第8話【魔女の来店とお店を拡張】

 

【商人組合】に加入している店は半年に1度、【商人組合】が主催する会議に出席する義務がある。


「トシさんのところは随分と景気が良いみたいですな」


 で。当然のように新参で軌道に乗ってきている俺達の店は注目を浴びる事になった。


 というか俺の事を【トシさん】って呼ぶのね。


「いえいえ。ウチの店は個人商店のようなもので皆様のお店の売り上げと比較したら微々たるものですよ」


 とりあえず下手に目を付けられないように謙遜しておく。


「それにしては随分と急成長しているようですな。トシさんのお店にお客を取られて閑古鳥が鳴いている【ポーション屋】が2~3軒あるみたいですぞ」


「ふむ。ウチは王都の郊外にあるのですが、その店はウチの近くにある店でしょうか?」


「え? いや……どうだったかな?」


「少なくとも私の知る限り、私の店の近くに【ポーション屋】はなかったと記憶しています。そうである限りウチの影響で売り上げが落ちていると判断するのは早計かと思われます」


「む」


 とりあえず次の会議は半年後なのだから、それまで時間を稼ぐ意味でも結論は保留にして先延ばしにするべきだ。


 ここで下手に波風を立てても良い事などなさそうだし。


「分かりました。今暫く様子を見る事にしましょう」


「はい。私の方でも周辺の店には気を配っておきます」


 とりあえず今はこんな物だろう。


「それでは次の議題なのですが……」


 そうして【商人らしい会議】が続いていった。




 ◇




「つ~か~れ~たぁ~」


 会議後、自宅に帰ってきた俺は床に寝そべってダラダラと惰眠を貪っていた。


「お疲れ様なのです、トシさん」


「本当に疲れたぁ~。店の安全を護ってくれる【商人組合】とはいえ会員が全員善人って訳でも無いし腹の探りあいはしんどいよぉ~」


「ヒメは絶対に参加したくないのです」


 心配しなくても、こんな疲れる会議にユヒメを参加させるつもりはない。


「御飯の準備は出来ているのです♪」


「おぉ~。疲れた体にはトマトが染みるぅ~」


 もう俺、一生肉は食わなくて良いわぁ~。




 ◆魔女




 本日、街で噂の【ポーション屋】を訪ねてみる事にした。


 街行く人に話を聞いて回り、場所を特定して向っている最中なのだけれど……。


「随分と郊外にあるのね。噂は所詮噂という事かしら?」


【宣伝が上手いだけでたいした事はない店】なんてざらにある。


 そう判断して期待しないように聞いた店の場所へと向って……。


「なに……これ……?」


 実際に【店】を見た瞬間に良い意味で期待を裏切られた。


「見ただけじゃ分からないけど……何か特殊な素材で補強してある。これは木材に何かの結晶を混ぜ込んでいるのかしら?」


 私の目を持ってしても製造方法が分からない。


 コンコンと叩いてみるが、分かるのは木材と鉱物の中間くらいの奇妙な反応だという事くらい。


「ふむ。思ったよりも……期待出来そうね」


 知的好奇心を刺激され私は期待を膨らませて店の中に入る事にした。






「(……マジかよ)」


 そして私は店の中に入っただけで呆れ果てた。


「(店の外観だけじゃなく、店内の床、壁、天井に至るまで全て木材の鉱物を混合した作りになっているわ)」


 これを作る為に一体どれだけの労力とお金が必要だったのか想像も付かない。


「いらっしゃいませ」


 そして店の作りに呆気に取られていた私に店員と思わしき青年が丁寧に頭を下げて挨拶をしてきた。


「(おっと。肝心なのは店の構造じゃなくて商品だったわね)」


 私は店内に並べられている商品の方に注意を向ける。


 並んでいた商品は、それ程珍しい物ではなかったけれど……。


「(この【ポーション】を入れている【容器】…店の建物の補強に使われているものと同じものだわ)」


 透明で中の【ポーション】の色がハッキリと分かる綺麗な容器だった。


「(これ……中の【ポーション】より【容器】を売った方が儲かるんじゃないかしら?)」


 困惑しつつ店内を見回した私の目に【その張り紙】が飛び込んでくる。




【当店の【ポーションの容器】は使用後に砕けて消えます。ご了承ください】




「……は?」


 再度呆気に取られて【ポーション】と【張り紙】を交互に見て――気付く。


「(これ……自然発生した鉱物じゃないのね)」


 私は店員が他の客の接客をしているのを横目で確認して――【鑑定魔法】を使った。


 一般的に【鑑定】を行う為には【鑑定石】と呼ばれる魔法のアイテムを使う必要があるのだけれど、その【鑑定石】を作る為には高レベルの魔法使いの【鑑定魔法】が必要になる。


