第16話【ユヒメさんの親友:シーリアさん】

  

 ◆水精霊




 久しぶりに再会した友人――ユヒメは私が旅立つ前から基本的には変わっていなかった。


 私が旅立つ前のユヒメは野菜を楽しそうに育てて、【調薬】に挑戦する度に貧血になったようにフラフラになって、それでも基本的には笑っている子だった。


 それでもいくつかは変わっているところもあった。




 前と1番の違いは――【恋】をしている事だった。




 それは【愛】へと至る為の道であり、甘酸っぱくて切ない、恋愛という奴の中で1番楽しい時期。


 これを経て愛を知り、少女は女へと変わっていくのだろう。


 それ以外にもちゃんと【調薬】が出来るようになっている事とか、人間の街の中に店を持っている事とか、数は少ないけれど私以外にも友人と呼べる者が出来た事とか、そういう小さな変化も見受けられた。


「~♪」


 私は裏庭の畑の中に作って貰った【小さな泉】の中に身を浸し気分良く考える。


 作って貰った私の住居は思った以上に居心地が良かった。


 私には【浄化】があるので多少水が汚れても問題なく綺麗に出来るし、【水質操作】があるので水の成分を自由に変える事が出来るけれど――それでも綺麗な結晶で水に不純物が混ざる事を避けるように作られた泉の存在は嬉しかった。


「むぅ~……んぅ~……居た」


【水魔法】と【同化】を使って私の視点を家の中まで伸ばしてユヒメとトシカズの姿を捉える。


 2人でコソコソ何をしているのかと思ったら――抱き合って【ちゅ~ちゅ~】している真っ最中だった。


 トシカズのステータスを【鑑定石】で見せられた時は思わず3度見してしまったけれど、ユヒメと【ちゅ~ちゅ~】して平気という事は【MP】230万というのは本当だったらしい。


「……良かった」


 それを見て私は――心の底から安堵の吐息を吐き出した。


 ユヒメは【運命の相手】と巡りあう事が出来たようだ。






 これはユヒメ本人ですら知らない事なのだけれど――ユヒメは【ドリアード】という一族から追放された存在だった。


 理由は単純にユヒメが先天性の病気に掛かっていたからだ。


 ステータスを見れば分かると思うけどユヒメの【魔力】と【MP】はいくらなんでも低すぎる。


 特に【ドリアード】といえば大地から祝福を受けた一族なので本来は高い【魔力】と【MP】を持っているのが普通だ。




 ユヒメの患っている病気の名前は【魔力欠乏症】という。




 先天的に【魔力】が低い精霊に付けられる病名で、その症状が出た精霊は例外なく追放される事になる。


 そもそもユヒメがあんなに人里に近い森の中に住んでいた事自体が異例な事だった。


【魔力欠乏症】の1番の特徴は【吸収】というスキルを持っている事。


【吸収】というスキルは【ドリアード】の種族特性ではなく【魔力欠乏症】によって発祥する、ある意味【呪われたスキル】だった。


 ユヒメの普段の状態を人間に例えて言えば【乾いた状態】と表現するのが近い。


 物凄く喉が渇いて、常時水を欲しがるような状態といえば分かって貰えるだろうか?


