第1章 PART5
5.
……やるな。さっそく出鼻をくじいてきたか。
零無のプロフィールを覗き込みながら思案していく。先頭だからこそできる芸当であり、効力を思いっきり発揮している。男性陣は皆、彼女の方に視線を送っていないからだ。
零無玲子---身長163cm 体重××kg 趣味:一人でできるもの全般
職種:ウェディングプランナー
データを詳しく覗いていく。株式会社AEONの代表取締役の一人娘であり、彼女の重ねてきた実績はやはりお嬢様そのものだ。
AEONは全国区のホテル産業を持つ一部上場の一流企業だ。ホテルだけでなく小売店も営んでおり、詳細は多岐に渡る。買収、合併を繰り返し大きくなったため、取締役は合同名義だとも聞いている。
彼女の仕事はウェディングプランナー。
自分と同じく当ホテルで式を挙げる際、客に見合ったプランを手がけることを仕事としている。もちろんその中でも彼女は金星なわけだから、常にトップに君臨している。
「わたしからは以上です。何か質問のある方はいますか?」
「すいません……一応、結婚をしない理由を訊いてもいいデスか?」
8番の黄色の制服を着た女が控えめにいう。
「子供を作るための結婚なんて無意味だからよ。気の合わない人と一緒になって子供が育てられる訳ないじゃない。特に4番の人とは絶対に嫌ね」
「……俺だってごめんだ」
零無にすかさず反論する。
「お前と一緒のテーブルにいるだけでも嫌なのに、結婚なんて考えられない。仮にもし、お前と結婚することが決まった時、俺は本気で国を出る方法を考えるぞ」
「……そう。それを聞けてよかったわ」
零無は心の底から安心したような声を出した。
「これだけは唯一共感できる所ね。本当に助かるわ」
……このアマ、本当に口が減らんなっ!
零無の笑みを見て再び苛立ちを覚える。だがここは冷静に彼女を分析しなければならない。
自分自身が結婚する意思がないため、ここにいる相手をプロデュースするしか生きる道はないからだ。彼女の長所を大げさに晒し、短所をなるべく目立たせないようにするのが今回の課題となる。
「俺からも質問だ。お前の趣味は具体的にいうと、何なんだ?」
修也が呟くと、零無は素っ気なくため息をつき、答え始めた。
「体を動かすものから、頭を動かすものを全般というのよ。読書からゴルフ、できないことは何もないわ」
「なるほど、一人で何でもできるからこそ、結婚する必要がないという訳か」
「ええ、そうよ。他人に勝っても優越感は得られないから……常に自分との勝負でしか熱くなれないの」
零無玲子の特徴は……端的にいえば頭がいい所だ。仕事に対しても非常に優秀で無駄がなく成績も抜群にいい。また瞬時に切り替える頭脳を持ちながらそれを行動に移すことにも優れている。
彼女の問題は人の気持ちを考えずにダイレクトに物事を伝えてしまう所、要するに空気が読めないタイプだ。大多数の人間と共存することを苦手とするタイプでもある。しかし彼女の場合、問題があっても後ろ盾がしっかりしているのだから問題はない。
「なら、潔く俺にだけ金星をくれないか。そうしたら、お前の傲慢な態度も許してやるよ」
「それだけは絶対に嫌ね。あなたとの勝負事に関してだけは手を抜く気はないわ」
零無に目を向けていると、壱ヶ谷がため息をつきながらいった。
「本当に仲が悪いみたいだな……玲子、自己紹介はそれで終わりでいいのか?」
「……ええ、もういいわ」
「じゃあオレの番だな」
壱ヶ谷が堂々と背筋を伸ばし席を立った。
「オレの名前は
壱ヶ谷晃---身長181cm、体重75kg、趣味:集団でできるスポーツ
職種: エリアチーフ
経歴が零無と同じ、AEONの社長の息子となっている。こちらの方は総代表取締役となっている。彼女達の親同士で作り上げた会社であり、力関係はこちらの方が上なのかもしれない。
彼の仕事はエリアチーフ。当ホテルのフロント含む一階を仕切るNO.3のポジションだ。彼には頭脳、行動力、それにまた人付き合いを円滑にするコミニケーション能力までついている。
……俺には絶対に無理な仕事だ。
歯噛みしながら彼の性格を汲み取る。様々な役職につく人物を纏め上げ、客への対応まで完璧にこなす。突発的な対応力、先を見据える想像力、そしてそれらを従業員の前で率先して見せる行動力。まさに完璧超人としかいいようがない。
大学は零無と同じようだ。先程彼女の名前を呼んだ所を見ると、相当に仲がいいのかもしれない。
「やっぱりあんたは優等生やな。くやしいけど、あんたに勝てる要素が見当たらん」
二岡がプロフィールを見ながら呟いている。
「うちの部署にもお前と結婚したい、という奴がぎょうさんおる。何で結婚せんのや?」
「オレは……本当に結婚したい、と思った人と結婚したいんだ。だから中途半端な付き合いはできないよ。そう思ってたから、この年まで来てしまったんだけどね」
そういって壱ヶ谷は頭を掻く。どんな仕草をしていても鼻につき、苛立ってしょうがない。
「なるほど、どうやら噂は本当のようやな。真面目すぎると返って結婚できんタイプか。羨ましいなぁ」
……さすが、絵に描いたようなイケメンはキレがある。
壱ヶ谷を改めて吟味する。見た目も内容もいい。こいつを生贄にして女性陣をその気にさせる作戦を今の内に考えておこう。
