第21話【未知の領域へと足を踏み入れる】


「むむむっ……!」


 ユヒメが裏庭の中央に立って可愛く唸っている。


「(可愛いなぁ~♪)」


 俺はそんなユヒメを眺めて癒されている。


「むむむぅ……とぉっ、なのです!」


 そして、ユヒメの気合の入った声と共に――彼女の長い髪の毛の先端部分がピコピコ動いた。


「おぉ。成功している……のか?」


「む、むつかしいのです」


 今はドリアードの能力の1つである髪の毛を動かして身を護る練習中なのだが、あまり上手くいっていないようだ。


 この間の木村祐一が襲撃してきた時も、結局練習しているだけで髪の毛1本動かせないままで戦闘は終わってしまったし。


 今回は練習の為に【ちゅ~ちゅ~】してたっぷり【MP】を譲渡したのだが、【MP】があるだけでは成功しないっぽい。


「シーリア先生。何が悪かったのでしょうか?」


「ドリアードが……そういう能力を持っているのは……知っているけど……詳しくは……知らない」


「ですよねぇ~」


 ユヒメに髪の毛の自衛手段を教えたのはシーリアだったらしいが、シーリアはウンディーネであってドリアードではない。


 そのシーリアにドリアードの種族特性である髪の毛の動かし方のコツを聞いても分かるわけがない。


「地道に練習していくしかなさそうだな」


「頑張るのです!」


「うんうん。練習の時は【ちゅ~ちゅ~】しような」


「あうぅ……はいなのです」


 相変わらず真っ赤になるユヒメさんは可愛いなぁ♪






 ある程度練習してから、休憩に皆でユヒメとシーリア特性のトマトジュースを飲む。


 今日はお店の定休日だ。


 普段からそんなに忙しくない為、2週間に1回のお休みだが、これはこれでノンビリ出来て悪くない。


「極楽……極楽……」


「…………」


 普段からお休みのシーリアさんが何故か小さな泉の中で一番寛いでいたが――別に文句をいう筋合いでもない。


 なんだかんだ言ってシーリアにはお世話になっているし。


 ちなみにエルシーラは普段通り休日の【人助け】に出かけ、ユリアナは弟達と妹達に会いに学校の寮に遊びに行っている。


 そういう訳で今日は俺とユヒメ、それにシーリアと――俺の頭の上で寛いでいるロアの3人と1匹だけだ。


「お休みの日はダラ~っとするのが一番なのです♪」


「うんうん。折角の休みだし、少しは気を緩めないとな」


「ああ……水に……溶けそう」


「…………」


 シーリアさんが小さな泉の水と【同化】して、冗談抜きで溶けているのですが――これは笑いをとっているのか?


 笑った方が良いのか、助けた方が良いのか。


「た、大変なのです! シーちゃんが溶けてしまうのです!」


「ああ。助けた方が良かったのか」


 なんだかよく分からないがユヒメと一緒にシーリアの救出を行う。


「気を抜きすぎて……危うく本当の水に……なるところだった」


「本気で危なかったのかよっ!」


 あぶねぇ!


 シーリアさんが居なくなったら色々な意味でヤバかったよ!


 というか、そんなんでよく1週間近くも【運送ギルド】の箱の中に入っていられたな。


「ここの水は……私に馴染みすぎているから……【同化率】が高過ぎる……かも?」


「……自分のスキルで水質変えたんだよね?」


「……てへ?」


 誤魔化し笑いがこれほど似合わないウンディーネも居ないんじゃないだろうか?


