第10話【押しかけ聖女様】

 

 商人として優秀で信頼出来る人材を育成する施設――つまり【学校】のテストケースがスタートを切った。


 そのテストに参加するメンバーは……。


「うぅ~。良い事だとは分かっていますが…複雑です」


 ユリアナの弟達と妹達だった。


「良いじゃん。将来の役に立つ教育を無料で受けられるんだから」


「でも使えるようになったらウチのお店か【組合長】のお店で働く以外の選択肢が無いんですよね?」


「そらそうだ」


 折角、私財を投資してまで育てた人材を他のところに行かせる理由など無い訳だから、将来の働き先が狭くなるのは仕方ない。


「あの子達にはもっと自由に生きて欲しかったのに……」


「技能も経験も無い人材に出来る将来の職って言ったら【冒険者】くらいだぞ」


 確かに【冒険者】は一攫千金を狙える職業ではあるが、逆に言えば危険も大きい仕事なので安定性は皆無と言っても良い。


「そう言われると……確かに【商人】になった方が良い気もします」


「それに、まだ【テストケース】だから実際に使い物になるかはやってみないと分からないしな」


「それって使えなかったら途中で切り捨てるって言っているように聞こえますけど」


「ナンノコトヤラ」


「うぅ~!」


 まぁ実際には余程【やる気が無い】とか【使い物にならない】と判断されない限りは教育を継続していく事になるだろう。


 そういう意味でも【テストケース】なのだ。




 ◇




 その日、俺の店にやって来たのは1人の白い神官服を着た少女と、その少女を護るように周囲を威嚇する鎧を着た女性だった。


 白い服を着た少女は【プラチナブロンド】とでもいうべき長い白金髪で碧い瞳の――まぁ美少女と言っても良いと思う。


 身長はユヒメと同じくらいだが胸は圧倒的に負けている。


 とは言ってもユヒメが爆乳なだけで普通のサイズくらいはありそうだが。


「いらっしゃいませ」


 ともあれ相手が【お客様】であるなら多少怪しかろうが真摯に対応するのが店長である俺の役目。


 いつも通り丁寧に挨拶をして営業スマイルで待ち受ける。


「あの……【MP回復ポーション】を……譲って欲しいのですけれど……」


「……はい?」


 しかし流石の俺も白い少女の言葉には首を傾げた。


「お買い上げではなく……お譲りですか?」


 その言葉のニュアンスは、まるで【無料で寄越せ】と言っているように聞こえたのだ。


「えっと! 私……こういう物を持っています!」


「?」


 そう言って白い少女が差し出してきたのは金属製のカードのようだった。


 そして、そのカードに書かれているのは【公認聖女認定証】という文字だった。


「聖女……様?」


「は、はい!」


 そして、そのカードの裏には詳細が書かれていて、それを具体的に3行で説明すると……。




・国が【この子】を正式に【聖女】として認めたぞ。

・国で【聖女】の活動を全面的に援助するぞ。

・国民は【聖女】に無条件で協力する義務があるぞ。




 という事だった。


 カードには国が本物であると証明する刻印なんかも丁寧に掘ってあり、彼女が本物の【聖女】であるという説得力を持たせていたのだが……。


「協力する義理はありませんね」


「なっ……!」


 俺は速攻で切って捨てたので白い少女の隣に居た鎧を着た女性――【女騎士】が顔色を変えた。


「貴様っ……!」


「そんな玩具が通用するのは【王都出店許可証】を持つ店か、もしくは聖女様に【個人的な恩義】がある店だけでしょう。残念ながらウチはどちらにも当てはまりません」


「この国に住んでいながら国民の義務を放棄する気かっ!」


「この国……特に【王族】には恨みしかないもので」


「っ!」


 俺が冷たい声で目を細めると女騎士は怯んで少しだけ後ろに下がった。


「聖女様のお陰で何人の民が救われてきたか知らんのかっ!」


「怪我や病気ならウチの店から【ポーション】を買って飲めば良いじゃないですか」


「薬を買えない者はどうしろというのだっ!」


