007 人間との出会い




 第一村人まで、もうすぐ。


 そう思ってた時期がありました。




 人の気配がしたのに、それらは冒険者か狩人で、かみさまの洋服作りで時間を食っている間に彼等は大移動してしまっていた。


 そして村があるだろうと検討をつけた場所も、過疎化の波に耐えきれず、村は無残にも捨てられていたのだった。



 朽ち果てた村の姿を見て、むにゅ達は空気を読んでか四つん這いになって項垂れてくれたので、かみさまはなんとか持ち直した。


「つ、次の村へ、行こう」


 むにゅ達は小さな手をみょんと取り出して、振り上げた。

 そうだそうだー!

 応援? と、慰めらしい。



 気を取り直して、人の国の中心に向かって足を向けたかみさま一行だった。






 それから交代でむにゅ達に乗って移動を繰り返し、初の人間との接触に成功したのは8日後のことである。




 その間に「かつて村だった」ものの残骸を見てきたが、規模の大小に関わらず、辺境の地というのは厳しいということが分かった。


 辺境には危険で獰猛な獣も多く、兵などの討伐隊が来ることもない。

 自警団では追いつかず、冒険者を雇うにはお金が足りない。

 元は村として機能していたからには「売り」となるものがあったのだろうが、それが失われたら衰退するのみだ。


 たとえば鉱山で栄えていたであろう町も、掘り尽くしてしまえば廃れていく。


 そのような名残が、朽ちた村や町の様子で分かる。


 物悲しい風景だが、これもまた栄枯盛衰。


 なるようにしかならないものなのだ。


 獣達の営みとどこか似ている。


 鹿の大繁殖により、下草や木々の立ち枯れが見える山。いずれは植生が変わっていくだろう。と思えば、なわばりを広げるために山を超えてきた熊の夫婦に蹂躙される。

 世界は変化していくものだ。



 かみさまはそうした景色を見ながら、この国の様子を知識として得た。




 そして、とうとう人間と出会った。




 人間は複数いた。

 残念ながら第一村人ではなかった。

 見るからに騎士っぽいのが5人。いかにも文官という姿の青年が1人、全身を黒いローブで覆った老爺と、逆に白いローブで覆った妙齢の女性の、計8人だ。


「こんにちはー」


 生き物との邂逅は大事だ。特に人間は挨拶に重きを置く。

 なので、かみさまは笑顔で手を振った。


「…………」


 あれ?

 可愛いはずなのに。


 かみさまは首を傾げ、それから姿を消しているむにゅ達に視線をやった。かみさまの目には半透明に見える彼等は、頑張れ! と手を振って応援してくれていた。


「あのー。こんにちは。……もしかして言葉が通じてないの?」


 そんなわけない。いくらかみさまがまだ免許皆伝じゃないとはいえ、一応神を名乗っても良い存在なのだ。それぐらい、知識として持っているし、仮に言葉が通じずともすぐ自動変換できるぐらいわけないのだった。


 となると、他に理由があるはず。


 かみさまはハッとして、慌てて騎士に対する礼を取った。

 右手を胸に当て、左手はお腹の下に添わせたまま足をクロスさせるのだ。所変われば、左手が胸、右の手のひらを前に見せて右足を引くなどというやり方もあるし、高貴な方への挨拶として足元に手を置く、キスをする、などもあった。

 しかし、女神様からもらった知識ではこれが一般的のはず。

 最後に心持ち前かがみになるのだが、なんだか「おしっこを我慢している子供」みたいに思えておかしい。


 相手もそう思ったらしい。

 ポカンとしていたのだが、白ローブの女性が思わずといった様子で笑った。


「や、やだ、かわいい……」

「シルフィエルや、お前さんはこんな時にまた」

「だって」

賢者ソフォス様、あの、これは、妖かしの類などでは?」


 失敬な。

 かみさまがちょっぴり眉を顰めると、むにゅ達が攻撃する? と様子を窺ってきたので、ダメと伝える。


 それを、賢者ソフォスと呼ばれた老爺も気付いたらしい。

 少し早口で、騎士を窘めていた。


「とんでもない! この御方は大変お美しい心根の持ち主でいらっしゃる。顕現されて間もないのでありましょう。ああ、どうかこの者の発言をお許し下さい」


 老爺なのに、その場に跪いて頭を下げてきた。

 かみさまは慌ててそれを止める。


「気にしてない。それより、ゼロは人間なの。だから、大丈夫」

「おお、そういうことでございますか」


 立ち上がらせたのに、老爺はまた膝をつく勢いでかみさまに腰を折る。


「挨拶、間違ってた?」

「いえいえ。とてもお可愛らしいお姿でしたよ」

「でもみんな返事しなかったよ」

「小さいお子様の姿でしたから、びっくりしたのです。あれは本来は大人が行うものですから」


 なるほど、知識も完璧ではないようだ。

 かみさまはひとつ頷いて、それから質問をした。


「ここで何をしているの?」


 それはこっちの台詞だ、という心の声がダダ漏れの騎士へは、老爺が一睨みで黙らせていた。

 かみさまを見る時にはにこにこと笑顔になっている。


「わたくしどもは辺境の地の調査で、参っておる次第です。いくつかの班に分かれまして、調べておりました」

「そうなの」

「精霊様、あ、いえ、ゼロ様とお呼びしてもよろしいのでしょうか」

「うん」

「ゼロ様がこちらへいらっしゃった理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」


 精霊様と呼ばれかけて、かみさまは慌てて首を横に振ったら、老爺は言い換えてくれた。かみさまはかみさまとバレるのも困るが、精霊だと思われても困るのだ。

 ただの人間として世界を巡りたい。


「えっと、観光」

「……観光ですか」

「うん。いろんなところを見て回るの。楽しそう」

「……ですね」


 観光目的の旅は有りうるはずなのだが、老爺はじゃっかん困惑げな顔をした。それでも笑顔になり、何かを飲み込んだような様子でひとつ頷くとまたかみさまに質問してきた。


「御身のお世話係がおられないようですが、もしよろしければ我々が暫くご一緒してもよろしいでしょうか」


 お付きはいるよー! とむにゅ達が騒いでいるけれど、姿が見えないのでバレてない。老爺は気配に敏いのか、少し気にする素振りを見せたものの、他の面々はポカンとしたままだ。


「一緒でいいなら、ついていく。ちょっとだけよろしく」

「もちろんでございます」


「……って、賢者ソフォス様!! そんな勝手な!!」

「無礼者、賢者ソフォス様にそのような口を利くでない!」


 騎士と白ローブが言い合っているが、文官男はようやく我に返った様子で、はあーと大きな溜息を吐いていた。


「まさか、人型の精霊様にお会い出来るとは……」


 誰にも聞こえないほどの独り言だったらしいが、かみさまにもむにゅ達にも聞こえていたので、全号揃って首を横に振っておいた。

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