015 王都観光と神殿




 翌日は、昼から王都観光となった。


 昨夜遅くに戻ってきたエラスエルとシルフィエルは、お屋敷の人から多くの報告を受けてまだ寝不足らしい。

 かみさまはひとり(とむにゅ全号)でも大丈夫だと言ったのだが心配らしいので、仕方なくふたりが起きてくるのを待った。


 王都滞在の間はダスティも顔を見せてくれるそうで、お仕事大変なのにと思ったら、お仕事扱いになるようだ。

 彼の上司にはぜひとも、履き潰れた靴や旅装の服などの補填のみならず、別賃金を与えるよう言いたい。

 なんとなく、同情したくなるかみさまなのだった。


 ちなみに護衛の騎士達は報告が終わったあと、汚い臭い煩いと偉い人に怒られて兵士達の使う大風呂に突っ込まれたそうだ。

 シルフィエルがザマーミロと清々しい笑顔で教えてくれた。




 そんなこんなで、かみさま達はお昼前にお出かけとなった。

 エラスエルもシルフィエルも魔法使いっぽいローブは付けず、街でも見かけた「ちょっと良い服」程度のものを着ている。


「まずは、ゼロちゃんに普通のお洋服を買いましょうね」

「普通の……?」


 かみさまは自分の服を見下ろした。ずーっと着ているが、騎士達とは違って浄化されているし、綺麗なのに。


 手を繋いでいるのですぐ近くにいるシルフィエルを見上げたら、困ったような顔で笑う。


「人間風の、じゃなかった、ええと、オルフィリア国風のお洋服を着ている方が、街中では馴染みますよ!」

「あ、そっか。これ、冒険者風だもんね!」

「そう、そうですよ! やっぱり街中ですからね。お洒落で今風のお洋服を着ないと」


 つまりお洒落で今風ではなかったということだ。

 賢いのでちゃあんと気付いてしまうかみさまだが、これも彼女の優しさなのだろう。

 だから、うむ、と偉そうに頷いて了解だと示した。


 シルフィエルは手をワキワキさせて、はあはあ言っていたけれど、後ろからコツンと杖で叩かれて正気に戻っていた。

 エラスエルは大魔法使いっぽい格好じゃないけれど見た目に威厳があるので、ちょっと怖いお爺ちゃん紳士に見える。で、そのステッキで叩くので、まるで主人と従僕のようだった。




 ところで洋服をディスられて、別の洋服を勧められていたのだが、作ったオジサンは拗ねるかと思えばそうでもなくニコニコしていた。

 ……口が下三角なので笑って見えるだけかもしれないが。


 とにかく、服屋に行ってもオジサンは特に抗議するようなことはなかった。

 むしろひょいひょいと服の合間を歩き回り、あーでもないこーでもないと悩んでいるようだ。

 よからぬことを考えてなければ良いのだが。




 服屋でかみさまは着せ替え人形になった。

 文字通り人形である。

 意識を遠くにやってピキーンと固まっておけば、万事オッケーなのだ。

 目が死んでてもオッケーなのである。


 その人形の周りをむにゅ達が飛び回り、視えているエラスエルが時折ブフォッと吹き出す以外は恙無く着せ替え遊びは終了した。


 シルフィエルははあはあ煩いので、店員さんに怒られるのではないかと思ったけれど、店員さんも同じようにはあはあ言っていたので問題なかった。


 他に、オジサンが布地が欲しいと言うので、紹介してもらって布屋で大量購入した。

 くれぐれも変なものは作るなと、オジサンには言い聞かせておいたがさてどうなることやら。




 服屋の次は昼食だ。

 堅苦しい高級レストランよりも気軽なところが良いのでシルフィエルに任せたら、おっしゃれーなカフェっぽいところへ連れて行かれてしまった。

 こんなところにご老人を連れてくるなんて!

 と、心配になってエラスエルを見たのだけれど、割と馴染んでる。

 かみさま驚きだ。


 喩えて言うなら、某有名外資系珈琲屋でそれは英語かなんなのだという文字言語を駆使してペラペラと注文をする、ご近所ルックな白髪頭の爺さんのようなもの。


 かみさまは遠い過去のどこかの記憶を振り切り、メニュー表を眺めながら店員さんに質問を繰り返して注文を終えた。

 これが一番正しいやり方なのである。

 ちなみに、全部質問しちゃうと嫌がられるので、人気ベストスリーあたりを聞いて、選ぶのも良いぞ!

