第19話【皆レベルアップ(一部除く)】

 

「どぉして私を仲間はずれにするのですかぁっ!」


 夜中。皆が集る居間の中でエルシーラの叫びがこだまする。


「いや。だってお前学校に行っていて居なかったし」


 エルシーラが憤慨しているのは昼間、店に襲撃してきた木村祐一を撃退した時に、自分を呼んでくれなかった事を批難しているようだった。






 あの後――木村祐一がダウンした結果、俺達は勝利した。


 奴をどうするかという議論は短時間行われた訳だが、俺とシーリアは兎も角、ユヒメとユリアナの前で【殺し】はどうかと思ったので別の手段を選択した。


 一言で言うなら【簀巻きにして川に放り込む】という方法を。


 勿論、毒の治療なんてしていない。


 気絶していたし簀巻き状態だから泳ぐ事も出来ない。


 結果的に死ぬんじゃね? とは思ったが誰も反対しなかったので実行した。






 そういう事情を学校から帰って来たエルシーラが聞く事になり、自分だけノケモノにされたと騒いでいる訳だ。


「私は役立たずじゃないですよね? 私……必要とされていますよね?」


「……そうだね」


 いや。実際の話、俺達のフォーメーションにエルシーラも含まれているのだ。


 前衛がユリアナ、後衛がシーリア、そして補助と回復がエルシーラの役目だ。


「…………」


 はい。ここでも俺とユヒメは戦力外なんですね。


 勿論、ユヒメが作るポーションは必要とされているし、ユヒメがポーションを作るのに俺の【MP】が必要な訳だが――戦闘に直接関与出来るかというと話は別なのだ。


 寧ろ、俺とユヒメが前にしゃしゃり出ても邪魔になるだけ。


 そういう意味ではエルシーラさんはマジで頼りになります。


 回復や補助はポーションで行えると言っても、戦闘中に毎回ポーションを飲んでいる時間があるとは限らない。


 その場合、エルシーラの【神聖魔法】は戦闘中でも外部から掛けられるので非常に有効だ。




 ◇




「店長ぉっ! 店長ぉっ! 店長ぉっっ!」


 木村祐一の襲撃の翌朝、俺はユリアナの叫びで起こされた。


「起きて下さい、店長ぉっ!」


「……五月蝿い」


「むぅ~。まだ眠いのです」


 俺だけでなく、俺と一緒のベッドで寝ていたユヒメも安眠を妨害されていい迷惑だ。


「なんだよ、こんな朝っぱらから」


 俺は勿論だが、朝から野菜の世話をするユヒメですら起きていない時間だ。


「これを見てくださいっ!」


 そうしてユリアナが俺に提示してきたのは【鑑定石】だった。



・ユリアナ:レベル5

 HP 53/53 MP 2/2

 種族:獣人(狼) 属性:地 職業:店員

 筋力:25

 敏捷:31

 体力:22

 魔力:1

 器用:11

 幸運:1

 スキル:【格闘Ⅲ】【身体能力向上】【獣化】



「あ」


 なんとレベルが【Ⅰ】だった筈のユリアナの【格闘】が【Ⅲ】になっていた。


「どうしたんだ、これ?」


「わかりません! 今朝、早起きして日課の訓練の前に確認したら上がっていました!」


「…………」


 ユリアナのテンションが異常に高い。


 今までユヒメやエルシーラがガンガン上がっているのを傍で見ているだけに羨ましかったのだろう。


「わふぅ……おめでとうなのです、ユリちゃん。むにゃむにゃ」


「ありがとうございます!」


 寝ぼけ眼で、欠伸交じりに祝福するユヒメだが、ユリアナの方は本当に嬉しいらしく、尻尾をブンブン振って喜んでいた。


「……わかったから、とりあえずもう一眠りさせてくれ」


「ヒメも……寝るのです」


 俺とユヒメは、もう少し寝る事にした。






 今までユリアナに足りなかったのは実戦経験であって、昨日の木村祐一との戦いを経て今まで蓄積されてきた地道な訓練の成果が一気に開花したのではないか? というのが俺達の検証結果だった。


