第2章 九嫁三伏のデッドヒート PART5



  5.


「なっちゃん?」


「……彼女の呼び名だ」



 ……そんなこと、今はどうでもいいよ。



 心の中で突っ込む。そんなことを暴露されたからといって話が進むわけじゃない。だが愛称で呼ぶということは付き合っていることを本当に認めたようだ。


 これで零無の作戦が一歩前進したことになる。



「え? え? 二人はマジで付き合ってんの?」



 五十嵐が二人の顔を同時に見ながらいう。


「じゃあ二人が結婚した方がいいじゃん。知らない人とするより断然ましでしょ」


「そりゃそうや、悔しいけど……それが一番ええ……はずや……」


 二岡が涙を流しながら口惜しそうにいう。


「七草ちゃんを取られるのは勿体ないけど……お互いにそっちの方がいいと思う。俺っちも辛いけど、祝福するで……」


「お前たち、何をいっている。俺様は……」


「九条支配人、もう隠さなくていいっすよ?」


「は?」


 二岡目を擦りながら洟を啜って告げる。


「素直になるのが一番っす、結婚は適当な他人とするようなもんじゃないっすよ……」


 九条の顔が少しずつ青ざめていく。周りの空気が二人にプレッシャーを与え始めていくようだ。


「九条様、どうでしょう? ここでシャッフルされるよりは御自分の意思を示された方が断然いいと思うのですが」



「……さっきもいった通りだ。俺様は結婚しない。する意思もなければ道理もない」



 九条は零無に視線を合わせずにいう。彼の視線は七草の方にも向いていない。どこを見るというわけもなく視線はふらふらと落ち着いていないようだ。さっきまでの高圧的な態度も薄れてしまっている。


 

 ……怪しいな。いったい支配人はどうしてしまったのだろうか。



  九条の態度に不信感を覚える。まさか彼女がいることがばれただけで動揺しているはずがない。もしかすると彼は他に何か秘密を隠しているのではないか、という算段が浮かんでいく。


「確かに九条様のいう通り、する道理はありません。ですがこのままでは多数決が取られます。そうなると周りの人は確実に九条様を指定することになりますが……」


 確かに零無のいう通り、ここは多数決が決めてとなる。本人の意思よりも周りの意見が優先されてしまう。


 現時点では九条の分が悪い。このままいけば九条と七草で多数決が取られるだろう。


「九条様、一つ確認させて貰ってもいいですか?」


 零無は追撃の手を緩めずに九条を狙い撃ちにしていく。


「先ほど私が票を取った時、九条様はYESNOボタン、どちらも押していないですよね? どうして押さなかったのですか?」


 先ほどの結果を思い出す。YESが4名、NOが5名だ。零無の答えが入っていないのかと思っていたが、九条が答えていなかっただけのようだ。


「九条様、あなたは答えなかったのではありません。そのどちらも……」



「そこまでだ、零無」



 九条がたっぷりと睨みをきかせながらいう。さきほどまで余裕のあった態度が一片し、どっぷりと浸かっていた椅子から体を起こしている。


 

 九条は眼鏡を外し、頭の上に置いた。彼の姿に本能的に体が竦んでいく。



 ……この展開は、非常にまずい。



 九条の怒りが目に見えるようにオーラを纏っていく。この状態になった九条を止められる者はここにはいない。 



「調子に乗り始めたな、貴様! お前をこの場でクビにできる力が俺様にはあるのだ、それでもいいのか?」


「首になどできるはずがありません。ここは公平な多数決が占める場、ここで私が総支配人の座を巡る投票を行えば、あなたを失脚することも可能ですよ?」


「できるわけがない、なあ、シロウ?」


 九条がシロウを見つめるが、彼は首を縦に振らない。


「九条様、落ち着いて下さい……。零無様はそんなことをするつもりはありません……。ただこの場を乗り切るための戦略を述べているだけです……」



「ふん、そんなこと他愛もないっ!!」



 九条は机を大きく叩きながら豪語した。


「俺様はこの会社の支配人だ。ここで票を取り俺様に決まったとしたら、お前らは皆と宣言しよう。それでもお前達は俺様を選べるのか?」



 皆の視線が九条へ向かう。あまりにも汚いやり方に皆、唖然とし言葉を失っている。そんなことをいわれれば誰も九条に投票などできるわけがない。


「どうだ、零無。これがだ! 結婚に愛が必要だと? 全ては金の力でどうにでもなる! 結婚に愛など必要ないっ!!」


「本気でそうお考えなのですか? 支配人」


 零無が九条を見つめると、彼は再び机を叩いた。



「ああ、そうだ! 俺様はやると決めたことは必ずやる、どんな結果になろうとな! だからこれは忠告ではなく警告だ。俺様に票を入れた奴は全員、間違いなく当ホテルから出ていって貰うからなっ!」

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