彼の特徴は……一言でいってしまえば勇者タイプだ。仲間を重んじ弱き人を助け悪を下す。勇敢で先頭に立つことを厭わないリーダーといえる。
こういう優等生は最後まで残した方がいい。バランスタイプは誰とでも相性がいいからだ。女性陣の希望とし、彼が残っているようなら自分にもまだ結婚するチャンスはまだあると思い込ませるのには都合がいい。
「じゃあ次は俺っちの番やな」
二岡が自信満々に席を立った。
「俺っちはここのドアマンや。よろしくな」
二岡淳---身長162cm、体重53kg、趣味:機械いじり、日曜大工全般
職種:ドアマン
出身は関西のようだ。言葉の訛りもどうやら直す気がないらしい。だが本来の姿を見せていると思えば愛想はいいようにみえる。
彼の仕事はドアマン。当ホテルに泊まりに来る客の荷物を預かる外回りがメインの仕事だ。他にも車の誘導など交通整理に携わることもある。
ドアマンは知識よりも一瞬の機転が必要になる。車の渋滞は人をもっとも不快にさせてしまう要因の一つだからだ。客の要望・様子を即座に判断しスムーズに実行に移すことが求められる。その責任者ともなれば場の空気などは考えていなくてもわかるのだろう。
「二岡さんって、もしかして……あのオートバイの方なの?」
七番目の女がプロフィールを見ながらいう。
「……そうや。じいちゃんの代がな。兄貴はそっちにいったけど、俺っちは全く関係ないで」
二岡オートバイ、この場で名前を知らない者はいないだろう。全国で知られる有名自動二輪製造会社だ。だが悪い噂も結構聞く。関西では有名な組と繋がっているという話もある。
「もしかして……それが関係していて結婚できていないということデスか?」
黄色の女がいうと、二岡はへらへら笑いながら視線を揺らした。
「そ、そうなんや。いつも身元がばれてから、結婚できずにいるんや。ああ、俺っちはどうしたらいいんや」
「でも怪しいデスね……。噂によると、あなた、たくさんの女性と付き合っていると聞いてマスが……」
「ええ、そんなことないんやで!? 俺っちは結婚する気あるんよ。ただじいちゃんがお見合い話を持ってきているから、仕方なく……」
二岡は言い訳を続けるが、女性陣の沈黙に屈し座った。
……こいつは厄介だ。だが考え方を変えれば上手くいくかもしれない。
確かに家族構成は厄介だが、持ち前の単純な性格のおかげで誘導しやすい。彼と釣り合う相手がいればゴールさせることも可能だ。
「まあ彼は関係ないといってるんだから、それでいいじゃないか」
壱ヶ谷がフォローすると、二岡は嬉しそうに身を乗り出した。
「そうやろ、俺っちもそう思うわ。家族とか関係ない、是非、俺っちを見て決めて欲しいっ!」
……自分でいったら元も子もないだろう……。
心の中で呟く。彼の発言によって空気は若干冷えてしまったが、まあそれでも有効だろう。女性陣もそれ以上咎める気はなさそうだ。
「……じゃあ次は僕の番かな」
二岡が座った後、参浦が申し訳なさそうにゆっくりと立ち上がった。
「えっと……僕は参浦春樹といいます」
彼は怯えるような声でぼそぼそと告げる。
「ベルマンをしています。こんな状況ですが、どうぞ皆さん、よろしくお願いします」
参浦春樹。29歳。身長175cm、体重63kg。趣味;植物観察、写真撮影
職種: ベルマン
彼の経歴を詳しくみると、再びAEONの文字が見えた。零無と壱ヶ谷のものと比較してみる。
小学校から大学まで全て一緒だ。どうやらこの三人は幼馴染らしい。
彼の仕事はベルマン。ホテル内に来る客の荷物を管理し客を泊まる部屋まで案内する係だ。もちろんそれだけに留まらず客の質問に答えたり、不都合がないかフロントにいる客に尋ねたり空気を読む必要がある。
……自分にとっては一番難しい職種かもしれない。
話したこともない客の要望などわかるはずがないからだ。だが彼らはそれをすんなりとこなして笑顔を見せている。
同じ人間とは思えない仕事を颯爽とこなす、それがベルマンだ。
「優しそうな方デスね」
黄色の女が小さい声で七番の女に囁いている。
「ああいった方なら安心して話もできそうデス。趣味もいい感じデス!」
七番の女も頷いている。女性受けは悪くなさそうだ。
参浦の特徴は……草食動物といった言葉がぴったり当てはまる。彼の声のトーンは決して人と争うような感じではない。ベルマンの責任者のため、気も利く方だろう。結婚という枠でみるのなら高水準に収まる。
結婚の最も重要な要素は『安定』だからだ。女性陣からすれば彼のような性格が最も理想に近いはず。
参浦が座った所で、全員の視線が自分に向かった。
……そうか、次は俺の番か。
力なく立ち上がり頭を軽く掻く。初めての自己アピールだ、なるべく声のトーンを上げずに印象を悪くするよう努めていこう。
今、一番優先するのはここにいるメンバーの情報を的確に集めることだからだ。
そのために一番必要な自己紹介を考えて発言しなければ。
「俺の名前は四宮修也、零無と同じ、ウェディングプランナーだ。自己紹介の途中で悪いが、質問がある。俺と結婚したい奴がいれば、今、この場で名乗り上げてくれないか」
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