第2章 九嫁三伏のデッドヒート PART11 (完結)



  11.


「それでは投票の結果に移ります」


 シロウが司会台のボタンを押すと、司会台の後ろから巨大なディスプレイが浮かんできた。


「まず先ほどのルールを適用して九条様のポイントを8倍にさせて頂きます」


 シロウはそう告げてパネルを操作していく。画面を見ながら何度も確認作業を施している。



 ……ついに第一のカップルが決まるはずだ。


 

 胸の高鳴りを抑えながらも行方を見守る。九条がパスに回したとしても、必ず陸弥と七草は回答を選んでいるはずだ。ここで選択しなければ誰と結婚するかわからない、そんな博打を打つくらいなら今までに結婚できていたはずだ。


 

 ……恐らく、九条のために思いを秘めてきたのだろう。


 

 九条の嫁になるために、それでもなれずに己の感情を伏してきたはずだ。もしかするとここにいる他の誰かも九条を思ってきているのかもしれない。


 それくらいにカリスマ性のある男と結婚できる道をわざわざ捨てるはずがない。



「お待たせしました、準備が整いました。それでは第一回目の投票を発表させて頂きます」


 

 画面が切り替わると、二次投票の結果・男性陣と表記された。どうやら無効票の多数決はなかったらしい、九条以外の皆が投票を行ったようだ。



 円卓に座る責任者の顔ぶれを眺めると、皆、安堵の表情を浮かべていた。僅かだが確かな一歩を踏みしめた気がする。


「それでは結果を述べます。第一回目の二次投票は無効票の多数決にはなりませんでした。男性陣から先に述べさせて頂きます」



 九条の表情が強張る。彼の名前が挙がることは間違いない。期待を込めてディスプレイを覗き込む。



「では男性陣から先に述べさせて頂きます。男性陣には……『九条』様が選ばれました」



 九条に反応はない。無効票が成立しなかったため、覚悟はしていたのだろう。



 ……よし、ここまでは順当な流れだ。女性陣の行方は――。



「では次に女性陣の投票結果です……」


 胸が高鳴る。この結果によって、次の戦略が決まってしまう。見逃すことができない。


「女性陣からは…………陸弥さんが選ばれました」


「え、本当ですか!?」



 陸弥が席を立ち、顔を赤らめた。いつもの微笑は影を潜め、満面の笑みを浮かべて喜んでいる。



「投票の結果ですから、わたくしは従います。九条様、これからどうぞ、よろしくお願い致します」



 陸弥はそういいながらいつもの笑顔を作るが、頬はにやけている。きっと本心で嬉しいのだろう。



「……仕方ないな、俺様も結果には従うしかない。善処しよう」



 九条は納得のいかない感じで眉間に皺を寄せながら席を立つ。今まで反抗していたのが嘘みたいだ。



 ……おかしい、意外に素直だな。


 

 先ほどまで悪態をついていたのに、彼の行動に疑問を感じる。



「それで……俺様達はどうすればいい?」



「こちらに来て頂けますか、九条様、陸弥様」



 シロウが彼らを誘導し、入場したドアの反対側の扉を開ける。


 するとそこから舞台装置が起動し、披露宴会場からチャペルへと変わっていった。


 

 ……まさかここでやるのか?


 

 元々知っている職場のため、先の展開が読めてしまう。お手伝いロボット達が起動し、九条の採寸にあったタキシードと陸弥の好みそうな紫のウェディングドレスが運ばれてくる。


 あっという間に試着室が作られ、二人はその中に押し込まれる。10秒も立たないうちに二人の格好は結婚式を迎える形へと変貌を遂げた。陸弥の方は化粧まで整っている。



「ではこちらで誓いの口づけを交わして頂きます……」


「ふん。そんなものはいらんっ」


 九条が声を上げると、陸弥は悲しそうに彼の顔をまじまじと見つめる。


「わたくしとでは嫌ですよね、申し訳ありません……」


「そういうわけではないが……なぜ全員の前でやらなければならない」


「そういう決まりになっております。時間がないので、申し訳ありませんが、巻きでお願いします。九条様」


 そういってシロウは牧師の制服を着こみ、神父のように片言の日本語を話していく。


「汝、愛を誓いますか。誓いの口づけをして下さい」


「ふん、俺様は……そんなことをする必要はない」


「お気持ちはわかります。ですが、陸弥様は納得しないでしょう。失礼ながら投票の結果をここでお話しても?」


 シロウがにやにやしながら九条の顔を見ると、彼は顔を赤らめながら首を振った。


「ふん、勝手にしろ! 俺様は愛を誓う口づけなどしない」



「そうですよね、もうすでにで誓ってますからね」



 シロウはそういいながらパネルの数字を公表する。



「先ほどの開票の結果ですが陸弥さんに票、七草さんに4票、無効票は0となっていました」



「「「え?」」」



 全員が驚愕する中、九条だけ司会を睨んでいる。



「え、九条様、それは……つまり……」



 陸弥が涙を零しながら九条を見ながらいう。先ほど化粧したばかりの顔を雫がぽたぽたと流れ、ファンデーションが崩れていく。



「まあ、そういうことです……」



 シロウが二人を見ながら笑顔を見せる。



「誰が誰にいれたかなんて野暮なことは聞かないで下さい。お二人にはこれからこそが大切なんですから」



 司会のいうことを間に受ければ、九条はに投票したということだ。一体、九条にどういった心境が訪れたのだろうか。



「九条様、どうして……」



「いったろう。俺様は皆の結婚を祝福する。もちろん今回だってそうだ」


 九条は立ったまま乾いた笑みを浮かべた。



「確かに俺様は一度、お前を選択した。だが三年だけだ。三年終わればそれでこの結婚は終わる。俺様は再び独身に戻るというだけだ、俺様は付き合っていたことを選択するつもりだ」


