第9話【将来の為に出来る事を考える】
【魔女の愛用店】である事と地下室で【月光草】の量産体制が整った事で俺達に店は益々繁盛する事になった。
特に【魔法使い】の客が頻繁に訪れるようになり【MP回復ポーション】が飛ぶように売れていく。
「【魔法使い】ってお金持ちなんだなぁ」
「【銀貨】10枚の【ポーション】が1日に50本売れるとか、このお店で働き始めた頃は想像も出来ませんでした」
単純計算で【金貨】5枚の売り上げだ。
日本円に換算して約500万円である。
「ユヒメは大丈夫か?」
流石に【MP回復ポーション】ばかり作らせたので疲れていないかと思って声を掛けたのだが……。
「はい? ヒメがどうかしたです?」
「……元気そうだな」
特に疲労しているようには見えず、無理をしているようにも見えない。
寧ろ俺の方がちょっと疲れ気味だ。
「トシさんの【MP】を【ちゅ~ちゅ~】しているとなんだか元気がわいて来るのです!」
「なんか【MP】以外の物も吸われているんじゃないかと思えてきた」
「それは大変なのです! ヒメの【ポーション】を飲むのです!」
「あ。ども」
ユヒメから【ポーション】を受け取ってグビグビ飲み干して――ポンと容器が砕けて消えて無くなる。
「わぁ~。こうなるんですね」
「あれ? 見せた事なかったっけ?」
ユリアナが俺の作った【容器】の仕様に少し驚いていた。
「弟に薬を頂いた時は、そんな事を気にしている余裕はなかったですから」
「それもそうか」
あの時のユリアナは相当切羽詰っていたし、面白現象に構っている余裕はなかったのだろう。
【倍化のポーション】の時は――逆にテンションが上がりすぎてたし。
そんな感じで【魔女の愛用店】になってから2ヶ月が経過して……。
・ユヒメ:レベル3
HP 23/23 MP 3/3
種族:ドリアード 属性:植物 職業:調薬師
筋力:13
敏捷:3
体力:12
魔力:2
器用:16
幸運:9
スキル:【調薬Ⅴ】【植物練成】【植物魔法Ⅰ】【吸収】【エンゲージ】
ユヒメの【調薬】のレベルが【Ⅴ】にあがった。
「やったのです! これで念願の【状態異常回復ポーション】が作れるのです!」
「ユヒメの念願っていくつあるんだ?」
その台詞【調薬Ⅳ】になった時も聞いたぞ。
「沢山あるのです! 具体的には【調薬Ⅷ】になるくらいまでは【念願】があるのです!」
「思った以上に多かった」
それは兎も角【調薬Ⅴ】で作れるものは……。
・【状態異常回復ポーション】
概要:毒、麻痺、石化、病気、発熱の状態異常を全て回復させる。
・【体力ポーション】
概要:10分間、体力を上昇させる。
・【魔力ポーション】
概要:10分間、魔力を上昇させる。
・【技師のポーション】
概要:10分間、器用さを上昇させる。
・【幸運のポーション】
概要:10分間、幸運を呼び込む。
「 「 【幸運のポーション】を作って下さい! 」 」
俺とユリアナは同時にユヒメに頭を下げて頼み込んだ。
だって【幸運】の値が俺が【0.5】でユリアナが【1】なんだもん!
これは、もう作って貰うしかあるまい!
「う~ん。【幸運のポーション】を作るには特殊な材料が必要なのです」
「【組合長】のところから仕入れよう!」
「【しあわせの草】と言って凄く貴重な薬草なのです」
「…………」
なんとなく名前から察して手に入らない気がした。
「【しあわせの草】とは私の店でも10年に1本入荷すれば運が良いという、とても希少な薬草ですな。私は使った事がありませんが、その薬草を煎じて飲めば問答無用でレベルが1つ上がるそうです」
「……薬の材料にするには勿体無すぎるという事ですか」
「一般論で言えばそういう事になりますな」
そりゃ俺達のような低レベルの奴にとっては価値が低いが、レベル90とか行っている奴からすれば喉から手が出るほど欲しい品って事になる。
「ちなみに、この【薬草】を量産する事は【月光草】とは違って100%不可能です。何故なら、この薬草は1年に1本だけ生える事が決まっている薬草だからです」
「ひょっとして採れる場所も決まっていたりしますか?」
「その通りです」
「それは……確かに量産は無理ですね」
競争率も問題だが、その【薬草】が生える場所は俺なんかが足を踏み入れられないほどの難易度の高い場所なのだろう。
「今回は諦めますか」
「賢明ですな。【調薬Ⅴ】は他にも有用なものがありますし、そちらの素材なら私の店からでも卸す事は出来ますから」
「…………」
「全く関係のない話ですが【調薬Ⅳ】から【調薬Ⅴ】になる為には普通10年の時間が掛かるそうですよ」
「……【幸運のポーション】以外で【調薬Ⅴ】で作れる物を各2本ずつで【銀貨】30枚でどうでしょう?」
「28枚が良いですな」
「むぎっ……わかりました」
今回も【口止め料】として大幅に値引きさせられて【ポーション】を買い叩かれた。
ちなみに【状態異常回復ポーション】は【銀貨】10枚で【強化系ポーション】は【銀貨】8枚だ。
計【銀貨】68枚になるので【銀貨】40枚も値引かれた計算になる。
この強欲爺さんがぁ~!
