第3章 七転八盗のシークレットガーデン PART3
3.
「どうして?」
「八橋の心境まではわからないが、かなり参っているようにみえる。仕事に疲れているんだ。だからネガティブな意見ばかり出てしまう」
八橋の言動を再確認する。否定的に物事を見て、最悪の想定ばかりしている。彼女は多分現実に押しつぶされそうになっているのだ。
「だから参浦君がいいと?」
「そうだ」
修也が頷くと、零無は密やかに微笑んだ。
「それもいい案ね。じゃあなぜここで壱ヶ谷君の名前が出て来なかったのか聞こうかしら」
「それは……あいつが上昇志向タイプだからだ」
「ポジティブになるのはいいことじゃないの?」
「お互いが別の職場ならな。だがあいつの爽やかさが彼女を苦しめることになる可能性がある」
プラス思考はいいことだけじゃない。相手に理解を求めようとする余り、対象者を苦しめることだってある。それが職場の同僚なら一層だ。プライベートでも仕事のことを考えなければならない時、きっと彼女はその責任感に押し潰されてしまうだろう。
「よく見ている、といっておくわ。やはりあなたは冷静に人を見ることができるのね。伊達にプランナーをしているわけじゃないわ」
零無は視線をよこしながらいう。
「私も同じ意見よ。4人の中で四宮君を外すとして……、二岡君はもちろん論外、壱ヶ谷君は表面的に見ればオッケー。でも彼は彼女の本当の気持ちを理解できないと思う」
零無の目に哀愁を覚える。彼女の感情が見え隠れしているように思える。
「ん? やっぱり壱ヶ谷と付き合ったことがあるのか?」
「いいえ、全然。親同士が仲がいいのは認めるけどね」
彼女は首を振りながら紅茶を啜る。
「エリアチーフと料理長、肩書きだけを見ればお似合いだわ。でも将来を考えれば合うはずがない。家に帰っても仕事の話ばかりになって最終的に別れると思うわ」
仮に壱ヶ谷が八橋と結婚するとすれば、お互いの利点は大きい。大きな行き違いによるミスは減るだろうし、顧客の信頼も得られるだろう。
だがその重圧に八橋は耐えられないだろう。現状で精一杯の彼女がさらにレベルアップを要求されれば間違いなく崩れ落ちてしまう。
「じゃあ二人をカップルにするとして……何をしたらいい?」
「一番の問題点はお互いが内気な所にあるわね」
玲子は顎に手を載せながら考えている。
「お互いの相性がいいとしても、接点がなければ成立しないわ。彼女達が自らお互いのメリットを知って近づいていかなければならない」
ようやく質問タイムを有意義に使えそうだ。先程の時間は零無が一方的に話し九条を丸め込んだ。彼には攻め入る隙があったからだ。
だが今度のターゲットにはそれがない。こちらから間接的に誘導し、お互いが話し合える状況を作らなければならない。
「了解した。状況を判断しつつ、八橋に話題を振っていこう」
「案外、物分かりがいいのね」
零無は不敵に微笑んだ。
「最初の頃は悪態ばっかりついていたけど、やっぱり頭だけはいいみたいね。頼りにしているわ」
「結婚だけはしたくないのだから、仕方がない。じゃあ、先に式場で待っている」
身を翻し、カップに残っているコーヒーを飲んだ。コーヒーの香りはしないが、苦味だけが残っている。
……後味が悪いのは嫌いだ。
近くのミネラルウォーターで口をゆすぎながら八橋を攻め入る算段を考えていく。八方美人である彼女を追い込むためには逃げ道を与えない刃が必要だ。
潔く結婚して貰うためには、やはり……参浦を囮にするしかない。
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