第17話【商売繁盛…しすぎです】


 世の中には理解不能な人間という奴が結構な割合で存在する。


「【MP回復ハイポーション】を300本頂きたい」


「…………はい?」


 その日、開店から3時間ほどが経過して、もう直ぐ正午という時間にやってきた【その客】は店の商品を物色するでもなく一直線に店番をしていた俺の元まで来るとそう言った。


「【MP回復ハイポーション】を300本だ」


「いえ。別に聞こえていなかった訳ではありません」


「それなら早急に用意していただきたい」


「……申し訳ありませんがご要望にはお応え出来かねます」


「なんだと?」


 内心で1つ嘆息しつつ、一応説明を試みる。


「当店はご覧の通り個人商店の為、大量発注は受け付けておりません。また予約に関しても拒否させて頂いておりますので在庫に無い商品をお売りする事は出来ません」


 現在、店の在庫にある【MP回復ハイポーション】は10本以下だ。


 ユヒメが【調薬Ⅶ】になった事で作れるようになった【MP回復ハイポーション】は高レベルの【魔法使い】には非常に有用な商品だ。




・【MP回復ポーション】:【銀貨10枚】

 概要:【MP】を50前後回復させる。



・【MP回復ハイポーション】:【銀貨16枚】

 概要:【MP】を100前後回復させる。




 ご覧の通り【最大MP】が100を越えるような【魔法使い】にとっては【MP回復ポーション】を2本買うよりも金銭的にお得な上、2本分の効果を1度に得られるのだから。


 その為、高レベルの【魔法使い】はウチの店にこぞって【MP回復ハイポーション】を買いに来るのでユヒメの生産がギリギリという有様だ。


 寧ろ午前中のうちに売り切れになっていない今日が珍しいくらいだった。


 そういう事を懇切丁寧に説明してみたのだが……。


「それならば3日待つ。3日後までに【MP回復ハイポーション】を300本用意しておけ」


 全く話を聞いていないようだった。


「お断り致します」


「なんだと?」


「先程お話させて頂きましたが、当店では【予約】を受け付けておりません。更に【MP回復ハイポーション】に至っては購入制限させて頂いているのが現状です」


 あまりにも良く売れるので1人の客が買い占めて他の客が買えないという状況を改善する必要が出てしまった為、1人10本までという制限を掛ける事になった。


 まぁ、それでも高レベルの【魔法使い】は余裕で【銀貨】160枚を払って意気揚々と買っていくんだけどね。


 そういう訳で、この客が要望の300本を購入する為には30日間【MP回復ハイポーション】が売り切れになる前に店に通い詰めてせっせと買い続けるしかない。


「それならば材料となる【月光草】を提供しよう。それで優先的に俺に【MP回復ハイポーション】を売って貰いたい」


「申し訳ありませんが、当店では【月光草】の買取りは行っておりません」


「なん……だと?」


 というか他人の取ってきた管理不足の【月光草】なんて要らん。


 店の地下室で【月光草】を育てるようになってから知った事実なのだが、冒険者が取ってくる野生の【月光草】は管理が雑になるので2割近くが使い物にならなくなるらしい。


 そりゃ1本1本鉢植えに移し替えて取って来いと言うのは無茶な注文かもしれないが、適当に毟って袋に詰め込むような管理では使い物にならなくなって当たり前だ。


 反面、俺の【MP】を糧に育った【月光草】は管理も万全な事もあって、冒険者が取ってくるような物とは品質に差がある。


 ユヒメに言わせると冒険者達が取ってくる【月光草】は……。


『可哀想なのです』


 と言われるくらい管理が雑で栄養状態が悪いらしい。


 だから、そんな物を持って来られても買取りなんて出来る訳がない。


「ぐぬぬぬ……」


 それでも諦めきれないのか客は歯軋りして俺を睨みつけている。