「にしても、いきなり【Ⅰ】から【Ⅲ】に上がるなんて、ありえるのか?」


「……トシさんは【Ⅰ】から【EX】に上がったのです」


「そういえば、そうでした」


 俺の【無属性魔法】は例の巨大過ぎる剣を作り出した結果として【Ⅰ】から一気に【EX】になったんだった。


 そういう前例がある以上、ユリアナに起こったことも別に不思議ではないのかも。


「これからは私も用心棒としてバリバリ頑張りますよ!」


「……俺としては店員として頑張って欲しいんだが」


 そんな感じにユリアナを中心として盛り上がっていた俺達なのだが……。


「あ」


 シーリアの短い声が、その場に居た面子の視線を集める。


「どした?」


「……これ」


 シーリアが指し示したのは、やはり【鑑定石】だった。



・シーリア:レベル11

 HP 90/90 MP 230/230

 種族:ウンディーネ 属性:水 職業:用心棒

 筋力:6

 敏捷:13

 体力:14

 魔力:35

 器用:28

 幸運:6

 スキル:【浄化Ⅳ】【水魔法Ⅳ】【水質操作】【同化】



「…………」


 うん。シーリアさんも【水魔法】のレベルが【Ⅳ】に上がってるね。


 どうやらユリアナだけではなく、昨日の実戦でシーリアも大きな熟練度を獲得するに至ったようだ。


 大活躍だったしね。


「うぅ~。私も活躍したかったです」


「…………」


 その場に居なかったエルシーラは悔しがっているが、その場に居て何も出来なかった俺とユヒメに謝るべきだと思う。


 イジイジしながら【鑑定石】を弄っていたエルシーラなのだが……。


「あ」


 2度ある事は3度ある。



・エルシーラ:レベル7

 HP 27/27 MP 53/53

 種族:人間 属性:光 職業:聖女

 筋力:8

 敏捷:11

 体力:12

 魔力:32

 器用:18

 幸運:4

 スキル:【神聖魔法Ⅶ】【光属性魔法Ⅰ】【共鳴】



「あ、上がっています! 私の【神聖魔法】が【Ⅶ】に上がっていますよ、トシカズ様ぁっ!」


「……マジすか?」


 今日は、なんか皆上がりすぎじゃないか?