「国が金を出せば良い。私腹を肥やしている奴しか居ないんだから、そいつらが金を出せば普通に解決する」


「そ、そんな……事は……」


「少なくとも聖女様が1人で頑張るよりも国が全面的に金を出して支援する方が現実的だと思いますがね。国が金を出せば聖女様が100人救う時間で1万人を救えますよ」


「…………」


「そもそも【公認聖女】ってなんですか? 大手の商店なら兎も角、こんな個人商店から金を巻き上げるような女に【聖女】を名乗る資格があるとは思えませんが?」


「き……さまぁっ……!」


 女騎士は激昂して腰の剣に手を掛けて……。


「無力な一般人に言い負かされただけで剣で脅すのが【公認聖女】のやり方ですか?」


「ぐぅっ……!」


 俺の言葉に剣に掛けた手をギリギリと握り締める。


「アイリス」


「……申し訳ありません」


 そして【聖女】に窘められた女騎士――アイリスは剣から手を離し【聖女】の後ろに下がる。


「どうしても……お譲り頂けませんか?」


「代金を支払って頂けるなら喜んで販売させて頂きますよ」


「私達の手持ちは余りないのです」


「それこそ国に出させるべきでしょう」


「ですが国のお金は民の税によって蓄えられたもの。それを頂く訳には参りません」


「巻き上げられた金が湯水のように贅沢に使われるよりは聖女様に使われる方が100倍有意義だと思いますがね」


「…………」


「そもそも【MP回復ポーション】が欲しいなら【王都出店許可証】を持つ大手の商会に行けばいくらでも貰えるでしょう」


「……このお店の【MP回復ポーション】が欲しいのです」


「【効率】や【味】くらいは聖女として矜持で耐えるべきでは?」


「っ!」


 俺達の店の商品を欲する理由が図星だったのか【聖女】は言葉を失って目を見開いた。


 ウチの店に良く来る【魔法使い】からユヒメの作る【ポーション】の有効性は良く聞かされているので【聖女】が俺達の店の【ポーション】を欲する理由にも簡単に想像出来た。


「そもそもの話、この店は【聖女】ではなく【魔女】の来店を推奨する店なのですよ」


「あ」


 俺が店内の目立つ場所に張ってある【魔女のステッカー】を指し示すと流石の2人も呆気に取られていた。


「わかりました。今日のところは……お暇させて頂きます」


 そして【聖女】は唇を噛み締めて去って行った。




 ◆聖女




 私達はお店――【ヒメ&トシのお店】という変わった名前の小さなお店から出て溜息を吐き出した。


「あの男っ……! 聖女様になんと無礼なっ……!」


「まさか【王都出店許可証】を持つお店以外では使えない物だとは知りませんでした」


 私は【公認聖女認定証】をガッカリしながら見つめる。


「あんなもの唯の屁理屈です!」


「そうだとしても、こんな小さなお店から無料で商品を譲って貰おうというのは横暴でした。反省しなくてはなりません」


「で、ですが……」


「はい。状況の改善は……必要ですね」


 私は今までに何百人もの怪我人や病人達を救ってきましたが――【聖女】と言われていても【MP】が無限にある訳ではありません。


 治療を行う為の【神聖魔法】は効果の大きいものほど【MP】の消費が激しくて、どうしても【MP回復ポーション】に頼る事になるのですが……。


「(あの酷い味は何度飲んでも慣れません)」


 通常の【MP回復ポーション】は言ってはなんですけれど――物凄く不味いのです。


 しかも我慢して飲み込んでも回復する【MP】は微々たるもの。


 涙目になりながら【MP回復ポーション】を飲んで治療を行うのは私でも相当辛い事です。


 そんな時に知ったのが、このお店の【ポーション】でした。


 以前に助けた【魔法使い】にお礼として貰ったものなのですが、その【効率】と【味】は革新的なものでした。


 思わず一気に飲み干してしまい【ポーションの容器】が粉々に砕けて消えてしまったのには唖然としましたが、それ以来私は、このお店の【ポーション】を求めて彷徨ってついに発見するに至ったのです。


