第15話【ウンディーネのシーちゃん】

 

 今日も今日とて俺はお店を繫盛させる為に働いていた。


「すみません。お届け物です」


「あ、はいはい」


 そこに珍しい事に【運送ギルド】から荷物が届いた。


【運送ギルド】というのは手紙や荷物を街から街へと運ぶ仕事をしている人達の集まりでギルドという名前が付いているが、どちらかというと【冒険者ギルド】よりも【商人組合】に近い組織だった。


 皆で協力して国に一方的に搾取される事を防ぐ目的の組織だ。


 ともあれ俺は荷物を受け取って受け取りのサインを書こうとしたのだが……。


「でかっ!」


【運送ギルド】が3人掛かりで運んできた荷物は俺の想像の5倍は大きかった。


「え~っと、これ……支払いが受け取り側に指定されているので【銀貨】10枚になります」


「……マジかよ」


 しかも運送料が俺持ち。


 正直、こんな物受け取る義理は無いので支払い拒否しようと思ったのだが――受取人が【ユヒメ】に指定されていたので渋々【銀貨】10枚支払ってサインを書いた。






「ユヒメ~。なんかでかい荷物が届いてるんだけど」


「お荷物です?」


 一応ユヒメに報告してみるが当然のようにユヒメには心当たりが無いようだった。


「これなんだけど」


「凄く大きいのです!」


 うん。本当に大きくて――人が1人入っていても不思議じゃないくらいの大きさの荷物だった。


「どうする? 個人的にはこのまま粗大ゴミに出すのもありだと思うんだけど」


【幸運】が【0.5】の俺は、この巨大な荷物の中に死体が入っていても不思議じゃないと思い始めていた。


「とりあえず開けてみるのです!」


「……そうだね」


 常識的に考えれば中身も見ずに捨てるのは非常識だろう。


 そうして俺とユヒメで荷物を解き始めたのだが……。


「嫌に厳重に梱包されているな」


「お、重いのです」


 妙に厳重に封印されているし、重量も相当だ。


【運送ギルド】の奴ら、良くこんな物を3人で運んで来られたな。


 そうして四苦八苦して梱包を解き、立方体の大きな箱の上に当たる蓋を開けたら――ドバッと水が溢れてきた。


「なんぞぉっ!」


「あわわっ! お水が……お店が浸水してしまうのです!」


 慌てて雑巾を持ち出して店への浸水を防ぐ俺とユヒメ。


 幸い――とは言えないが箱から溢れた水は見た目ほどの量では無かったので店が浸水する事は防げたのだが、特大の迷惑を被った事に変わりは無い。


「どんな悪戯だよ」


 重いと思ったら箱の中は全て水で埋め尽くされていて、逆に言うと水以外には何も入って……。


「はれ?」


 水以外は何も入っていない筈の箱の中をユヒメはジッと見つめていた。


 とは言っても、その表情は困惑が大半で意味不明な箱の謎を解いたという訳ではなさそうだが。


「どうした?」


「このお水……凄く綺麗なのです」


「……へ?」


 言われて見てみれば確かに――箱の上から覗き込んだだけなのにクッキリと箱の底が見渡せるほど透明度の高い綺麗な水だった。


「このお水……シーちゃんのお水なのです」


「シーちゃん?」


 何処かで聞き覚えのあるその名前に俺が思考を巡らせている間に――水以外に何も入っていなかった箱の中から【何か】がザバッと顔を上げて……。




「ぷはぁっ……死ぬかと思った」




 アンニュイな表情と口調でそう言った。


「シーちゃん!」


「あ~」


 思い出した。


 確か【シーちゃん】というのはユヒメの友達の【水の精霊:ウンディーネ】の事だ。






 とりあえず話を聞く前に一応用心として彼女を【鑑定石】で鑑定してみたのだけれど……。



・シーリア:レベル11

 HP 90/90 MP 230/230

 種族:ウンディーネ 属性:水 職業:旅人

 筋力:6

 敏捷:13

 体力:14

 魔力:35

 器用:28

 幸運:6

 スキル:【浄化Ⅳ】【水魔法Ⅲ】【水質操作】【同化】



「(こ、こいつ強ぇ~)」


 俺が今まで出会った中でもっともレベルが高かった。


 純粋な近接戦闘力ではユリアナに分があるかもしれないが、魔法戦となったら瞬殺されるであろうレベルの差がある。


 ちなみに容姿の方は水色の髪を膝の下まで伸ばし、同じく水色の――透けそうで透けないワンピースを身に付けていたのだが、そのワンピースを押し上げるのはユヒメには及ばないものの【巨】である事は間違いない大きさだった。


