第4話【看板娘の犬耳お姉さんGET】

 

 そうして俺達のお店【ヒメ&トシのお店】がオープンした。


 オープンしたのだけれど……。


「トシさん。あんまり売れなかったのです」


「まぁ開店初日だし、場所が郊外だからな」


 本日売れたのは【ポーション】が3本だけ。


 1本【銀貨】2枚で売っているので合計で【銀貨】6枚の売り上げだ。


 あ。一応店には【ポーションのビンは使い終わったら自動的に砕けて消えます】と書かれた張り紙と口頭での説明を義務化した。


 これをやっておかないと後で詐欺だと騒ぐ馬鹿が出てきそうだし。






 その日の閉店後……。


「お店を繁盛させる為には、もっと色々な【ポーション】が必要なのです!」


 と言ってユヒメは【ポーション】作りに励んでいた。


 まぁ、実際に必要なのは【お店の宣伝】の方だと思うけど、ユヒメがレベルアップするのは悪い事じゃないので水は差さないでおいた。




 ◇




 開店してから3日~4日と過ぎていくと、徐々に噂が広まってお客が増え始めてきた。


「今日は【ポーション】が11本も売れたのです♪」


「商品の性能は良質だし、見た目も良いから噂が広まればお客も来るさ」


 俺が大々的に宣伝しないのは、余り繁盛しすぎても困るからだ。


 基本的にユヒメは裏方なので店員は俺1人。


 あんまり大勢の客に押しかけられても客を捌ききれなければ意味がない。


 俺の店員としての経験値と一緒にお客にも増えて貰えるのが理想だ。




 そんな思惑とは裏腹に【事件】は起きた。






「トシさん! 大変なのです!」


 その日の朝、俺を起こしに来たユヒメは俺の肩を両手で掴むとガクガクと揺らし始めて……。


「お、おおお、落ち着け、ユヒメ!」


「落ち着いている場合ではないのです! ドロボーなのです!」


「なぬっ!?」


 そんな馬鹿な。


 店には俺が【無属性魔法】で作られる最高の硬度の扉と鍵が付けられているのでそう簡単に潜入出来る訳が無い!


 ちなみに俺は子供の頃、機械の仕組みに興味津々で、良く分解して構造を調べるのが趣味だったりする。


 付いたあだ名が【分解魔】だ。


 お陰で単純な機械の構造は理解出来たが、元に戻せなくなって拳骨を貰って泣いた事も1度や2度じゃない。


 最近――この世界の来る直前くらいには分解は辞めてネットで構造を調べて満足していたが、そのお陰で【手押しポンプ】や【鍵】の構造はよく理解していた。


 閑話休題。


「そ、それで何を盗まれたんだ?」


「【トマト】なのです!」


「…………はい?」


 詳しく話を聞いてみるとユヒメが今日も朝から畑の世話をしていると明らかに不自然なところがあり、念の為に育てているトマトの数を数えてみたら数が足りなくなっていたらしい。


「ヒメの大事に育てたお野菜さんを黙って食べるなんて許せないのです! 万死に値するのです!」


「えっと、その……ごめんなさい」


 以前、ユヒメのトマトを無断で食べた経験のある俺はなんとなく謝ってしまった。


「と、トシさんは良いのです。トシさんはヒメの……大事な人なのです」


「お、おぅ」


 どうしよう。凄く照れ臭い!


