002 かみさまの眷属
かみさまが降り立ったのは鬱蒼と茂った森の中だった。
知識によると、アルシアという世界の、神樹がある森らしい。
「ひとりぼっちだ」
喋ってみてもどうしようもない。
相槌を打ってくれる相手もいない。
かみさまは考えた。
女神様からの知識にもあったが、神々は眷属を従えている。偉い神なら、新人神様を沢山従えたりもするらしい。また、その力でもって生み出したりもする。
かみさまは曲がりなりにも新神なのだから、眷属を作るくらい、わけないはずだ。
よしっ!
力を込めて、手のひらを地面に向け、力よ湧き出ろと考えてみた。
何も生まれてこない。
「……これ、ダメなヤツかな」
森の中は静かで、虫の羽音さえ聞こえてこない。
かみさまは、今度は座り込んでうんうん唸った。
この場合、力がないってことは置いといて、イメージ力が足りないんではないか。
シフトチェンジだ。
よし、今度こそ。
眷属だから常に傍にいるものだ。
可愛いのがいい。
キャラクターっぽいの?
売れるキャラってなんだっけ。
法則があったはず。
丸いのだ。
小さな手足があれば尚良い。
白いのとか。
白いの。
饅頭。蒸しパン。……柔らかいお餅が食べたいなあ。びよーんって伸びる。
「あ、しまった――」
ポンッ。
生まれてしまった。
かみさまは、目の前の小さなキャラ、もとい眷属におののいた。
「大福、餅?」
眷属は少し震えたようだ。頷いたのかもしれない。
そして、またしても「しまった」ことに、どうやら名前をつけてしまったのだと気付く。
「ダイフク……?」
餅みたいな白くて丸くてぺたんとしたモノは、嬉しそうに体をプルプル震わせていた。
ダイフクにはつぶらな瞳がついていて、移動する時は餅のように伸びていた。高さ4センチ、横に10センチほどの、まるっきり大福餅である。
顔を近づけると、みょーんと手のような丸い触手が伸びてくる。それでペタペタと顔を触ってくるので、ちょっと嬉しくなった。
意思の疎通ができるのは良い。
触ってみると、不思議な触感をしていて、むにゅむにゅしている。
試しにギュウッと握ったが潰れることはなかった。
が、ダイフクが慌てていた。潰すつもりはなかったがすぐに謝る。
よく考えればなんてひどいことをしたのだと、かみさまは大いに反省した。
しかし、眷属が1匹、いや1体だろうか。とにかく、眷属がひとりというのはよろしくない気がする。
知識として、女神様にも沢山の眷属と呼ばれるものが付いていた。いわゆる精霊と呼ばれるもの達だ。
かみさまにも、お友達、ではなかった、眷属がほしい。
「ダイフクにも仲間が欲しいよね?」
ダイフクがうんうん頷くので、かみさまは晴れやかに笑った。
今度もイメージを大事にしつつ、ウンウン唸って手を伸ばした。
色は黒いのがいいな。
白といえば対になるのは黒だし。
それにやっぱり可愛いのが良い。
可愛いと言えば、冬の毛皮の帽子に付いているアレはなんというのだろう。
ぼんぼん、いや、ポンポンかな。
毛糸で可愛かった。
耳あての先にも編んだ紐が垂れていて、尻尾みたいで――。
ポンッ。
あ、やってしまった。
かみさまは少し慌てたものの、まあいいかと思い直す。
だって、目の前には可愛い眷属が生まれていたのだもの。
今度は余計なことは言わずに、慎重に名前をつけてあげよう。
期待のこもった眼差しで見上げてくる、毛糸のポンポンに似た丸っこいものに、目を細める。毛糸紐のような尻尾がついていて、ふわりと浮くように移動してきた。
丸っこい部分は直径8センチほどの大きさで、尻尾を入れたら全長15センチほど。その尻尾の先にも小さなポンポンがついている。
よく見れば、ダイフク同様につぶらな瞳が本体と思しき大きなポンポンの方についていた。
どちらもポンポンかあ。
「クロポン?」
呼びかけると、嬉しそうに飛び跳ねたので、命名はクロポンに決定した。
クロポンも触り心地はむにゅむにゅして気持ち良かった。毛糸風なので、表面をさわさわ撫でるとふんわりしているのも良い。
こうなると、俄然やる気が出てきた。
ダイフクとクロポンのふたりにも、
「仲間が欲しい?」
と、聞いてみたら喜んでいた。
早速、また地面に座り込んで両手を突き出す。
今度は、赤だ。
白に黒と来たら、やっぱり赤だろうとの安直さからイメージする。
赤っていうとリーダーだよね?
強くてイケメンで突っ走るタイプ。
でも、そういうのって周りに迷惑かけるかな。
どっしり落ち着いた感じをイメージしよう。どっしり。どっしり。
赤くてどっしり?