しかしユヒメの成長速度が異常に早いのが気になるな。
このままのペースで成長すれば数年後には【調薬Ⅹ】になってしまうぞ。
「サービスとしてお教えしますが、通常の【調薬師】が1日で【調薬】出来る本数は多くても10本~15本とされています。やる気があっても【MP】が持ちませんからな」
「ああ。そういう……」
「しかも【調薬】のレベルが上がるほど必要な【MP】も増えますから成長はドンドン遅くなっていく訳ですな。誰かさん達には全く無用な心配でしょうが」
「……サービスですよね?」
「ええ。勿論です♪」
「……さっきのセットは3本ずつに変えておきます」
「それは残念ですな」
この爺さんの主義じゃないが【只より高い物はない】って事を改めて実感したわ。
【サービス】という言葉に騙されて危うく借りを作るところだった。
しかしユヒメの成長が異常に早い理由に関して納得出来た。
そして【組合長】の爺さんが頻繁に俺達の店に訪れている理由も。
あの爺さん、俺達に貸しを作ってユヒメの【秘薬】を真っ先に手に入れる気なんだ。
まぁ、まだユヒメが【秘薬】を作れると決まった訳ではないが、それを抜きにしても高レベルの【調薬師】と繋ぎを持っておいて損はないのだろう。
「というか、そもそも【秘薬】ってなんなんだ?」
「知らないのです!」
「ですよねぇ~」
ユヒメさんったら自分で【調薬Ⅷ】までの知識しかないって暴露していらっしゃったし。
「まぁ、最低でも【調薬Ⅹ】になってからの話だし、その辺の事はなってから考えれば良いか」
「にゅふふ。【世界一のポーション屋さん】の夢が見えてきたのです♪」
「…………」
【取らぬ狸】のなんとやらだが、少しくらいユヒメにも夢を見させておいても良いだろう。
◇
ユヒメが【調薬Ⅴ】になった事でお店のラインナップは14種類に増えた。
本当は15種類作れるのだが【幸運のポーション】は手が出せないので仕方ない。
【組合長】の店でさえ10年に1度手に入るかの希少品では今の俺達には手も足も出ない。
「くふふ。順調に成長しているようね」
「あ。いらっしゃいませ」
色々考えていたら常連になった例の【魔女】がいつの間にか傍に居て含み笑いを漏らしていた。
「【状態異常回復ポーション】を5本貰おうかしら」
「少々お待ちください」
俺が商品を用意する間、【魔女】は【秘薬、秘薬ぅ~♪】と楽しそうに口遊んでいたので、この【魔女】の狙いもユヒメの【秘薬】らしい。
「…………」
考えたら【組合長】の爺さんは兎も角、この【魔女】には多大な恩があるので【秘薬】を優先的に卸す事を拒否出来そうもない。
いつの間にか【只より高い物】を貰ってしまっている訳だ。
これに関しては【流石は魔女】と言うしかない。
「~♪」
そして【魔女】は俺から商品を受け取ってご機嫌で帰っていった。
「なぁ~んか、あちこちからプレッシャーを掛けられている気がするなぁ」
「そうなのです?」
夕食時、ユヒメの用意してくれたサラダを食いながら俺は【組合長】の爺さんや【魔女】の事を考える。
俺には良く分からないが【秘薬】というのは余程魅力的な物らしい。
そしてユヒメが成長するまで、まだ時間があるので外堀からじっくり埋めていく作戦らしい。
「(俺らがピンチに陥ったら奴らは意気揚々と手を差し伸べてきて【お礼は秘薬で良いよ】的な事を言ってくるんだろうなぁ)」
その情景が目に浮ぶわ。
しかし実際の話、彼らの助力は非常にありがたいのも事実だ。
