第22話【虚空魔法の練習】
【魔女】にクロノスを召還する為の魔法陣を教えてもらった俺は、早速準備に取り掛かったのだけれど……。
「め、メンドイ」
【魔女】が俺に教えてくれたのはクロノスを召喚する魔法陣の【作り方】だったので、魔法陣自体は俺が自作する必要があった。
その作業に既に3日が費やされている。
「トシさ~ん。そろそろ休憩にするのです」
「そうだなぁ。焦っても仕方ないし」
勿論、【店長】として働きながら、空いている時間を使って準備してきたことも時間が掛かっている理由だけど。
「しかし、【精霊の召喚陣】って面倒な代物だなぁ」
「これってヒメやシーちゃんも呼べるのです?」
「……どうだろ?」
そういえば【魔女】は【精霊の召喚陣】とは言っていたが、クロノス専用とは言っていなかった気がする。
起動するには膨大な【MP】が必要だから気をつけるようにとは言われたけど。
「時間があったら試してみようか」
「ヒメも【瞬間移動】出来るですか? 【大魔法使い】みたいなのです!」
「ユヒメはなんか【瞬間移動】や【大魔法使い】に憧れでもあるのか?」
前から【瞬間移動】や【大魔法使い】に対して反応が大きい気がする。
「シーちゃんが結婚するなら【瞬間移動】が使える【大魔法使い】が良いと言っていたのです!」
「……へぇ~」
密かに話を聞いていたシーリアに視線を向けると、ポーカーフェイスを保っていたが僅かに頬が赤くなっているのを見逃さなかった。
シーリアさんにもちゃんと結婚願望があったんですね。
「ただの……一般論」
どんな一般論だよ。
【瞬間移動】が使えて【大魔法使い】と呼ばれているような奴が結婚相手って、いつか王子様が迎えに来てくれると思っている夢見がちな乙女みたいなんですけど。
【シーリアさんは中身は乙女】と心のノートに密かにメモしちゃったよ。
「今……心の中で……考えたことは……即刻削除すべき」
「ひぃっ……!」
だが、いつの間にか背後に回りこんでいたシーリアさんに首を撫でられて、思わず悲鳴が洩れる。
即刻、心のメモは破り捨てる羽目になった。
紆余曲折あって【精霊の召喚陣】は無事に完成した。
「凄く大きいのです!」
【魔女】の助言に従って、大きな布の上に描かれた魔法陣を広げると、直径5メートル近い大きさになる。
居間では広げきれなかったので、仕方なくお店の方を整理して広げることになった。
「な、なんだか魔王でも召喚しそうな魔法陣ですね」
「複雑な魔法陣ですね。私でも内容を読み取れません」
今日はお店を午後から臨時休業にしたのでユリアナも居るし、学校は既に終わっている時間なのでエルシーラも居る。
「ん~……むぅ~……多分、大丈夫?」
一応シーリア先生にもチェックしてもらったが、【魔女】に貰った【精霊の召喚陣】の作り方メモと照らし合わせても問題ないらしい。
「それじゃ早速始めるぞ」
俺は【精霊の召喚陣】に手を当てて、そこから【MP】を流し込み始める。
「……これってどのくらい【MP】を流したら良いんだろ?」
「ヒメはわからないのです!」
「えっと……私も分かりません」
「大は小を兼ねると言いますし、可能な限り多く流してみたら良いのではないでしょうか?」
「ん……少ないよりは良い」
などなどの意見(?)をもらい、とりあえず50万くらい【MP】を流し込んでみることにした。
すると、見る見るうちに【精霊の召喚陣】が輝き始め……。
「凄く眩しいのです!」
「て、店長? 流し込みすぎではないでしょうか!」
「トシカズ様っ! ストップです! それ以上【MP】を流し込んではいけません!」
「……流しすぎ」
「え? え?」
と言われても、もう既に50万流し込んじゃったんだけど。
そして【精霊の召喚陣】から洩れる光が店中を白く染め上げて……。
「アホかぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」
聞き覚えのない声で店の中に怒声が響き渡っていた。
そうして、やっと光が収まって目が慣れてきて、声の方に視線を向けると……。
「……子供?」
宙に浮いた5~6歳くらいの子供が俺を睨みつけていた。
「いくらなんでも【MP】50万は流しすぎだろ! 何百人生贄に捧げれば気が済むんだよ! 常識で考えろよ!」
「……精霊に常識を問われてしまったぞ」
「流石トシさんなのです!」
ユヒメさん、ここはヨイショする場面じゃありませんよ?
