第3章 七転八盗のシークレットガーデン PART6



  6.



「私は無理ね」


 そういったのは零無だ。


「今の仕事で手一杯だし、家事をするとなればお互い分別した方がいい。なので気婚相手がしないというなれば、私もしないわね」


「んーあたしもそういう男は勘弁つーか、無理」


 五十嵐も首を振っている。


「お互い働いてるのに、家事だけは女にさせるのって不公平だよね。昔からの風習なんだろうけど、今はそんな時代でもないし」


「八橋と七草はどうだ?」


「わたしは料理が好きだし、やってもいいわ」


 七草は淡々と告げる。


「毎日の献立を考えたりするのって結構楽しいし、冷蔵庫の中身のバランスを考えていいものが作れたらお得な感じがあるしね。逆に手を出される方が困るかもしれないわね」


「おお、七草ちゃん! やっぱええなぁ」


 七草の言動に男性陣、特に二岡は胸を高ぶらせているようだ。料理は結婚を決める重大な要素の一つだ。他の家事は機械でできるが、味付けだけは人間の手によるものでなければ楽しめない。冷凍食品なら独身でも事足りるからだ。


「八橋さんはどう? 毎日仕事で忙しいから、嫌になったりしない?」


「そうデスねぇ……」


 八橋は宙を見据え黙考している。


「実はそれが苦になったりしないんデスよ。家では好きな分量で作れマスし、新しいことに挑戦できマスし……。なのでそんなには嫌じゃないデス」


 根っからの料理好きなのだろう。彼女のプロフィールには趣味がお菓子作りだとも書いてある。これを利用しない手はない。


「八橋の趣味はお菓子作りとなっているが、パティシエになってみたいとは思わないのか?」


 修也が尋ねると、八橋は苦笑いを浮かべた。


「んー、今の職場では無理デスね。時間が圧倒的に足りませんし、日々の調理で頭が一杯なので。1日でも料理長を交代できたらいいんデスけど……」


……なるほど、今の職場にやはり満足していないようだ。


 彼女の心の闇に触れる感覚を受ける。個人の感覚を失う代わりに大衆の味を目指しているのだから仕方がない。


「確かにそれは無理な話だな。料理長は店の看板だ。日によって看板が変わるのは客を突き放す行為になってしまう」


「そうデスよね……無責任なことをいってごめんなサイ」


 そういって八橋は大きく頭を下げた。


「仕事と趣味はわけないといけないとのですが、難しいデス……」


 先ほどまで八橋に集中していた視線が自分の方へ向かい始めた。あまり質問を多くしすぎても自分が八橋を狙っていると評価されてしまうかもしれない。


 だがチャンスでもある。自分が八橋を狙っていると思わせれば、他の男性陣が動きを見せ始めるだろう。すでにこの場は4対4。皆、自分の理想の相手を選んでる可能性は高い。


「僕もお菓子は好きだよ」

 

 参浦が賛同するように笑いながらいった。


「やっぱり趣味が仕事と関わっているといいよね。仕事だけど苦にならないと思うしさ」


「そ、そうなんデス!」


 八橋も嬉しそうに微笑む。


「新しいことに挑戦すると失敗の連続デスけど、上手くできた時の喜びといったらもう。まあ、その分食べすぎちゃって体重を気にしなきゃいけないんデスけど」


「なるほど。それは大変だね。でも八橋さんならもう少し太ってもいいと思うよ?」


「そ、そんなこと、ないデス! 最近お腹もちょっとぷっくりしてきちゃい

まシタし……」


 そういって2人は柔らかく笑い合う。



 ……やはりこの二人は相性がいい。



 参浦と八橋を鋭く観察を続けていく。2人の会話は自然と弾んでおり、実に楽しそうだ。もしかすると二人ともこのまま第一の投票で決まる可能性まである。


「僕もベルマンをしていて色々な人に出会うけど、お客様は本当に十人十色あると常々思うよ」


 参浦が彼女を擁護するようにいう。


「料理も同じだよね。その人によって好みがあるし、レストランに来たからといって味を楽しみたいだけじゃない。雰囲気を楽しむために来ている人もいると思うよ。ホテルという場所が泊まるだけではないのと同じようにね」


 参浦の一言が彼女を笑顔にする。お互いがお互いの利点を理解し尊重し合っている。


 参浦のプロフィールを再び軽く眺める。彼の趣味は旅行、きっと好奇心が旺盛なのだろう。色んな土地へ行き自分の知らない世界を広げる、旅行は人付き合いが好きでないとできないものだ。人付き合いが好きだからこそ客の主義主張を観察でき上手く対応しているのだと思う。


 彼は本物の紳士だ。

 

「……そうなんデス。だからこそ味付けというものには正解がなくて常に迷ってしまいマス」


 八橋は声のトーンを落としながら呟く。


「自分の味が本当にこのホテルに合うかどうかわからなくなる時がありマス。他の方に意見を求めても答えてくれない時もありマスし……」


「他の従業員が答えてくれないというのは……どういうことだ?」

 

 修也が質問すると、八橋は肩を狭め両手の指を擦りながらいった。


「ワタシは経歴にも載っている通り、インド人の母親と日本人の父親のハーフなんデス。ですから、このホテルに馴染めていないというか……他の方と上手く接することができていないことがあるんデス」

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