第20話【地上最強の夜の守護者】

 

 ユヒメに応援されて【虚空魔法】について調べてみることにしたのだが……。


「これは……頑張る、頑張らない以前の話として、情報が全く集らん」


 そもそも【虚空魔法】という名前自体、知名度が恐ろしく低くて、知っている人間が全く居ない。


 クロノスという精霊についても調べてみたが、こっちは伝説級の精霊だということがわかっただけだ。


 最後の目撃例が300年前とかいう馬鹿な記録だけが残っていた。


「トシさん、頑張るのですよ!」


「せめて頑張る方向性が欲しいぃ~!」


 ユヒメの応援は嬉しいが、せめてなにを頑張れば良いのかがわからないと話にならない。


「まぁ、調べごとは後にして、まずは今日もお店を頑張りますかね」


「はいなのです♪」


 今日もポーション屋は通常運転だ。






 木村祐一の撃退後、お店は安定度が増していた。


 どうやら噂を聞きつけて、余計なちょっかいを掛けようという客が減ったらしい。


 更に【会計局】という国の嫌われ者を退治したということで密かに人気が上がっていたりする。


「やっぱ【会計局】って嫌われてたんだなぁ」


「そりゃ理不尽にお金だけを奪って行く人たちが好かれる要素なんてないですからね」


「そらそうだ」


【会計局】に店を潰されたとか、看板娘が泣きをみたとか、そういう悪い噂だけは事欠かなかったが、今回のように撃退されたって話は初めてだ。


 俺とユリアナは店番をしながら、そんな話をしていた。


「今度来たら、私の拳で撃退してやりますよ♪」


「……【格闘】のレベルが上がったからって1人で突っ走るなよ。前衛の役目は専守防衛だからな」


「わかっていますって♪」


 シーリアとエルシーラの影に隠れたとはいえ、【格闘Ⅲ】になれたことは嬉しいのかユリアナの機嫌は良い。


「そういえばスキルのレベルは上がったけど、レベルそのものは上がらなかったな」


「う~ん。スキルは【熟練度】を溜めれば上がりますが、レベルは命を奪う際に発生する経験値? のようなものを得ないと上がらなかったと記憶してます」


「ふむ。実戦経験だけじゃレベルそのものは上がらないのか」


「ユヒメさんみたいに野菜を育てて、それを食べることでも僅かですが経験値が得られるそうですよ」


「ああ。植物も生き物だからな」


 ユヒメがレベル3なのは、それが理由か。


「ものすごぉ~く、微々たる経験値で10年に1度レベルが上がれば良いって低効率ですけどね」


「な、なるほど」


 ある意味ユヒメらしい。


「ちなみに私は街の外の森で小動物を狩っていました!」


「いや。それは予想出来てたし」


 ユリアナの以前の食事事情を考えて、そうでもしなければ餓死は必至だったわけだし。


 それでもレベル5になっているということは、野菜を育てるよりは効率が良いらしい。


「店長はどんな感じでした?」


「俺は城に召喚されてからパワーレベリングさせられたな。拘束して動けなくなった魔物を遠くから槍で突かされた」


「ああ~……」


「生き物を殺すのが初めてだったから普通に吐いたわ」


「うわぁ~……」


 今思い出しても、あの経験はトラウマだわ。


「トシさ~ん。【ちゅ~ちゅ~】をお願いするのです」


「お~。今行く」


 話が一段落ついたところでユヒメに呼ばれる。


「じゃ。店番の方任せた」


「お任せください!」


 無駄な元気なユリアナに店を任せて俺はユヒメの待つ調薬室という名の居間へと移動した。






「んぅ~♡ ちゅっ♡ あ……ふぁ♡」


 ユヒメと唇を合わせ、舌を絡ませながら思うことなのだが――最近ユヒメが妙に色っぽい気がする。


「はふぅ~♡ もう……限界なのですぅ~♡」


 やはり譲渡出来る【MP】は7万くらいが限界なのか、フラフラになってしまうところは変わっていないが……。


「ユヒメ。なんかあった?」


「ほえ?」


「なんか最近……妙に色っぽい気がする」


「そ、そそ、そんな事はないのです!」


 追求するとわかりやすく慌てだすユヒメ。


 これは何か隠しごとをしているユヒメさんの反応ですわ。


「婚約者に隠しごとはいけないなぁ~。こちょこちょこちょ~」


「あはははっ! トシさん、くすぐったいのです!」


 ユヒメが動けないのをいい事に、その豊満な体をくすぐってやる。


 本当、ユヒメさんはどこもかしこも柔らかいですわぁ~♪


「うぅ~。さ、最近は【調薬】以外のときも【ちゅ~ちゅ~】しているので、なんだか……エッチな気分になってしまうのです! 仕方ないのです!」


「ほほぉ」


 シーリアからユヒメが【魔力欠乏症】という病気だと告げられてから、【調薬】に限らず【ちゅ~ちゅ~】していたのが功を奏したらしい。


 仕事以外の時間の【ちゅ~ちゅ~】はユヒメに大いに俺という存在を意識させたようだ。


「そ、それに……最近シーちゃんから……え、エッチな話をよく聞かされるのです」


「…………」


 シーリアさん、グッジョブです!


 本当に良く来てくれた!


 我が店はあなたを歓迎するよ!


「ひ、ヒメもトシさんと結婚したら……あんなことやこんなことを……するですか?」


「します!」


 シーリアさんがなにを言ったのか知らないが、ユヒメとならどんなことでも出来る気がするわ!