一応ユリアナが多少戦力になるといっても所詮は素人に毛が生えた程度であって、俺達には強い奴とまともと戦って勝てる戦力は存在しない。
そして、この世界にはいつそういう状況に陥ってもおかしくない危険があるのも事実。
だから護って貰えるのはありがたいのだが……。
「(打算塗れの協力者っていうのも……まぁ無償の助っ人よりは信用出来るけどさぁ)」
とりえず今度【秘薬】について調べておこう。
◇
ユヒメが【調薬】を行う際、俺はユヒメに【MP】を5万くらい譲渡している。
「ん……ちゅぅっ♡ あ……ふぁっ……♡」
それはつまり、それだけ長い時間キスをする必要があるという事であり――ユヒメの背中に手を回して抱き締めつつ彼女の唇を堪能し、更に舌を絡めて吸収効率を上げていく。
「はぅぅ、トシさん酷いのです。こんなにされたら……ヒメは暫く動けないのです」
「ごめんごめん、ユヒメが可愛くてつい♪」
熱烈なキスで腰砕けになったユヒメの頭を撫でて、ついでに豊満な体を抱き締める。
「むぅ。お返しなのです」
そう言ってユヒメは俺の首筋に噛み付いてきた。
とは言っても甘噛み程度だけど。
粘膜接触以外だと吸収効率が悪いが【吸収】が出来ない訳でも無いらしく、こうして甘えるように【ちゅ~ちゅ~】して来る事が偶にある。
傍から見ると唯イチャイチャしているようにしか見えないが。
そうして暫く俺に甘えていたユヒメは……。
「よしなのです! 今日もお仕事頑張るのです!」
色々と満タンになったのか張り切って仕事を開始した。
ユヒメが調薬を開始するのを見届けてから俺は店の開店準備を始める。
「おはようございま~す」
そうして店の掃除をしている最中にユリアナが出勤してくる。
出勤と言ってもユリアナ一家は店の裏庭に立てた家に住んでいるので通勤時間は1分未満だけど。
「おはよ」
「はい! 今日も1日頑張りましょう、店長!」
ウチの女性陣は、なんというか――毎日元気だなぁ。
そうして俺とユリアナで店の掃除を済ませてから商品の在庫を確認して、商品を店に並べていき――準備が終わり次第店の入り口の鍵を開けて開店する。
と言っても朝イチで来るような客はウチには居ないんだけど。
「ウチのお店って売り上げと比べてお客さんの数って少ないですよね?」
「そうだな」
俺達に店の1日の客数は50~100人といったところ。
もっとも、その中に【MP回復ポーション】を複数買っていく高レベルの【魔法使い】が含まれるので売り上げの金額は跳ね上がる。
「こんな時に聞くのもどうかと思いますが……お店の資産ってどのくらいあるんですか?」
「ユリアナが聞いたら後悔するような額だよ」
「……マジですか?」
「割と」
「…………」
普通の【ポーション屋】なら【材料費】+【調薬師への報酬】が売り上げから引かれる事になるが【薬草】と【月光草】は自前で育てているし、ユヒメと共同経営なので店の売り上げそのものがユヒメと俺の共有財産だ。
つまり原価ほぼゼロで売れば売るだけ儲かるという反則的な環境が整っている。
以前この世界のお金は【金貨】【銀貨】【銅貨】の3種類が基本だと説明したが、それ以外にも【基本じゃないお金】というのがあって【白金貨】と呼ばれるものがある。
それは【金貨】100枚分の価値があるお金で、つまり日本円に換算して1枚1億円の価値がある硬貨だ。
え? 何でいきなりそんな話をするのかって?