 しかもユヒメの場合、水を飲んでも何の効果も得られない。


 不足しているのは水ではなく【魔力】なのだから当たり前だ。


 そして、それを解決する為の手段が【吸収】というスキルだ。


【吸収】を使えば対象の【MP】を吸い取る事が出来て、【MP】を吸い取る事が出来ればユヒメの乾いた状態が解消される。


 けれど、それは諸刃の剣だ。


【吸収】によって乾いた状態が解消されるのは一時的な事で、しかも大抵は乾いた状態が解消される安堵感によって【吸収】の中毒になってしまう。


 常時【何か】から【MP】を吸い取って【まともな状態】で居なければ耐えられなくなってしまう。


 そして、その過程で生物――【人間】の【MP】を完全に吸い取って、更に【生命力】すらも全て吸い取るような事があれば【吸収】は【吸血】というスキルに変化する。


 この【吸血】というスキルを取得した瞬間、精霊は全く別の性質へと変化してしまう。




 世にいう【吸血鬼ヴァンパイア】と呼ばれる者だ。




 この変化を知っていたからこそ精霊は【魔力欠乏症】の症状が出た者を追放して人間の里の近くへと置き去りにするのだ。


 人間を餌にする為か、それとも吸血鬼になった同族を駆除して貰う為なのかは精霊達の間でも議論されるところだけど。


 ユヒメの場合、自分で育てた野菜を【吸収】して僅かに【MP】を得る事によって自制を保っていたけれど、それも限界に来ていた。


 比較的【魔力】と【MP】が多い私が襲われるだけなら良かったけれど、それによって友人が吸血鬼へと変貌する事は想像するだけで恐ろしかった。


 だから私は旅に出たのだ。


 海に行くなんて勿論嘘に決まっている。


 ちゃんとした【ウンディーネ】として生まれた私が自分と海の相性の悪さを知らない訳が無いのだ。


 例え【浄化】と【水質操作】を持っていたとしても海のような膨大な水を制御出来る訳がない。


 私が旅に出たのは【魔力欠乏症】の治療法を探す為だ。


 そして1年以上もの旅で私が手に入れたユヒメの治療法は――【ドリアードの調薬師】が作れる【神薬】にしか無いという本末転倒な方法だった。






 だから私はある意味悲壮の決意でユヒメの下へと帰って来たのだ。


 それこそ私の【MP】を全て捧げて少しでも吸血鬼になるまでの時間を稼ごうという決死の覚悟を持って。


 それなのに当のユヒメは膨大な【MP】を持った人間と恋仲になっており、遠慮なく【ちゅ~ちゅ~】して幸せになっていた。


【魔力欠乏症】の1番恐ろしいところは【MP】を吸い取れば吸い取るほどに次に欲しくなる【MP】が多くなる点だった。


 つまり際限なく【MP】を欲しがるような【MP吸収中毒】になってしまう事が私がもっとも恐れた事態だったというのに……。


「も、もう無理なのですぅ♡ これ以上【MP】を渡されたら逆にフラフラになってしまうのですぅ♡」


 逆にユヒメの方がいくら吸い取っても尽きない【MP】にお腹いっぱいになってしまって先に降参してしまっている。


 精霊の目から見ても膨大な【魔力】と【MP】を持った人間の青年の登場は私にとって【良い意味】で予定外の存在だった。


 精霊と人間では寿命が違うので永続的にユヒメがトシカズから【MP】を分けて貰う事は不可能だけど、その点はユヒメ自身に【調薬師】として【神薬】を作れる可能性が出ている。


 つまり、悲壮の決意で旅に出て解決の方法を見つけてきた私の行動は【無駄な努力】だったと言わざると得ない。


 ユヒメは自分の力で運命を引き寄せて、自分の力で【魔力欠乏症】を治療出来る手段を手に入れつつあるのだから。


「~♪」


 それでも私は満足だった。


 大事な友人が幸せそうに笑っていてくれるなら――私の【無駄な努力】も報われるというものだ。






 後は――トシカズの言う通りユヒメを不埒な人間達から護れれば問題は全て解決するだろう。




 ◇




「【魔力欠乏症】ねぇ~」


「うぅ……シーちゃんは……シーちゃんは間違いなくヒメの親友なのですぅ!」


 シーリアから話を聞いた後、ユヒメはシーリアに抱きついてワンワン泣いた。


 ユヒメ自身も知らなかったユヒメの秘密よりも、親友であるシーリアが自分の為に頑張っていた事実に感動したらしい。


「く……苦しい……かも」


 当の本人はユヒメの爆乳に圧迫されてもがいていたけど。






「で。話を整理するがユヒメが将来的に作れるようになるかもしれない、その【神薬】とやらで【魔力欠乏症】を治療したとして……【吸収】のスキルは無くなるのか?」


「無くならない……かも。得たスキルは……変質する事はあっても……消えたりしない筈」


「ふむふむ。なら治療が終わっても俺はユヒメと【ちゅ~ちゅ~】出来る訳だ♪」


「と、トシさん……♡」


 いや。ユヒメに治療が必要なのはわかったけど、それでも【ちゅ~ちゅ~】出来なくなるのは寂しいじゃん!


