第2章 九嫁三伏のデッドヒート PART3

  

  3.



 零無が皆を確認しながら吟味する。全員の視線は彼女へ集中しているが、誰も応答しようとしない。



 ……どうしてわざわざ場の空気を壊す質問をしたのだろうか。



 疑問に思いながら零無を睨む。せっかく部屋の空気が和やかな雰囲気に傾いていたのに攻め立てれば逆効果だ。


 まるで尋問でもしているかのようだ、辺りを冷たい空気が流れていく。


「いらっしゃらないようですね。では私から尋ねさせて頂きます」


 零無は黒の椅子を指差して声を上げた。


「総支配人である九条様も現在お付き合いしている方はいないのですか? まさか一人もいないなんてことはありませんよね?」


  

 ……ここで攻めるのか? いくらなんでも無謀過ぎるだろう。



 零無のいきなりの挑発に戸惑う。あからさまに九条を刺激している。何か確信した情報を得ているのなら、話は別だが不利になるような言い方をすべきではない。


「…………」


 九条は彼女の質問が聴こえないように足を組み直しながら黙っている。それくらいの挑発など交わしてやろうというように瞬きを繰り返しているだけだ。



「……では質問を変えさせて頂きます。もしこの会議で最後まで九条様が残ったとしてホテルで働いている皆はどう思うでしょうか?」



 零無は体を傾けて嘲笑するように九条に視線をぶつけていく。


「もちろん御自分の意思を貫くことは大事です。ですが他の者はそうは思わないでしょう。一生結婚をしなくていいという肩書きはこのホテルにいる者だけでなく、他のライバル会社などにも影響が出てくると思うのですが、その点についてはどう考えているのでしょう?」


 

 ……やり過ぎだぞ、勝算はあるのか零無。


 

 心の中で問うが零無は止まらない。明らかな誘導尋問だ。挑発行為だけでなく脅しに掛かるような質問を繰り出している。



「結婚をしない、という選択肢も大事ですが、と思われるのはトップに立つものとして非常に芳しくないイメージを与えてしまうと思います。その点については総支配人としてのお考えを訊かせて頂けないでしょうか?」



 九条のプライドを傷つけるように再度挑発している。まるでブランドの時計をしていない役員を責めているような口調だ。ここまでいわれて付き合っている者がいないといえば、いつもの彼の威圧感がなくなってしまうだろう。



「……何だ、俺様に対していってるのか」



 九条は黒のキングチェアにゆったりと腰を落ち着けながら呟く。だが目つきは眼鏡越しでも鋭くなっている。


「当然付き合っている者はいる。俺様クラスになればくらいはな」


「まあ、そんなにいらっしゃるのですね」


 零無は口元を手で隠し過剰な反応で切り返していく。


「その中のお相手と結婚したいとは思わないのですか?」


「ああ、思わないね。俺様はトップに立つべき立場にある。たった一人になど絞る必要はない。一夫多妻制が認められているのなら別だがな」


 九条の顔には余裕が見て取れる。彼のいう通り、ここでは彼は支配者だ。彼が意見を述べることはあっても彼に対して攻撃できるものはいない。彼が黒だといえば皆、黒になってしまうのだ。



 九条統哉は絶対に



「そうですよね、それでこそ支配人のあるべき姿なのかもしれません」


 零無は九条を純粋に称えているかのようにいう。


「しかしですね、もしこの中に付き合っている人物がいたとしてもその気持ちには変わりはありませんか? ここにいる限り、結婚しなければならない確率は非常に高いです。それでもその相手とは結婚しませんか?」



「なんだ? 誘導尋問か?」



 九条の目がさらに鋭くなる。彼の黒縁眼鏡が鈍く光っていく。



「俺様はいないといっている。くどいぞ」


「いえ、仮の話です。私はお付き合いしている人がいないもので、素直に感想を伺いたいだけです」


「ふんっ。その手には乗らんぞ」


 九条は自信に満ち溢れている表情で力強くいった。



「そうだな。仮の話だが、もしこの中に彼女がいたとしてもその確率は高くはならない。俺様は元々結婚する意志がないのだからな」



「……そうですか。九条様、厚かましい質問に丁寧に答えて頂きありがとうございます」


 零無が椅子に座ると、会場が静まり返った。だが雰囲気は先ほどのものとは違い殺伐とした空気に満ちている。もちろん仕掛け人は零無だ。彼女が場を重たくしている。


 白の椅子が再び音を立てる。どうやら零無がもう一度尋ねるようだ。


「シロウさん、もう一人、別の方に質問してもいいでしょうか?」


「ええ、構いません……」


「ありがとうございます。七草涼子さん、お尋ねしてもいいですか?」


「は、はい。何でしょう?」


 七草が目を大きく開けて零無を見ている。


「率直に伺います。七草さんはこの中でがいますよね?」


「ええっ?」


 七草は驚いたまま、零無を見つめる。


「い、いませんよ。そんな、どうしてそんなことをいうんですか?」


「そうですか、そうですよね。私の言い方が悪かったですね」


 零無は微笑みながら七草に視線を寄せる。身を凍らすような冷気が彼女の方へ集中する。



「では言い方を変えましょう。七草さん、あなたは、違いますか?」

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