新撰組の沖田総司と言えば、その剣の腕と後年病に倒れたことは有名な話だ。
この方の作品を拝見するといつも思うのだが、何かしら透明な、痛いほどの静けさが今作にも漂っている。
この作品は、病床に在る沖田と花乃という女性の交わりを綴ったもの。
花乃は15歳だけれど、この頃の15歳は今の25歳よりも人間的に余程成熟していると私は考えるので、女性という呼称を使わせていただく。
花乃は言わば被害者だ。
原因の一端は新撰組であったから、沖田は加害者となろう。
そのふたりが出逢い、花乃は沖田の世話をするようになる。
沖田はどんな思いで笑っていたのか。
花乃はどんな思いで叱っていたのか。
花乃については作中触れられているが、沖田の思いは想像の域を出ない。
病が影を落とすなかで、紡ぎ出される美しい情景。
花乃の想いと、それを見つめる沖田の瞳。
丹精を込めた軍鶏鍋と、不意にかけられた言葉。
最後に花乃が呟く「いけず」という一言に、すべてが籠められている気がした。
京都、新撰組屯所。肺を病んだ沖田総司のために。
花乃は必死で、食べてもらえそうな料理を作る。
沖田は史実の人物なので、労咳(結核)にかかったこと、その後の運命も、ご存知の方は多いと思います。
花乃さんは、創作の人物。
作者様の長編『幕末レクイエム―誠心誠意、咲きて散れ―』からの二人です。
……コンテスト参加作品としては、この短編だけで味わうべきなのでしょうが。
もう、長編での二人の出会いから物語の結末までが、ぶわぁーっと脳裏に甦ってきて。
お嬢さん育ちで家事が拙いのが悔しいとか、返り血と病の血とか。
あの頃の花乃さん、こんなことを考えていたのか。
(長編は、斎藤と沖田視点でしたし。)
別離以降の花乃さん、どんな人生を送ったんだろう。
とか思うと、冷静にレビューを書けないのですよ……。
みなさま。
未読でしたら、是非とも長編『幕末レクイエム』の花乃さんにも会ってきてください。
(その後『京都チョコレート協奏曲』へ行くと、ちょっとほっとします。)
全然『いけず』のレビューになってなくて、すみません。
新撰組の最前線から退かざるを得なかった頃の剣の達人、沖田宗司と、その身を案じるひとりの京女の織りなす「美味しい話」です。
病魔すら意に介さずに、ひょうひょうとやつれていく沖田と、やきもきしながらそれを案じる花乃の関係がとてもぐっときます。
何を作っても口にしてくれない沖田を案じて、花乃が作った料理とは。
地に着いた設定から紡がれる2人のものがたりを、確かな知識を元にした、幕末の空気を自然に感じさせる文章が心地よく包みます。
……なんて行儀良いレビューはここまで! 新撰組に誠実というだけで★3つなのに、関東風の出汁の軍鶏鍋まで出てきたらもう★100個付けるしかないじゃないですか!五鉄の魂が新撰組に!ごぼうが煮えきるまで手を出しちゃ駄目なんです!
冬に読んでたら近所のスーパーのごぼうと鶏肉が売り切れるレベルのいけずなお話。控えめに言って最高なので是非ご一読を。
この作品もいいですね。過不足のない言葉が明るい庭越しの練達のピアノのように心地よく聴こえてきます。軍鶏鍋のうまさを語るより、どんなものを食ってくれないかを挙げ、卵料理ならひと匙ふた匙というところまで丁寧に書いているのがいい。女性のじれったさがそこに出てる。文字数制限があるようで、言い足りていないというか、泣く泣く削られた言葉や文がありそうですが欠落とは感じられなかった。いいですよ、やっぱり。前回拝見した「斎藤一……」はたまたま気に入ったとか相性がよかったわけではありません。そこらはちゃんと読んでますからご安心を。ただ……私は鶏だけは苦手なんですけどね(笑)。
短編小説はときに長編小説を凌ぐほどのエネルギーを含む場合がある。
短編であるがゆえに情報が少なく、それまでの経緯、物語のあとの気配はすべて描写されない。だからこそ、その短編の背後には広大な世界が広がる。
この短編はまさにその広大な世界を背後に持っている。丁寧に、それでいて簡潔に描写される食事の場面。そこからは立ち込める湯気の熱気や、京風の鍋の匂いが感じられる。
そして少ない言葉から感じ取れる登場人物たちの人柄。沖田のかわいらしい一面、花乃の勝気ながらも健気な性格。それらが言葉と一緒にすっと体に入ってくる。
そして、この物語を根底で支えている「死」の臭い。介錯による血の臭いや、沖田の死を思わせる痰の臭い。それらの臭いと軍鶏鍋の匂いが複雑に混ざり合って、クライマックスの切なさをより引き立たせる。
私はこの物語は「恋」の物語というよりも「愛」の物語だと思っている。「男と女」の物語であると同時に「生と死」の物語であり、自己の満足よりも他者への想いを深く感じられる物語だ。
このようにあらゆる味、匂い、そして想いが凝縮された物語を摂取するには短編小説は最適なメディアだと思う。そして、そのような凝縮された物語に出会えて本当にうれしかった。
こういう短編書きてぇ………。
幕末、肺を患う沖田と彼に淡い恋をする京の娘の物語。
命を燃やして闘う新選組の隊士の、静かで穏やかな療養生活を支える花乃がなんとも健気で可愛い。
真心込めての給仕も甲斐なく、沖田は『ふわふわの卵を一匙か二匙』ほどしか食してくれず、日に日にやつれていくばかり。沖田を気遣い、悩む花乃は医師との会話の中からある策を閃く。
懐かしい思い出の味と、暖かな想い。人は自らの死期が近づくと自らの人生を振り返りつつなぞっていくのかもしれない。読後、そんなことをふと思った。
真心をそっと懐紙に留めていた沖田に、かたく唇を噛んで涙を堪える花乃がいじらしい。
じんわりと染み入るような美味しい話でした。