「はわわ……! あんなエッチな事……するですか」


 頬を真っ赤に染めて、それでもチラチラと俺をみるユヒメは凶暴なくらい可愛かった。


 ちょ、ちょっとくらいなら結婚前でも許してくれそうな雰囲気で、俺はゆっくりとユヒメの方に手を伸ばして……。


「店長ぉ~。お店が混んできたのでイチャイチャしていないで、そろそろ戻ってくださいよぉ」


「ちぃっ!」


 良いところでユリアナの邪魔が入った。


「はふぅ♡」


 最後のギュッとユヒメを強く抱きしめてから――俺は店に戻る事にした。




 ◆




「ひ、ひひ……ひひひひ……」


 深夜の時間帯。


 郊外に存在する【ヒメ&トシのお店】の付近に怪しげな笑いを漏らす人影が血走った目で店の方を見つめていた。


 その正体は先日【ヒメ&トシのお店】を襲撃し、返り討ちにあって【毒状態】で簀巻きにされて川に放り込まれた【木村祐一】だった。


 あの後、毒や窒息で【HP】が尽きる前にギリギリで、付近を見回りしていた兵士に救出されて一命を取り留めていた。


 無論、【魔女】の警告もあって彼には厳しい注意と罰が与えられていたのだが――それで反省するような人間なら【会計局】なんかに馴染んでいない。


「皆殺しだ。皆殺しにしてやるぜぇ!」


「キムラさん。流石にまずいっすよ」


 木村祐一の監視の名目で付いてきた【会計局】の4人が一応という感じで木村祐一を引き止める。


「上の方から厳重注意されたばっかりだし、それに【魔女】を敵に回すのは洒落にならないっすよぉ」


「そうっすよぉ。200年くらい前に【魔女】の逆鱗に触れた国が疫病で滅んだって話は有名なんすから」


 国の上層部からの厳重注意。


 更に【魔女】の恐ろしい噂を知っていた4人は必死に木村祐一を引き止める。


「知るかっ! 【魔女】だかなんだか知らねぇが【勇者】の方が強いに決まってんだろうが!」


「そ、それは……そうかもしれないっすが」


 実際には【魔女】という存在は【天災】に近いと考えられており、【勇者】という個人では対処出来ない存在なのだが、そんな事は下っ端の彼らが知るわけがない。


 そもそも【落第勇者】の木村祐一では【魔女】の恐ろしさすら理解出来ていない。


「お前らは黙って俺の言う通りにしてりゃ良いんだよ! 奴らを皆殺しに……いや、皆殺しにする前に、あの野郎の前で女を犯して悔しがらせてやるぜ! ひひひっ!」


 下衆の思考を回す木村祐一の目は狂気に彩られていた。


 彼は強い者には巻かれる主義だが、自分より格下だと判断した者に舐められるのが大嫌いな性格だった。


 その意味で、一度格下となった佐々木俊和が木村祐一に逆らうことは、彼にとっては絶対に許せないことになっていた。


 世間から見れば逆恨みでも、木村祐一の中では正当な復讐なのだろう。


「 「 「 「 ………… 」 」 」 」


 但し、それに付き合う【会計局】の4人の顔には不安が色濃く映っていた。


 彼らは弱者から搾取するのは得意でも、上の意向に逆らうような度胸はない。


 だから落ち目の木村祐一に付いていくのは今回で最後にしようと思っていた。




 その判断はあまりにも遅すぎたけれど。




「……あれ?」


 最初に気付いたのは最後から2番目を歩いていた男。


