009 角蜥蜴に関する報告と、村での買い物
さて。
かみさま達は大きな天幕に招き入れられた。美しい織物文様の敷物に触れ、簡易ではあるが寝所もあり、机と椅子も置いてあった。
なかなか文化的である。
木の虚で眠っていたのが懐かしい。
老爺はエラスエルという立派な名で、大魔法使いらしい。そうした人のことを尊敬を込めて
賢者なんて、なんだか格好良い。
かみさまがちょっとワクワクしていたら、気持ちが伝わったのかむにゅ達までつぶらな瞳を輝かせてエラスエルを見ていた。ついでに周りを囲んで飛び歩いているので、白ローブが羨ましそうに見ている。
ちなみに、文官男は引き攣った笑みでチラチラ見るだけだ。
その後、エラスエルの弟子でもある白ローブの女シルフィエルが張り切って食事の用意を(するように食事当番の者らにお願い)していた。
文官男はかみさまの予想通り、地理担当の官吏でダスティと名乗った。
調査にあたって必要な資格のある文官と魔法使いを派遣し、騎士はその護衛というわけだ。
ここから一番近い村に住む猟師などを雇って、別の班も遠くまで調査に入っているというので、先日かみさま達が感じ取った気配は彼等のものだろう。
そんな話を聞きながら、かみさまはご馳走を頂いた。山の中だというのになかなかの内容で、調査隊というのは贅沢なのだなと感心した。まさか5日分の食事、とっておきの品を使っているとは思わないかみさまだったのである。
その日は天幕をひとつまるごと貸してもらって、眠りについた。
ここまで一緒だった騎士達が外で交代しながら見張りをしてくれていたが、ご苦労様である。
むにゅ達もわざわざ外に出て、ご苦労様! と挨拶していた。
全く伝わっていないが、なんとなく釈然としない顔をしていた騎士達だ。
翌日、かみさまはエラスエルから、せめて最初の村か町までは一緒に同行したいと頼まれ、受け入れた。
かみさまのことが心配らしい。
なんだか気持ちの良い
まだ出会って間もないのに、かみさまにはすごい魅力があるようだ。
シルフィエルも当然自分もついていくと言って聞かず、そうなると護衛も必然的に必要となるため、結局昨日と同じメンバーで移動となる。
ダスティは自分達の担当分はほぼ終わりだからいいんですけどー、と納得してないような顔付きで答え、シルフィエルに睨まれていた。
可哀想なので、かみさまは自分が通ってきた道のりの中で、分かっていることをダスティに教えてあげることにした。
朽ちた村にも立ち寄ったので、どれぐらいの規模かも分かる。山々の様子も当然覚えているのでそう言うと、今までとは打って変わってかみさまに気持ちの良い
たったそれだけで好かれるとは、分からないものである。
片付けや旅の準備、引き継ぎなどを済ませて、更に翌日に出発となった。
慌ただしい出発に、当番の騎士達はやっぱり唖然としたまま、見送ってきた。まだ戻ってこない調査隊もいるので、彼等は数ヶ月、ここに滞在するようだ。
一抜けするのを羨ましがっている騎士もいて、かみさまに同行する騎士達は申し訳ないという顔をしながら根拠地を後にしていた。
まあ、顔には笑みがあったので、かみさまに同行できたのは渡りに船だったようだ。
ダイフクの報告によると、彼等は妖族に近い賢さがあるとのこと。
クロポンからは、むにゅ達には敵わないけどね! と自慢するような報告。
チダルマはもっと走らせてやったらいいのにとのご意見。進み方に不満があるようだ。
カビタンは自分がくっついたらもっと早くなると、尻にくっつくことを希望。
オジサンは蜥蜴の寒々しい肌が気になるので服を着せてはどうかと提案。
ヒヨプーはそれよりも鱗を1枚譲ってもらう交渉をしたいと許可を取りに来る。
カガヤキは
各自、性格が出ているようだ。
かみさまがむにゅ達とやり取りしているのを、エラスエルは微笑ましげに眺め、シルフィエルは可愛い可愛いと甲高い声で喜んでいた。
村までは
その間、エラスエルがお金の使い方など基本的なことを教えてくれた。
何も知らない生まれたての精霊だと思っている節があるが、かみさまは空気が読めるので素直に生徒役をこなしてあげる。
村へ入ると、村長の持つ離れ家へ滞在することになった。
度々、食料などの調達関係で騎士などが立ち入っていたこともあり、村人はにこやかに挨拶していた。
彼等を驚かせてはいけないので、村に入る前むにゅ達には姿を消させていたが、かみさまを見て驚いていたのであまり意味はなかったかもしれない。
「こちらで、お買い物をされてみますか?」
硬貨を手に腰をかがめる姿は、まるで老爺が孫にお小遣いをやろうとする図そのもので、傍目には微笑ましく見えたようだ。
が、むにゅ達は妙な対抗心を燃やしてきた。
はい!
