017 買い食いとご隠居ごっこと転がり人間




 蜜干し芋の一部はながら食いをしようと先にもらって、かみさまは片手を下女に繋いでもらって市場を歩いた。

 何度か来たので、もはや敵なし、じゃなかった知らぬ場所はないかみさまなのである。


「今日は人参を買う?」

「あら、人参が食べたいんですか?」


 子供姿なので、人参なんて嫌がるだろうと思っているらしい。

 でもかみさまはこう見えて、立派な神様候補生なのである。


「アルちゃんの好物だから」

「まあ。なんでも食べるのね、あの子」


 アルは雑食性なので何でも食べる。主食は肉類だし。

 でも意外と人参やカボチャなど、野菜が好きだ。

 かみさまも、出されたらちゃんと食べる。

 かみさまだもの。当然のことなのです。


「ゼロちゃんも好物なの?」

「……ゼロは答えることを拒否します」

「ふふふ。分かりました」



 野菜類も足りなさそうなものを幾つか頼んで、こちらは紙袋に入れて持って帰ることになった。

 かみさまもお手伝いとしてリュックに入れてもらって背負った。


 チダルマとオジサンが体に取り込むと言ってくれたが、ここは街中である。

 そんなヤバいことはしないのだ。


「いい? ゼロ達は今は世を忍ぶちりめん問屋のご隠居とそのお供なのです」

『『あい!』』

「なので、目立たず世間の暮らしを満喫するの」

『『あい!』』


 下女はちょっぴり呆れた顔をしていたけれど、市場の隅でコソコソ会話をするかみさま達を知らぬふりでいてくれた。

 優しいのである。



 さて、そうしてお買い物も終わったのでお屋敷へ帰ることになった。

 下女はかみさまのために、まっすぐ帰らずに街中の面白スポットを選んで歩いてくれる。


「あちらは先代の陛下の銅像があるからフルィエット公園。緑の好きなお方だったので、木々が多いのよ。こちらは紙問屋通りと呼ばれているわ。紙類ならここで買うと良いの。お手紙用の文様を漉いたものも注文できるわよ」


 窓から見えるところに多種多様な紙類が並べられていて、綺麗だ。


「隣りの通りはペンやインクなどを売っているお店が多いわ。このあたりは中流から上流の方々向けね。御用達店はもっと王城に近いのよ。王立劇場へは行った?」

「目の前までは行ったよ」

「そう。あの通りが御用達専門店が集まるところ。服飾や貴金属などからそれらに関わるものまでが揃ってるの」

「綺麗?」

「わたしは行ったことがないの。庶民でも、お付きだったら行けるでしょうけど、ほらうちは奥様がいらっしゃらないから」


 うん?

 首を傾げたら、下女はしゃがんで目を合わせてくれた。


「劇場や服飾、貴金属のお店って女性が好む場所なの。当家は賢者ソフォス様おひとりでしょう? 機会がないのよ」

「あ、そっか」

「行ってみたいけど、夢よねえ」


 と言うので、かみさまは手を引っ張った。


「行こうよ」

「ダメですよ。いくらゼロ様がご一緒でも、上流の方々に失礼をしたら叱られるだけでは済まないもの」

「むう」

「さあさ、あまり寄り道してもいけません。帰りましょう?」

「はあい」


 干し芋片手に、かみさまは今度は下女に引っ張られたのだが。



 方向転換したら、何かにぶつかられそうになった。

 もちろん、かみさまを守るチダルマとオジサンがいるので、彼等にぶつかって転んだのは相手の方だったけど。


「きゃあっ」

「ぅぐっ……っ!」


 むにゅ達が下女も一緒に守ってくれたのは良いけれど、姿を消しているので彼女はパニックに陥ったようだ。甲高い声で叫ぶ。

 そして転がる相手を見て、驚いた。


「上流階級の……っ!?」

「あ、まずい? 逃げちゃう?」

「……なんでワクワクしてらっしゃるんですか」


 いや、だって。

 とりあえず、かみさまはチダルマとオジサンを褒めておいた。


「ふたりとも、よくやったね」

「まあ、むにゅちゃん達が守ってくれたんですね。ありがとう、むにゅちゃん達」

「そっちにいないよ」

「あら、こっちですか?」


 そんなやり取りをしていたら、イタタタタと呻いていた転がり人間が起き上がった。

 ちょっと顔が、激おこである。


 ぶつかってきておいて、それはないんじゃないかなーと思うが、派手に吹き飛んだのはクッション性の高いむにゅ達が間に入ったからでもあるので逆恨みとも言えない。

 よって黙秘権を行使する!


 かみさまがむぐっと口を噤んだら、姿が見えないのにチダルマとオジサンも口を隠してしまった。見えない見えないよ! と突っ込みそうだ。


「お、お前ら、この僕にこんなことをしてっ!」


 キッと睨んでくるのだけど、地面にべったり倒れ込んでいるのでなんだかいたいけな美少年に詰られているようで、妙な気分だ。


「ああ、坊ちゃま、お許し下さい。大丈夫でございますか?」

「僕に触るな! 下女の分際でっ」


 パシッと手を払っているけど、勢いはあんまりない。

 弱っちょろいタイプのようだ。

 ほら、口だけ達者な。


「ゼロ様ゼロ様、声が出てます」

「あら?」


 出ていたのは最後の方で、口だけ達者、だったようだから胸を撫で下ろした。

 けれども相手はぶるぶる震えてお怒りになっているようだ。

 激おこの上ってなんだったっけ?


「こっこのっ!! 下民風情が!!」


 叫んで立ち上がろうとしたのだけど、ガクッと倒れ込んでいる。何やら足を挫いたようだ。


「くっ――」


 一々面白い反応なのでかみさまは観察していたのだけど、下女がオロオロするので助けることにした。

 この場合、下女は全く悪くないと思うのだけど、庶民出身なので気が気じゃないのだろう。


「チダルマ、オジサンや。この子をそうっと運んでおやりなさい」


 気分はちりめん問屋のご隠居である。

 威厳がある風に装って、まだ煩く騒ぐ転がり人間に近付いた。


「怪我の手当をしてしんぜよう。ゼロが逗留しておる屋敷に運んで――」

「なんだ、その偉そうな喋り方は! 僕を誰だと思ってるんだ!!」

「……やっておしまいなさい」

『『あい!』』


 結界を張ってから運ぶという丁寧な仕事に、かみさまは大変満足した。

 でないと、誘拐しているように見えてしまう。


 まあ、まだ若い下女と幼稚園児みたいなかみさま2人が未成年の子供を誘拐するというのは、有り得ないだろうが。


「ゼロちゃんっ! そ、そんなことして、大丈夫ですかーっ!!」


 ただ、下女の心は大変だったようだ。

 あわあわしながら、えっちおっちら運んでいくむにゅ達を追いかけ走っていた。

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