013 新しい仲間




 王都への旅は順調で、角蜥蜴ケラスサヴラを操る術も覚えた。

 あぶみに足が届かないが、そのあたりはご愛嬌である。小さい子供が操縦していると稀に通りすがる旅人にギョッとされることもあるが、おおむね評判は良い。

 宿の人など、まあ可愛い操縦士だこと、と目を細めて褒めてくれたりする。


 かみさまも褒められると嬉しいので、うむ、と頷いていた。


 ところで最近分かったことなのだが、こうした好感情程度でも信仰心の元になるらしく、力となって入り込んでくる。微々たるものではあるが、力は力。大事なものだ。

 可愛い顔も、広告としては必要なのだった。

 今後もアイドルとして頑張ろうと、愛想を良くするかみさまである。




 そんな風に旅を楽しんでいたかみさまに、新しい出会いがあった。

 野生の翼蜥蜴フテラサヴラが近寄ってきたのだ。


「おや、珍しい」


 エラスエルが驚くほどだから、本当に滅多にないのことなのだろう。街から離れた山中の道で、群れを発見した。

 興味津々、でもちょっと畏怖する気持ちもあるような、そんな感じでジッと佇んでかみさまを見ている。

 その中の、まだ幼生に近い翼蜥蜴フテラサヴラがチラチラと両親らしき2頭を見てから、こちらへ近付いてきた。

 親は注意せず、ただ黙って見ている。


「……本当に珍しいことです」


 エラスエルが小声で教えてくれた。シルフィエルも普段は騒がしいけれど、今はダイフクをぎゅうっと抱きしめて見守っているようだった。もう少し手加減してあげてと思ったが、ダイフクを締め上げた経験のあるかみさまはそっと知らぬフリだ。


「ガルルル」


 唸ってんのかよ! と突っ込みたいところだが、喉鳴りの音が含まれているので親しみを込めてのものらしい。

 言われるまでもなく、興味以上の、好ましい感情が流れてきているのでかみさまには分かっていた。

 この子は、かみさまに付いていきたいのだ。

 だから先程、親に別れを告げた。


「ゼロのお供がしたいの?」

「ガルル」

「お別れはちゃんとした?」

「ガル」

「じゃあ、一緒に行こうか」

「ガルルルル」


 喜ぶ翼蜥蜴フテラサヴラの幼生に、かみさまは角蜥蜴ケラスサヴラの上からナデナデしてあげた。

 人間達が彼等を乗り物に使うのは、戦闘的で度胸もあり頑丈だからだとは知っていたが、こうして見ると度胸があるのがよく分かる。


 今乗っている角蜥蜴ケラスサヴラも、最初こそ緊張していたようだが最近は「さあ乗ってください!」とかみさまを大歓迎である。

 この翼蜥蜴フテラサヴラの幼生も自ら進んでやってくるあたり、そのへんの野生の獣とは違う。


 神樹の森や荒野で出会った強そうな獣達でさえ、かみさまを遠巻きにしていたのに。


 もしかしたら鈍感なのかもしれないが。


 まあ人間も鈍感だし。


 でも、好きと言ってもらえるのは気持ちの良いことで、なんといっても乗り物である。

 かみさま専用の乗り物!

