第18話【いつか来るとは思っていたけれど…】

 

 予想通り【調薬Ⅷ】の商品によるラッシュは1ヶ月ほどで収まってくれた。


 ユヒメはいつも通りだったけど、俺とユリアナは大変な日々で、何気にちまっと手伝ってくれたシーリアには大感謝だった。


 で。普段通りの穏やかな日常が戻ってきた訳なのだけれど……。


「【結晶剣】……ですか?」


 その面倒そうな話を俺に持って来たのは毎度の如く【魔女】だった。


 いつも通り唐突に訪ねてきてユヒメが【調薬Ⅷ】になった事を知ってニマニマしていたのだけれど、そのついでみたいに頼み事をされている真っ最中だった。


「ええ。水晶クリスタルや宝石なんかで作られて特殊な魔法紋で細工をした剣なのよ。それが欲しくてねぇ」


「……私の【無属性魔法】で特殊な効果は付与出来ませんよ?」


「形を整えてくれるだけで良いのよ」


「……私は【剣士】でもないし【鍛冶師】でもないので、ろくな剣になりませんよ?」


「それこそ大丈夫よ。剣と言ったけど実際には【儀式用の剣】だから、どちらかというと装飾品に近いわ。なにかを斬ったり、実際の剣と打ち合ったりする予定はないもの」


「……そうですか」


 結局のところ俺――俺達に【魔女】の要請を断るなんて選択肢は存在しない。


 色々と恩もあるし、機嫌を損ねて彼女の庇護下から追い出されるのも馬鹿らしい。


「それで……どのような形にすれば良いのですか?」


「ちょっと待ってね。一応サンプルを持ってきたから」


 そう言って【魔女】が何処からともなく取り出したのは透明――というには濁りの多いガラス製の剣だった。


 刀身は40センチほどで切れ味は期待出来ない丸っぽく分厚い剣だった。


「一応、一流と言われている職人に頼んだのだけど、こんなのが限界だったわ」


【サンプル】というより【出来損ない】と言う方が正しいらしい。


「形はこれと同じで良いんですか?」


「ええ。可能な限り【硬度】を上げて作ってくれると嬉しいわ♪」


「……分かりました」


 なんでこの人、言ってないのに俺が【無属性魔法】で硬度を調整出来るって知っているんだろう?


 色々と疑問に思ったが【魔女だから】で納得しておく事にした。


 ともあれサンプルを見ながら早速【無属性魔法】を行使する。


 見本があるからなのか、思ったより簡単に【魔女】の要求する【結晶剣】とやらが完成した。


「お見事ね。こっちの【出来損ない】とは段違いの出来だわ」


「……どうも」


 まぁ、俺の魔法は【無属性魔法EX】だけあってサンプルとは透明度が違う。


「一応、確認しておくけど、これってどのくらい【MP】がつぎ込まれているのかしら?」


「【硬度】優先というお話だったので限界まで圧縮して約10万くらいでしょうか」


「くふふ。想像以上だわぁ~」


 俺からすると【MP】10万というのは普段ユヒメに譲渡するのより少し多いかなぁ~という程度なのだが、やはり【魔女】からしても規格外に多いらしい。


「これでロアちゃんは正式に君のものって事で良いかしら?」


「……ありがとうございます」


「くふふ~」


 この【魔女】ってば最初に恩を売りつけておいて、それをキッチリ後から回収してくるようなやり方をしてくる。


【組合長】の爺さんとどっちが手強いかは議論の余地があるが、どっちも敵に回したくないというのが本音だった。




 ◆魔女




「くふふ。くふふふ~」


 作って貰った【結晶剣】を手に私は笑みが洩れるのを抑制出来なくなっていた。


 こんな剣に10万もの【MP】が篭められているなど誰が信じられるだろう?


