018 誘拐じゃないよ




 お屋敷では、ゼロちゃんが男の子を誘拐してきた、と騒ぎになってしまった。

 失敬な。


「足首を捻挫してるみたい。あと、ぶつかってきたのは、この子だよ」

「そうでございますけど。お付きの方がいらっしゃるかもしれないのに~」


 一緒にお使いに行っていた下女が心配そうに、それでも屋敷の人達に状況を話している。

 全員客間に集まり、やがて執事に呼ばれてエラスエル、そして王城から帰ってきていたシルフィエルが部屋に来た。


 ちなみに、転がり人間は気を失っていた。

 あれだけキャンキャン叫んでいたのに、軟弱である。


 まあ、結構なスピードで、何とも言えぬもの達に運ばれてしまったので恐慌状態に陥ったのかもしれなかったが。


「顔色が悪いようだが」

「師匠、この子目の下の隈がひどいですね。寝不足じゃないですか。魔法省にはこんな人沢山いますよ」

「……シルフィエルや、もう少ししっかりと見ておあげ」

「はーい」


 他にも魔法使いの弟子達がやってきて、やれどこが悪いと視触診やら魔法やらで診ている。

 被験者を連れてきてしまったようだ。

 これは、かみさま偉い、と思っていいのだろうか。ちょっとだけ考えてしまうかみさまだった。




 結局、皆さんの見立てでは寝不足+足首の捻挫+急激な運動による疲れ、となった。


「そう言えば走っておられましたものね」

「突然ぶつかってきたんだよ」

「ゼロ様、大丈夫でしたか?」

「うん、ほら」


 くるくるっと回ってみせたら、関係ないむにゅ達までくるくる回っていた。


「チダルマとオジサンがクッションになってくれたの。庇ってくれたのは良いんだけど、そのせいでこう、ポーンと飛んでしまって」

「ああ……それで……」


 エラスエルが笑いをこらえるような顔になって、それでも我慢していたのに、シルフィエルはぶふぉっと吹き出していた。

 安定の残念美女だ。


 そんな風にみんなで話していると、煩かったのか顔を顰めながら転がり人間が起きた。

 シャレではない。

 だって名前が分からないんだもの。しようがないのだ。


「うっ……ここは……っ」


 転がり人間は頭を押さえながら起き上がった。

 頭は打ってないんだけど、条件反射だろう。


「僕は……これは……」


 手当をされている手足を見て、訝しそうにした後、周りに意識を向けた。

 エラスエルは少し心配そうに、シルフィエルは何故かニマニマしながら見下ろしている。

 2人は平服だけど、他の弟子達は魔法使いのローブを着ているし、部屋の調度品も見る人が見れば高価なものだと分かるのだろう。

 転がり人間は少しだけホッとしているようだった。


 でも、次にかみさまを視界に入れて、ムッとしたようだ。


「お前、僕をこんなところに連れ込んで、一体――」

「まあ! お助けした方に向かってなんという口の利き方を!」

「これ、シルフィエルや」

「だってお師匠様。この子、礼儀がなってないんですもん」

「おぬしも散々王城で言われておったな」

「一度言ってみたかったのです!」


 最後キリッとした顔で言うから、みんなが笑った。

 かみさまも。

 あと、むにゅ達も。


 シルフィエルはむにゅちゃん達かわいいっ!と叫んでそちらに飛びついていた。

 通り抜けてズッコケていたけれど。



「さて、どこの若様か知らぬが、こちらにおられるゼロ様はあなた様のお怪我を心配なさってお連れしたのですぞ。そのような物言いは礼儀に悖ると思うのですが」

「……飛ばされたのです。何か、魔法などでやったに違いありません」

「ほう。しかし、飛びかかってきたのはあなた様の方だと聞いておりますが? 躱したところ、勢い余って転がっていったとも。それらが嘘で、魔法なるものであなた様に怪我を負わせたと仰りたいわけですか」