 シーリアが調整した泉の水は、普段、浸かるだけなら最適らしいが、気を抜いて【同化】しすぎると危ういらしい。


「【同化】って意外に危険なスキルだったんだな」


「し、知らなかったのです」


「ここまで……気を抜けるのは……凄く……久しぶり」


 どうやらシーリアなりに休日を満喫していたらしい。


「それならヒメも大地にねっころがるのです!」


「服が汚れるが……まぁ、今日くらいは良いか」


 ドリアードであるユヒメは大地の鼓動を身近に感じられる環境が一番落ち着くということで、畑の真ん中に寝そべって心地良さそうにお昼寝し始めた。


「……御一緒するか」


 あまりにも気持ちよさそうなので、俺もユヒメの隣に寝そべってみた。


 土まみれになってしまったが――悪くない気分だった。






 今日の洗濯当番だったユリアナには普通に怒られました。




 ◇




「最近、【賢者の石】という魔法のアイテムが裏で流通しているのをご存知ですかな?」


 その日、【組合長】が珍しく困り顔で俺に相談に来ていた。


「……なんか凄そうな名前のアイテムですね」


 なんとなくパーティメンバー全員の【HP】を回復してくれそうだ。


「効果は【魔力】を増幅し、【MP】の回復速度を早めるというものです」


「私には必要なさそうですね」


 今更、俺の【魔力】を増幅したり、【MP】の回復速度を早めても焼け石に水だ。


「問題となるのは【賢者の石】の製造方法なのですよ」


「【賢者の石】って作れるんですか?」


 なんとなく物凄く貴重な自然石だと思っていたので少し驚いた。


「正確には【賢者の石】という伝説のアイテムの効果を一部再現しただけの劣化品ですな。本物の【賢者の石】とは比べ物にならない程、品質の低い代物ですが……効果は本物です」