「さてと……【術式接続】」


 そうして私は【結晶剣】の表面に魔法紋を刻み、術式を接続してみる。


「くふふ。10万という自己申告すらお世辞だったわね」


【結晶剣】と接続した私自身に膨大な【MP】が流れ込んでくるのを制御して堰き止める。


 この剣に篭められた【MP】は約12万8千というところだった。


「あの坊やからすれば残りの2万8千なんて誤差の範囲って訳ね。くふふ」


 そりゃ230万からすれば2万8千は誤差だろう。


 常人とは【MP】に対する認識がまるで違うのだ。


「くふふ」


 今回、私が創り上げた術式は【結晶剣】に篭められた【MP】を私に接続する事で自在に私の【MP】へと変換する為の術式だった。


 これで私は【MP】12万8千を自由に使える【最強の魔女】へとクラスチェンジ出来た訳だ。


「~♪」


 もっとも、これは【欲しかった】というだけで実際に使う気はないのだけれどね♪


 まぁ、あのお気に入りのお店が何らかの害を被ったなら――この膨大な【MP】を使って【国堕し】をしてみるのも一興かもしれない。


 今の私なら1国や2国くらいなら容易に落せそうだし。




 ◇




「と、トシさ……んぅ♡ あぅ……んむぅ♡」


 最近、忙しかった反動からか俺は普段よりも念入りにユヒメと【ちゅ~ちゅ~】していた。


 抱き締めて、唇を合わせ、念入りに舌を絡ませあう。


 そうして限界まで俺の【MP】をユヒメに譲渡して……。


「はふぅ~♡ もう……動けないのですぅ♡」


 フラフラになったユヒメをぎゅ~っと抱き締めた。


 まだ仕事中だけど、もう暫くは柔らかくて豊満な抱き心地の良いユヒメの身体を堪能して……。


「店長ぉ~。なんだか変なお客様が……お客様なのか分かりませんが、来ているんですけど」


「ちっ」


 良いところでユリアナが割り込んできやがった。


 俺とユヒメは【ちゅ~ちゅ~】するのにまだまだ新鮮な気分だし気恥ずかしさもあるというのに、頻繁に目撃しているユリアナは完全に慣れてしまったのか俺達が抱きあっていても欠片も動揺しない。


「それで、なんだって?」


「……それでもユヒメさんを抱き締めて離さない店長は流石だと思いました」


 ユヒメはまだフラフラだから支えが必要なんだよ!