「だ、だって」

「高貴なあなた様に怪我をおさせした罪は重い。それはお分かりですな? つまり、あなた様はこの親切な小さき者を、死罪に問うと仰るわけですか」

「し、死罪って、そこまでは!」

「ですが、理由もなく高貴なお血筋の方を襲ったとなれば、死罪と決まっております。物の道理の分からぬ子供でさえも、時に罰は下されます。我が国の法の有り様については思うところがございますが、これが実情でございます」


 淡々と諭すように語るので、転がり人間も段々と我に返ってきたようだ。


「あなた様はもうそろそろで成人されるようなお歳とお見受けするのですが、となればわたしめの申し上げることも、ご理解いただけますでしょう」

「……はい」

「あなた様は親切にした者どもに謂れなき罪を追わせ、罰を下されようとなさっておいでだが、さてそれは本当に上に立つ者の行うことでございましょうか?」

「……分かっておる。分かった。分かったわ!」


 ガーッと猫が喚くように怒鳴ると、転がり人間はムスッと黙り込んだ。


 でも、チラチラと周囲を見ているので自分がアウェーにいるということは分かっているようだ。

 シルフィエルは起き上がってきて、呆れたような顔をしながらもニマニマしている。

 彼女の場合、むにゅ達を見ている時もニマニマなので、もしかしたら笑い方が変態に近いのかもしれない。


 しばらくして、転がり人間は小さな声で、


「助かった……」


 と言っていた。

 

 下女はホッとしていたし、魔法使いの弟子達もみんな良かったねえといった態度だ。

 かみさまも下女の心が落ち着いて良かった。



 しかし、ここでかみさまは皆さんに問題を提議してみた。


「この子、どこに送っていけば良いの?」


 全員がピタッと動きを止めた。


「本当だわ。ねえ、君、おうちどこなの?」


 シルフィエルが小さい子へ問いかけるみたいに聞いたので、転がり人間はムキーッと怒った。


「僕は、もうすぐ大人だ!! 1人で勝手に帰る!!」

「あら」


 あら、という一言に沢山の感情を込めて、シルフィエルは笑った。


「でも、送って差し上げないと、当家がお叱りを受けますからね。いくら男の子とはいえ、君を1人で帰らせるわけにはいかないの。どこか教えてくださるかしらー?」

「ぐっ」

「困りますのよね。後から難癖を付けられても。ほら、お助けして差し上げたのに、叱られるということもありますから」

「これ、シルフィエル」


 嫌味を言わせたら天下一品の残念美女は、肩を竦めてペロッと舌を出していた。

 何故かむにゅ達もペロッと舌を……舌?


「やめなさい、そこから手を出すの」

『『『『『『『あーい!』』』』』』』


 なんという恐ろしいことをするのか。口からみょんと手を出していた。指のない手だからって、かみさまはそれが手だと知っているんだぞ! ちょっとしたホラーじゃないか。


 シルフィエルは喜んでいたけど。

 魔法使いの弟子達はちょっぴり引いていたようだ。良かった。まともな感性の人もいるようである。


 屋敷内の人は実体化していないむにゅ達はまだ見えないのできょとんとしていたけれど、見えなくて良かった。

 とりあえず、後でむにゅ達には生物の基本的な概念について語ることにしよう。




 そんな紆余曲折はあったものの、転がり人間はエラスエルと従者が送っていくことになった。

 馬車で走っていくのを手を振って見送る。

 別に別れを惜しんでだとか、高貴な方への礼儀作法だからとうわけではない。


 お見送りというのをやってみたかったのだ。

 むにゅ達が。


 全号集まって、わーきゃーと手――今度はちゃんと手の位置でほぼ間違いない――を振っている。

 中に、紙テープモドキを投げているむにゅもいて、いつの間に! と笑った。

 ちなみにオジサンとヒヨプーだった。お互いにモノ作りが好きなので、布の切れ端だったり、薄く削った木クズを再利用しているようだ。

 マメなことである。



 この後ブームが到来し、エラスエルなどが出仕する際には盛大なお見送りをやっていた。

 踊ったり、光ったり、テープを投げたり、水を細かく噴射してみたり、口から炎を出したり。

 段々と競い合うようになったので、かみさまが中止を言い渡しのは2日後のことだった。

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