「……嫌な予感がします」


「お察しの通り、【魔力】の高い人間から無理矢理【魔力】と【MP】を抽出して結晶化することで作られているようです。対象となった人間は……廃人になるそうです」


「うわぁ~」


 想像以上にヘビィな話だ。


「そんなのが市場に出回っているわけですか」


「非常に遺憾なことです」


「その対象になっている【魔力】と【MP】を無理矢理吸い出されているのって……」


「人間と称しましたが、基本的に【魔力】の高い【精霊】や【エルフ】が対象とされていますな」


「……最低だ」


 精霊の中でも【魔力】の低いユヒメや、元々【魔力】が低い獣人であるユリアナは大丈夫だろうけれど、シーリアのように高い【魔力】を持つ精霊は危険ということか。


「潰せませんか?」


「密かに【魔女】に連絡を取り、対処出来ないか相談してみたのですが……どうやら複数の組織に製造方法が伝わっているらしく、一網打尽は難しいそうです」


「……そうですか」


【魔女】でも対処出来ないとなると、対処に乗り出すよりも自衛を強化する方が現実的か。


「念のために言っておきますが、一番危険なのは……あなたですぞ」


「あ」


 言われてみれば【魔力】が一番高くて【MP】が多いのは俺だった。


 気をつけよう。


 俺が捕らえられたら劣化【賢者の石】の製造装置にされるところだった。




 ◆




【組合長】の心配は決して杞憂ではなかった。


 けれど【魔女】は、この一件についてなんの対策も必要ないと判断していた。


 決して【組合長】が間違えているわけではない。


 但し、【魔女】は知っていて、【組合長】は知らなかった。


 それだけの差なのだ。






 深夜。


 劣化版の【賢者の石】を製造する組織は当然のように膨大な【魔力】と【MP】を持つ佐々木俊和に目を付けていた。


 そして佐々木俊和の誘拐を依頼された5人の誘拐を専門とする者達が、【ヒメ&トシのお店】に気配を消して近付いていた。


 彼らは自分達を幸運だと思った。


 こんな美味しい獲物が、まだ手付かずのまま残っていたのだから。


 楽な仕事で大金が手に入ると彼らは舌なめずりすらしていた。




 今まで【ヒメ&トシのお店】が無事だった理由を考えるべきだったのに。




 彼らの最大の失策は【夜】に行動を起こしたことだった。


 夜というのは言い換えると【影の世界】だ。


 あたり一面、どこまでも【影】が広がっている。


「 「 「 …………へ? 」 」 」


 唐突に、何の前触れもなく、目の前に巨大なあざとが出現し――前を歩いていた2人を同時に飲み込んだ。


 恐怖を感じる間もなく、悲鳴を上げる間もなく――次の2人も呆気なく飲み込まれる。


「ひぃっ……!」


 そして、やっと危機感を覚えた最後の1人が全力で逃走を開始した。


 だが――無駄なこと。


 夜は【影の世界】だから。


 どんなに早く逃げようと、次に瞬間にはもう真下から――影の中から巨大な牙の生えた大口が出現し、最後の1人を飲み込んだ。






 最強の【守護者】は【夜の世界】においては無敵である。


 その条件下では【魔女】でさえも勝つことは難しい。


 もしも、万が一に【魔女】が【夜の守護者】と対決することがあったとして――【魔女】が【守護者】に勝つためには夜の間、必死に逃げ回って夜明けを待つ必要がある。


 夜が明けさえすれば影の頻度は激減し、【守護者】の無敵性は著しく落ちる。


 その瞬間を狙って最大威力の魔法を叩き込み、一気に仕留める。


 それ以外の手段では【魔女】でさえ【夜の守護者】には勝ち目がない。


 もっとも。それも夜の間中、無敵の【守護者】から逃げ回って、最大威力の魔法を使える【MP】が残っていればの話だ。


 そもそも、日中だからといって無敵性が落ちるというだけで【守護者】の力が下がるわけではない。


 それを【知っていた】から【魔女】はなんの対策も立てなかった。


 自分でさえ勝てるかどうか分からない【化け物】が護っている夜の領域を、態々労力を割いて護りにいくなんて馬鹿らしい。


 少なくとも【ヒメ&トシのお店】は既に力ずくでどうにかなる段階をとっくに通り過ぎていたのだ。






 今夜も【守護者】――ロアによって【ヒメ&トシのお店】の平和は護られていた。




 ◇




 色々調べてみたのだが、どうやら本物の【賢者の石】というのはエルフ達が神と崇める巨大な大樹――【世界樹】が生み出す奇跡のアイテムがオリジナルのようだ。


【世界樹】の魔力が凝縮され、長い時間を掛けて結晶化したものが本来の【賢者の石】と呼ばれるものらしい。


 効果は【魔力】の増幅、【MP】の回復速度上昇、更に【生命力】の強化も可能にする。


 無論、全ての効果において劣化版の【賢者の石】を圧倒的に上回る。


 但し、肝心のエルフ達は【それ】を【賢者の石】とは呼んでおらず、【ユミルの欠片】と呼んでいるそうだ。


「一応、調べてはみたけど……俺達には必要なさそうだな」


「トシさんが居ればヒメにも必要ないのです!」


「うんうん」


 まぁ、これらのアイテムの効果は、あくまで【増幅】なので元の【魔力】が低いユヒメが使っても効果は微秒だし。


 シーリアかエルシーラくらい【魔力】が高ければ有効なんだけど。






 とか思っていたのだけれど……。



・ユヒメ:レベル3

 HP 23/23 MP 3/3

 種族:ドリアード 属性:植物 職業:調薬師

 筋力:13

 敏捷:3

 体力:12

 魔力:2

 器用:16

 幸運:9

 スキル:【調薬Ⅸ】【植物練成】【植物魔法Ⅰ】【吸収】【エンゲージ】



 前回【調薬Ⅷ】になってから3ヶ月――ユヒメの【調薬】がついに【Ⅸ】に上がった。


「来たのです! ついにヒメは【ミチノリョウイキ】に足を踏み入れたのです!」


「……無理して難しい言葉を使わなくて良いんだよ」


「【モ~マンタイ】なのです!」


「……そっすね」


 相変わらずユヒメ――というかスキルのレベルが上がった子はテンションは高い。


 ともあれ、早速エルフから対価と引き換えに手に入れた【調薬Ⅸ】のレシピと比較して、ユヒメが作れるようになったものを調べてみると……。




【調薬Ⅸ】



・【妖精の飲み薬】

 概要:24時間の間、【魔力】を上昇させ、【MP】の回復速度が上昇する。



・【世界樹の粉】

 概要:対象に振り掛けることで30分間、【HP】と【MP】の最大値を引き上げる。




 劣化版【賢者の石】と同等の性能がある物が作れるようだった。


 人の【魔力】や【MP】を吸い出して劣化版を作っていた業者涙目の代物だ。


 それは兎も角……。


「……【妖精の飲み薬】は兎も角、【世界樹の粉】はポーションじゃなくね?」


「はっ! 言われてみればそのとおりなのです!」


 いや。凄い効果ではあるんだけど、粉末状にして対象に振り掛けるって時点で【ポーション】とは別物にしか思えない。


「材料は……【魔女】が大量に持っていった擬似ガラス製品と引き換えにおいていった【妖精の粉】と【世界樹の葉】だな」


 両方ともエルフの里でしか手に入らない貴重品だ。


 材料は揃っているので早速【調薬Ⅸ】に挑戦してみることになったのだが……。


「ドキがムネムネするのです! 緊張して手が武者震いなのです!」


「……落ち着け」


 流石のユヒメも未知のポーションに緊張で言語中枢が意味不明になっていた。


「…………」


 ユヒメさんが爆乳を抑えて深呼吸している姿は非常に蟲惑的でそそられる姿だったし、ダイナマイトなユヒメさんのお胸は【ムネムネしている】って表現が似合うけど!