「そんな事よりドロボーなのですよ! 犯人を捕まえるのです!」


「う~ん。罠でも作ってみるか?」


 考えてみたら店の中は安全を確保してあるが、店の外にある畑に関しては柵で囲ってあるだけで防犯対策を施していなかった。


「はいなのです! 罠を張って獲物を仕留めるのです!」


「……仕留めちゃ駄目だろ」


 いくら相手が犯罪者とはいえ、殺してしまったら王都に住めなくなってしまう。


「兎に角、捕まえるのです!」


 自分の育てた野菜を盗まれたのが相当腹立たしいのかユヒメは怒髪天だった。






 とりあえず俺が用意したのはもっとも単純な【鳴子の罠】だ。


 侵入者が罠に掛かると大きな音を立てるというだけのものだが、それで犯人は逃げるだろうし逃走が遅ければ俺達で捕まえる事も出来る。


「ヒメは【落とし穴】を作るのです!」


「あんまり深く掘りすぎるなよぉ~」


「トシさんも手伝って欲しいのです!」


「……分かったよぉ」


 仕方なく井戸を掘り返した方法を応用して【ドリル】で【落とし穴】を掘る事になってしまった。


「俺は店の準備で忙しいんだけどなぁ」


「犯人を捕まえるまでの我慢なのです!」


 犯人を捕まえるまで俺に安息は訪れそうに無かった。






「むふぅ~。出来たのです♪」


「ご苦労さん」


 ユヒメが作った【落とし穴】は昼に見れば誰が見てもバレバレの罠だった。


 土は不自然に盛り上がってるし、他の部分と比べて明らかに土の色が違う。


 まぁ、犯人が来るとしたら夜だろうから全く効果が無い訳じゃないか。


「後は犯人が掛かるのを待つだけなのです!」


「……仕事しようよ」


 ユヒメに【ポーション】を作って貰わないと店を始めても意味が無いんですけど。




 ◇




 俺とユヒメのお店は徐々に形になっていく。


 最近では街の方で噂が広まって、この店まで足を伸ばすお客が増えてきているし、1日に売れる【ポーション】の数も20本近くなってきた。


 そして、ついに……。



・ユヒメ:レベル3

 HP 23/23 MP 3/3

 種族:ドリアード 属性:植物 職業:調薬師

 筋力:13

 敏捷:3

 体力:12

 魔力:2

 器用:16

 幸運:9

 スキル:【調薬Ⅲ】【植物練成】【植物魔法Ⅰ】【吸収】【エンゲージ】



 閉店後に【鑑定石】で確認したらユヒメの【調薬】のレベルが【Ⅲ】になっていた。


「やったのです! これで【ハイポーション】が作れるようになるのです!」


「おぉ~。なんか凄そうな【ポーション】だな」


「【HP】の回復量が普通の【ポーション】の3倍なのですよ!」


「それは凄い」


「……唯、【調薬】に必要な【MP】は今までの5倍なのです」


「それは別に問題なくね?」


 俺の【MP】を譲渡している訳だから、いくら必要な【MP】が多くなってもユヒメの負担にはならない。


「そういえばそうだったのです!」


「……忘れてたんだ」


「ま、毎日【ちゅ~ちゅ~】しているのに忘れる筈無いのです」


「うんうん。それじゃ早速【ちゅ~ちゅ~】して【ハイポーション】を作ってみようか♪」


「は、はいなのです」


 相変わらず頬を赤く染めて目を瞑ってキスを待つユヒメは可愛い。


 そのユヒメを抱き締めて唇を合わせようとした瞬間……。


「ひぃっ……!」


「っ!」


 表からガランガランと大きな音が響き渡って俺とユヒメは同時に体を震わせた。


「な、なんなのです? 何の音なのです?」


「あ、これ……仕掛けた【鳴子の罠】が発動したんだ」


「ドロボーなのですかっ!?」


「そうみたいだ」


「捕まえるのです!」


 ユヒメと共に急いで裏庭の畑に行くと、そこには薄暗い畑の中で【鳴子の罠】が立てる音に驚いて立ち竦む人影があった。


「ドロボーを見つけたのです!」


「っ!」


 ユヒメの叫びに反応して人影は慌てて逃げ出した。


「待つのです!」


 ユヒメも慌てて追いかけるが――【ドリアード】であるユヒメは基本的に走るのが遅い。


 お胸に巨大なウェイトを付けている事も関係してユヒメは【ドリアード】の中でも更に走るのが遅い気がするけど。


 結果、あっという間に犯人に振り切られて……。


「ふぎゃっ……!」


 奇妙な悲鳴と共に犯人の姿が消えた。


「き、消えたのです! 瞬間移動なのです! 大魔法使いなのです!」


「……いや【落とし穴】に落ちただけだろ」


「あ」


 自分で作った【落とし穴】の存在を今思い出したのかユヒメは……。


「け、計算通りなのです!」


「……そっすね」


 とりあえず弄るのは犯人を確保してからにした。






 俺とユヒメは野菜泥棒の犯人を確保する事には成功したのだが……。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 何でもしますから憲兵に突き出すのだけは勘弁してください!」


