第3章 七転八盗のシークレットガーデン PART4



  4.



 休憩時間を終え、会場へ戻ると再び司会のシロウが声を上げた。


「では皆さん席についた所で早速本題に入りましょう……。お次に結婚したい、と思う方いませんか……?」


 もちろん誰も手を上げない。そんなことをいわれて結婚する奴はこの場にはいないのだ。


「やはりいませんね……では再びここで話し合って貰いましょう……」


 シロウの合図と共に零無を目の端で覗く。彼女の視線の先にはやはり八橋がいる。ここで彼女に話題を提供しなければならない。



「俺から質問させて貰ってもいいだろうか?」



「もちろんです。どうぞ」


 司会に尋ね了承を得る。ここは先手必勝だ、八橋絡みの質問をしていこう。



「女性陣に訊きたいことがある」


 一言添えて、大きく息を吸い込んでいく。なるべく全体から八橋へ向かうように誘導してみせる。


「男が結婚したくない理由はいわなくても大抵わかる。束縛を嫌う、自分の稼ぎを他人に取られたくない、子供が嫌いなど様々だが何かしらの理由がある。だが女性はどうして結婚したくないんだ? 俺にはその理由がわからない」


「それは偏見で考えているからじゃないの?」


 修也の隣から五十嵐が眉間に皺を寄せながらはっきりと告げた。


「男性でも女性でも結婚したくないという価値観は同じよ。嫌な人といるとストレスがたまるのよ。私の場合は私自身に見合う人がいればしてもいいと思ってるわ。その相手がいないだけ」


 

 ……なるほど、五十嵐には結婚願望がちゃんとあるらしい。



 新たなマーク先を見つけることにはなったが、彼女の相手となる候補は今の所、いない。


「……ふん、やっぱり条件を高くしてあるだけじゃないか。あまり高くしすぎると本当に結婚できないぞ」


 毒づくと、零無の視線を感じた。彼女は微笑みながらいう。


「あなたが心配することではないわ、四宮君。あなたは無条件でも結婚できそうにないから考えるだけ無駄よ」


 零無の視線に戸惑う。どうやら味方であると同時に自分への非難は忘れていないらしい。つくづく嫌らしい女だ。


「……ご忠告、どうも。そっくりお前にも返すけどな」


 軽く零無を睨み返すと、参浦が再び宥めに入ってくれた。彼が間に入ってくれるおかげで場の空気はそこまで悪くはならない。


 この会場にいる者は自分達がまさか共闘しているとは思わないだろう。


「せっかく意見が出始めたんだ。よし、オレからも一つ提案をさせてくれ」


 壱ヶ谷が手を上げた。どうやら矛先を変えてくれるようだ。


「各自、結婚相手に最低限必要なことを述べていくっていうのはどうかな? 皆やっぱり譲れないものっていうのがあるだろう」


「そうデスね、それはいいかもしれません」


 八橋が何度も頷いている。彼女の候補にはもしかすると壱ヶ谷は入っているのかもしれない。


「やっぱりここにいる二名だけしか残らないわけデスから……。なら少しでもいい条件にできる方法は賛成デス」


「よし、それじゃあ一人ずつ答えていくことにしようか。誰からいこうか?」


 壱ヶ谷がいうと、皆静かに頷いていく。どうやら彼が言葉を発することで自然といいムードになるようだ。先ほど自分が述べた提案と同じものなのに彼が言い方を変えただけで皆がその内容を吟味している。



「じゃあもう一度、れい……零無さんからでいいかな?」


「ええ、いいわ」


 零無は席を立つといきなり発言した。



「私は……、というのが最低条件ね」



「……いきなり名指しかよ」


 修也が鋭く反応すると、零無は大きく頷いた。


「そうよ、あなたとだけは絶対に嫌だわ」


 笑顔で答える零無に怒りを覚えていくが、急速に落ち着いていく。彼女のセリフに慣れてしまったのかどうかわからないが、自然と怒りが収まっていく。


「まあまあ。喧嘩するほど仲がいいっていうんだからさ、案外二人は上手くいくかもしれないよ?」


 参浦が茶々を入れながら自分たちを交互に見ている。



 ……ここでまた噛み付いても仕方がない、今回は見逃そう。



 無言で通そうとすると、零無から強い視線を感じた。一言くらい反撃したらどうだといっているようだ。


 仕方がない、ここは挑発に乗ることにしよう。



「参浦、よく聞いてくれ。俺達の場合は喧嘩じゃない、争いなんだ」


 会場に響き渡るように嫌味を加えて述べていく。


「喧嘩は最終的に収まり場所を見つけることになるが、争いは終わりがない。境界線を引いても最後にはいずれぶつかることになるからな。だから適度にこうやっていがみ合うくらいが丁度いいんだよ」


「そうね、仮に四宮君と結婚することになったとして……あなたとの生活は戦場になりそうね」


 零無も楽しそうに罵倒の言葉を述べていく。


「結婚生活の家事、育児、問題は山積みだけど、あなたとは何一つ和解することはなさそうね。ちなみに味噌汁の味はどうかしら?」


「赤味噌の塩分が濃いのがいいな」


 正直に答えると、彼女は大きく微笑んだ。


「ほら、やっぱりいった通り。私は薄味の白味噌よ、これじゃ食事をとる度に争いが起きそうね。どうせあなたも譲る気はないのでしょう?」



……当たり前だ、この野郎。



彼女の瞳に啖呵を切る。こんな高圧的な女に料理を作って貰うくらいなら自分で作るのが筋だろう。逆に作ってあげて文句でもいわれるものなら、戦争でも構わない。


「何だかよくわからないけど……、やっぱり二人は仲よさそうに見えるけどなぁ」


 参浦がため息をつきながら諍いが終わる毎に安堵する。本当に根が優しい人物らしい。


「まあ、そんなことをいっても始まらないわね。ごめんなさい、次は壱ヶ谷君の番ね」


 参浦の言葉に壱ヶ谷が席を立つ。スマートな外観と共に誠実な対応を取る。


「そうだな……提案したのはオレだし、きちんといわせて貰おう」

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