「…………」


 まぁ実際には【容器】の特徴を話したら直ぐに情報が集って見つけるのは簡単だったのですが。


「直ぐに国と連絡を取って、この店に圧力を掛けて商品を融通するように掛けあいましょう!」


「……【魔女】を敵に回す気ですか?」


「っ!」


 怒り心頭のアイリスに私はもっとも効果的な言葉を選んでクールダウンさせる。


 もしも【魔女】の逆鱗に触れたりすれば国が疫病で滅ぶ事さえありえるのだ。


 そんな危険は冒せない。


「別に入店拒否された訳ではありませんし、可能な限り正攻法で手に入れる方向で考えてみましょう」


「しかし……我々には先立つものが……」


「……そうですね」


 悲しい事に私達は慈善事業で人助けをしているのでお金が無いのも事実だった。


 どうにかお金を手に入れようにも今更人助けでお金を得る事は出来ないし、商売が出来るような器用さは持ち合わせていない。


「(これでは本末転倒だわ)」


【人助け】をする為には【MP回復ポーション】が必要で、【MP回復ポーション】を手に入れる為には【お金】が必要で、【お金】を手に入れる為には【働く】必要がある。


【人助け】=【働く】にならないところが【聖女】の辛いところだ。


「兎に角……誰か相談出来る人を探してみましょう」


「はい、聖女様」


 私はアイリスを連れて街の中へ【相談に乗ってくれる人】を探しに歩き出した。






「そこは【彼】の言う通り国に援助を求めるべきでしょうな」


 私達が最終的に辿り着いたのは片眼鏡を掛けたお爺さんのところだった。


「で、ですが……」


「まぁ、結論を急がずに順序立てて問題点を洗い出していきましょう」


「は、はい」


 話し上手なお爺さんに反論を遮られて、まずはお話を聞く事にする。


「最初の問題点は聖女様が彼に対して【公認聖女】である事を明かしてしまった事ですな」


「何か問題だったのでしょうか?」


「【公認聖女】であるという事は国に所属する役人のような立場ですからな。国……しかも王族に対して含むところがある彼からすれば聖女様に協力するなど【ありえない】という事になってしまう」


「…………」


「もしも聖女様が【公認聖女】ではなく【唯の聖女】として助けを求めたなら……彼は条件は出したでしょうが最終的には協力してくれたかもしれません」


「……え?」


 私は普通に混乱した。


「そ、それはどういう……」


「実は私が彼と協力して今実験的に行っているプロジェクトがあるのですがね」


 更に私の言葉を遮ってお爺さんは自慢するように話し出す。


 それは身寄りの無い子供達を集めて適切な教育を施し、将来的にお店で働く【優秀】で【信頼】出来る人材を育て上げる計画。


「そ、それは……」


「確かに【打算】がある事は否定しません。ですが現実的に明日をも知れない子供達に住む場所と、将来役に立つ知識を与える事に変わりはありません」


「…………」


「少なくとも私には無作為に人を救い、救っただけで【将来】の事まで解決してくれない人よりは現実が見えていると思っております」


「……そうですね」


 まったくもってその通りだった。


 私は確かに多くの人の【今日】を救ってきたかもしれない。


 けれど救った人の【明日】までは考えていなかった。


「無論、私も彼も膨大な額の【投資】をしています。具体的には【白金貨】が普通に飛んで行くような額の投資ですな」


「【白金貨】って……確か【金貨】100枚分の……?」


「その私達に聖女様の行動にお金を融資する余裕があるとお思いですか?」


「…………」


 何も――何も言い返せなかった。


 生産性皆無の私の行動にお金を払うよりも、彼らの計画にお金をつぎ込んだ方が遥かに将来的に国の――明日をも知れない子供達の為になる。


 私の服の内側に大事に仕舞い込まれた【公認聖女認定証】が物凄く――薄汚いものに思えてきた。


 どうして私は【こんな物】を受け取ってしまったのだろう?


 確かに【これ】のお陰で助かった事があったのも事実だけれど……。


「(いつの間にか私の【人を助けたい】という気持ちが歪められていた)」


【神聖魔法】で人助けを始めた頃は、もっと――きっと胸を張って【彼】や【お爺さん】と向き合える覚悟があった筈なのに。


「(いつの間にか私の夢が歪められて……踊らされていた)」


【公認聖女】になってから、いつの間にか私は国に利用される【馬鹿な女】になっていた。


 恐らく私が【公認聖女】として働く事によって、国が貧しい民達を救済しない為の大義名分に使われていたのだろう。


 そして――それに今の今まで気付きもしなかった。


「ありがとうございました。私は……私がやらなければいけない大事な事を思い出せた気がします」


「ほっほっほ。唯の年寄りの戯言ですぞ」


「いいえ。本当に……感謝しています」


 私はお爺さんに誠心誠意頭を下げて――私のやるべき事をする事にした。




 ◇




「私を雇ってください!」


「…………」


 再び俺の店に現れた【自称聖女】の言葉に俺は猛烈な頭痛を感じていた。


「あ~。ウチの店は人員が足りているんだが」


 小さな店だし客も多くない。


 俺とユヒメとユリアナの3人で十分回していける。


「そっちではなく、あなた方が作ろうとしている【学校】の教師として雇ってください」


「…………」


「こう見えても私は【神聖魔法】が使えます。これを教える事はきっと子供達の将来の役に立つでしょう」


「……あの爺ぃ~」


 こんな面倒臭い【聖女】を巻き込んで押し付けてくるんじゃねぇよっ!


