第3章 七転八盗のシークレットガーデン PART9



  9.




「「「えええっ? レズぅぅっ!??」」」




 驚愕の表情で彼女を見ると、彼女は満面の笑みで肯定した。



「はい、そうなんですっ。私、レズなんデス! 根っからのレズデス!」



 ……そんなに堂々というなよ、反応に困るだろう。



 修也が苦悶の表情を浮かべると、八橋は何かを思いついたように続けた。



「あ、説明不足でしたね。レズっていうのは同性愛者のことを指しているんです。つまり私は男性ではなく女性の方が好きなんデスっ!」 


「え、いや、別にレズという言葉の意味がわからなかったわけじゃない……。単純に驚いただけだ」


 修也が否定すると、八橋は落ち着いた声で答えた。



「ああ、そうなんですか。それならよかったデスっ!!」



 ……よ、よくねえよ。



 心の中で彼女に突っ込みをいれる。もし彼女のいっていることが本当なら参浦を選ぶことはないだろう。彼女が選ぶのは女性、つまり残る三人の女性から選ぶしかないというわけだ。



 ……これは困ったことになったぞ。



 驚嘆しながらも意識に集中する。このままでは八橋を女性候補として擁立するのは難しい。はたして女性同士で結婚など許されるのだろうか。



「マネージャー、尋ねたいことがある……女性同士で結婚はできるのか?」



「できるわけないでしょう。無理です」



 ……で、ですよねー。



 再び心の中で自問する。彼女を上手く誘導する手立てが思いつかない。



 ……改めて策を練り直さなければ。



 女性同士は無理、なら彼女に男を好きになって貰うしかない。


 しかしどうやって?



「八橋さんは女性の方が好きだったんだね……」



 参浦が小さく呟いている。顔には出ていないが、きっとショックだったに違いない。彼の中ではきっと彼女は花嫁候補だったのだろう。



「ちなみにこの中で女性といったら、どんな人がタイプなの? この中に好きな人はいる?」



 ……今その質問をするのか、地雷過ぎる。



 参浦の発言に戸惑いながらも行方を見守る。



「ワタシが好きな方は……にはいません。ですが強いていうのなら、七草さんのように和装が似合う方は好みデスね」



 八橋が熱い視線を七草へ送ると、彼女は顔を背け顔を真っ赤にし始めた。



「八橋さん、ち、近いです。あまりじろじろ見ないで下さい」


「いいじゃないデスか。ここは結婚を決める場デス! こうやって見ていると、あなたのことが何だか好きになりそうデスっ!」



 ……これは難問だぞ、零無。



 リミッターの外れた八橋が七草へと甘い牙を向けている。どうやらおとなしかったのは男性陣への遠慮だったからなのかもしれない。


……堂々とし過ぎだろう、場の空気がおさまらない。


 零無へ視線を寄せるが、彼女自身もまた混乱状態にあるらしく上の空である。口元が空いており、目を白くさせている。お互いにとって予想外の出来事だったようだ。



 ……仮の仮にだ。八橋と結婚するとしたらどうなるのだろう。



 八橋と結婚するメリットは独身税を支払わくていいことになる。それにお互いの干渉がないため独身の気分で生活ができるかもしれない。


 逆にデメリットは……家の中に別の女性を連れてこられることだ。そうなれば自分の居場所は間違いなく消失するだろう。


 やはり結婚は駄目だ。


 思考に集中していると、壱ヶ谷が首をかしげながらいった。



「八橋さん、質問してもいいかな。君は結婚をしたいといっていたよね?」



「はい、そうデスが」


「それは他の女性としたいっていうこと? 日本では同姓の結婚は認められないから、他の国に行きたいっていうこと?」


「いえ、違いマス。ワタシは……理解のある男性と結婚したいなと思ってマス」


「それはどういうこと?」


「私自身、女性が好きなことは変わりありまセン。それは変えることができないんデス……。でも、それでもそんな私を知っていても結婚してくれる男性がいたらいいなと思っているんデス」