 どうやら彼は嘘をつくのが下手らしい。顔が赤くなっており、言葉にも威厳が見当たらない。


 きっと自分の言葉を曲げないようにするために繕っているのだろう。


「だからだ。3年後、今度はなっちゃんを選びに行く。誰と結婚しようが3年後、お前を迎えに行くからな」


「……はい、お待ちしております、九条様」


 七草は朗らかな笑顔を見せながらいう。やはり七草も彼に気があったのだろう。真摯な対応に愛を感じてしまう。


「陸弥さん、それまでお願いね。3年なんてあっという期間、あっという間だろうけど」



「3年もあれば、この人を私だけのものにするには十分です」



 陸弥は流していた涙を振り切っていう。


「七草さんには絶対に渡しません。必ずくーちゃんの心を掴み続けて見せます」



 陸弥の闘争心に素の表情を見る。きっと勝気な性格なのだろう、それをフロント業を称して、仮面を作り続けていた。


 だが九条の熱い心に打たれ、彼との生活を夢見ておりながらも、独身を貫く決意を固め、仮面を塗り固めていったのだ。



 ……やはり俺が選んだ選択は正しかったようだ。



 零無の顔を見ると、眉が寄っており、冷静を保とうとしているようにもみえる。きっと俺が陸弥を選んだことをわかっているのだろう。だが九条本人が陸弥に投票したのだから、俺達の投票には意味がなかったといえる。


 

「……零無、やはりお前はウェディングプランナーだな。今回はお前の話に乗ってやる」



 九条は不意に呟きながら零無を覗き見る。



「俺様が陸弥と結婚した所で現状は変わらない。お前の目論見など、完成には至らんぞ」



「……お気遣いありがとうございます、九条様。これからも善処致します」



「ああ、俺様はそこまで器は小さくない。このまま親父達のやり方に付き合うつもりはない」


 九条がにやりと笑うと、零無も微かに笑みを零した。何か二人の間に問題があったのかもしれない。



「……だが、陸弥。本当にいいのか?」


 九条が彼女の顔を見て不安げな表情をする。



「これでお前のは変わるし、……全て失うことになるんじゃないか」



「……もういいんですよ、九条様」


 陸弥は満面の笑みをしていった。


「わたくしは確かに……しきたりに囚われていました。それはあなたも同じでしょう? 幸せになるためには犠牲は必要です、全てが今までと同じということは停滞しているのと同じですから。私も覚悟を決めて自分に投票したんです」


「……そうか」


「それに……」


 陸弥ははにかんだ笑顔を見せながら九条を見つめる。


「それを教えてくれたのはあなた様でしょう? 嘆いても始まらない、全ては自分が第一歩を踏み続けなければならないと。だからわたくしはここに来れたのです。九条様の方こそ、家出娘のわたくしなんかとで……、本当にいいのですか?」


「当たり前だ。お前じゃなきゃ駄目だ、駄目か?」


「いえ、そのお言葉だけで……胸いっぱいです……」


 陸弥は九条に寄りかかり彼の胸の中で泣き崩れていく。


「シロウ……すまないが後は任せたぞ」


 支配人の目に緩く涙が滲む。その視線はマネージャーに注がれている。


「かしこまりました。私もベストを尽くさせて頂きます」



 ……めでたいことなのに、寂しい気持ちになるのはなぜなのだろう。



 彼らの安否に不安を覚える。結婚生活の甘い部分は最初だけだ。それ以降は地獄としか思えない日常が待っているに決まっている。


 違う人間が同じ所に住んで上手くいくはずがないからだ。月日が経てば、メッキは剥がれやがて錆びた関係へと陥っていく。


「陸弥、では行くとするか」


「はい! でもその前に……」


 陸弥は背伸びして九条の唇を奪う。


「わたくしは一介の家出娘なんですから。こうやって小さな愛を頂けないと、不安になってしまいます。ここで誓いのキスをして頂くことは駄目ですか?」


「……仕方ないな」


 九条は陸弥に応じてきちんと口づけを交わす。その瞬間に、各自のディスプレイに誓約完了という文字が浮き出て、彼らの儀式を祝福していく。


「成果を見せた時には必ず約束する。それまではお預けだ。いいか?」


「はい! それで十分です!」


 陸弥の満面の笑みを見て九条も笑みを零す。どうやら本当に好きあって付き合っていたらしい。



「それでは前途ある二人に祝福を。拍手をして見守りましょう」


 九条と陸弥を除いた全員で彼らの出発を称える。だが何か違和感を覚えてしまい、胸がむず痒くなる。



 ……俺は敬礼をして見送るとするか。



 心の中で九条にエールを送り続ける。彼はいわば自分の生贄でもあるのだ。ここから出る時は自分はどちらの立場にいるのかはまだわからない。しかし願わくば独身のままでいたいと再度誓いを立てていく。



 もし彼と同じ立場になってしまったら……俺はきっと立ち直れないだろう。



 敬礼を貫きながらも彼らを最後まで見送る。それでもまだ戦いは始まったばかりだ。どうなろうと俺は、俺だけは……必ず独身を貫いてみせる!


 






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