「……バカップル」


 シーリアに呆れた目で見られたが、ともあれ現状で俺とユヒメがセットで必要な事は今までと変わりはない訳だし、ユヒメが俺から【MP】を頻繁に【ちゅ~ちゅ~】すれば状態も安定する訳だ。


 思い返してみれば夜中に突発的にユヒメが俺に【ちゅ~ちゅ~】してきたのだって【魔力欠乏症】の症状の表れだったのだろう。


「敢えて言うならユヒメは仕事に関わらず渇きを感じたら俺と【ちゅ~ちゅ~】するべきだって事だな!」


「そ、それは……恥ずかしいのです」


 真っ赤になってモジモジ恥ずかしがるユヒメは相変わらず可愛かった。


「本来なら……頻繁な【吸収】の使用は……控えるべきだけど……」


「いやいや。だって将来的にユヒメが作る必要があるのは【神薬】なんだよ? 今俺がユヒメに譲渡出来る【MP】って最大でも7万くらいだし、足りなかったら大変じゃん」


 仮にも【神薬】なんて名前が付いているくらいだし必要になる【MP】は膨大になる事が目に見えている。


「1度に……7万も吸い取っているなんて……想像以上だった」


「だってだって! トシさんが離してくれないのです!」


 正直な話、その辺は俺にとって少しだけ不満が残る点だ。


 ユヒメと【ちゅ~ちゅ~】する際、7万以上の【MP】が譲渡出来ないという事は、それ以上ユヒメとキスしている時間を延ばせないという事だから。


 あまり多くの【MP】を渡しすぎるとユヒメの方がフラフラになってしまう。


【MP】を意図的に譲渡しないという方法も考えたのだが、ユヒメとキスをすると抵抗の余地なく【MP】を奪われるので駄目だった。


「贅沢な……悩み」


「分かっているけどさぁ!」


 俺はもっとユヒメと【ちゅ~ちゅ~】していたいんだよ!




 ◇




 人間である俺が使える魔法は【無属性魔法】であり、同じく人間のエルシーラが使えるのは【光属性魔法】と呼ばれている。


 対してドリアードのユヒメが使えるのは【植物魔法】であり、シーリアが使えるのは【水魔法】と呼ばれる物だ。


 この違いが分かるだろうか?


 前者は世間に一般的に流通している魔法であり、後者は【精霊】にのみ使える魔法という区分になる。


 もしも一般に流通している魔法に置き換えるとしたら【植物魔法】は【木属性魔法】となり【水魔法】は【水属性魔法】という名前になる。


 分かると思うが【木属性魔法】よりも【植物魔法】の方が優秀であり、【水属性魔法】よりも【水魔法】の方が優秀である。


 無論、それは使い手の練度によって逆転してしまうのだが【基本性能】という意味では精霊が使う魔法の方が優秀なのだ。


 もっとも……。






「あがったぁっ! 上がりましたよ、トシカズ様ぁっ!」


「お、おう。頑張ったな」



・エルシーラ:レベル7

 HP 27/27 MP 53/53

 種族:人間 属性:光 職業:聖女

 筋力:8

 敏捷:11

 体力:12

 魔力:32

 器用:18

 幸運:4

 スキル:【神聖魔法Ⅵ】【光属性魔法Ⅰ】【共鳴】



 エルシーラの扱う【神聖魔法】は、そういう区分を凌駕してしまう性能を持っていた。


 まぁ、基本的に回復魔法なので分かりにくいが一般の魔法や精霊の使う魔法と比較しても回復能力という区分では全ての魔法の頂点に立っていると言っても過言ではない。


 一応【属性:光】なら【神聖魔法】は誰でも覚える事が出来るらしいのだが、【職業:聖女】という条件がないと【Ⅲ止め】という現象によって【神聖魔法Ⅲ】までしか習得出来ないらしい。