 やっぱり嬉しい。



 すると。

 むにゅ達がサーッと集まって、抗議活動である。


 かみさまの周りを拳に見立てたらしい突起を出して振り上げ、ぴょこぴょこ飛び跳ねるように回った。


『ゆうがな くっしょん きもちいいよ!』

『ふわふわの けだま ふんわりとぶよ!』

『だきつく さいこうの まくら と のりもの!』

『ちょう はやい くーるで かっこいい!』

『おひめさま だっこ やさしく はこぶ!』

『みずのうえ だけじゃない すーいすい!』

『さいこー そくどで ぴゅーん!』


 各自、己がどれだけすごいかをアピールしてきた。

 乗り物としてのライバルが増えたことに危機感を抱いたらしい。


 シルフィエルは身悶えて角蜥蜴ケラスサヴラの上から落ちそうになっているし、エラスエルとダスティは顔を見合わせて笑っていた。微笑ましかったのだろう。

 かみさまもむにゅ達が可愛い。


「大丈夫。眷属はむにゅ達だけだからね」


『『『『『『『あい!』』』』』』』


「この子は、ペット。分かった?」


『『『『『『『あい!』』』』』』』


 ということで、住み分け完了である。

 むにゅ達がちょっとおバカで良かったと思うかみさまだった。



 そして翼蜥蜴フテラサヴラの幼生には、人間社会にいる時は乗せてもらうけどそれ以外はむにゅ達が一番だからねと言い聞かせておいた。


「名前はアル。アルちゃんだよ」

「ガルルルル」


 どうやら喜んでくれたらしい。嬉しい幸せ大好き、という気持ちがどんどん流れてくる。

 こんなに好かれると、かみさまも照れくさい。


 なので、アルマジロトカゲに似ているからという安易な名付けに気付かれないよう、かみさまは胸三寸に納めると心に誓ったのだった。




 アルには人を乗せるための調教が必要だったので、休憩ごとに護衛の騎士達が軽く教えてくれた。

 本格的なことは王都へ行かないと無理らしい。


「あるいは、騎乗用蜥蜴の繁殖で有名なベリンという街に行っても良いのですが――」

賢者ソフォス様、それでは遠回りですよ」

「それに、鞍などは王都で作る方が確かです、師匠」


 ダスティと、シルフィエルが意見を出して、結局エラスエルの言うベリンという街へは寄らないことになった。

 その間、野生児アルのお目付け役は騎士達の仕事となったのだった。



 ところで角蜥蜴ケラスサヴラ翼蜥蜴フテラサヴラも、それぞれが個体個体で形や色が違う。

 種族ごとというのではなくて、番った相手と混ざりあったものが生まれるのだ。

 アルの親も、片方はトゲトゲで片方が鱗状だった。


 その結果、アルのような格好良い個体も生まれる。

 騎士達によると、繁殖で盛んなベリンで売れば結構な額になるそうだ。


 それにしても騎士達はお金の話が好きである。


「騎士の賃金ってそんなに少ないの?」


 つい、何気なく聞いてしまったら、傍にいたダスティがとうとう我慢ならんといった様子で怒り始めてしまった。


「だ・か・ら!! 前から言っているでしょう!! 子供の前でそんな意地汚い話をするなと、何度も!!」


「いや、その、それはですね」

「お金の話は意地汚くは……ないと思うのだが」

「で、でも、本当のことで、これはそのー、情報と言いますか」

「そう、そうだ。乗用生物について教えてあげたというか」

「前借りのせいで、もらえる額が少ないんだもの……」


 本音ダダ漏れである。

 かみさまが何か言うまえに、エラスエルは呆気にとられていた顔を引き締め、そっとかみさまの耳を抑えた。

 シルフィエルはダスティの味方らしく、一緒になって怒り始める。


「大体、身の丈に合わないお金の使い方をするからダメなのよ!」

「賭け事もやるしね、君ら」

「娼館にも通いすぎなのよ!」

「毎晩毎晩飲み過ぎなんだ」

「こっちは魔法を使うのにも魔石や魔法陣用の羊皮紙とか、杖だって壊れたら買い直さなきゃならないし、必要経費なのに全然落ちないから自腹で苦しいっていうのに!」

「僕等のような文官には支給品さえないんだ。君達は上から下まで全部揃えてもらって食事まで用意されているじゃないか。こっちは旅装だって、この履き潰れた靴だって自前なんだ! 文官だから騎士よりずっと賃金も低いんだぞ!」


 なんだか、みみっちい話になってきた。

 というか、お役所仕えの悲哀みたいな。


 エラスエルはかみさまには聞こえてないと思っているようだが、腐ってもかみさまである。分かっちゃうのだなあ。

 そして彼が、怒髪天を衝く気持ちも、耳を抑える手のひらから伝わってくる。


 かみさまはむにゅ達に念話で、しばらく無我の境地になっているよう指示した。

 怒髪天まで3秒前のことだった。

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