「で?」


「あ、はい。なんか変な人がお店に押しかけて店長を出せって言っています」


「クレームかよ」


 少々ゲンナリしつつ俺はユヒメとユリアナを連れて店の方へと戻る事にした。






 店に戻ると剣を背負った黒髪の男がニヤニヤした顔で俺を待っていた。


「よぉ。噂には聞いていたが本当に生きてたんだな」


「?」


 誰だ? こいつ。


「店長のお知り合いですか?」


「いや。知らんけど」


 正直、本当に見覚えが無い。


 向こうが一方的に俺を知っているだけで、俺とは初対面かと思ったのだが……。


「おいおい、冷たい奴だな。俺だよ、俺。木村祐一だよ」


「…………」


 記憶の奥底から思い出したくも無い記憶が引っ張り出された。


 木村祐一。


 付き合いで言えば1ヶ月にも満たない相手。


 俺と共に勇者召喚によって城に召喚された5人の内の1人だった。


「……何の用だ?」


「おう。俺は今【会計局】ってところで働いているんだけどな」


「…………」


【会計局】というのは国――というより王族や貴族が定めた国の部署の1つで、主な役割は税の取立てだった。


 暴力的な手段を使って対象となった相手から好き勝手に搾り取るという役職で、その為か比較的強い人間が選ばれる――と【組合長】が言っていた。


「お前の店は随分と支払いを滞納しているそうじゃないか。だから俺が知り合いのよしみで回収に来てやったんだよ」


「…………」


 俺とユヒメの店は確かに【商人組合】に所属し、更に【魔女の愛用店】という庇護下にあるが、それでも最低限に必要な税くらいはちゃんと収めている。


 つまり法外な税の取立てに対して抵抗しているだけで、俺達自身は法を一切犯していないという事だ。


「言葉を飾るなよ、三下」


「…………あ?」


 俺は徐々に木村祐一という男の事を思い出してきた。


 勇者召喚された5人の内で最初にもっとも役に立っていなかった奴。


 最初に注目を受けた俺に魔法の才能が無いと分かって、真っ先に馬鹿にして自分が優位に立とうとしたクズ。


 僅か1ヶ月という期間だが奴が真面目に訓練している姿を1度も見た事が無い怠け者。



・木村祐一:レベル17

 HP 520/520 MP 51/51

 種族:人間 属性:火 職業:落第勇者

 筋力:53

 敏捷:42

 体力:25

 魔力:18

 器用:32

 幸運:6

 スキル:【剣術Ⅲ】【火属性魔法Ⅰ】



「……やっぱり落第しているか」


「てめぇっ! 何勝手に人のステータスを見てやがんだっ!」


 俺が【鑑定石】を使って奴のステータスを確認すると、目に見えて顔に怒りを宿し俺を睨みつけて来る。


 というかレベル17という割には随分とステータスが低い。


 レベル上げには積極的だが、普段からの鍛錬に対してのサボり癖は直っていないという事かもしれない。


「ちっ。知り合いのよしみで少しは加減してやろうかと思ったが……辞めだ。お前の店の売り上げ全部と……女を寄越せ」


「…………」


 そしてクズで馬鹿なところも変わっていない。


 女――と言って奴が視線を向けた先に居たのはユヒメとユリアナだ。


「…………」


 俺はユヒメを背後に庇いつつ、更にユリアナに視線を向け無言でアイコンタクトを取る。


「…………」


 ユリアナはコクリと頷いて――準備を始めた。


 後は少し時間稼ぎをする必要があるか。


「滑稽だな」


「…………は?」


「お前は誰の許可を得て俺達の店に脅しを掛けている?」


「俺は【会計局】の幹部だ。その俺が誰に許可を取る必要があるってんだ?」


「この店、いくつか複数の店に対しては余計なちょっかいを掛けるなと注意されなかったか?」


「…………」


 少なくとも王族だろうと貴族だろうと【魔女の愛用店】に対して妨害行為を行うなんて、誰がどう見ても自殺行為だ。


 つまり、奴の行為は間違いなく独断専行であると判断して間違いない。


「まぁ……今更思い出しても、もう遅いんだけどな」


 それはつまり、こいつを排除しても文句を言われる筋合いは無いって事だ!


「何を……」




「シーリアっ!」




「ぶへぇっ!」


 唐突に出現した直径30センチ程度の水の球体が、水の砲弾となって奴――木村祐一を背後に吹っ飛ばした。


 そして既に密かに移動していたユリアナが開いていた店の扉から外に放り出されて行った。


「…………」


 そして、いつの間にか俺達の傍に立っていたシーリアの顔からは完全に表情が抜け落ちていた。


 木村祐一の最大のミスはシーリアが居る状況で、その親友であるユヒメにちょっかいを掛けようとした事だ。


 既にシーリアはブチ切れていた。


「さて。害虫退治といきますかね」


「トシさんはヒメが護るのです!」


「うんうん。頼りにしているよ」


「はいなのです!」


 幸いユヒメには【MP】を譲渡したばかりなので【植物魔法】や髪の毛を操って自衛する方法も使用可能だ。


「まぁ、基本的にはユリアナとシーリアにお任せなんだけどな」


「が、頑張ります」


「……ユヒメに……ちょっかいを掛けるなら……万死」


 ユリアナは初の実戦で緊張気味だがシーリアは完全にる気だった。






「げほっ! げほっげほっげほっ!」


 皆で店の外に出ると木村祐一は蹲って咳き込んでいる真っ最中だった。


「あ。なんだか何とかなりそうな気がしてきました」


 それを見てユリアナは少しだけ余裕を取り戻す。


「……舐めてんじゃねぇぞ」


 そんな俺達の会話が聞こえたのか木村祐一はゆらりと立ち上がって背中に背負っていた剣を鞘から引き抜いた。


「グビグビグビ……ぷはぁっ」


 対してユリアナは1本のポーションを飲み干して両腕に装着した金属性の手甲の具合を確かめ軽快にステップを踏み始めた。


 あの手甲は俺が【組合長】のツテを使わせて貰って王都で1番の【鍛冶師】であるドワーフに作って貰ったユリアナの専用装備だ。






「おらぁっ!」


 戦闘の開始は合図など無く木村祐一が振り上げた剣をユリアナに対して振り下ろす事で幕を上げた。


「っと」


 対人の初戦闘という事でユリアナは必要以上に大きく剣を回避する。


 本来なら、もっと余裕を持って小さな動きで回避出来る筈だが――慣れていないユリアナ相手に完璧は求めていない。


 それでも木村祐一が繰り出す攻撃を回避する度に、少しずつ動きが洗練されていく。


「ちぃっ! ちょこまかと!」


 ユリアナが戦闘前に飲んでいたポーションは【調薬Ⅷ】で作れるようになった【強化ポーション】だ。


 その為、元々高い筋力や敏捷は更に強化されている。


 そもそもユリアナの役目は前衛としてヘイトを稼ぎ、俺達に攻撃が通らないようにする事――即ち専守防衛だ。


 金属製の手甲も主に防御が目的で使われている。


 そして攻撃を担うのは……。


「シーリア先生。お願いします」


「ん……任せて」


 ウンディーネのシーリアの役目だ。


 ユリアナが前衛として敵の攻撃を遮り、シーリアが後衛として【水魔法】で攻撃する。


 これが俺達の基本スタイルとなる。


 え? 俺とユヒメは何をしているのかって?


 そりゃユヒメに万が一攻撃がきた時に【無属性魔法】で盾でも出そうかと準備中だし、ユヒメの方は髪の毛を操る練習中だ。


 はい。つまりは役立たずって事ですね。


 仕方ないじゃん!