そりゃウチの店の小さな金庫の中に【白金貨】が十数枚入っているからだよ。
店としては基本的に使うのは【銀貨】になるし、客が落とすのも殆ど【銀貨】と【銅貨】、偶に【金貨】といったところだが客の対応に使う小銭と日用品を買う為のお金以外は店で保存しておくのは邪魔になる。
そこで【組合長】に頼んで両替をして貰い【白金貨】を調達して貰った。
『ご忠告するまでもない事かもしれませんが【これ】はお店の金庫に仕舞い込み決して人目触れないように保存する事をお勧めいたします』
【組合長】に言われるまでもなく金庫は店の奥に仕舞い込まれ、更に金庫を俺の【無属性魔法】で囲って店の床と接地させて万全の守りを確保してある。
「え~っと。良くわからないのですが、そんな大金を何に使うのですか?」
「使う予定は……今のところ未定だなぁ」
「へ?」
俺の目的は【ユヒメに恩を返す事】で、ユヒメの目的は【世界一のポーション屋さんになる事】だから現状で2人の目的の為にはお金は必要じゃない。
お金が溜まっているのは唯の【結果】であって、お金を貯めて何をするという話はない。
「2号店や3号店の開店資金にする事も考えたけど、まだ必要な人材を育成出来ていないから、まだまだ先の話だしなぁ」
「何か贅沢をするとか……」
「俺はユヒメとイチャイチャしているのが最高の贅沢だと思っている」
「美味しい物を買うとか……」
「ユヒメの育てる野菜以上に美味しい物を俺は知らないなぁ」
「…………」
何故かユリアナに【駄目だ、この人……早くなんとかしないと……】みたいな目で見られた。
失敬な奴だ。
その後、疎らに来る客を捌きながら1時間毎にユヒメに【MP】を譲渡する為に楽しいキスのお時間を堪能していった。
◇
ユリアナにはああ言ったが折角なのでお金の使い道を少し考えてみた。
「ユヒメ。何か欲しい物ってある?」
「トシさんなのです!」
「……それはもうユヒメの物だから」
「それなら欲しい物はもう無いのです♪」
「ですよねぇ~」
欲が無いというより現状に満足しているので【今以上】が想像出来ないのだろう。
「トシさんは欲しい物ないのです?」
「ユヒメ」
「……それはもうトシさんの物なのです」
「それじゃ欲しい物は無いなぁ♪」
「むふぅ♪」
なんてやりとりをしていたらユリアナが白い目で【バカップル】とか呟いていたがスルーしておいた。
「まぁマジな話、欲しいのは物品じゃなくて優秀な人材だな。2号店を開く時の為に優秀で信頼出来る人材が欲しい」
「【優秀】は兎も角【信頼】は難しいんじゃないでしょうか? 他所から引き抜いた人材の性格なんて直ぐにはわかりませんし」
「それが問題だなぁ」
信頼出来ない人材に店の経営を任せて評判を落とされたらたまらない。
「……いっそ人材を育成する施設を作るかな」
「へ?」
「ユリアナみたいに路頭に迷っているのを拾い上げて、生活を保障する代わりに教育を受けさせて将来、俺達の為に働く幹部を育成する……とか」
突飛な意見ではあるが、これなら【優秀で信頼】出来る人材を育成出来る。
「でも、それって凄く大変で時間が掛かるんじゃ……」
「【組合長】の爺さん……いや【商人組合】に提案してみるか。全員は賛成しないだろうが金があって将来が見えている奴なら乗ってくるかもしれない」
勿論、最初に相談する相手は決まっているけど。
「ふむ。それは……なかなか面白い意見ですな」
【組合長】の爺さんは俺の話を面白そうに聞いてくれた。
「お金の使い道を考えていて【優秀】で【信頼】出来る人材を確保する為の方法を考えた結果、行き着いた結論です」
「確かに面白いですが……簡単ではありませんぞ?」
「だから相談しているのではありませんか」
「ほっほっほ。そうでしたな」
俺だけで実行しようとしても、きっと色々足りない。
だから【出来る人】に相談して協力を求める事から始める事が【俺に出来る事】だと思ったのだ。
「私が考えるに、その施設を作るに当たって最重要なものは2つ」
「…………」
「1つは【環境】ですな。人材を育成する建物、育成する為の人材、生活出来るだけの資金。全て含めて【環境】が必要でしょう」
「……その時点で私1人では予算オーバーです」
「2つ目は【歴史】ですな。当たり前のように施設に入り、当たり前のように店で働けるようになる為には前例という名の【歴史】が必要です」
「数十年単位の時間が掛かりそうですね」
自分で考え付いておいてなんだが【荒唐無稽】な話に思えてきた。
「ですが……面白いです」
それでも爺さんは話を切って捨てたりしなかった。
「優秀な人材の確保というのは私も長年の課題の1つでしてな。それを根本的に解消する1つの道ではあると思います」
「……無条件で協力してくれる訳じゃありませんよね?」
「当然ですな」
まぁ、そう簡単じゃないのは俺でも分かるしね。
「まずは【テストケース】として数人の子供を集めて教育してみる事から始めましょうか」
「それが上手く行けば徐々に範囲を拡大していくって事ですね?」
「そういう事になりますな」
それはつまり【試行錯誤】の繰り返しという事だ。
「ある程度成果が出たら【商人組合】に掛け合って出資者を募りましょう」
「商人である彼らが前例も無い事にお金を出してくれるとは思えませんからね」
「ほっほっほ。1から10まで説明しなくて済むのは楽で良いですな」
「…………」
とりあえず俺と爺さんで金を出し合って小規模な【テストケース】を開始する事になった。
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