ポンッ。
生まれたのは、ダルマ人形みたいな形の眷属だった。
見た目はツルッとしているのに、触るとやっぱりむにゅむにゅ。
手足がみょんと出て来るけれど、移動はひょこひょこと飛び跳ねてするみたいだ。
この赤いダルマさんは 高さ15センチに横8センチの大きさで、ダルマの上部分が横5センチほどだろうか。そこに目があって、手足は下のダルマ部分にある。
しかし、足の意味があるのだろうか。
それにしても毒々しいまでに赤い。
まるで真っ赤なダルマ人形。
「チダルマ……は、やっぱりまずいか、ら」
違う名前にしようと言いかけて、止まった。
赤いダルマ人形の眷属が喜んでしまったからだ。
バカバカ。
かみさまは、自分の馬鹿さ加減に頭をポカポカ叩いたけれど、すぐ止めた。
この世界で「チダルマ」に大した意味などないのだ。
思い出すと、冷静になった。
チダルマはきょとんとして、つぶらな瞳で心配そうにかみさまを見上げていた。
さて。
こうなると意地である。
かみさまは、戦隊レンジャーぐらいは眷属を作っちゃおうと頑張った。
素っ裸だけど気にしない。
森の中がシーンとして、異様な気配だけれど気にしちゃダメなのだ。
かみさまはうーんっと唸って手を伸ばした。
赤の次は青だろうとイメージを強くする。
青はスライム。
あ、ダメだ。それモンスター。
この世界にはスライムがいるらしいから、間違えられて狩られてしまったら困る。ちょっと違う形。
じゃなくてもっとスタイリッシュな――。
ポンッ。
生まれてしまった。
生まれてしまったならしようがない。
かみさまは甘食みたいな形の――決してスライムとは認めない――新しい眷属を手に取った。こちらも手足が出し入れ可能らしいが、スライムもとい甘食、じゃなかった、円盤型眷属に、手足はなんだかおかしい気もする。
移動はスーッと円盤飛行だ。
今頃になって、なんだかおかしいんじゃないかという気になってきたかみさまである。
眷属ってこれでいいんだろうか。
とりあえず、名前だ。
甘食みたいなのに青い。
食欲の失せる色である。
「カビ、たん……」
たんを付けたら良いものでもない。
が、なんだか女神様から受けた知識の枠外にある、遠い過去の記憶が告げるのだ。名前に「たん」を付けたら可愛い、と。
しかも、かみさま自ら作ったからか、青い甘食の眷属は喜んでしまった。
みょんと伸ばした手をきゃいきゃいと振った。
「カビタンで、本当にいいの?」
あい!
片手を伸ばして返事をするので、まあいいかとかみさまも納得した。
次にイメージしたのは、緑色。
さすがに、スライムはないよねと思ったので、こうなると愛されキャラから離れようと考える。
眷属らしい眷属。
女神様には精霊達が付いていた。人型で、清々しいほど美しさが際立っている。
大体、神様と言うのは美しいものが好きだというが、いくらなんでもわざとらしい。
おっと、思考が逸れてしまう。
緑、緑。
精霊。緑。人型。
ポンッ。
目の前には人型は人型だが、薄っぺらい人形みたいな形の緑色した眷属が手を上げている。
縦に15センチ、横に9センチほどだろうか。厚さが1センチという薄さで、人間を極端なまでに簡略化してしまった、象形文字風の形だ。
かみさまは考える。
緑の精霊って考えたからこうなったのだ。
緑の小人。
確か、こう呼ばれていた。
「オジサン」
緑の眷属はかみさまの命名を万歳三唱で喜んだ。
もはや、かみさまは諦めつつあった。
かみさまにはセンスがないと、認めざるを得ない。
しかも、次は黄色である。
戦隊レンジャーものならば、明らかに色物系だ。
何を目指したって失敗する。
かみさまは、黄色っぽいもので可愛ければもうなんでもいいやと考えた。
ポンッ。
最初に生まれた眷属達が見守る中、かみさまの胡座をかいた目の前に現れたのはあひるの玩具風な眷属だった。
水掻き足は最初から出ていて、ぺたぺたと歩いたり飛んだりする。羽……もあるようだ。
手も、みょんと出てきて、かみさまは首を横に振った。
空気を読んだのか、あひるの玩具風眷属はひょいと引っ込めた。
この子は高さが12センチ、横に15センチ、幅が8センチで全体的に丸みを帯びている。例に漏れず、触り心地の良い体だ。
早速名前を付けよう。
しかし、あひるの玩具に似てはいるが、そのまんまの名前はいかがなものか。かみさまも少しは学習した。
「ヒヨプー、君はヒヨプーだよ」
ひよこに似ているからという安直さは、知らぬフリだ。
ぷーと付ければ可愛いという安直さにも、見ないフリをした。
眷属も増えた。
もう黄色いあひる、もといヒヨプーで、終わりでも良いんじゃないだろうか。
かみさまは満足そうに頷いた。
そして、周囲を見回して暗くなっていることに気付いた。
いつの間にか夜がやって来ていたのだ。
かみさまなので景色は見えるけれど、なんとなく暗いのは怖い、というイメージが記憶にある。
こういう時は灯りがあれば良い。
灯り。
ポンッ。
灯りが生まれてしまった。
いや、違う。
眷属だ。
眷属のことを考えていたため、強い力がまだ残っていて眷属を生み出してしまった。
生まれたものは仕方ない。
かみさまはピンポン玉のような灯りを手に取った。
むにゅっとした柔らかさが強く淡くと明滅するようにきらめいていた。
直径4センチほどの大きさで、移動はキュンっと飛行するようだ。
手足は出ないのかなと思ったら、ちょっとだけみょんと出てから引っ込んだ。
どうやら滅多には出さない、レアなものなのかもしれない。
「カガヤキ、カガヤキはどうかな」
ピカッと光って、どうやら喜んだらしかった。
かみさまはともかく、他の眷属達は目を潰されたかのように後ろへコロンと倒れていた。
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