「え~と。残りは8本しかありませんが【MP回復ハイポーション】をご購入なさいますか?」


「……頂こう」


 物凄く不満そうだけど買わないという選択肢は無かったらしく、渋々8本の【MP回復ハイポーション】を買って帰っていった。






「世の中には変わったお客様も居るものですねぇ」


 その事をユヒメとユリアナに話したら呆れたように肩を竦めていた。


「まったくだ」


 まぁ、変わった客なんて珍しくも無いし、こういう事は良くある事だ。


「むぅ。ヒメは最近【MP回復ハイポーション】ばかり作っている気がするのです」


「想像以上に売れているからなぁ」


 現在ユヒメが行う【調薬】の内、半分近くは【MP回復ハイポーション】に割り振られている。


 無論、お店のラインナップを保つ為に他の商品も在庫を切らせるような事はしていないが――売れるのだから仕方ない。


「考えてみたら1日に【銀貨】16枚の【MP回復ハイポーション】が70本も売れるって凄い事だよなぁ」


「そ、それだけで【銀貨】1000枚以上ですよね」


 正確には【銀貨】で1120枚だ。


【金貨】に換算して11枚以上で、日本円に換算すると1120万円だ。


【月光草】は1日に100本までしか使えないので残り30本は【MP回復ポーション】と【デュアルポーション】に振り分けられている。


【最大MP】が100に満たない【魔法使い】の客には【MP回復ハイポーション】よりも【MP回復ポーション】の方が有用である為、品切れには出来ないのだ。


 折角の常連を蔑ろには出来ないし。






 現在、店に居るのは俺とユヒメとユリアナだけだ。


 シーリアは裏庭の泉でお昼寝の真っ最中だし、エルシーラは学校に行っている。


「それにしても【MP回復ハイポーション】を300本とか、何に使う気だったんだろうな?」


「物凄く高レベルの【魔法使い】だったんじゃないですか?」


「ああ。そういえばレベル50以上の【魔法使い】なら【MP】も1000近くいくって話だったしな」


 正直【MP】230万の俺には【MP】1000の何処が凄いのか良くわからないが。


「確かに1000近い【MP】を回復させるなら【MP回復ハイポーション】を10本近くガブ飲みする必要がある訳だし、多ければ多い程良いって事か」


 適当な推測なので合っているかどうか知らんし、別に正解を導こうとも思っていない。


 唯の雑談だし。


「トシさんっ! シーちゃんに協力して貰って作った【トマトジュース】が完成したのです!」


「お、おう」


 その雑談をぶった切るユヒメさん。


 3時の暇な時間になって裏庭で野菜の世話をしていると思ったらシーリアの協力を得て【トマトジュース】の製作をしていたらしい。


「どうぞなのです!」


「……頂きます」


 ともあれユヒメが差し出すコップ――俺が【無属性魔法】で創り上げた透明な結晶のコップ――を受け取って真っ赤な【トマトジュース】に口をつける。


「甘っ!」


 日本の【トマトジュース】を想定していた俺が度肝を抜かれる糖度だった。


「これって砂糖は入ってないんだよね? 物凄く甘いよっ!」


「むふぅ。傑作が出来たのです♪」


 最初は甘さに気を引かれたが、そもそもユヒメがシーリアの水を使って育てた極上のトマトを、更にユヒメとシーリアが共同で【トマトジュース】に加工したものだ。


 味の方も物凄く極上な物に仕上がっていた。


「わ、私にも飲ませてください」


「良いのですよ♪ 最初にトシさんに飲んで欲しかっただけなので、まだまだあるのです♪」


 どうやら我が家の食卓はこれからドンドン豊かになりそうだった。


 ぶっちゃけ十分に売り物になるレベルの【トマトジュース】だが、ユヒメの育てる野菜を不特定多数の奴らに分けてやる気は無かったので誰も商品にしようとは言い出さなかった。