「……そ、そうか」


 壱ヶ谷は頷いているが、視線は八橋を避けている。


「可能性がないことはない。君がそうやって本心を話してくれさえすれば、きっといい相手は見つかるさ」



 ……い、いるわけないだろう。この、あんぽんたん。



 壱ヶ谷の言葉に思わず突っ込んでしまう。結婚したくないメンバーで集まっていて自ら地雷を抱えるような奴はいない。それならいっそ女性同士の結婚を考えた方がまだ納得はいく。



「七草さん、手、ちっちゃいデスね。触っていいデスか?」


「え、そ、そんな……いきなり触らないで」


「いいじゃないデスか。ワタシでよければ、九条様の代わりを務めマスよ」


「え、八橋さん。止めて、お願い」


 そういいながらも七草は抵抗できずに為すがままにされている。


「ずっとあなたのこと、気になっていたんデス。やっぱり男なんて必要なかったんデス! あなたのこと、なっちゃんと呼んでもいいデスか?」


「え、それは構わないけど……」


 七草が気を許すと、八橋はさらに攻め込んでいきお互いの距離が近づいていく。


「嬉しいデス、なっちゃん、ありがとうございマス」


「そんな、わたし、どうしたらいいの……」



 ……ま、まずい。このままでは七草までが秘密の花園シークレットガーデンに行ってしまう。



 急激な八橋の攻めに七草の心が崩れていく。先ほど負った傷は深かったようだ。司会を睨みながら彼の目論見を思考する。



 ……それにしても、どうして彼女をここに連れてきたんだ?



 シロウを強く睨むが、彼は意に介さず二人の行方を見守っている。どう考えてもそんな無茶な要求を呑む男の方が少ない。敢えて口に出すことで男性陣が退くことは必死だ。




 ……おかしい、何か引っかかる。




この状況下でも、まだやれることはあるはずだ。シロウのいう適合率が100パーセントという言葉を信じれば必ずこの中に候補はいる。


 男が嫌いでも、結婚する方法はあるはずだ。



……どこにある。彼女の好感度ポイントは。



男に付属するポイントがきっと彼女を捕まえる策なのだろう。別の部分に焦点を当てることさえできれば彼女の心を動かすことはできるかもしれない。



「八橋、お前は自分の秘密を共有できる相手ならいいということだな」



「……そ、そうデスね」



 同性愛者であることを認めて貰える男性。仮にもし、そんな相手がいるとすれば相手の秘密を共有することでしか保障は得られないだろう。


 その秘密を胸に仕舞い生涯を終えるまで持ち込んでいく。そのためにはそれ相応の秘密が必要だ。


 

 ……もしかして。そういうことなのか、マネージャー?



 新たな布陣が脳内に浮かんでいく。ここは一か八か、賭けに出るしかなさそうだ。



……だが直接いっても仕方ない。成功率を上げるために言葉を変えなければ。



「八橋、よく告白してくれた。実はな……お前に合う男がこの中に存在する!」



「え? そんな嘘つかなくていいんデスよ……私はなっちゃんがいればもういいんデスっ」


「え!? 八橋さん、それって……」


八橋が七草に向き合い肩を掴む。そのまま抱きしめてしまいそうだ。


「なっちゃん、最後まで負け残りまショウ? そうしたらワタシ達、一緒に住むことだってできます。こんな世の中デス、体外受精であれば子供だって作れマスよ!」


「ええ!?」


「ワタシが慰めて上げマスっ! なっちゃんの好きなものもたくさん作っちゃいマス!」


「え、どうしよう!? わたし、どうしたら……」


……まずい。このままでは!


ここでいうしかない、七草が別の世界にいってしまう前に!



「全員、聞いてくれ! 実はこの中に一人だけな男がいるっ!!」

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