【鑑定魔法】は【鑑定石】とは違って使用すると一定時間術者の見たもの全てを鑑定してくれる便利な魔法だ。


 一説には同じ効果を永続的に装備者に与える【片眼鏡】もあるらしいが。


「(さてと)」


 ともあれ魔法が効いている内に鑑定を開始する。


「(へぇ~。【容器】だけかと思ったら中の【ポーション】も【良質】なのね。商品が【MP回復ポーション】までしかないって事は、これを作っている【調薬師】のレベルは【Ⅳ】って事かしら?)」


 とりあえずいくつか買ってみようと商品を持って店員のところへ持って行って……。


「っ!」


 ギョッとした。



・佐々木俊和:レベル2

 HP 12/12 MP 2300000/2300000

 種族:人間 属性:無 職業:店長

 筋力:6

 敏捷:5

 体力:6

 魔力:999

 器用:12

 幸運:0.5

 スキル:【無属性魔法EX】【エンゲージ】



「(なにこいつの【魔力】と【MP】……高いなんてもんじゃないわ)」


 レベルはたったの2なのに【魔力】999の上に【MP】が230万。


 しかも良く見たら【無属性魔法】のレベルが【EX】という意味不明なものになってしまっている。


「(絶対にこいつだ!)」


 こいつが店の補強をしたり【ポーションの容器】を作っている張本人だ!


