第3章 七転八盗のシークレットガーデン PART5
5.
「オレは……嘘をつかない相手だったらいい。やっぱり結婚生活っていうのは信頼がないとできないものだと思うからさ」
そういって壱ヶ谷はほのかに歯を出して笑った。
「この年まで身を固めることを疎かにしてきてしまったけど、信頼できるパートナーが欲しい。そのためにはオレにできることは何でもするつもりだ」
彼を深く観察する。声の張り具合、そして毅然とした態度から見るに素直にそう感じ取れる。彼も本心でいっているように思う。
壱ヶ谷と参浦は相当いい家庭環境で育ったようだ。零無の捻くれ具合はどこで誤ったのだろう。
「やっぱりイケメンは違うな。思わず拍手を送りたくなる」
修也がたっぷりと皮肉を込めていうと、壱ヶ谷は嬉しそうに首を振った。
「そんな大したことはないよ。オレは誠意を持って付き合いたいだけなんだ。もちろん趣味が合えばそれはそれで嬉しいし、共通点は多い方がいい」
「そうやな。一緒におって楽しい方が絶対ええわ」
隣で二岡が同意するようにいう。
「やっぱり長い時間、一緒におるんやから趣味が一緒の方がええわな」
「二岡、それは違うぞ!」
修也は間を空けながら声を挟んだ。
「趣味が合えば、いがみ合うのもまた摂理。趣味は別の方が断然いいと思うね」
「そうかなぁ? 俺っちはそうは思わんけど」
「甘いな。趣味は違うほうがいい。断言できる」
「ええ? 四宮さん、どうしてデスか? 同じものが好きな方がうまくいくと思いマスけど……」
八橋が不思議そうに尋ねてくる。
……これはチャンスだ。八橋が身を乗り出してきている。
ここでうまく発言すれば、彼女の結婚意識を高めることができる。あくまでも傷をつけないようにそっとだ。
「同じものが趣味だとしても、やり方は違うだろう? 仮に八橋の場合、料理が趣味だとして、相手も料理が趣味だとする。それで同じものを作ったとして……お前は相手の料理をきちんと評価できるのか?」
「あ……」
八橋の顔色がほんのりと曇っていく。
「確かにそれは難しいかもしれマセン。味付けに正解はないデスから、個人の感覚によるものだとしかいいようがありマセン」
「そうだろう? 仮に相手が好きな料理だとしてもお前が嫌いなものだったら、どうする? お前はその料理をきちんと評価できるのか?」
「……んー、難しいデスね」
……くく、掛かったな!? 八橋。
心の中で綿密に情報を整理していく。彼女の心に響くように言葉を構築していく。
「知っているからこそ、いがみ合う原因になることもある。もしそれが自分と違う趣味だったとした場合、問題にはならないだろう。知らないことは単純に聞くだけでいいからな」
「なるほど……そこまでは考えていませんデシタ……」
八橋が眉間に皺を寄せて頷いている。
「確かにそういう考え方もありマスね。人付き合いって本当に難しいデスね……」
「八橋さん、気にしなくていいわ。あの人が捻くれているだけだから」
零無が横から反論に入る。実にいいタイミングだ。
「私は断然同じ趣味の方がいいと思う。相手の意見を聞くことでまた違う視点が生まれるわ。自分の趣味を一層好きになれるかもしれない」
「……そ、そうデスよね」
八橋は零無の意見を肯定しているが、表情は硬い。きっとどちらの意見が正しいか自分の中で判断がつかないのだろう。
ここで参浦を引きずり出せばチャンスを作れる!
「そういえば参浦の意見はまだ出てないな。お前はどう思う? 同じ趣味の相手の方がいいと思うか?」
「うーん、そうだなぁ……」
参浦は額を抑え考え込むようなしぐさを見せながら考えていく。
「僕は同じ趣味の方がいいかな。相手の意見を尊重すれば、絶対に喧嘩にはならないよ。答えが一つだけってことはないんだからさ」
……さすが優等生、実にいい回答だ。
心の中で喜びを噛み締める。模範といってもいい、彼は優しくて人の話が聞ける善人だとアピールすることに成功した。
「そ、そうデスよねっ!」
八橋の顔がぱっと華やかになる。
「ワタシもそう思いマス! やっぱり同じ趣味の方が話があいマスよね!」
……この二人、やはり相性がいい。
2人の時間を共有できれば、自然といい方向に近づいていく。今回のターゲットは料理長・八橋真琴で間違いない。彼女を誘導し男性ターゲットである参浦に近づけることが目的だ。
……このまま畳みかけたいが、八橋の順番までは遠い。
時計回りでは八橋が最後になってしまう。ここが腕の見せ所のようだ。
「次は俺の番だな」
修也は空咳をし立ち上がった。
「結婚相手の最低条件だが、俺にとっては料理だ。自分で料理を作るのは煩わしいし、食べた後の片付けも面倒だ。そこで女性陣に尋ねたい。もし結婚するとして、各自、きちんと料理をしてくれるだろうか? 俺は絶対に手伝いたくないね」
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