 空気を読まずにベストスリー以外を選んじゃうと、一緒にいる人から小突かれたり、恥ずかしいから止めろと怒られる、こともある。少なくとも店員さんには薄っすら白い目で見られたりするのだ。


 さて、おっしゃれーなカフェでは意外とボリュームのあるお得感満載ランチをいただいて、食後のお飲み物までサービスされちゃったりして幸せな思いをしたかみさまだ。

 むにゅ達が可哀想なので、テーブルの下でこっそりクッキーをあげたりもした。


 なかなかに美味しいクッキーだったようだ。

 ダイフクが、新たな小麦を出せると言い出し、チダルマはそれでクッキーを再現すると話し合っていた。かなり触発されたようだった。


 午後はむにゅ達の作成熱が上がったので、市場に連れて行ってもらった。


 ダイフクには穀物類を小量ずつ買ってあげ、取り込ませた。

 クロポンは肉類を、チダルマには調味料類を渡す。

 カビタンは甘食似だからか、甘いものが大好きなのでお菓子や果物類を。

 オジサンには珍しい野菜を買った。

 ヒヨプーとカガヤキには特になし。だって鍛冶に関するモノや鉱物は食品市場にはなかったのだもの。

 しようがない。


 拗ねる前に、また今度そういうのを見に行こうねと言っておく。

 ヒヨプーもカガヤキも素直に頷いていた。




 夕方、エラスエルはかみさま達を神殿に連れて行った。

 絢爛豪華な、王都一の神殿らしい。

 ほぇぇーと口を開けて見ているのはシルフィエルで、どうやら最奥の部屋へは初めて入ったようだ。

 クロポンが開いた口を塞ごうと、どこかの映画の怖いエイ○アンみたいにへばりつこうとしたので、止めておいた。

 面白いけど。


 エラスエルはかみさまが思うよりずっとずっと立場が上なのか、大神官まで出てきてゴマすりしている。

 それを半分ぐらい無視して、大魔法使いはかみさまに神殿の説明をしてくれた。

 ここは本殿で、女神様信仰でもかなり本格的なところらしい。

 最奥の部屋に飾られている女神様像も、張り切って作りました感がすごい。


 でも、ちょっぴり首を傾げる。


 それにすぐさま気付いたのはもちろんエラスエルで、どうされましたかと聞くので、ちょいちょい呼んで屈んでもらった。


「女神様、あんなにぼいんぼいんしてるかなあ?」

「……さようでございますか」

「あと、あんなにけばけばしいお化粧してないし、スケスケ服も着ない。……と思う」

「その、女神様への愛ゆえに、かつての芸術家達がしのぎを削りまして」


 エラスエルは焦った顔になって言い訳してきた。

 そしてチラチラと大神官を振り返り、そうっと小声で返してくる。


「愛の女神様ということで、愛に関することならばと捉えられまして――」


 それ以上は噤むので、どうやら見た目お子様のかみさまに話すのは憚られるようだった。


 ふむ。愛欲的なことでも人気があるのか。

 だから情感たっぷりな蠱惑的女神様が出来上がってしまったようだ。


 でも、かみさまの出会った女神様はほっそりした控え目美女だったのだけど。

 それなりに天然ボケをかまして、過去、この地でも大いに目立ったそうだが。

 お胸はあんまり――


 ピシッ。


 あ、天井のステンドガラスにヒビが入ってしまった。

 遥か雲の上の格上女神様に対して、どうやら考えてはならぬことを考えたらしい。いわゆる、ピー、である。

 かみさまは思考に「この先立入禁止」の看板を立てたのだった。




 金ピカの魅惑の女神様を観た後は、神殿の内部を散策しながら女神信仰について教わった。

 大神官も付いてきて、どれだけ女神様が素晴らしいのかを教えてくれる。彼の信仰の証が天へ向かってフラフラ飛んでゆくのだが、どうも黒いものも混じっていて気持ち悪い。

 利権に駆られていて、案外ナマグサ神官なのかもしれなかった。


 荘厳な神殿を出ると、次は別の神殿へ連れて行かれた。

 神殿ツアー? と思っていたら、実情を知っておいてほしかったと言う。


「こちらもまた、女神信仰の神殿なのです」

「えっ、こんなボロっちいのに?」


 素直にも程があるのだが、言ったのはかみさまではない。シルフィエルである。

 エラスエルは頭が痛いと額に手を当てていた。


「おぬしは全く勉強しないから。魔法使いにとって神殿を詣でることも大切なひとつなのだと、あれほど口酸っぱく教えたであろうが」

「えへへへへ」


 笑って誤魔化して許されるのは、たぶん、未成年のうちだけだと思う。

 かみさまは残念美女を見上げて、肩を竦めた。もちろん、呆れていることを示すためだ。

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