第1章 PART6
6.
「…………」
テーブルを見回すが、誰一人として反応しない。辺りには屍しかいないようだ。
だがこれでいい。これこそが俺の目的の第一歩なのだから。
「先にいっておくが、俺と結婚するメリットは一つだけだ。絶対に伴侶には干渉しない、ということだけだな。性行為もしないし、買い物だってついて行かない、コミニケーション手段は電子伝達のみでいい」
「あんた、何よ。実はロボットなの?」
隣の赤の女が剣呑な目つきで睨んでくる。
「感じ悪いわね、仕事だけが恋人っていいたいわけ?」
……やはり、こいつがくいついてきたか。
どうやら自己アピールは功を奏したらしい。腹の中で笑いながら次々と手順を考えていく。
「仕事に集中して何が悪い。お前みたいに力を抜きすぎるのはどうかと思うけどな」
牽制を込めて5番の女を見ると、頬が紅潮していくらのがわかった。
「外見から察するにオシャレには気を使っているようだが、自己主張が強すぎる。責任者としての自覚が足りないんじゃないか」
「何ですって?」
赤の女が席を立った。
「もう一回いって見なさいよ! あんたみたいな口だけの軽い男があたしは嫌いなのよ!!」
「そうか、それは有難い。俺もお前みたいな頭の軽そうな女とは結婚したくない」
「あんた、私が誰かわかっていってるの? 文句があるのならここでやり合ってやろうじゃん」
「上等だ。なら……」
「……無駄なことは止めなさい、あなた達」
零無が不意に割り込んでくる。冷徹な口調が辺りを一層冷たくしていく。
「
「ふん、俺は煙のように気ままに生きたいだけさ」
悪態をつくと、零無は目を細めて睨んできた。
「ごめんなさい、煙草呼ばわりして。訂正させて頂きます。あなたの場合、サリンレベルで考えなきゃいけなかったわね、失礼しました」
「俺は毒ガスじゃねぇ! お前の毒舌に比べれば、まだ軽い方だろう。お前こそ、前世は毒蛇だったんじゃないか」
「分析、感謝致します。それで、この息苦しい空気を作ったのは誰なのかしら? 毒宮君?」
……お前だろう。
心の中で呟きながら彼女の視線とかち合う。このまま口を開ければ、また注意を受けそうだ。
……仕方ない、今回は座るとしよう。
彼女もまた結婚する意志がみえない。だから早く話を終わらせようという魂胆なのだろう。
「俺の自己紹介はこれで終わりだ。俺は座るから、お前はそのまま自己紹介してくれよ」
「ふんっ。あんたにいわれなくてもちゃんとするわよっ!」
喧嘩の相手が話を摩り替えてしまったためか、5番の女は怒りのまま自己紹介を始めた。
「あたしは
五十嵐彩---身長162cm、体重××kg。趣味:買い物
職種:エレベーターガール
彼女の経歴に目を通すと、それなりの財閥関係にあるようだ。彼女の親もまた製造業を営んでおり、関東で名高くオートバイも作っている。こちらの場合は造船、楽器と幅が広い。
「私が結婚をしない理由は今の男がだらしないからよ。今の時代、結婚だけが幸せな訳じゃないし、自分の幸せくらい自分で決めさせて貰うわ」
彼女の仕事はスターター、簡単にいえばエレベーターガールだ。
当ホテルにある顧客用エレベーター8つを誘導し、客にスムーズな移動をさせる役割を持つ。当ホテルでは8つでも円滑にこなすのは難しい。だからこそ彼女は客の関心を引き、子供から老人までエレベーターを待つ間の時間を退屈させないことが重要となる。もちろんエレベーターの8つの移動を考えながらだ。
彼女もまた感覚で仕事をするタイプだ。マニュアルがなく日中の込み具合によって仕事量が左右される。とてもではないが、自分にできる自信はない。
「……自信を持って仕事をしている人ってカッコいいデスね」
黄色の女が羨望のまなざしを送っている。
「美しいデス……何だか輝いてみえマス」
……五十嵐の特徴は考えるまでもない、高飛車でプライドの高い所だ。
彼女へのイメージを膨らませる。支配人である九条に対しても怖気ずに反抗してみせた。きっと頭よりも感情で動くのを得意としているタイプだろう。
「そうだな。俺には光が強すぎて遮ってしまいたいけどな」
修也がにやにや笑いながらいうと、五十嵐は目を大きく開けながらこちらを睨んでいる。
「何よ、まだ文句があるっての?」
「すまないが、後でいいか? あり過ぎて纏まらない」
「なんですって? いいわよ、受けて立とうじゃない」
やはり彼女は挑発に弱い。叩けば鳴る鐘は操作がしやすいだろう。
彼女に対する返答を考えていると、6番の紫の女が静かに席を立った。
「あなたたちが喧嘩をするのは勝手ですが……その前にわたくしに自己紹介をさせてくれません?」
彼女の笑顔に戸惑う。表情は朗らかだがプレッシャーを強く感じる。
紫の彼女は二人の様子を見るまでもなく語り始めた。
「……わたくしは
陸弥凛---身長165cm、体重××。趣味:楽器を弾くこと
職種:フロント
経歴を見ると、実家は旅館を営んでいるらしい。このホテルに来た経緯は旅館にはない接客を学びに来ているからのようだ。
「わたくしが結婚をしない理由は未だ未熟者だからでございます。結婚とは、互いを尊重し合うもの、自分が相手の不足になることは絶対にいけないことですから、わたくしにはまだその資格がございません」
彼女の仕事はフロント。客の泊まる部屋と金銭を管理している者を総じていう。ピンキリの部屋を客毎に応じて見つけ手配する。ここ、帝国ホテルでは各国のトップが泊まることもある。一々、客の要望だけを聞いていればできる仕事ではないだろう。
「わたくしがここで臨むことはございません。どんな結果になろうとも、受け入れる覚悟がございます。皆さん、どうぞ、よろしくお願い致します」
そういって陸弥は笑顔を保ったまま頭を下げた。紫の制服が彼女の妖艶さを一層際立たせている。
……彼女の特徴は一言でいえばミステリアスだ。
お嬢様のような肩書きだが、見た感じに隙が見られない。こういったタイプは非常にやりにくい。こちらの挑発は軽く流され鋭い視線で逆に心を読まれてしまいそうだ。
彼女にアクションを起こすには慎重にやらなければなるまい。
「陸弥さんは付き合っている人とかいないの? モテそうなのに」
隣の7番の女が小さく呟いている。
「……いないと申しておきましょうか。仮にお付き合いしていたとしても、結婚というものは2人の合意の上で成り立つことですから」
どんな返答にも彼女の顔には笑みで溢れている。やはり注意が必要だ。この笑顔は明らかに仮面だと確信する何かがある。
陸弥の完璧な経歴を再び眺めながら熟考する。理想がありながら現実をしっかりと見据えているということは結婚する意志があるとも考えられる。ひょっとすると付き合っている相手くらいはいるのかもしれない。
「わたくしの番はこれで終わりです」
そういって陸弥は静かに座った。席を座る時でさえ優雅にゆっくりと計算されているように見える。
「次は……わたしの番ね」
七番目の女が静かに席を立った。
「七草涼子、客室課マネージャーを担当しております。わたしは結婚については前向きに検討しております。実は、わたしには……許嫁の彼がいるんです」
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