でも可愛いのでユヒメの頭は撫でておく。
「えへへ~なのです♡」
「こんな時でもイチャイチャするのは止めないんですね。ある意味流石です」
ユヒメは喜んでいたけどユリアナには呆れられた。
「……あれ?」
一方で呼び出した精霊――クロノス(仮)は周囲を見回して困惑しているようだった。
「【MP】50万の生贄は?」
「なんか物騒なことを言っているんですけど」
「普通に考えて【MP】50万を個人で出せるとは思わないのではありませんか?」
「あ。【聖女】だ」
今度は俺に常識を説いたエルシーラに反応するクロノス(仮)。
「まさか【聖女】を生贄に捧げる気だったの? どんな外道だよ!」
なんか1人で憤慨しているクロノス(?)を尻目に俺達は明日の為に【精霊の召喚陣】を片付けることにした。
で。とりあえず落ち着いて話をすることになったのだが……。
「あ、ありえない。人間の【MP】が230万だなんて……非常識にもほどがあるよ」
「また精霊に常識を疑われてしまったぞ」
「流石トシさんなので……」
「はいはい。話が進まないのでイチャイチャするのは終わってからにしてくださいね」
絶妙なタイミングで俺とユヒメの間をインターセプトするユリアナ。
ちっ。やるじゃないか。
「それより確認するんだが、お前は【クロノス】ってことで良いのか?」
いつまでもクロノス(仮)と呼ぶのも面倒になってきたし確認してみる。
「そうだよ。第88代目クロノス、名前はレヴァノだよ」
「ああ。クロノスって種族名なんだ」
ドリアードやウンディーネと同じで、クロノスという精霊の種族名だったようだ。
「それで……ボクに一体なんの用なの?」
俺達が生贄という非人道的な手段で召喚したわけではないことがわかったのか、クロノス――レヴァノの態度が少し軟化したようだ。
「【虚空魔法】について教えてくれ」
「……人間に使える魔法じゃないんだけど、教えるだけなら構わないよ」
いくら【MP】があっても、やはり人間には使えないらしい。
それからレヴァノに【虚空魔法】の講義を受けたのだけれど……。
「わふぅ……ヒメは難しいことは苦手なのですぅ。むにゃむにゃ」
ユヒメはそうそうにリタイアして、俺の膝の上にコテンと横になって寝息を立て始めた。
「……私は【魔力】も低くて【MP】も少ないですから」
ユリアナは言い訳しながら倉庫の在庫チェックという名目で逃げた。
「わ、私も【光魔法】の講義なら受けたいのですけど……」
エルシーラは言い訳しながら裏庭の小さな家に引き返していった。
「…………」
そしてシーリアはレヴァノの講義が始まる前に裏庭の小さな泉に逃げていた。
「……なかなかの人望だね」
「羨ましいだろ?」
別に良いし。
俺はユヒメさんが膝枕でスヤスヤ眠るのを鑑賞出来れば幸せだし!