 身長はユヒメと同じく160センチくらいで、顔立ちはユヒメが【可愛い】部類だとするなら、彼女は【美しい】と表現されるだろう。


 非常に透明感のある美人だった。


「ユヒメぇ~。ごはんちょうだい~」


「今持ってくるのです♪」


「…………」


 実際に喋るとアンニュイな雰囲気で色々台無しだけど。






「ポリポリ……モグモグ……」


 彼女――シーリアはユヒメの用意したキュウリとトマトを齧る。


 しかし野菜を食べるシーリアの顔は何故か微妙そうだ。


 驚いているような、困惑しているような感じ。


「うぅ~ん。前より美味しくなったような……不味くなったような?」


「だ、駄目だったです?」


「野菜自体は……前より美味しくなっている……けど……水が駄目なんだと思う」


「お水です?」


「うん。水が……あんまり良くない」


「…………」


 ユヒメが野菜を育てるのに使っている水は井戸から汲み上げた水――つまり地下水脈が使われている。


 この世界に水を汚染するような要素は無い筈だし、決して水質が悪い訳ではない筈だが……。


「そりゃ、この水と比べればなぁ~」


 シーリアがどうやってか入っていた荷物の箱の中に入っている水は井戸から汲み上げる水とはレベルが違った。


 恐らく彼女が持つスキル【水質操作】によるものだろう。


「でも……野菜を育てるユヒメは成長しているみたいだから……プラマイゼロ~」


 水が悪くなって味は落ちたけど、野菜を育てるユヒメの腕は上がっていたので前と美味しさは変わっていないと判断したらしい。






 で。本格的に話を聞く事になったのだが……。


「海の水は……しょっぱかった」


 海を目指して川を下っていった彼女は海に到着して直ぐに挫折したらしい。


【ウンディーネ】は海ではやっていけないと判断して、下ってきた川を逆流して戻ってきたようだ。


「凄く……大変だった」


「そらそうだ」


 水の流れに乗って川を下るなら兎も角、水の流れに逆らって川を上るのは大変に決まっている。


 鮭じゃないんだから。


 往復で結局1年以上も掛かってしまったらしい。


 そして苦労してユヒメの家に辿り着いたものの家の中は無人で途方に暮れたらしい。


「よく店の位置が分かったな」


「それならヒメがお手紙を張っておいたのです! お店の場所も書いておいたのです!」


「ああ、そういえば書いてたな」


 お店に引っ越す前にユヒメは知り合いが訪ねてきても大丈夫なように店の位置を手紙に書いて壁に貼り付けていた。


 で。それを確認したシーリアは自身を水と一緒に箱に入れて【運送ギルド】に依頼して店まで運ばせてきたらしい。


【同化】というスキルで水そのものになれるので数日くらいなら平気だったようだ。


「1週間近く箱の中に閉じ込められて……死ぬかと思った」


「無茶しすぎだろう」


 そこまでしてシーリアが何をしに来たのかと問うと……。


「ユヒメが……私を必要としている気がした。その為に……私は参上した」


「シーちゃん!」


 ユヒメは感動してシーリアと抱き合っているが……。


「(こいつ……単純に寂しかったからユヒメに会いに来ただけだよな?)」