 私は必死に記憶を掘り起こす。


 確か【無属性魔法】というのは【MP】を直接体の外に放出して実体化させるだけの【外れ魔法】だった筈。


 私の記憶にある【無属性魔法】で作られるものは【石で出来た人形】程度の物で、この家を補強したり【ポーションの容器】のような無色透明の結晶を作るなんて事は……。


「(そうか。【魔力】と【MP】の高さを利用しているのね。それに【無属性魔法】を【EX】って意味不明なレベルまで上げる事で出来る事なんだわ)」


 色々な意味で納得して私は――店の奥から【魔女】として見逃せない反応を感知した。


「(この反応……店の奥に【月光草】が生えている?)」


 ありえない。


 あの【魔法草】は月の光の届かない場所で育てられるような代物では……。


「(そうか。【無属性魔法】は【MP】を【MP】のまま放出する魔法。それなら【月光草】の栄養源を直接提供して育てる事も可能って訳ね)」


 まさか【使えない魔法筆頭】だと思っていた【無属性魔法】にこれほどの使い道があるとは夢にも思っていなかった。


 無論、この店員の過剰な【MP】があって初めて成立する事だけど。


 私が色々な意味で感心していると……。


「トシさん。追加の【ポーション】が出来たのです」


「っ!」


 再びギョッとする事になった。



・ユヒメ:レベル3

 HP 23/23 MP 3/3

 種族:ドリアード 属性:植物 職業:調薬師

 筋力:13

 敏捷:3

 体力:12

 魔力:2

 器用:16

 幸運:9

 スキル:【調薬Ⅳ】【植物練成】【植物魔法Ⅰ】【吸収】【エンゲージ】



「(この子【ドリアード】だわ! しかも【調薬師】って事は、この子が店の【ポーション】を作っていたのか)」


 異様に【魔力】と【MP】が低い事は気になるが、店の【ポーション】の品質の良さに納得しかけて……。


「(いや。この子の【MP】でどうやって【調薬】しているのよ?)」


 明らかに下級の【ポーション】ですら作れない【MP】の低さだ。


「お客様? どうかなさいましたか?」


「あ」


 その答えは目の前にあった。


「(そうか。【吸収】のスキルで、この店員から【MP】を吸い取っているのね。それなら無制限に【MP】を使えるし、どんな調薬でも可能って訳ね)」


 私は答えを解明した事に満足に頷いて――ハタと気付く。


「(これって実は物凄い事なんじゃないかしら?)」


【調薬師】が【調薬】のレベルを上げる過程でもっともネックになるのが【MP】の確保だ。


【MP回復ポーション】は自力で作ったとしても高価なものだし材料を確保するのも一苦労。


 けれど、もしも無制限に【MP】が使える【調薬師】が居るのなら……。


「(通常の【数十倍】~【数百倍】の速度で成長出来る計算になる)」


 どんなに腕の良い【調薬師】でも1日10本――多くても15本の調薬が限界なのに無制限に調薬が行えるのだから。


「(いや。いやいやいやいや……!)」


 そこで私はもっと重要な事に気付く。


「(この子は【ドリアードの調薬師】なのよっ!)」


【普通の調薬師】と【ドリアードの調薬師】とでは将来性という奴が全く異なる。


「(私の記憶が正しければ【ドリアード】の高レベルの【調薬師】には【秘薬精製】という特殊なスキルが解放される可能性がある)」


 精製される【秘薬】1本につき【金貨】数百枚以上という幻の薬だ。


「(更に伝説には【神薬精製】という幻のスキルがあるとされているわ)」


【神薬】と言ったら値段を付けられない――最低でも通常の国家予算に匹敵する値段が必要になるであろう伝説の薬だ。


「(過剰な【MP】の持ち主と【ドリアードの調薬師】か。なんて最高の相性なのかしら)」


 良く見れば2人は【エンゲージ】という将来を約束した証まで持っている。


 これはつまり、そう簡単に2人の仲は切れないと思って良い。


「(これは……今の内に【お得意様】になっておいて損はないわね♪)」


 私は2人の将来性に期待して頻繁に店を訪れる事に決めた。




 ◇




 なんか良く分からないが【魔女】と名乗るお姉さんから奇妙な【ステッカー】を貰い、それを店に張っておくように言われた。


「それは【魔女】が愛用しているお店である事の証ですな。更に言えば、その店に害を与えるような輩が居るなら【魔女】に喧嘩を売るのと同意義である事も意味しますので、実質的に【魔女の守護を得た店】として安全を保障されます」


 俺はいつも通り組合長から情報を得ていたのだが、思ったより凄い効果を持った【ステッカー】だった。


「それは何処かの【組合長】の値切りに対抗する効力はあるのでしょうか?」


「奇遇な事に私の店も【魔女の愛用店】ですな」


「……【MP回復ポーション】5本で【銀貨】20枚でどうでしょう?」


「良いお値段です」


 畜生。折角この爺さんより有利に立てると思ったのに一瞬で終わったわ!