 俺もユヒメも戦闘に関してはドが付く素人だし、そもそも戦闘に役立つスキルを持ってないんだから!


「……万死」


 そういう訳でシーリア先生が物騒な事を言いながら攻撃を開始した。


 まず【水魔法】を使って先程と同じように直径30センチほどの水球を創り上げる。


「……えいっ」


 その水球に【水質操作】を使用して――水の色が明らか健康によろしくない紫色へと変わっていく。


 勘違いされやすいがシーリアの持つ【水質操作】は水を綺麗にするのではなく水の成分を作り変えるというスキルだ。


 つまりシーリアが知ってさえいれば、どんな液体にでも操作可能なのだ。


「……とぉっ」


 そして気の抜けた掛け声と共に紫色に染まった水球を木村祐一に向けて撃ち放った。


「当たるかっ!」


 が。流石にこちらを警戒していたのかユリアナへの攻撃を辞めて、簡単に水球を回避されてしまった。


「……甘い」


「ぶへぇっ!」


 まぁ、それも織り込み済みで回避した瞬間に水球は破裂して周囲に紫色の水をぶちまけたけど。


「うあぁ……ベトベトぉ~」


 当然のように近くに居たユリアナも巻き添えを食らってしまうが――そこは我慢して貰うしかない。


 まぁ、ユリアナの方も作戦通りと分かっているので動揺は少なく、直ぐにポケットから取り出した2本のポーションをグビグビ飲み干して、改めて構えを取る。


「……うざってぇんだよ!」


 そして再び木村祐一の猛攻から俺達を守る為に奮戦を開始した。


「……次」


 そうしてユリアナが頑張っている裏でシーリアが次の準備を開始する。


 今度も水球を作り出し、更に【水質操作】で健康によろしくない色へと変えて戦闘を継続する2人に向けて雨を降らせるように放水した。


 結果、極端に視界は悪くなるし、足場は泥だらけで動きは鈍り、更に……。


「がっ……! ぐぁっ……!」


 唐突に木村祐一が苦しみ始める。


「な、なんっ……!」


「とぉっ!」


 その隙を逃さずユリアナが初めて攻勢に出るが――間合いの取り方が悪いのか剣であっさりガードされてしまった。


「……毒かっ!」


 そしてシーリアの【水質操作】の正体にやっと気付いた木村祐一は慌ててポーションを取り出し――顔を顰めて飲み干した。


 恐らく他の店の不味い【解毒ポーション】を飲んだのだろうけれど――無駄な事だ。


 何故なら【解毒ポーション】は【毒状態】を解除する事は出来ても、毒に対する耐性までは与えてくれない。


 つまり【毒の雨】を降らせるシーリアをなんとかしない限り、いくら【解毒ポーション】を飲んでも無駄なのだ。


「ちぃっ!」


「行かせませんよ!」


 そして、それを阻止するのが前衛であるユリアナの役目。


 何で木村祐一と同じように【毒の雨】に晒されているユリアナが平然としていられるのかって?


 そりゃ【調薬Ⅷ】で作られる【状態異常回復ポーションⅡ】を飲んでいるからに決まっている。


 あのポーションは飲んでから30分間、あらゆる状態異常を無効化する力があるのだ。


 更に【環境適応ポーション】も飲んでいるので雨で視界が悪く、更に足場が悪くてもなんの問題も無い。


 こうして考えると【調薬Ⅷ】のポーションって凄い効果かもしれない。


「む……そろそろ……【MP】が切れそう」


 もっとも、極狭い範囲とはいえ【毒の雨】を降らせ続けるのはシーリアにとっても負担が大きいので余り長い時間は不可能なのだけれど……。


「それは大変なのです! ヒメの【MP回復ハイポーション】を飲むのです!」


「……ありがと……グビグビ……」


【MP】を回復する手段があるなら話は別だ。


「こ……のぉっ……!」


「痛っ……!」


 それでも意地になって繰り出した木村祐一の剣が僅かにユリアナに届き、肩口を切り裂いて少量の血を流させる。


「いたた……」


 ユリアナは顔を顰めて木村祐一から距離を取り――【ポーション】を取り出してグビグビと飲み干した。


 ユリアナの【HP】なら【HP回復ポーション】1本で全快だ。


「な……んだ、そりゃっ!」


 時間が経過するごとにシーリアの【毒の雨】によってダメージを受け、更にユリアナにダメージを与えても即座にポーションで回復してしまう。


 完全に【詰み】の状態にやっと気付いたのか木村祐一は気力を喪失して――雨の中でぶっ倒れて気絶した。


 計画通り余裕で俺達の勝利だった。




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