「どうした?」


 先頭を歩く木村祐一は猟奇的な笑い声をあげるだけで背後のことには全く気付いていないが、2番目を歩く男は背後を振り返って尋ねた。


「いや。ロッツの奴がいつの間にか居なくなってる」


「……便所か?」


 頭の中では【逃げた】というのが真っ先に思い浮かんだ感想だが、木村祐一の手前、一応適当な理由を上げておいた。


 残った木村祐一以外の3人は、自分たちもとばっちりを受ける前に逃げようかと顔を見合わせるが……。


「ひひひ……くひひひ!」


 今、逃げれば木村祐一になにをされるか分からない。


 嘆息して再び顔を見合わせたとき……。


「あれ?」


 3人の内の1人が居なくなっていた。


「……ガドルはどこに行った?」


「今まで……ここに居たよな?」


「 「 ………… 」 」


 残り2人になった男達は背筋に薄ら寒いものを感じた。


「き、キムラさん。なんか……なんか変だ!」


「あ?」


「ロッツとガドルの奴が消えた! なんか……なんか分からないが、なにかあった!」


「……他の3人はどうした?」


「…………え?」


 彼が背後を振り返ったとき、既にその場には木村祐一と彼しか残っていなかった。


「…………」


 たった今まで傍にいた人間が唐突に消えたことで彼の顔は真っ青になった。


「や、やばい。なんかやばいよ! キムラさん!」


「ちっ。腰抜けどもが」


 奇怪な状況に気付いた彼とは違い、木村祐一は3人が逃げ出したのだと判断した。


「あん?」


 その時、ふと――耳元で風を感じて背後を振り返る木村祐一。


「?」


 振り返った先には何もなく、気のせいだったかと再び最後の1人になった男に向き直ったとき――そこには誰も居なくなっていた。


「……かくれんぼか?」


 内心では異常に気付きつつ、己の心を――恐怖心を誤魔化す為に木村祐一はあえて陽気に尋ねた。


 だが、彼の問いに答える者は誰もいない。


「おい……おいっ! いい加減にしろ! 今なら許してやるから……さっさと出て来い!」


 更に恐怖を誤魔化す為に木村祐一は声を張り上げるが――返って来たのは恐ろしいくらいの静寂だけだ。


「な、なんだよ? これが【魔女】の仕業だってのか? はっ! かくれんぼとはガキくせぇイタズラじゃねぇか。【魔女】ってのもたいしたことねぇな」


 言葉とは裏腹にガタガタ身体を震わせる木村祐一。


 叶うなら、このまま走って逃げたいのに――恐怖で身体が動かなくなっていた。


 そして、木村祐一は自分でも分からない理由で上を見上げた。


「あ」


 今まで気付いていなかったのが不思議なくらい、煌々と淡い光を地面に落す月の光が木村祐一の目を直撃する。


 今夜は満月だった。


「…………え?」




 そして次に地面に視線を落としたとき――【それ】と目が合った。




 満月の光を受けて、地面に映る木村祐一の影に――巨大すぎる目が開いて木村祐一を無機質に見つめていた。


「ひぃっ……!」


 悲鳴を上げるために口を空けた瞬間、それに合わせるように木村祐一の影から【巨大な牙】を持った大口が大きく開かれて……。


「…………あ」


 木村祐一をひと飲みにした。