「【公認聖女】を雇うとかありえないだろう」


「あんな物は昨日の内にアイリスに突き返して国へ返還して貰いました」


「…………」


 御付の女騎士が居ないと思ったら、そんな事していたのかよ。


「はぁ~」


 しかしまぁ――確かに将来的に考えて【神聖魔法】が使える人材を確保出来るのは非常に魅力的だ。


 勿論、素質は必要だろうが、そういう人材はこれからいくらでも沸いてくるだろうしな。


「OK……聖女様をウチの学校の教師として迎え入れよう」


「エルシーラです」


「……は?」


「今後、私の事は【聖女】ではなく【エルシーラ】と呼んでください。そっちが本名ですし……【聖女】は辞めましたから」


「了解だ、エルシーラ」


「はい♪」


 なんでそんなに嬉しそうなんだよ。


「つきましてはお給金の代わりに【MP回復ポーション】を支給していただきたいのですが」


「……1本【銀貨】10枚だぞ」


「これからも【人助け】は続けるので【私に】融資してください」


「…………」


 ああ。なんとなくこんな事になるんじゃないかと思っていたよ。畜生が。






・エルシーラ:レベル7

 HP 27/27 MP 53/53

 種族:人間 属性:光 職業:聖女

 筋力:8

 敏捷:11

 体力:12

 魔力:32

 器用:18

 幸運:4

 スキル:【神聖魔法Ⅳ】【光属性魔法Ⅰ】【共鳴】



 エルシーラのレベルは思ったよりも高かった。


 いや、【聖女】をしていたなら低いと思うべきなのか?


「【神聖魔法】や【光属性魔法】はなんとなく分かるんだが、この【共鳴】ってスキルはなんなんだ?」


「わかりません」


 キッパリハッキリ言い切る【聖女】――ではなくエルシーラ。


「私が生まれつき持っていたスキルなのですが、その効果は不明で今のところ分かっていません。今まで邪魔にもなっていないので【呪い】のようなものではないみたいです」


「わからない事をわからないと言うのは正しい事なのです!」


 そして何故かユヒメはエルシーラに共感していた。


 まあ、ユヒメも良く『わからないのです!』とか言っているしな。


「ユヒメさんは【ドリアード】の【調薬師】なのですね。しかも【調薬】のレベルが高いですね」


「トシさんのお陰なのです♪」


 エルシーラは自己紹介しつつユヒメやユリアナのステータスを【鑑定石】を使って見ている。


 そして俺の番になって……。


「……へ?」


 予想通り鳩が豆鉄砲食らったような顔をして呆気に取られていた。


「予想通りの反応なのです♪」


「まぁ……普通は驚きますよね」



・佐々木俊和:レベル2

 HP 12/12 MP 2300000/2300000

 種族:人間 属性:無 職業:店長

 筋力:6

 敏捷:5

 体力:6

 魔力:999

 器用:12

 幸運:0.5

 スキル:【無属性魔法EX】【エンゲージ】



 はい。相変わらずレベルは上がってないけど異常な【魔力】と膨大な【MP】は健在ですよぉ。


「ば、化け物ですか?」


「あ。それヒメと同じ反応なのです♪」


「初対面で化け物呼ばわりは地味に傷付いたけどなぁ」


「ご、ごめんなさいなのです」


「…………」


「はぅっ……!」


 上目遣いで謝ってくるユヒメが可愛かったので思わず抱き締めてしまった。


 正面から抱き締めるとユヒメの爆乳が俺の胸に当たって――たまらんです♪


「 「 ………… 」 」


 ユリアナとエルシーラが何故か自分の胸を触って悔しそうに沈黙していたが――見なかった事にしておく。


「ともあれエルシーラには【学校】で【神聖魔法】を教えて貰う事になったんだが、それと平行して【人助け】もしたいらしいから【MP回復ポーション】を譲って欲しいらしいんだが……」


「いっぱい作れるから構わないのです♪」


「ですよねぇ~」


 予想通り即答してしまったユヒメに俺は力なく笑う。


 室内で【月光草】をチマチマ作っていた時なら兎も角、今は地下で相当な量産体制が整っている。


 具体的にいうと3日で育つ【月光草】の種を1日おきに100ずつ植えてローテーションを組んで育てているので1日で100本の【月光草】が栽培可能だ。


 勿論1日100本も【MP回復ポーション】売れる事は稀だが、地下室が予想以上に広かったので【倉庫】としても活用して【ポーション】を保存してある。


 ぶっちゃけ1日10本エルシーラに融資しても余裕の環境が出来ているのは事実だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る