 支配人とマネージャーの中で」
「……。何か根拠があっていってるのでしょうか……?」
シロウの鋭い視線に怖気付きながらも目線をそらさない。
「いいえ、今の所は……。でも、もしそうなら、ひどすぎると思います。皆、真剣に結婚について審議している中、あなたは一人蚊帳の外で行方を見守るだけ。この中に愛する人がいたとしても、あなたはそれを当然のようにできるのでしょう?」
「四宮さん、あまり憶測で話をするのはよくないですね……」
シロウの表情が強張っていく。無理もない、こんなことをいわれて黙っている者が責任者になどなれるはずがない。
「自分には何も権限はありませんが、敢えてききましょう。それが仮に本当だとして、どうするつもりですか……?」
「あなたを……この中に引きずり込みます」
自信を持って堂々という。
「この婚活ロワイヤルは男女10名が結婚を決める場です。現時点で8名、2名の空きがありますから。あなたも入ることはできるはずです」
「くくく、面白い冗談だ……」
シロウは口元を歪めながら強い視線を浴びせてくる。
「自分にこの中に入れと……くくく。ご自身が結婚したくないからといって人を増やしてしまったら、最後に残るメンバーは1人だけになってしまいますよ?」
「ということは入ることは可能なんですね?」
「…………」
「どうなんですか? マネージャー?」
「…………それは……」
シロウが黙っていると、零無が小さく声を上げた。
「……無理ではないですよね? マネージャー」
今まで黙っていた零無がシロウに言葉を述べ正面から向き合う。
お互いに上の人間に刃向かうなどできるはずがなかった。だが支配人を追い込んだのは自分たちだ。
ならここはもう捨て身で行くしかない。
「ここは多数決でものを決める場……マネージャーがこの中に入れるかどうか、多数決で決めることは可能ですよね?」
「零無さん、本気でいってるのですか……?」
「ええ、私はいつでも本気です」
零無はパネルを操作して、質問内容を書き込んでいく。
「失礼ですが、ここからマネージャーの経歴を見させて頂きました。八橋さんを料理長として推薦したのはあなたですよね?」
「ええ、そうです……。ですがそこに自分の思惑などございません。純粋に八橋さんの料理を評価しただけですが……」
「そうでしょうね。でも、八橋さんは違った」
零無は八橋の方を向いていう。
「いくら八橋さんに才能があったとしても、ここはクーロンズホテル。才能ある若者は彼女だけではありません。それでも彼女がここで頑張り続けられる理由、それは……あなたがいたからじゃないですか?」
「…………」
八橋の視線がシロウへ向かう。自分を推薦してくれた人に憧れを抱くものは少なくない。
だがそこで八橋は知ってしまった。自分が尊敬する人物に決して届かない思いがあることを。
「でもあなたはひどい人だ。あなたが八橋さんを料理長として選んだ理由、それは九条支配人のためなんでしょう?」
「…………」
「彼の好みを知っているからこそ、あなたは料理長として推薦した。そこで彼の体調を管理するために、扱いやすい彼女を……」
「……少し黙って頂けますか? プランナーの二人」
シロウが静かに吐息をつくと、辺りは沈黙へと変わっていった。
「……全く。憶測でそこまで話すのは人権侵害ですよ……訴えられたいのですか?」
「いえ、我々は適切な相手を選んでいきたいだけです。ここは結婚を決める最重要な場、どうか嘘はつかないで頂きたいです」
懇願すると、シロウは眼鏡を外して頭を上にかけた。
「そこまでいうからには覚悟はできているのですね……?」
「……はい」
覚悟などない。とにかくシロウを引きずり出さなければ自分達は息詰まってしまう。
たとえ最後に残る人物が1人になってしまうとしても。
「では自分が最初から司会ではないという根拠を一つ述べて下さい……。それが正しければ、自分もお話できる部分は話しましょう……。ですが……それが間違っていれば……次の結婚をする男性陣は四宮さんで決まりとさせて頂きましょうか……」
……ここが正念場だ。
シロウの視線が修也を突き刺す。間違うことなどとてもできない。
「……そのお相手も自分が決めさせて頂きます。四宮さんのお相手は…………零無さんにさせて頂きましょうか……」
……最初の違和感を思い出せ。
突然の会議宣言に皆、驚きながらも椅子に座り始めた。自分の番号と職種の色が合致していたためだ。
……これしかない。あの違和感は本物のはずだ。
「…………椅子です」
修也は考えを纏めるように述べていった。
「最初、ここに集められた時、マネージャーと支配人が同時に入ってきました。その時に違和感を覚えたんです」
「それはなぜ?」
「男性陣は皆、男と女で分かれていたのです。それなのに、あなた達、二人は何も考えずに指定の席についた。九条様は自分の椅子に、あなたは司会台にです」
「それは当たり前です。事前に知っていなければ、司会などできるはずがありません」
「そうですよね。だからこそ、あなた達、二人だけがこの内容について事前に知っていた」
責任者一同が各自の席につきながらこの会議に参加することを余儀なくされた。それは九条支配人の一括と、シロウマネージャーの綿密な誘導があったからだ。
「支配人の椅子はいささか小さいように感じました。あなたの方が合うんじゃないですか? シロウマネージャー」
「くくく……」
シロウは組んでいた手を外し、体をゆがめて笑い始めた。
「面白い……四宮さん、あなた、本当に面白い人ですね……くくく。あなたの能力を過小評価しておりました、すいません。さすが伊達に人の一生を決めるプランナーをしていない」
「お言葉ありがとうございます。ということは……」
「ええ。一応正解といっておきましょう。あなたのいう通り、当初、自分が司会をするつもりはありませんでした」
シロウの一言に皆、驚愕する。だがそれ以上に彼は重要な告白をし始めた。
「もうこの場にいないので正直いわせて頂きます。私は九条統哉様のことをお慕いしています。羨望でも同性愛でもありません。純粋にあの方を愛しています」
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