 それでも【治療師】という職業に就く為には非常に有効らしいのでエルシーラが教える子供達の将来は有望だろう。


 閑話休題。


「これで不埒な輩に襲われても皆さんを御守りする事が出来ます!」


 大はしゃぎのエルシーラだが、【神聖魔法Ⅵ】で使えるようになったのは……。




【神聖魔法Ⅵ】



・【ハイヒールⅡ】

 概要:【HP】を【魔力】×7の割合で回復させる。


・【サンクチュアリ】

 概要:【聖水】を使用して半径7メートルの範囲に聖なる結界を張る。




 以上の2つである。


【神聖魔法Ⅴ】の時点ではユヒメの【解呪ポーション】の材料にしかならなかった【聖水】を使って聖なる結界を張る事が出来るようになったらしい。


「ふふふ。これをお店に周囲に展開して邪な心を持つ者はお店に入れなくしてしまいましょう♪」


「……やめれ」


 常識的に考えて【邪な心】を持たない人間なんて居るとは思えないし、そもそも店の方で客を選別するなんてありえない。


 というかユヒメもそうだが魔法のレベルが上がる度にテンション上がりすぎだろう。


「仕方ないじゃないですか。本来なら魔法のレベルなんて数年に1度上がれば良い方ですし、高レベルになれば10年に1度という事も珍しくないのですから」


「そうなのです! 仕方ないのです!」


「……そうですねぇ~」


 まぁ、俺の助力によって2人は無制限に【MP】を使えるので普通の何倍――何十倍もの速さで成長している訳だし。


「兎も角! 護りに関しては私にお任せください!」


「ああ。頼りにしているよ」


 もっとも俺が本当に頼りにしているのは【神聖魔法】ではなくエルシーラの人間性の方なんだけどね。






「そういえばさ……」


 いつもの暇になる午後3時。


 ユヒメは裏庭で野菜や薬草の世話に精を出し、シーリアは水遣りを手伝い、エルシーラは学校の教師として出かけているので自然と俺とユリアナがまったりと雑談する事になる。


「【木属性魔法】なら【植物魔法】で、【水属性魔法】なら【水魔法】になるなら……【無属性魔法】は何になるんだろうな?」


「【無魔法】……って言うとなんだか語呂が悪いですね」


「だよな」


 これは純粋な疑問であって別にユリアナ相手に答えを期待していた訳ではないのだけれど……。




「【虚空魔法】……象徴となる精霊は【クロノス】よ」




「あ。いらっしゃいませ」


 その回答を出したのは勿論ユリアナではなく唐突に来店した【魔女】だった。


「うふふ。何か良い変化はあったかしら?」


「あ~……【聖女】の【神聖魔法】が【Ⅵ】になりました」


「あらあら♪」


 とりあえず【魔女】が望みそうな回答をすると凄く嬉しそうに笑う。


 凄く機嫌が良さそうだし、折角だから少し質問してみようか。


「お客様にお尋ねする事でもないのですが、1つ質問をしてもよろしいでしょうか?」


「何かしら?」


「【神薬】を使えば【魔力欠乏症】を完治出来るというのは本当でしょうか?」


「あら」


 俺が【神薬】の事を知っていたのは意外だったのか少し目を見開いて驚いていたけど、直ぐに【魔女】は余裕を取り戻したようだ。


「容易いでしょうね。寧ろ【魔力欠乏症】に【神薬】を使うのは過剰な治療になってしまうけれど……確かに治療法が【神薬】以外にないのも事実だわ」


「なるほど。ありがとうございます」


 これで【神薬】さえあればユヒメの【魔力欠乏症】を治療出来る確信が増えた。


 シーリアの情報を信じていなかった訳ではないが、それでも確信は多くて困る事も無い。


「他に何か聞きたい事はあるかしら?」


「あ~。それなら【神薬】を作るのに必要な【MP】ってどのくらいでしょうか?」


「ふむ。流石に正確には分からないけど……恐らく10万以上でしょうね」


「おうふ」


 今のユヒメでは少し足りなそうだ。


 もっとも、シーリアの話では【吸収】は使えば使うほど吸い取る【MP】が増えるという話なので、今まで以上に頻繁に【ちゅ~ちゅ~】する必要がありそうだ♪


「むふぅ♪」


「うふ。楽しそうね」


「いえいえ」


「それと……【MP回復ハイポーション】を10本頂けるかしら」


「はい。少々お待ちください」


 俺は機嫌よく商品を用意し、【魔女】も機嫌よく商品を受け取って帰っていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る