 ◇




 当たり前の話ではあるけれど、現在ユヒメが大量に生産している【MP回復ハイポーション】は【調薬Ⅶ】で作られる商品だ。


 それをこんなに大量に作り続けた結果……。



・ユヒメ:レベル3

 HP 23/23 MP 3/3

 種族:ドリアード 属性:植物 職業:調薬師

 筋力:13

 敏捷:3

 体力:12

 魔力:2

 器用:16

 幸運:9

 スキル:【調薬Ⅷ】【植物練成】【植物魔法Ⅰ】【吸収】【エンゲージ】



 ユヒメさんったらあっさりと【調薬】が【Ⅷ】になってしまったよ。


 これで人類には到達不可能なところまで来てしまったユヒメなのだけれど……。


「来たのですっ! ついに、ついに最後の念願【状態異常回復ポーションⅡ】を作れるようになったのです!」


 人類に到達不可能な領域に足を踏み入れた本人はハイテンションで大はしゃぎしているだけだったけど。


 ちなみに【調薬Ⅷ】で作れるようになったものは……。




【調薬Ⅷ】


・【状態異常回復ポーションⅡ】

 概要:【状態異常回復ポーション】の強化版。30分継続。


・【強化ポーション】

 概要:15分間、幸運を除く5つのステータス全てを上昇させる。


・【環境適応ポーション】

 概要:30分間、あらゆる環境に適応する事が出来る。




 以上の3種類だ。


【状態異常回復ポーションⅡ】は【万能薬】に近く、相当強力な状態異常も容易く無効化させる事が出来る上に飲んでから30分間効果が持続する。


【強化ポーション】は【幸運のポーション】を除く5種類の【強化系ポーション】を全て服用したような効果が発揮される。


 但し【倍化のポーション】のような特殊効果は発揮されない。


【環境適応ポーション】は文字通り効果が効いている間はどのような環境にも適応する事が出来る。


 但し、あくまで【環境に適応する効果】があるだけで、例えば溶岩の中に飛び込んでも平気という訳ではないし、極寒の中で裸でも平気という訳ではない。


 ちなみに、ユヒメにこの3種類の効果を教えて貰って俺が最初に思った事は……。


「(意外と地味)」


 だったりする。


 確かに凄い効果なのかもしれないが【調薬Ⅶ】で作れるようになった2種類ほどのインパクトは無かった。


「(暫くは【MP回復ハイポーション】がメインになりそうだなぁ)」


 ユヒメには悪いが暫くは【MP回復ハイポーション】の量産がメインになりそうだった。






 ところがドッコイ。


「【状態異常回復ポーションⅡ】は最低でも【銀貨】80枚以上、【強化ポーション】は【銀貨】70枚以上、【環境適応ポーション】は【銀貨】75枚以上が望ましいですな」


「…………へ?」


 3種類の値段をいくらにしようか迷っていた俺にアドバイスしに現れた【組合長】は俺の想像より大分上の値段を提示してきた。


「高過ぎませんか?」


「前にも言ったと思いますが、人間の中で【調薬Ⅷ】に達している【調薬師】は居ないのですよ。エルフの【調薬師】から仕入れるとなると最低でも【金貨】が必要になりますからな」