 とりあえず【魔女のステッカー】は店の目立つ場所に張っておく事にした。


 これで【商人組合】と合わせて店の安全は益々保障される事になった。




 ◇




 今日も今日とてユヒメは【ポーション】作りに精を出し、ユリアナには店番を任せている。


 そして俺は商品の在庫を確認して足りない物をユヒメに伝えて優先的に作るように進言する。


「ユヒメ。そろそろ【MP回復ポーション】が切れそうだ」


「うぅ~。そんな事を言われても【MP回復ポーション】は材料が無いのでこれ以上は作れないのです」


「ああ。そういえばそうだった」


【MP回復ポーション】の材料である【月光草】は3日で20本しか取れないので制限があるのだ。


 希少価値云々ではなく、店の中で育てるのはこれが限界というだけの話だけど。


「もっと広い部屋があれば良いんだけどなぁ」


 現在はお店のスペースが大半で居住区は俺とユヒメの2人が暮らすのでギリギリの広さだ。


「そうなのです! 地下室を掘れば良いのです!」


「……誰が掘るんだよ」


 俺の【無属性魔法】もユヒメの【植物魔法】も地面を掘るのには向いていない。


「ユリちゃんなのです! ユリちゃんは地属性なので地面を掘るのもお手の物なのです!」


「おぉ。なるほど!」


「【なるほど】じゃありませんよ! いくらなんでも1人で地下室を掘るなんて無理に決まっているじゃないですか!」


 ユヒメのナイスな提案はユリアナ当人によって却下された。


「駄目なのです?」


「駄目というか無理です。私が【地属性】でも【穴掘り】に役に立つスキルなんてありませんよぉ」


「むむ」


 この時ほどユリアナに【地属性魔法】を覚えさせていなかった事を後悔した事はない。


「私が魔法を使えても【魔力】と【MP】が低いので役には立たないんですけどね」


「……というかなんでユリアナがここに居る訳?」


「あ。お店の【ポーション】がいくつか無くなったので取りにきました」


「【MP回復ポーション】は売り切れで頼む」


「分かりました」


 必要な【ポーション】を箱に入れてユリアナは店に戻っていった。






 皆で相談した結果【地属性魔法】を使える冒険者を雇って地下室を掘って貰う事にした。


「報酬はどのくらいが相場でしょうか?」


 で。冒険者ギルドの受付嬢に相場を聞いてみたのだが……。


「うぅ~ん。流石に今まで【魔法で地下室を掘って欲しい】という依頼は覚えがないので、なんとも言えませんね」


「そんなに広い家じゃないんで【金貨】で2~3枚というところでしょうか?」


「さ、流石にそれは高過ぎです。【穴掘り】の依頼なんですから【銀貨】50枚くらいでも引き受けてくれる人は居ると思いますよ」


「ほほぉ~」


 冒険者の相場というのは良くわからないが思ったより安く出来上がりそうだ。


「それなら募集をお願いします。依頼料は奮発して【銀貨】70枚って事にしておいてください」


「畏まりました。それではこちらの用紙に必要事項をご記入ください」


「わかりました」


 とりあえず必要事項を埋めて、募集の内容を書き記す。




募)要【地属性魔法】が使える人。

 家の地下室を掘って貰いたいです。

 報酬は【銀貨】70枚を予定。




「大変わかりやすい募集内容だと思います。これなら直ぐに要件に合った人が募集してくると思います」


「それじゃお願いしますね」


「畏まりました」


 こうして俺は冒険者がやってくるのを待つ事にした。






 そうして待つ事2日。


「冒険者ギルドから依頼を受けて来ました【イリス】と申します。【地属性魔法】には自信があるので地下室の製作はお任せください」


「…………」


 やって来たのは12~13歳くらいの少女だった。


「む。私の事を子供だと勘違いしていませんか? 私は【ドワーフ】の血が入っているだけで既に成人しています」


「ああ。そうなんだ」


 というか【ドワーフ】は【鍛冶師】のイメージがあるので【火属性】が普通なのかと思っていた。


「正確にはドワーフと人間のハーフです。【鍛冶師】の才能には恵まれませんでしたが【鉱石】と相性の良い【地属性】として生まれたので【地属性魔法】を駆使して生計を立てています」


「ほほぉ~。思った以上に期待出来そうだな」


「お任せください」


 ともあれ彼女――イリスを店の裏側に案内して、そこから地下室を掘って欲しい旨を伝えていく。


「家の下に地下室を掘るのは陥没の危険性があるのですが……」


「その辺は考えがあるから大丈夫」


「……わかりました。依頼主の意向に従います」


 イリスに魔法で家の下の地面を掘って貰い、それと同時に俺も魔法を行使して家が崩れないように丈夫な結晶を作って補強していく。


「私が見た事のない魔法ですね」


「……口止め料払うから秘密にしてくれ」


「分かりました」


 そんなやり取りがあったもののイリスの【地属性魔法】が優秀だった事もあり数時間ほどで地下室は完成した。


「本当なら地下室を掘った後に私が【地属性魔法】を使って壁を固める事まで考えていたのですが……必要なさそうですね」


「いやいや。十分助かったよ」


 最後に地下室の入り口の扉を俺の【無属性魔法】で作り鍵を取り付けて完成だ。


 この地下室には家の中からではなく外から階段を下りて入る事になるので家の広さを圧迫しないのもプラスだ。


「依頼料は冒険者ギルドに振り込んであるので後で受け取ってくれ。後は……これは例の口止め料という事で」


 俺がイリスに渡したのは【MP回復ポーション】だ。


【魔法使い】である彼女にはあって邪魔になるものでも無いだろう。


「良いのですか?」


「ああ。気に入ったら店に買いに来てくれよ」


「なるほど。宣伝も兼ねた口止め料ですか。無駄が無いですね」


「こう見えても一応は商売人だからな」


「わかりました。それでは、また何かご依頼があれば私を指名していただければ幸いです」


「ああ。その時は頼むよ」


 そうして初めての冒険者への依頼は完了した。




 ◇




「おぉ~。広い地下室なのです♪ これなら沢山【月光草】を育てられるのです!」


 ユヒメは新しく作った地下室を気に入ったようだ。


「キンキラの壁と床と天井……なんだか別の世界に迷い込んだみたいですね」


 ユリアナは地下室の素材を全て俺の【無属性魔法】で作った事に困惑している。


「ここには関係者以外立ち入り禁止にする予定だから自重しなかった。各自【鍵】は預けるが、この3人以外が入るのは厳禁だからな」


「はいなのです!」


「わかりました」


 という訳で秘密の地下室で【月光草】を育てる事になった。


 まぁ、育てるのは基本的に俺なんだけど。




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