 犯人は【犬耳】と【犬尻尾】が生えた20歳くらいのお姉さんだった。


 一応手足をロープで縛って拘束はしているが抵抗する気配はない。


「獣人さんなのです」


「ほほぉ。【犬の獣人】か」


「あの……これでも一応は【狼の獣人】ですぅ」


「…………」


 訂正:【犬耳】と【犬尻尾】ではなく【狼耳】と【狼尻尾】だったらしい。


「ふむ」


 とは言っても彼女の容姿は全体的に薄汚れていて、髪もボサボサで伸ばしっぱなしで目元まで隠れているし、服もボロキレを纏っているだけ。


 今のままでは女としての魅力は皆無と言って良いだろう。


「それで? 犯行の理由は?」


「そうなのです! ヒメの【トマト】を盗んだ理由を話すのです!」


「そ、それは……」


 彼女の語った内容は良くある話と言えばよくある話だった。


 彼女には血の繋がっていない弟や妹が6人ほど居るらしいのだが、獣人である彼女と6人は仕事も貰えずに貧困に喘いでいたらしい。


 その上、その6人の内の1人が病気に掛かってしまい――せめて栄養を付けさせようと何か食べ物を探している時にユヒメの畑を見つけたらしい。


 悪いとは思ったが弟の命とは引き換えに出来ないと彼女は犯行を決意したらしい。


「【狼の獣人】ってトマトを食うのか?」


「いえ。病気になったのは人間の弟です。私達は全員、同じ孤児院で育ったのですが去年の暮れに私の不注意で国からの援助が打ち切られて路頭に迷う事に……」


「って事は、あんたは孤児院を経営する側だった訳か」


「は、はい。育てて頂いた恩を少しでもお返しをしようとして……仇で返す事になってしまいました」


「何があったんだよ」


「良く分からないのですが何かの書類にサインをしたら、いつの間にか借金になっていて孤児院が取り潰しに……」


「(……連帯保証人にでもなったんかな?)」


 どの道、潰れてしまった孤児院に関しては俺がどうこう出来る問題じゃない。


 問題じゃないのだが……。


「うぅぅ~。か、可哀想なのです」


「…………」


 事情を聞いたユヒメさんが滂沱の涙を流していた。


「まぁ同情はするけど俺らがどうこう出来る問題では……」




「お店の【番犬】として雇うのです!」




 突然のユヒメの突飛な意見だが……。


「ああ。それは……ありだな」


 考えてみれば【俺とユヒメのお店】と言っても人を雇ってはいけないという法則は無い。


 それも【狼の獣人】というなら身体能力は高そうだしユヒメの畑の【番犬】には丁度良いだろう。


「あの……私は【狼の獣人】なので【番犬】と呼ばれるのはちょっと……」


「孤児院を経営していたくらいだから【読み】【書き】【計算】くらいは出来るんだろ?」


「は、はい。一応簡単なものでしたら……出来ます」


「これは……買いだな」


「はいなのです!」


 この【狼の獣人】のお姉さんを【店員】兼【番犬】として雇う事にした。






・ユリアナ:レベル5

 HP 23/53 MP 2/2

 種族:獣人(狼) 属性:地 職業:無

 筋力:25

 敏捷:31

 体力:22

 魔力:1

 器用:11

 幸運:1

 スキル:【格闘Ⅰ】【身体能力向上】【獣化】



「(つ、強ぇえ~)」


「(ヒメ達では戦っていたら確実に負けていたのです)」


 獣人のお姉さんから名前を聞いて【鑑定石】でステータスを確認してみたのだが俺とユヒメが逆立ちしたって勝てないくらい身体能力に差がある強さだった。


「あ、あの……」


「とりあえず病気の弟さんの診察をするのです。【調薬Ⅲ】になったヒメなら病気のお薬も作れるのです!」


「ほ、本当ですか!」


 彼女――ユリアナはパッと顔を輝かせる。


「あ。で、でもお薬の代金なんて……」


「働いて返して貰う」


「そうなのです! 【番犬】としてキッチリ働いて貰うのです!」


「わ、わかりました! 精一杯、粉骨砕身の覚悟で働かせていただきます!」


「そ、そこまで捨て身の覚悟を持たれても……」


「……重いのです」


 ともあれ3人でユリアナの家族が住んでいる場所に行ってみる事にした。






