第3章 八宝美刃のシークレットガーデン PART16
16.
司会台が灰色の椅子へと変わっていく。第二の支配人ということもあってか、それなりに豪華な作りだ。洗練されたデザインが彼とマッチしている。
士郎は八橋と壱ヶ谷の間に椅子を挟み、ゆっくりと腰を降ろした。
「それではこちらで司会兼当事者として、責務を果たさせて頂きます。もちろん私も結婚する意志はありません。できないといった方が正しいのでしょうが」
士郎は冷めた笑みで周囲を見渡す。心の中では陸弥に支配人を盗られたことを妬んでいるのかもしれない。
「そうでしょうね。決意表明ありがとうございます。それでもそれはここにいる人たちは皆、その思いでここにいます」
零無は進んで頭を下げながら彼に視線を送る。どうやって八橋と結婚させるのか手段を目論んでいるはずだ。
……士郎を手玉に取るのは難しい。注意して望まなければ。
冷えた室内でじっとりと汗が滲んでいく。慎重に発言しなければ彼にはすぐに切り捨てられてしまうだろう。支配人を守るために存在した、彼の鉄壁の守りがあったからこそ、九条は一流のホテルを動かせていたのだから。
彼の経歴を注意して読んでいく。一部の隙もないほどに完璧だ。ただ一点、心と体の問題さえなければ、九条を一人で捕まえることができたのかもしれない。
……彼を説得させるためにはどうすればいい。
八橋が本当にレズなのだとしたら、士郎は女性対象者と映るのだろう。心の問題はないはずだ、残るは体なのだが、非常に繊細な問題だ。
「士郎さん、ずばりお聴きしていいでしょうか? セックスをする時はどちらとした方が気持ちいいんでしょうか?」
明け透け無しに零無が尋ねる。
「私は男性との経験しかないので、その点の理解はありません。もしよければ教えて頂けませんか?」
……いきなりやりやがった、攻め過ぎだろう。
自分の発言ではないのに、手に汗が滴っていく。仮にも上司の上司だ。そんな発言をして無事で済むはずがない。
「すいません。九条様としか経験がないので、なんともいえません……」
士郎はそういって顔を赤く染める。
……か、かわいい。
男であるはずの士郎に心を突き動かされる。バージンを明け渡した告白にときめきながらも、彼に対して親密感が上昇していく。
……というか、支配人。やっぱり器がでか過ぎるよ。
きっと士郎に対しても即決で一夜を共にしたに違いない。彼の瞬発力であれば性など関係ないのだろう。
「そうでしたか……答えて頂きありがとうございます」
周囲も彼の発言に対して緊張の糸を緩ませていく。上司といっても、きちんと受け答えしてくれるのだ。ならば算段を整えれば十分に対処できる。
零無の発言を皮切りに全員で彼に質問をしていく。
「マネージャー、今までに好きになった方は全員、男ですか? 初恋も男ですか?」
「はい、そうです」
「マネージャー、下着は何を履いているのですか?」
「普通の男性の用の下着です。別に嫌悪感はありません」
「マネージャー、トイレで用を足すときはどうするのですか?」
「座ってします」
「マネージャー、支配人とした時はどっちが受けになるんですか?」
「もちろん私です。たまに……」
「ストップッ!! 皆さん、ここで一旦士郎さんへの質問を止めましょう。きりがないわ。それに時間も限られています」
時計を見ると、第二投票の時間が30分を切っている。これ以上、無意味な発言をしている時間はない。
……彼は正真正銘の男の娘だ。
ピュアな心を持つことはわかっても、彼を八橋へと結ぶことには繋がらない。何かいい質問はないだろうか。
……八橋は本当に女の子が好きである女なのか? 性別は一致しているのか?
仮に八橋が彼と同じように性同一障害であるのであれば、問題はない。だが彼女は女性が好きなだけで、男性を嫌悪しているのだ。
女性の心を持つ士郎のことを愛しているのであれば、それでいいのだが、その気持ちも不確定だ。
「八橋、お前に聞きたいことがある」
深呼吸して彼女へ質問する。室内の空気はとてもいい。士郎のおかげで和やかなムードが流れている。
「お前はぶっちゃけ、士郎さんのことをどう思っている? マネージャーとしてだけでなく、ただ一人の存在として」
「ワタシですか? ワタシは……士郎さんのこと、好きデスよ」
八橋はゆっくりと答える。
「ワタシがここで働くのは士郎さんがいるからデス。私の味を認めてくれて、後押ししてくれているからこそ、今の立場があるのだと思っていマス」
「そ、そうか……士郎さんも支配人に対して――?」
「そうですね、支配人がいるからこそ、私もこの場所で勤めることができているのだと思っています。それは結婚された今でも、変わりはありません」
……どうして俺はこの場所でこんなことをしているのだろう。
2人の純粋な思いを聞いて、寂寥感が募っていく。自分自身の利益のために彼らを追い込み詰問し、無理やりにでも結婚させようと算段を企てている自分がひどく惨めだ。
ここにいるのは責任者のみだ、皆、各自思いを募らせて結婚していないのには訳がある。自分のようにただひたすら楽な道へと進もうとしている訳ではない。
ひょっとすると、零無にも――。
真剣に零無を見つめると、彼女は頷きながら立ち上がった。
「お二人の気持ちはよく伝わりました。ただ士郎さん、あなたは支配人の本当の顔を知りません。実は私もまた……九条支配人とは体の関係にあったのです」
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