で。レヴァノの講義によると、俺の使う【無属性魔法】と【虚空魔法】の一番の違いは【MP】を使って出来ることの幅のみだった。
俺の【無属性魔法】は【MP】を放出して形を整えて結晶化させることしか出来ないが、【虚空魔法】なら放出した【MP】の空間を圧縮して拡張することが出来る。
例えば最初に【MP】を放出した空間をギュッと圧縮して、その圧縮した空間を壷に固定すれば、見た目よりも容量の大きな壷が出来る。
「空間を圧縮か」
「……やってみれば?」
「え?」
「人間には出来ないって言ったけど、それは今まで前例がなかったってだけの話だし。君みたいに【魔力】が馬鹿みたいに高くて【MP】が過剰な人間なんてボクは見たことがない」
「…………」
「なんのために【虚空魔法】が必要なのか知らないけど、諦める為にボクを呼んだわけじゃないんだろう?」
「……そうだな」
俺はレヴァノに【虚空魔法】のレクチャーを受けてみることにした。
「【MP】の濃度が足りないよ。結晶化しないギリギリのところまで濃度を高めて、それを一気に圧縮するんだ」
「簡単に……言うなっ!」
俺はレヴァノの言う通り、【MP】を結晶化しないギリギリの濃度まで高めて一気に圧縮し――ただの透明な結晶になった物を解除して霧散させることを繰り返していた。
「本当に馬鹿みたいに過剰な【MP】だね。これだけ放出しても全く減っていない。おまけにボクを召喚するのに使った50万なんて既に回復しているし」
「……どうも」
とりあえず、いくらでも練習出来るのは俺だけのアドバンテージなので、レヴァノが教えてくれる内に可能な限りレクチャーを受けることにした。
「頑張るのですよぉ~。トシさんなら必ず出来るのですぉ~。むにゃむにゃ」
「……任せろ」
一番のカンフル剤は寝ながら応援してくれるユヒメの声援だったけど。
◇
そうして1週間程レヴァノにレクチャーを受けた結果……。
・佐々木俊和:レベル2
HP 12/12 MP 2300000/2300000
種族:人間 属性:無 職業:店長
筋力:6
敏捷:5
体力:6
魔力:999
器用:12
幸運:0.5
スキル:【虚空魔法Ⅰ】【無属性魔法EX】【エンゲージ】
俺はついに【虚空魔法】を習得することに成功した!
「敬意を表するよ。勿論、君の高い【魔力】や過剰な【MP】にではなく、君のひたすら諦めないという【粘り強さ】に対してだ。【虚空魔法】の習得は、その結果でしかない」
「……最高の褒め言葉だ」
「ふっ。そのつもりで言っているからね」
俺は確かに高い【魔力】と過剰な【MP】を持っているが、本当に評価して欲しいのは【ユヒメに応援されたらひたすらに頑張れるところ】だ。
【無属性魔法】だって、ユヒメに【絶対に出来る】と保障されたから頑張れた。
今回の【虚空魔法】だってユヒメの応援がなければ自分でさえ出来ると信じられなかっただろう。
実際、俺は俺自身のことをあまり信じていないが、ユヒメが信じる俺ならば――信じられると思っている。
「それじゃボクはそろそろ帰るよ。後は君自身が君の【虚空魔法】を進化させてみることだね」
「……ありがとな」
「ふっ。どういたしまして」
そうして少し気障なクロノスのレヴァノは帰っていった。
「よぉ~し。まずは【虚空魔法】を【EX】にしてみるか!」
「と、トシさんが本気なのです! 【あの事件】以来の本気の目なのです!」
「……俺は店のことに関してはいつも本気なんですけど」
「そ、そういう意味ではないのです!」
むしろ、例の天まで届く大剣を作り出してしまった出来事は忘れたい類の記憶だ。
無論、今回も念のために周囲に被害が出ないように人気のない場所に来ております。
「とりあえず100万くらい【MP】を放出して【虚空魔法】を使ってみるか」
「頑張るのですよ! ヒメは応援しているのです!」
「おう!」
ユヒメの応援で勇気100倍になった俺は宣言通り100万の【MP】を空に向けて放出して……。
「……はれ?」
「と、トシさん! それは出しすぎだと思うのです!」
「へ? へ?」
あのときの再現のように俺の身体から【MP】がドンドン空へと舞い上がっていき……。
「か、回復速度が前より上がってれぅ~!」
「トシさん! ギュッとするのです! 前と同じようにギュッとして止めるのです!」
「そ、そうか! 慌てていて肝心なことを忘れていたぜ! 水道の蛇口を捻るようにギュッとするんだったな!」
そうして前回の焼き増しのようにギュッと締めて――【MP】の放出が停まった。
「ふぅ~。小出しにするなら兎も角、大量に……100万以上も放出すると停まらなくなるんだなぁ」
「ビックリしたのです」