 ユリアナの住居であるボロ屋に行ってみると、寝込んでいた子供は肺炎をこじらせかけていたらしい。


 ユヒメの作る【治療ポーション】や【解熱ポーション】のお陰で一命は取り留めたが――後少し治療が遅かったら危なかったらしい。


「(それにしても……)」


 俺はユリアナの弟と妹達を見て密かに嘆息する。


「(予想はしていたが幼い子供ばっかりだな)」


 ユリアナを除けば1番年長でも11歳、下は5歳という有様だ。


 これでは流石に店の仕事を任せる事は出来そうもない。


 いや。年長の子なら少しは働けるだろうが、その間に【誰が子供の面倒を見るのか?】って話になってしまう。


 そういう意味で、やはりユリアナ以外を店で雇うのは無理のようだった。


「それにしても……酷い家だな」


 ハッキリ言えば日本のダンボールハウスの方はマシという程のボロ屋だ。


「トシさん……」


「店に住まわせるのは無理だぞ。客商売なんだから」


「うぅ。そうでした」


 店員が客よりも子供の世話を優先するような環境などあってはならない。


「まぁ、余っている土地を貸し与えるくらいなら出来なくは無いけど」


「トシさん♪」


 俺に抱きついてくるユヒメさんの大きなお胸の感触が最高の気持ち良いです!






 裏庭の余ったスペースにユヒメの【植物魔法】で木を――生やすのはレベルが足りないので蔓を伸ばして最低限の家の体裁を整え、その家を俺の【無属性魔法】で補強する。


 こうして小さいけどギリギリ7人で寝泊り出来る家が完成した。


「あとは……」


 ギロリとユリアナを睨む。


「な、なんでしょうか?」


「店員として最低限の身だしなみは整えて貰うぞ」


「はい?」


 ユリアナの改造を開始した。






 体を綺麗に洗って、髪を整え、店員としての制服を見立ててやった結果……。


「うはぁ~」


「ユリちゃん……反則なのです」


 薄茶色のふわふわの髪とダークブラウンのパッチリした瞳を持った【ゆるふわ系犬耳お姉さん美女】が誕生した。


「こんな容姿をしていて、良く今まで身売りとかせずに済んだなぁ」


「あうぅ~。前髪が短いと……なんだか落ち着きません」


「孤児院を経営している時から素顔を晒して来なかったお陰か」


 運が良いんだか、悪いんだか。


「(そういやユリアナって【幸運】が【1】だったな。俺の【0.5】よりは高いけど)」


 俺がユリアナの運の良さをどうこういうのは【目糞鼻糞を笑う】という奴になりそうだ。考えないでおこう。




 ◇




 こうして新しい【看板娘】のユリアナが俺達の店の店員として働く事になったのだけれど……。


「い、いらっしゃいませぇ~」


「声が小さい! どもるのも駄目!」


「は、はひっ! いらっしゃりまへっ!」


「……【看板娘】への道は長そうだな」


 容姿はかなり良い方なんだけどなぁ。


 ユヒメほどじゃないけど胸もそれなりに大きいし。


「と、トシさんがユリちゃんをいやらしい目で見ているのです! あれはヒメのお胸をこっそり見ている時と同じ目なのです!」


「ちょっ……!」


 何を言い出すんですか、このユヒメさんは!


 というか爆乳を覗き見ていた事バレバレかよっ!


「えっと。ご恩をお返しする為なら私の胸なんかで良ければ……いくらでも」


「マジすかっ!」


 犬耳お姉さんのお胸鑑賞権を手に入れた!


「……トシさん?」


「いえ。冗談です……ユヒメさん」


 出会った中で今のが最高に冷たい視線だったよ!


 背筋が凍るかと思ったわ!


「トシさんはヒメと【エンゲージ】しているのです。浮気は駄目なのです!」


「しないしない。した事も無い」


 個人的にはユヒメの爆乳の方が好きだしね。


「……トシさんはヒメのお胸が好きなのですか?」


「お胸【も】大好きです」


「……それなら許してあげるのです♪」


 どうやらユヒメは機嫌を直してくれたようだった。



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