 俺は勿論誤魔化されなかった。


 まぁ、ユヒメの友達なのは本当っぽいし、悪い奴じゃない事も分かる。


「ふむふむ。ユヒメの野菜を育てる水を綺麗にして貰ったり、ユヒメに近付く善からぬ輩を追い払うのに丁度良いかもしれんな」


「……トシさん、心の声が洩れているのですよ」


「おっと」


 都合の良い人材の登場に思わず心の声が洩れてしまったようだ。


「ユヒメの助けになるなら……頑張る」


「シーちゃぁんっ!」


 とりあえずユヒメを護ってくれる心強い用心棒は確保出来たようだ。




 ◇




 俺はユヒメの友人であり、新しい我が家の住人となるシーリアの為に庭の井戸の近くにせっせと穴を掘っていた。


「ぜぃ……ぜぃ……ぜぃ……だから俺は……【筋力】と【体力】には自信が無いと……言っているのに……」


 息を切らせフラフラになりながらスコップを振り上げる。


 そんな事は【無属性魔法】の【ドリル】を使って穴を掘れば良いって?


 あの魔法って細く深く掘るのには向いているけど、広く浅く掘るのにも全然向いてないんだよ!


【ウンディーネ】であるシーリアは基本的に水の中で暮らす必要がある為、井戸の近くに穴を掘って小さな泉を作る必要があった。


 今はその作業中という訳だ。


「て、店長……代りましょうか?」


 俺より圧倒的に身体能力が上のユリアナは交代を進言してくれるが……。


「店番は……店員の仕事だ。俺はユヒメの店を……店員に大変な仕事を押し付けるような……ブラックな店にするつもりはない」


「いえ。現実的に考えて店長に肉体労働は無理じゃないですか?」


「ふっ。少し使うのに躊躇したが俺だって【切り札】の1つくらい用意してあるんだよ!」


「そ、それはっ……!」


 バーン! と俺が取り出したのはユリアナのトラウマ【倍化のポーション】だ。


「大丈夫なんですか? 経験談ですけど効果が切れたら本気で生きている事が辛くなりますよ?」


「ふふん。ユリアナの場合【MP】が低かったから効果切れで副作用があったんじゃないか? だが【MP】が230万もある俺が【MP】切れを起こすとは思えない!」


「それは……確かに」


「だから俺なら【倍化のポーション】を使いたい放題って訳だ!」


 そして勢い良く俺は【倍化のポーション】を飲み干した。


「うぉぉおっ! こいつは予想以上に力が湧いてくるぜぇっ!」


「て、店長のテンションが明らかにおかしいです! 私もこんな恥ずかしい事をしてしまったのでしょうか!」


「ふはははっ!」


 ちなみに現在の俺のステータスは……。



・佐々木俊和:レベル2

 HP 24/12 MP 2300000/2300000

 種族:人間 属性:無 職業:店長

 筋力:12(+6)

 敏捷:10(+5)

 体力:6

 魔力:999

 器用:12

 幸運:0.5

 スキル:【無属性魔法EX】【エンゲージ】



 こんな感じである。


 たいして上がってないって?


 ほっとけ。元が低いから倍になってもたかが知れているんだよ!


 でも滅茶苦茶やる気は出たから一気に穴掘りを終わらせてやるぜぇっ!