「ひ、ヒメも調べてみるのです!」


 便乗してユヒメも【鑑定石】で自分のスタータスを確認するが……。



・ユヒメ:レベル3

 HP 23/23 MP 3/3

 種族:ドリアード 属性:植物 職業:調薬師

 筋力:13

 敏捷:3

 体力:12

 魔力:2

 器用:16

 幸運:9

 スキル:【調薬Ⅷ】【植物練成】【植物魔法Ⅰ】【吸収】【エンゲージ】



「むぅ。上がっていないのです」


「いや。流石にユヒメはこの前に上がったばかりだし」


 流石に短期間で【調薬Ⅷ】が【調薬Ⅸ】になっている事はなかったようだ。


「……ヒメだけ仲間はずれなのです」


「いやいや。俺も上がってないし!」


 というか俺って【EX】だから、これ以上は上がらないし。


「そういえばそうだったのです♪ トシさんとヒメはお揃いなのです♡」


「うんうん」


 どの辺がおそろいなのか良くわからないが、ユヒメが喜んでいるので別に良いや。






 エルシーラが【神聖魔法Ⅶ】で使えるようになったのは……。




【神聖魔法Ⅶ】



・【ハイヒールⅢ】

 概要:【HP】を【魔力】×10の割合で回復させる。



・【サークルヒールⅡ】

 概要:半径5メートル以内に居る対象の【HP】を【魔力】×3の割合で回復させる。



 以上の2つだった。


 両方とも今まで使えていた魔法の上位互換というだけの効果なのだが……。


「これで今まで気休め程度の効果しか発揮出来なかった【サークルヒール】で多くの人達を一気に癒すことが出来るようになりました!」


 やはりエルシーラにとっては念願の1つだったらしくテンションが高かった。


「……私も上がったのに……私も上がったのにぃ……」


 反面、先程まで高かったユリアナのテンションが地に落ちて、再び床に【の】の字を書いていた。


 ごめん、ユリアナ。


 シーリアとエルシーラの影に隠れて俺でさえ忘れかけていたよ。




 ◇




 別に俺が報告したわけではないのだが、木村祐一の件は何故か既に【魔女】が知っていて、その上で城に【魔女】の名で通告が出されたらしい。


 曰く。『次に余計なちょっかいを掛けたら国ごと潰す』だそうだ。


 そうなったら別の国に店を移すことにしよう。


 店は惜しいと思うが、持って行く必要があるのは【調薬】の材料とお金くらいだ。


 学校の方は――【組合長】に一任する事になりそうで心苦しいけど。


「ほっほっほ。そうなった時は私も一緒に国を出る事になりますから、ご心配なく。学校の子供達も連れて行って問題ないでしょう」


「……そっすね」


 この爺さん、【秘薬】を手に入れるまでは是が非でも付いてくる気だ。


「まぁ、国がまた余計なちょっかいを掛けてきたらの話ですけどね」


「この国は王族や貴族は好き勝手に振る舞うのが当たり前と思っている節がありますからな。個人の暴走を止めるのは難しいかもしれませんな」


「…………」


【魔女】の【国堕し】――冗談じゃ終わらなくなりそうだな。






「そういえばさ……次の【調薬Ⅸ】で作れるようになるポーションってどんなの?」


「わからないのです!」


 今日もいつも通り店を開けてお客を待っている時間、少し暇だったので聞いてみたのだが――やはりユヒメさんはユヒメさんだった。


「ヒメの持っている【調薬】の教科書には【調薬Ⅷ】までしか載っていなかったのです」


「そっか。今度【組合長】に頼んで【調薬】の教科書を調達して貰うか」


「はいなのです♪」


【調薬Ⅸ】になれるのはまだ先かもしれないが、今の内から【調薬】に必要な材料を集めておいて早過ぎるということもないだろう。


「にゅふふ♪ 【調薬Ⅸ】になれるのが楽しみなのです」


 ユヒメはまだ見ぬ【調薬Ⅸ】のポーションを妄想して楽しんでいるようだった。






 しかし……。


「残念ながら、人間界には【調薬Ⅸ】以上の【調薬表】は存在しないのです」


「…………え?」


「なにしろ人間には到達不可能な領域ですからな。今まで調べる必要も、勉強する必要もなかったので、それを知る種族からも入手していないようです」


「……マジすか?」


「残念ながらマジですな」


「…………」


 これは困った。


 まさか【組合長】に存在しないと断言されてしまうとは。


「ま、【魔女】に頼んだから手に入れてくれますかね?」


「可能性はありますが、恐らく手持ちにはないでしょうな」


「うぅ……そうですよね」


 いくら頼りになる【魔女】とはいえ、彼女本人が【調薬】の専門家というわけではない。


 自分に出来ない【調薬Ⅸ】のレシピを持っている可能性は低いだろう。


「確か……エルフの中に世界最高峰の【調薬師】が居るんですよね?」


「エルフは非常に閉鎖的な種族なので、頼んでも教えてくれる可能性は低いですな」


「ぐぐぅ」


 なんか、いきなり八方塞がりなんですけど。






「【魔女】に頼んでみるのは当然として、俺達の方でも独自に探してみようか」


【組合長】が帰った後、俺はユヒメとユリアナ相手に今後の予定を話していた。


「なんか【魔女】さんなら簡単に手に入れてくれそうな気がしますけど」


「だと良いんだけどな」




「ん~。流石に【調薬Ⅸ】のレシピは手持ちにないわねぇ~」




「あ。いらっしゃいませ」


 そうして、今日も唐突に店に現れる【魔女】。


「やっぱり入手は困難でしょうか?」


「エルフを敵に回すのは得策ではないわねぇ~。あの子達とは色々取引があるから、それを潰すのは勿体ないのよねぇ」


「交流はあるんですね」


「くふふ。エルフにはエルフにしか作れない珍しい工芸品が色々あるのよぉ」


「……なるほど」


 コレクターである【魔女】としてはエルフとの交流ラインは残しておきたいわけだ。


「エルフが【調薬Ⅸ】のレシピを融通してでも欲しがるようなものに、なにか心当たりはありませんか?」


「ふむ。そうねぇ~」


【魔女】は少し迷うような視線を店の中に向けて――ニンマリと笑った。


「あるわよぉ。君が用意出来るエルフが欲しがりそうなもの」


「……ひょっとして私の【無属性魔法】で作れる製品……ですか?」


「くふふ。良い勘しているわね」


 そりゃ、俺が作れそうなものって言ったら、それくらいしかないし。


「君の【無属性魔法】で作れる透明な食器なんかはエルフでも欲しがるでしょうね。ドワーフの技術でもあれほどの一品は作れないもの。閉鎖的なのに綺麗な物好きのエルフなら見本品を進呈して交渉すれば……乗ってくる可能性はあるわね」