 静寂と共に今夜の【邪魔者】を排除した【彼】は――ゆっくりと目を瞑る。


 彼こそは【ヒメ&トシのお店】を護る最大の【守護者】にして、佐々木俊和を護る為の夜の狩人。



・ロア:レベル26

 HP 25000/0 MP 25000/26000

 種族:魔狼 属性:影 職業:守護者

 筋力:999

 敏捷:999

 体力:999

 魔力:999

 器用:999

 幸運:999

 スキル:【影魔法EX】【牙撃EX】【爪撃EX】【吸魔】



 佐々木俊和の過剰な【MP】を吸収し続けたことによって、【魔女】の想定さえ超えた強さを手に入れた超越存在。


 普段は本体の大部分を影に中に隠して【ペット】に偽装しているが、主人に牙向く存在がいれば容赦なく食い殺す無敵の番犬。




 後に【影狼王フェンリル】のロアと呼ばれるようになる佐々木俊和、最大の切り札である。




 もっとも。佐々木俊和がロアの本当の力を知るのは、もう少し先の話だ。




 ◇




「ん~」


【虚空魔法】は相変わらず意味不明で、全く進展していない。


 時間が出来る度に一応は調べているのだが、まったく前に進んでいる気がしない。


「やっぱり、切り口としてはクロノスの方から調べていかないと手掛かりすら掴めないっぽいなぁ」


 名前的には【時の精霊】とか言われた方がシックリくるんだけど。


「お?」


 そんなことをしている間に俺の頭の上のロアの体重が一瞬重く感じられ、レベルが上がったのだと悟る。


「最近、本当にレベルが上がるのが早くなってきたなぁ」



・ロア:レベル27

 HP 1/0 MP 1/27000

 種族:魔狼 属性:影 職業:ペット

 筋力:1

 敏捷:1

 体力:1

 魔力:1

 器用:1

 幸運:1

 スキル:【影魔法Ⅰ】【吸魔】



「レベルだけなら既に一流の冒険者クラスだな」


 ステータスはお察しだけど。


「店長ぉ~。なんだかお店の前に変なものが落ちてるんですけど」


 そんな考察をしていた俺の元にユリアナがやってきて、目尻を下げて報告してくる。


「変なものって?」


「ん~。なんか服の切れ端? みたいなのが散乱してます」


「……変態が自分の服を切り裂いて、裸で帰っていったみたいな想像をさせるな」


「やめてください。想像しちゃうじゃないですか」


「女物だったら役得だ」


「……男物です」


「焼却処分しろ」


「らじゃ~」


 そんな、どうでもいい出来事を尻目に俺は再びロアを頭に乗せて――開店準備を進めることにした。




 ◆




 最強の【守護者】は黙して語らない。


 まるで危機など気付かない方が幸せだというように、主人達が危険を察知することもないまま全てを片付けて――無かったことにする。


【ヒメ&トシのお店】の平和はこうして護られている。


「良い子♪……良い子♪」


 約1名――水に【同化】して店の周囲に視点を張り巡らせている【彼女】だけは気付いていたが、最強の【守護者】の意図を汲んで沈黙を守った。






 今日も【ヒメ&トシのお店】は平和である。


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