「同感だけど……【これ】どうしようか?」
あの時と同じか、それ以上の【MP】が待機状態で空に存在しているのが手に取るようにわかった。
「消せないのです?」
「ここまでの量が広範囲に広がっちゃうと難しいな」
「 「 ………… 」 」
とりあえず周囲には誰も居ないし【虚空魔法】を試してみることにした。
「結晶化しないギリギリの濃度まで【MP】を高めて……それを空間ごと一気にギュッと圧縮する!」
空に舞い上がっていた【MP】は俺の想定どおりに、一気に圧縮されて俺の掌に集って……。
「あ」
制御しきれずに、風船に穴が空くように中身が一気に漏れ出して――俺の前の景色を一気に貫いていった。
地平線の果てまで。
前回と同様に全力疾走で現場を逃げ出した俺とユヒメなのだが……。
・佐々木俊和:レベル2
HP 12/12 MP 2300000/2300000
種族:人間 属性:無 職業:店長
筋力:6
敏捷:5
体力:6
魔力:999
器用:12
幸運:0.3
スキル:【虚空魔法EX】【無属性魔法EX】【エンゲージ】
「うん、わかってた」
【EX】にすることは狙っていたけど、前回と同じ方法を取る気はなかったのに。
「うぅ~。考えてみればレベル【Ⅰ】で上手く行くわけがなかったのです」
「い、言われてみれば」
今まで【無属性魔法】が【EX】で制御が完璧だったから失念していた。
レベル【Ⅰ】で安定度があるわけなかったのだ。
「次の機会があるか分からないけど、反省しておこう」
「ヒメも気をつけるのです」
2度あることは3度あるというけど、3度目の正直にしたいところだね。
追伸・今回も幸い死者は出なかったらしい。
追伸2・俺の【幸運】がががが……。
◇
という訳で【虚空魔法EX】を習得した俺なのだが……。
「便利ですねぇ♪」
「…………」
今のところエルシーラが【人助け】に出掛けるときに、ユヒメのポーションを持って行く【アイテムバック】にしか役に立っていない。
いや、わかるよ?
休日になると【人助け】に向かうエルシーラには必要な物だって分かるけど、それにユヒメが作ったポーションを詰め込んで行くのは納得いかない。
とっくにエルシーラの借金は【白金貨】を越えているのに、その上【アイテムバック】を活用してポーションも持って行く。
この女はどうやって借金を返す気なのだろうか?
「この間、【神聖魔法】について勉強しなおしたのですが、【聖女】と【神聖魔法】の組み合わせがあれば【
「……だから?」
「私が【
「ありがたくて涙が出そうだ」
そもそも、どんなスキルなのかも分からないのに、それを借金の返済に充ててくるとは想像以上に図太い女だ。
大体、【神聖魔法】のレベルを上げるためにユヒメに便乗して俺から【MP】を持っていってるのだから、半分くらいは俺とユヒメの功績だ。
納得いかん。
「必要かどうかわからないけど、一応皆の分も用意してみた」
折角【虚空魔法】を使えるようになったのだから、皆の分の【アイテムバック】を作って配っていった。
圧縮した空間を通常の鞄に固定して、水で言えば1トンくらい入る容量を確保してある。
物を入れるのは簡単だが、取り出すときに面倒じゃないかと思ったのだが――レヴァノによると、その技術は既に確立していて、鞄の中に手を入れて取り出したい物を思い浮かべるだけで手に吸い付いてくるらしい。
詳しい原理は知らないが、なんか魔法らしく融通が利くのだろう。
「凄いのです! これがあればいくら【ポーション】を作っても倉庫が足りなくならないのです!」
「……倉庫が溢れるほど【ポーション】余ってないけどな」
倉庫にしている地下室は基本的に【月光草】を育てる場所だが、それでも広いので【ポーション】の置き場に困ったことはまだない。
そもそも、ユヒメ1人で作っているので、大半は直ぐに売れてしまう。
「え~と、え~と……いざというときの為に食料を入れておきます!」
「……中の時間が止まるわけじゃないから腐るぞ」
【アイテムバック】はあくまで空間を圧縮した物なので冷蔵機能や保存能力はない。
「水……入れておけば……いつでも水分補給……出来る」
「……頼むから店を浸水させないでくれよ」
入る水も膨大な量になるので、間違えて店の中で排水したら確実に水浸しだ。
今のところエルシーラ以外にまともに活用出来そうな子は居なかった。
今まで無くても困らなかった代物だしね。
「それなら私にも1つ頂けるかしら?」
「……どうぞ」
そうして唐突に現れた【魔女】にも1つ進呈することになった。
希少価値ゼロですわ。
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