「……マジすか?」


「大マジです」


「…………」


 効果が地味だと思っていた【調薬Ⅷ】の商品は人間が手も足も出ない超高級ポーションだったらしい。


「でも、その値段で売れますかね?」


「必ず売れますな。寧ろ、それ以下の値段にしてしまうと商人に買い占められて転売されてしまうでしょう」


「それは勘弁ですね」


 ユヒメの作った【ポーション】を他の商人が儲ける為に道具にされる事は許容出来ない。


 ここは【組合長】を信じて彼の提示した値段を付けてみる事にしよう。


「……3種類を3セットで【金貨】2枚でどうでしょう」


「良いお値段です」


「くっ」


 凄く有用な情報を貰った筈なのに何故か――何故か猛烈に悔しかった。




 ◇




 結論から言えば【組合長】が正しかった。


 法外とも言える値段の【調薬Ⅷ】の商品が飛ぶように売れて行く。


「トシさん、もっといっぱい作った方が良いです?」


「いや。【MP回復ハイポーション】の需要も多いし、無理に大量生産しなくても今のままで十分だよ」


「わかったのです♪」


 飛ぶように売れると言ってもユヒメが1人で1日に作れる量には限りがある訳で、更に言うと俺はユヒメに無理をさせる気は更々無かった。


 仕事にばかりかまけてスキンシップの時間を減らす気も無かったし、そもそも大量生産して希少性を失う気も無かった。


 まぁ、【調薬Ⅷ】の商品が並び始めた時点で相当話題を呼んだ為に来客数が跳ね上がったので売り上げも相当伸びているんだけど。






「店長ぉ~。もう在庫が無くなりそうなんですけど」


「無い物は仕方ないだろ」


【調薬Ⅷ】の商品を目当てに来店した客が買っていくのは、なにも【調薬Ⅷ】の商品に限らない。


 今まであまり俺達の店に注目していなかった客も実際に目の当たりにして考えを変えたのか他の商品も物色して買い漁っていった。


 結果、店の在庫がピンチになっているって訳だ。


「売り上げも凄い事になっていますが、それ以上に在庫が大ピンチですねぇ」


「あんまり嬉しくない悲鳴だよなぁ」


 方針としてユヒメに無理をさせるつもりはないという事は、これ以上【調薬】のペースを上げるつもりもないという事だ。


「【調薬Ⅷ】の商品があるからってハイエナみたいに客が押し寄せたからなぁ」


「……お客様ですよね?」


「俺はもっとノンビリしたお店にしたかったんだよぉ~」


「正直、同感です」


 ぶっちゃけ俺とユリアナだけでは大量の客をさばくのは大変だった。


「もう1人くらい店員が欲しいところだなぁ」


「シーリアさんとエルシーラさんに手伝って貰いましょうか?」


「……無理だろ」


「ですよねぇ~」


 ウンディーネであるシーリアは基本的に水の無い場所に長時間居る事が出来ない。


 俺がペットボトルような形の入れ物を【無属性魔法】で作ったので、それに水を入れて持ち歩けば短時間なら水の無い場所でも活動出来るのだが――店員を頼むのはちょっと心許ない。


 エルシーラは平日は学校の教師として働いているし、休日は【人助け】に行ってしまうのでお店の手伝いは頼めない。


 そういう訳でお店の手伝いを頼める人材には心当たりが無かった。


「ヒメがお手伝いするのです!」


「いやいやいや。それ本末転倒だから」


「ユヒメさんに【調薬】を放り出してお手伝いして貰っても売る物がありませんからねぇ」


「はっ! そういえばそうだったのです!」


 まぁ、この来店ラッシュは一過性のものだろうし、暫くしたら落ち着いてくるだろう。


 ユヒメ1人に【調薬】を頼っている現状、どう考えても需要と供給が釣り合っていないので商品を買えなかった客は次第に元の店に商品を買い求める事になる。


 そもそも【調薬Ⅷ】の商品は俺の目から見ても割高だし、早々いつまでも買いに来る客が居るとは思えない。


 忙しいのはもう暫くの我慢だろう。


「お?」


 そんな感じで話を纏めたところで、いつも通り俺の頭の上に寝そべっていたロアが一瞬だけ重くなったのを感じた。


「ロアちゃんのレベルが上がったのです?」


「そうみたいだな」


「最近レベルが上がるのが早くなってきましたねぇ」


「レベルが上がる度に俺から【ちゅ~ちゅ~】出来る【MP】が増えているみたいだからな」


 ともあれ鑑定石でロアのステータスを確認してみる。



・ロア:レベル12

 HP 1/0 MP 1/12000

 種族:魔狼 属性:影 職業:ペット

 筋力:1

 敏捷:1

 体力:1

 魔力:1

 器用:1

 幸運:1

 スキル:【影魔法Ⅰ】【吸魔】



「うぅ~む。レベルだけならシーリアよりも高くなってしまったぞ」


 ステータスやスキルは相変わらずだけど。


「今ってどのくらい店長から【MP】を吸い取っているんですか?」


「1時間に50~60くらい……かな?」


「結構吸い取られているんですね」


「俺からすれば誤差の範囲だけどな」


 もっとも、それは【MP】が余りまくっている俺だからというだけの話で【聖女】であるエルシーラなら1時間、他より比較的【MP】の多いシーリアでも4時間程度で吸い尽くされてしまう。


 そして彼女達の【魔力】では回復に時間が掛かるので、それ以上の【MP】はロアの御飯には出来ないだろう。


「ロアちゃんはまさに店長の為にいるようなペットですねぇ」


「流石トシさんなのです♪」


「ふふふ。まぁ、それほどでもあるけどな!」


 と言葉にしては調子に乗ってみたものの――実際にはロアのレベルが上がっても戦力として期待出来そうにないので少々ガッカリ気味だったりする。


「(確かに【魔狼】の育成に俺は最適かもしれないが、【魔女】は何を考えて俺にロアを託したんだろうなぁ?)」


 正直、この時はまだ【魔狼】であるロアという存在の本当の能力を把握出来ていなかったのだ。


 そして、その真価は次期に発揮される事になる。




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