「ふむふむ。どんな物を作れば良いでしょうか?」


「とりあえず透明なコップとかお皿からで良いと思うわよぉ。見栄えよく細工を付けられると花丸だわぁ」


「ん~っと……」


 とりあえず日本で良く売ってそうなロックグラスとか、ガラスの灰皿なんかをイメージして作ってみる。


「……簡単に作れちゃうのね」


 まぁ、俺の故郷である日本でなら、多少金は掛かっても決して入手困難な代物じゃないのでイメージの参考が結構豊富にある。


 流石に俺でも見本となるものがない状態でゼロから作り上げることは難しいが、逆に見本となるものを知っているなら創り上げるのは容易だった。


「どうせだから私にも2~3品作ってくれないかしら?」


「……別に良いですけど」


 エルフ用の見本品以外にも【魔女】用の擬似ガラス製品を何点か作らされた。


 まぁ、【魔女】にはエルフとの仲介を頼む必要がある訳だし、これは前報酬として割り切っておこう。






 こうして【魔女】を仲介にしてエルフとの交流が開始されたわけだが……。


「あ。これ例の【調薬Ⅸ】のレシピね。材料の方も融通してくれるって話だから、もう何点か作っておいてね♪」


「……わかりました」


 あっさりと目的の【調薬Ⅸ】のレシピは手に入ったが、その代わり俺は定期的に擬似ガラス製品を作らされることになった。


 エルフが強欲なのではなく、【魔女】がエルフの工芸品を手に入れるために俺の擬似ガラス製品を手数料代わりに持っていくのだ。


「いやぁ~。君の作る製品って思った以上にエルフに人気でねぇ。今までエルフが出し渋っていた工芸品をポンポン出してくれてウハウハよぉ~♪」


「……良かったですね」


 俺にも得があるはずなのに、何故か搾り取られている気分だ。


 実際、【魔女】に1人勝ちされているのは事実だけど。


「ちなみに【調薬Ⅹ】のレシピも交渉中なんだけど、思った以上に吹っかけられているのよねぇ。相当頑張ってくれないと、手に入れるのは難しいわよぉ」


「……頑張ります」


 ちくせう。






「くっそぉ~。エルフと直接交渉出来ないのが痛いなぁ。このままだと【魔女】に払う手数料だけで膨大になるぞ」


「エルフさんの住んでいる場所は遠いのです?」


「……遠いねぇ~」


 ぶっちゃけ馬車を乗り継いで数ヶ月は掛かるような場所だ。


「【魔女】さんは、どうやって会いにいっているです?」


「多分……【転移魔法】かなにかだろう」


 正確には知らないが、この店に来るのだって【魔女】の自宅からは決して近くはない筈だから、そういう特殊な移動手段があるはずだ。


「それは凄いのです! 【転移魔法】が使えるのは大魔法使いなのです!」


「……【魔女】だからねぇ」


 そういえばユリアナを落とし穴で仕留めたときも【瞬間移動】とか【大魔法使い】とか言っていたなぁ。


「【虚空魔法】でも使えればなぁ」


 以前、【魔女】が言っていた【無属性魔法】の精霊版。


 名前からして【転移魔法】に近いことくらいは出来そうだけど、俺は人間なので使えない。


「【虚空魔法】ってなんです?」


「クロノスって精霊が使う【無属性魔法】の強化版なんだって。前に【魔女】が教えてくれた」


「それは凄いのです! トシさんなら頑張ればきっと使えるようになるのです!」


「……頑張るよ」


 明らかに人間に使える魔法ではなかったが、ユヒメの手前、前向きに返答しておいた。






 追伸:エルシーラが【神聖魔法Ⅶ】になった事を【魔女】に伝えたら『まぁまぁ♪』とか言って喜んでいた。


 でも手数料の値引きはしてくれませんでした。


 

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