 10分後。


「……俺なんかが生きていてごめんなさい」


「あ~……駄目でしたか」


 俺は猛烈にテンションが下がって凄まじく鬱だった。


「トシさん! しっかりするのですよぉ!」


「……ごめんよ、ユヒメ。俺が情けないばっかりにユヒメにばかり苦労を掛けて」


「トシさ~んっ!」


 ユヒメに慰めて貰っていたけど、正直自分の情けなさが本当に申し訳なかった。


「て、店長でも駄目って【MP】はどうなっているんでしょう」


 そして、そんな俺をユリアナが【鑑定石】を使って鑑定していた。



・佐々木俊和【鬱】:レベル2

 HP 12/12 MP 2300000/2300000

 種族:人間 属性:無 職業:店長

 筋力:6

 敏捷:5

 体力:6

 魔力:999

 器用:12

 幸運:0.4

 スキル:【無属性魔法EX】【エンゲージ】



「【MP】は減ってないけど【幸運】が微妙にさがっているぅっ~!」


 考えてみれば【MP】が切れる事と【鬱】になる事は別問題だよね。


 例え【MP】が残っていても薬の効果が切れれば【鬱】になると証明してしまったよ。うふふ。






 更に10分後。俺は正気に返った。


「すまない、ユリアナ。お前を実験台にした事を深く反省するわ」


「……やっぱり私って実験台だったんですね」


 いや、冗談抜きに反省したわ。


 これはマジでトラウマものの体験だった。


 ちなみに【鬱】状態が切れると同時に【幸運】も元に数字に戻っていた。


 いやぁ~。これに関しては本気で焦ったわ。


 僅か0.1とはいえ、されど0.1なのだ。


「という訳でユリアナ、穴掘りは一緒に頑張ろう」


「最初からそう言っているじゃないですか!」


「ヒメも手伝うのです♪」


 はい。無意味な意地を張らずに普通に最初から皆でやれば良かったね。


 トラウマ的な鬱にまでなったのに予定の半分も終わらなかったし。






 皆で穴を掘って、最後に俺の【無属性魔法】で綺麗に形を整えた。


「よし。水を入れるぞ!」


「おぉ~なのです!」


「よいしょ……! よいしょ……!」


 元気良く掛け声を上げたけど、俺とユヒメは疲れ果てて結局【手押しポンプ】を操作しているのはユリアナだけだったりする。


 ユリアナさんマジ頼りになります。






「……良い感じ」


 そうして出来上がった小さな泉はシーリアにも気に入って貰えたようで彼女は早速泉に手を入れて……。


「……えいっ」


「っ!」


 気合の入らない掛け声と同時に泉の水が――決して汚れていなかった無色透明な水が本当の意味で完全な無色透明になる。


「これが……【水質操作】か」


 分かっていたつもりだったのに分かっていなかった。


 俺達が考える【綺麗な水】と【ウンディーネ】の考える【綺麗な水】には想像を超えるほどの開きがある事に。


 本来、透明度の高過ぎる水というのは栄養の問題がある為、あまり野菜を育てるのに向いていない。


 けれど、この水には恐らくだがウンディーネの――シーリアの魔力がたっぷりと含まれている。


 確かにこの水を使って作られる野菜は想像を絶する出来になるだろう。


 シーリアはプラマイゼロで前と変わらないと言っていたが――間違いなくお世辞だったのだ。


 この水を使ってユヒメが作った野菜を想像するだけで涎が出そうだ。


「ふぅ~……良い水加減♪」


「…………」


 まぁ、文字通り水も滴る良い女が浸かった水を使った野菜は別の意味で涎が出そうだ。


「あぁっ! トシさんがシーちゃんをいやらしい目で見ているのです!」


「ち、違っ……!」


 咄嗟にユヒメに言い訳しようとして――水音に反射的に視線を向ければシーリアが水に濡れた身体で伸びをしているところだった。


 滅茶苦茶エロいです。


「むぅ!」


「ご、ごめんなさい」


 思わず見とれてしまってユヒメの機嫌を取るのが大変でした。




 ◇




 数日後。


「美味しくなるのですよぉ~♪ 大きくなるのですよぉ~♪」


「……えいっ……えいっ」


 俺達の店の裏庭ではユヒメが野菜と薬草の世話をして、シーリアが水を撒いていくという光景が見られた。


「う、うめぇ~」


 そしてシーリアの水を使った野菜は益々美味くなってしまって俺の野菜中毒が深刻なレベルになってしまった。


 既に肉を食べたいとすら思わないレベルなので色々と手遅れなのかもしれない。



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