「あ」


 ともあれ、そんなユヒメを俺は正面からギュッと抱き締める。


「まずは、いつも通り【ちゅ~ちゅ~】してからね」


「は、はいなのです♡」


 そうしていつも通り唇を重ね、舌を絡めて長いキスをして……。


「これはこれでドキドキするのですぅ♡」


「……もうちょっと」


「ふぁっ♡ ひ、ヒメはもう満タンなのですよぉ♡」


 普段より、ちょっとだけ長めにキスをしてユヒメの唇を存分に堪能した。






 そうして完成した【妖精の飲み薬】と【世界樹の粉】なのだが……。


「思ったより材料を消費するんだな」


「と、トシさんに貰った【MP】も凄い勢いで減っているのです」


 想像以上に製作効率が悪かった。


「これ、通常の【調薬師】なら1日に1個作れるかどうかって代物だな」


「ヒメも1時間に1個しか作れないのです」


 正確には30分に1個だ。


 残り時間が30分しかなかったので2個目を作ることを自重した。


 しかも、それぞれ1個ずつしか作っていないのに、既に手持ちの材料の3分の1を消費してしまった。


 これだと後2個ずつしか作れない計算になってしまう。


「流石に【組合長】の店でも【妖精の粉】とか【世界樹の葉】は扱ってないし、いよいよ材料の仕入れに問題が出てきたか」


「エルフさんにわけてもらえないです?」


「それは【魔女】頼りだからなぁ」


 それに、【魔女】を仲介に頼むと手数料が面倒だし、そもそも【魔女】は神出鬼没だから安定した仕入れは難しい。






 という訳で俺は再び【虚空魔法】について調べ始めた。


 俺が直接エルフの里に出向き、エルフと交渉して材料を仕入れることが出来れば問題は解決するのだから。


 まぁ、肝心の【虚空魔法】のヒントすら掴めていないのだけど。


「うぅ~。どんなに調べても【虚空魔法】のコの字も出てこない~」


「あら。【虚空魔法】について知りたいのかしら?」


「あ。いらっしゃいませ」


 そして現れる神出鬼没の【魔女】。


「【妖精の粉】と【世界樹の葉】を安定して仕入れる必要が出てきたもので」


「それはっ……!」


 珍しく【魔女】が目を見開いて、俺の手元にある【妖精の飲み薬】と【世界樹の粉】を見つめていた。


「まぁ♪ まぁまぁ♪ まぁまぁまぁ♪」


 そして、まるで【恋する乙女】の如く目をキラキラさせて機嫌が良くなった。


「ついに【調薬Ⅸ】になったのね♪ 想像を越える成長速度だったわぁ~♪」


「……いります?」


【妖精の飲み薬】と【世界樹の粉】は各3個ずつしかないが、どうせ少なすぎて売り物にはならないので【魔女】に売ってしまう方が面倒がなくていい。


「頂くわ♪」


 まだ相場も決めていなかったが【魔女】はどっさり【金貨】で払ってくれた。


「それで……【虚空魔法】だったかしら?」


「安定して材料を仕入れる為には直接エルフの里に行く手段が必要だと思いまして」


「そうね。私も毎回暇というわけでもないし、エルフと直接交渉してくれるなら、そっちの方が手間がなくて良いわ」


【魔女】は俺の意見に概ね賛成のようだった。


「ただ……【虚空魔法】って【転移】は出来ないわよ」


「…………え?」


「この世界では大半が失われてしまったけれど、昔は【アイテムバック】っていう見た目よりも物が入る魔法の鞄が流通していたわ。それを作るために必要だったのが【虚空魔法】だったのよ」


「そ、そんなぁ~」


 ガックリと膝を付く俺。


「まぁ、私も【虚空魔法】については詳しく知らないし、直接クロノスに聞いてみれば何か解決方法が見つかるかもね」


「……クロノスってどこにいるのでしょうか?」


「【精霊の召喚陣】なら教えてあげるわよ」


「そんな便利なものが!」


 名前からして精霊を召喚出来る魔法陣的なものに違いない!


「君なら大丈夫だと思うけど、恐ろしい勢いで【MP】が吸い取られるから気をつけてね」


「はい!」


 そうして俺はクロノスを召喚する為の召喚陣を教えてもらった。



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