手渡してきたものは葉っぱである。
うん、それ、今は出しちゃダメ。
「おお、そっ、それは、まさかっ!!」
ほら。
かみさまは騒ぎの元となったクロポンをチラッと見る。
クロポン以外は空気を読んで、出しかけていた葉っぱをそろそろと仕舞っていた。
「聖樹の葉、
詰め寄られたクロポンは、ぷるぷる震えながら、そうっとかみさまに顔を向けた。つぶらな瞳が揺れ動いている。
これ、バレたらダメなヤツ? と。
かみさまは笑って、大丈夫と伝えた。
それから、エラスエルに落ち着いてと、黒いローブの裾を引っ張った。
「あ、ああ、申し訳ありませぬ。つい、年甲斐もなく興奮してしまいました」
「聖樹の葉っぱだと問題があるの?」
「いえ、問題と言うよりは――」
「問題ですよ! ものすっごく貴重な品なんですもの!!」
シルフィエルがたまらず会話に混ざってきて、興奮しながら話を続ける。
彼女は頭からかぶっていたローブを振りかぶって、両の手をぶんぶん振って話していた。
「聖樹は人間の住む地域にはほとんどなく、妖族が住む場所にあるのです。彼等は森の番人として聖樹を守って暮らしているのですよ。ですから、貴重な
「へえ」
そうなんだーと返事をしたら「え、そんな軽い感じ?」と騎士の誰かが突っ込んでいた。
騎士達からしても、聖樹の葉っぱは高価だと分かる品らしい。
目の色が変わった人もいた。
「なかなか落ちない葉を、守護する者のみが拾うことが許される聖なるもので、病や怪我の特効薬としても知られているんですよ。効果が高いので、妖族の間でも滅多に使わないと聞いてます」
「それを、無造作に取り出されていたので、つい、興奮してしまいました。シルフィエルのことは言えませぬな」
「そうですよ、師匠! って、でも、師匠が慌てるのも分かります。わたし、こんな綺麗で新鮮な
「本当に、青々として美しく、新鮮な……」
「新鮮な……?」
何かに気付かれた気がして、かみさまはクロポンに念話ですぐ仕舞うよう指示を出した。クロポンは急いで体に仕舞い込む。
「あ、あ、ああ……」
「おお……」
残念そうな顔の師弟と、勿体なさそうな顔をする騎士達。
師弟の方はともかく、騎士達の方はどうにも現金な気がする。あれは葉っぱがお金に見えてる、そんな気配だ。
残念そうな彼等の声を無視して、かみさまはエラスエルの手から硬貨をもらった。
「お買い物してくる。代わりに、石をあげるね」
そう言ってカガヤキを呼び、鉱石を出させた。これなら、対価として釣り合うだろう。
エラスエルも、気持ちを改めたのかふうっと息を吐いて、にこやかに受け取っていた。
後で、その石がとてつもない価値があると教えられたが、一度あげたものはあげたもの。返せなんてみっともないことをかみさまがやってはいけないので、そのまま収めてもらった。
この騒動で、何かもらえるかもと思ったらしい騎士達が率先して護衛してくれたのがおかしかった。
あげないよ? と言ったものの、高価なものを持っているから護衛するという気持ちも嘘ではないらしく、危険などない村の中をぴったり張り付いて付いてきていた。
そして、時々むにゅ達と場所を争っていたので大いに笑ったのだった。
さて。お小遣いをもらってかみさまがやったことはというと。
「お砂糖とチーズください」
だった。
塩は、ヒヨプーが探してくれた。岩塩というやつである。
胡椒はオジサンが似たような実を見付けて用意してくれた。
チダルマがそれらを使って料理を作ってくれたが、なかなかのものだった。
しかし、ただ、それだけなのだ。
甘味も、山にある果物でなんとかしていたが、文化的な生活と言えばやはりお砂糖だろうと思うのだ。オジサンも近辺ではお砂糖の元になるものを見付けられなかった。
あと、二次加工品であるチーズも無理がある。
チダルマが料理上手なために、食べる楽しみを知ってしまったかみさまは欲が出たのだ。
あと、シルフィエルが張り切って歓待してくれたおかげで、料理熱も高まった。チダルマの。
というわけで、極めたいとの申し出もあり、かみさまは自分達では用意できそうにないものを、買うことにしたのである。
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